偽王子は竜の加護を乞う

和泉臨音

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本編

(29)大切な人

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 意志の強そうな緑の瞳が俺を見る。

「それも、聞きたいと言えば聞きたいけど。なぁ、俺が第四王子だってなったら……ヴェルはどういう立場になるんだ? それになんで、俺とヴェルが入れ替わった?」

 当然、聞かれるだろうとは思っていたが、出来れば王宮に行って母上に会ってから伝えたかった。

「俺が今後どうなるかは判らない、父上の判断にお任せするつもりだ。俺達が入れ替わったのは……母の侍女が勘違いをした……からだ」

 俺は少しだけ、真実を伝えない事にした。母上に会う前に悪い印象をレーヴンに持って欲しくなかったからだ。

 レーヴンが生まれた時、母上に長く仕える侍女のシシリーが赤毛の子を見て、護衛騎士との不実の子だと思ってしまった。だから母の血縁の子である俺と入れ替えた。そう伝えた。

「王妃は入れ替えられた時に何も言わなかったのか? 不貞をおこなったかなんて自分でわかるだろ?」
「母上は、ちょっとおっとりした方だから、シシリーに押し切られたんだろうと俺は思っている」
「さすがにそれは……」
「レーヴン。母上はとても素敵な女性なんだ。俺の言葉だけで変な先入観を持って欲しくない。お前の状況からしたら、とても手放しで愛せるとは思わないけど」

 できれば、俺の分も母上を愛して欲しい。

「ヴェルは王妃が好きなんだな」
「ああ、俺は母上が大好きだ。だからレーヴンにも好きになってほしい」
「……わかった。思ったんだけどさ、このままキルクハルグに戻ればいいんじゃないか? 加護は受けなくてもいいってルハルグ様は言ってただろ。ならヴェルが受けなかったって事にしてそのまま帰ればいいんじゃないか?」
「それは駄目だ」
「どうして? ヴェルが王子のままの方が絶対にいいって」
「俺は……これ以上、父上達を騙していたくない。母上も勿論お前に会いたいはずだ。それにその嘘はルハルグ様をも巻き込むし、今回同行した者達にも嘘をつくことを命じることになる」
「……それは、そうだけど」
「レーヴンが王子の立場になりたくないというのであれば、それを素直に父上にお伝えすればいい。父上は俺達……ああいや、王子や王女に結構甘い。レーヴンも言ってただろう。他の王子達はもっとのびのびしてるって、父上は王子達の意志を尊重してくださる」

 俺の言葉にレーヴンは俯くと自分の髪をわしゃわしゃとかきむしった。

「ああああああ、もう! なんだってそんなに潔いんだよ!!」

 そう言うと瞬きする間に俺はレーヴンに抱きしめられていた。

「ヴェルヘレックのことは俺が絶対に守るから」

 耳元で聞こえるレーヴンの声がくすぐったい。思わず笑みがこぼれてしまった。抱きしめる腕が暖かくて、その体温をもっと感じたくて俺はレーヴンの肩に額を押し付ける。

「もう守らなくていい。依頼は終了した。俺をここまで連れてきてくれてありがとう」
「だから……いや、もう、うん、そうだな。ヴェルはそのままでいてくれ」

 そのまま、というのが何を指しているのか良く判らなかったが、とりあえずレーヴンに嫌われたくはなかったので頷く。
 頷いてはいけなかったのか、レーヴンに深いため息をつかせてしまったが、頭を撫でてくれる手は優しかった。 

「王子として王宮にいってくれるか? レーヴン」
「キルクハルグには一緒に戻る、だけど王子として王宮に行くかはそこで少し考えさせてくれ」
「わかった。だけど俺はお前に王子になってほしい。きっと兄上達もお前のことを気に入ると思う」
「あー……まあ、そうだと、いいな」

 身体を離せばレーヴンを見つめる。思ったよりも真剣な顔をしているレーヴンはかっこよかった。
 きっと兄上達に勝るとも劣らない、国民からの人気を得ることも出来るだろう。
 レーヴンは俺の頬を、輪郭を確かめるようにゆっくりと撫でる。その手が気持ちよくて頬擦りをした。

 母上の不貞を父上がどう判断されるかわからない。だから俺は母上に不貞の事実を口止めして、レーヴンに伝えたのと同じように父上にお伝えすればいいだろうと考えている。
 不貞の事実さえ隠せば、レーヴンは間違いなく父上の子なのだ。侍女が勝手な早合点でとんでもないことをした、という罪だけで済む。
 その上で王子を騙っていた俺が処罰されれば、この件は落ち着いてくれるだろう。
 俺の身だけでどうにか出来る方がいいが、赤ん坊だった俺が首謀者になるのはさすがに難しい。
 シシリーに重い罪をかぶせてしまうが母上の幸せのためだ許してくれるだろう。シシリーには身寄りがない。だから彼女の親類に咎が及ぶことも無い。

 きっと俺はすぐにシシリーの元へいけるだろう。その時に謝るから許してほしい。

「ヴェル」

 今後のことを思案していたら名を呼ばれた。
 いつの間にか閉じていた瞼を開ければ、俺を見る緑の瞳が近くにあって俺を映しているのが見えた。

 綺麗な瞳だ。レーヴンの体温も瞳も、とても心地がいい。

「ヴェルが大切に思う人が居るのと同じように、ヴェルのことを大切に思っているやつもいるってこと、忘れないでくれ」

 囁くようなレーヴンの声が、なぜか身体に染み込んでくるように感じた。
 そのまま顔が近づいてくる。

「べるー! れーぶ! ごはんー」
「どわあああああああああああああああ!!」

 いつの間に二階に上がってきていたのか、扉がばんっと勢いよく開いたかと思うとロアが飛び込んできた。
 その声に奇声を発してレーヴンが驚き、俺から体を離せばあろうことか尻もちをついてベッドに頭をぶつけていた。

「べる、ごはん」
「ああ、呼びに来てくれてありがとう、ロア」

 そんなレーヴンを無視してロアは俺の元まで走り寄ってくると首に抱き付いてくる。
 ロアの身体で転んでしまったレーヴンが見えなくなってしまったが、あの程度の転倒なら怪我もないだろう。

「……くそ、ロアお前判っててやってるだろ」

 レーヴンの言葉にロアが振り返っていたが、返事はしていなかった。
 ご飯が出来たと判っているから俺達を呼びに来てくれたのだろうに、レーヴンは何が言いたかったんだろうか。
 気にはなったがロアに「はやく」と急かされたので、確認することはできなかった。
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