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本編
(21)騎士の誓い
しおりを挟むエールックは食堂を出たすぐの石垣に腰を下ろしていた。あの様子なら遠くに行ってしまっただろうと思っていたから意外だった。
エールックも俺が来たのが意外だったのか、目を見開いて驚いている。
「薄汚いグリムラフが追ってくるかと思いましたよ」
そして吐き捨てるように小声でつぶやく。
「エールック。何度言えば判って貰えるんだ。そのように彼らを卑下しないでくれ」
「わかっておりますが、どうにも生まれの差を感じてしまい、言葉が悪くなります。貴方の傍に居るべき者たちではありません」
エールックは立ち上がると俺の正面までやってくる。
黒い髪と青い瞳はマフノリア様と同じ、社交界で騒がれていたマフノリア様のような美貌ではないが、それなりに見栄えのいい顔だ。貴族令嬢との縁談もあったと聞いているし、将来を有望視されている伯爵家の息子。
それなのになぜ、俺に着いてきてくれたのだろう。俺は改めてエールックを見上げて思う。
「人は生まれだけで区別するものではない」
「そのように仰られるなど、どうされたのですか? ヴェルヘレック様はどなたよりも、美しく高潔な王子ではありませんか」
エールックの言葉に俺は思わず苦笑する。俺が卑しい生まれなのを知らないエールックが、俺を王子として扱うのは当たり前なのに。
王宮に居た時なら上手く誤魔化せただろうけど、今の俺は表情を隠すのが下手になった。
俺はレーヴン達を擁護しているようで、自分を守っているだけだと実感しているから、上手く感情を消せないのかもしれない。
「なぜ……そのようなお顔をされるのですかっ」
「エールック、お前は俺が王子だから、一緒に来てくれたのか?」
「そのようなことは!! 私はヴェルヘレック様だから、貴方だからここまでご一緒しました。親や兄にも止められました。ですが、貴方をお守りしたいのです!」
エールックのことだから、王宮騎士を連れて行かない王子を心配して着いてきたのかと思っていた。
だから俺の「王子だから」という問いには、一も二もなく頷くと思っていたが……そうではないのか?
「俺……だから?」
「そうです。ヴェルヘレック様だからです。剣など握ったことも無い貴方が毎日毎日訓練に耐え、そのお姿を見て私の人生は変わりました。竜の加護を受けたいという貴方のお気持ちに、私の願いも同じものになりました。だから王宮騎士も辞めました。私の未来は貴方と共にありたいと思ったからです」
エールックはそういうと跪き、剣を水平に捧げるように両手を上に掲げた。
王宮騎士の王族に対する礼だ。今は帯剣していないのでエールックの手には何も握られていない。
頭を垂れているのでその表情は見えないが、エールックの声は必死だった。
「どうかヴェルヘレック様、貴方の名誉ある竜の加護を受ける日に、お傍にいる許可を! 私の剣は貴方に捧げます」
その姿に俺はエールックの名を呼ぼうとして、言葉を詰まらせる。こんな真摯に、俺のことを考えてくれていた者に俺は何を返せていただろうか。
エールックは王子という立場の俺ではなく、必死に目標を達成しようとする俺のことを知って、力を貸そうとしてくれていたのだ。その思いを感じて、嬉しくなった。
俺はゆっくりと呼吸をして、感情を落ち着けてから声を出す。そうしなければ声が震えてしまいそうだったから。
「エールック、お前の気持ちは分かった。共に来ることを許す。……今まで酷い態度をとっていて、すまなかった」
「……ヴェルヘレック様! そのように簡単に謝ってはなりません。先日もです。私に謝らなくていいので……」
エールックが俺の言葉に顔を上げる。嬉しそうに笑うエールックと視線が合ったと思った瞬間、エールックの顔が固まった。
俺を見るエールックの視線に俺は息を止める。
すぐにエールックは頭を下げ、表情は見えなくなったが、俺が軽率に謝ったから幻滅したのだろう。そんな瞳だった。
エールックは頭を垂れて何事かぶつぶつと呟いている。
「……ああ、やはりあんな者達と一緒にいるから……」
「エールック?」
俺はおそるおそるエールックに声をかけた。
エールックは俺の声に顔を上げれば立ち上がり、真面目な顔で俺を見つめた。
「いえ、なんでもありません。私もまだまだ思慮が浅いと痛感したまでです」
「そう、なのか? ……今ならまだ先ほどの宣誓は取り消してもかまわない」
俺に幻滅したからじゃないんだろうか。俺はエールックを見上げる。
折角得られた信頼がこんな簡単に崩れることはない、俺はそう信じたかった。だが俺は騎士からの信頼を受けた経験がないから、不安になる。
「何を仰るのですか。やっと、ご一緒に旅をする許可をいただけてとても嬉しいです。王宮に居た時と同じように、いえそれ以上に、これからもずっと貴方の隣には私がおります。さあ、グリムラフ達の元に戻りましょう」
エールックは俺の言葉に微笑んだ。思わず安堵が顔に出そうだったが、そこは王子らしく出来る限り表情を隠す。これ以上エールックの信頼を裏切りたくはなかった。
俺が本当の王子でなくても、王子らしく、誇り高くと望んでくれているのならそれに応えたいと思った。
「ああ、ありがとう」
今までのように冷静に礼を述べれば、エールックはそれに満足したのか嬉しそうな顔をした。
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