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本編
(1)王妃の告白
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なぜ気付かれないと思ったのだろう。
それが俺が最初に抱いた感想だ。
「……ごめんなさい、ごめんなさいヴェルヘレック」
「母上、頭をあげてください」
泣き崩れる母、キルクハルグ竜王国第二王妃に俺は静かに声をかけた。
母上は下級貴族の出身だが父上が見初め、上級貴族の伯爵家養女となり第二王妃となった。
そのせいか王家の儀式に関してあまりにも考えが及んでいなかった。
だから俺の「対面の儀」が二年後に迫った今、やっと気付いたのだ。
俺がそれを達成できないと。
母上はとても可愛らしい容姿をしている。
淡い金髪はさらさらと光のように流れ、淡い緑の瞳に白い肌、しかし目を引き付ける赤い唇がアンバランスで、少女みたいなあどけない造形の中でそこだけが女を意識させた。
父上はそんな母上を寵愛した。
しかし王宮での母上の立場は弱く、風当たりは冷たかった。そして、たった一度、護衛だった騎士と過ちを犯した。
その騎士は燃えるような赤い髪の者だったという。
しばらくして懐妊し、生まれた子どもは……赤い髪をしていた。
だから、取り換えたのだ。自分と同じ、金の髪の子どもと。
金髪の子ども、それが俺、ヴェルヘレック・キルクハルグなんだそうだ。
俺は、父上の子でもなければ、母上の子でもなかった。
「……俺の実の両親はどうしているのですか?」
「貴方を産んだのは私の従妹です。父は誰か判りません。アイナは襲われ貴方を身ごもり、出産の際に命を落としました」
俺は王の子どもどころか暴漢の子どもか……。
「母上が産んだ子は、どうされたのですか?」
「……わかりません。シシリーが……貴方を連れてきて、あの子をどこかへ連れて行きました」
シシリーは一昨年亡くなった母上の侍女だ。結婚もせず下級貴族だった時代から母上に仕え、第二王妃になってからも仕えてくれた人だ。
俺にも優しかった。
「母上、いいですか、私は必ず竜の加護を受けてまいります。キルクハルグの竜であるルハルグ様の加護はいただけないかもしれません。しかし彼の方のみが竜ではありません」
「ヴェルヘレック……」
「加護が受けられねば、キルクハルグには戻りません。どうぞ俺は死んだものと思ってください」
「そっ! それはなりません!!」
「母上……俺が加護を得ずに戻れば、母上の不貞……いえ、俺の出生が発覚するかもしれません。シシリーのことですから証拠などは残さずに事を成していると思います」
だから、俺と母上は14年間平和に王宮で暮らしている。
「今は亡きシシリーも母上が健やかに過ごされることを願っています。それは俺も同じです。だからどうか判ってください。母上にはまだダフィネがいるではありませんか。それに大丈夫です、俺は必ず戻りますから」
ダフィネは俺よりも四つ下の妹だ。過ちは一度という母上の言葉は信じたい。
「どうか、どうか……無事に戻ってください。私はヴェルヘレック、貴方を愛しています」
母上は涙ながらに俺を抱きしめてくれた。
実の子でなくても愛してくださっていることは判る。大事に育てていただいた。
母と妹を守れるのは俺しかいない。そのためにも俺の正体がバレるわけにはいかない。
人払いをしていた母上の部屋に、俺付きの執事を呼ぶ。
「べリアン。明日から騎士団の朝訓練に……いや、俺がいったら邪魔になるな。朝訓練の前に剣の稽古をしたい。誰か相手になってくれる者を探してくれ」
「ヴェルヘレック様? 何を急に! そんな荒事は……」
母上も心配そうに見ていたが、微笑みかけて安心させる。
「もうすぐ「対面の儀」もある。ただ守られて行くのは嫌なんだ。今から準備をしたい」
その日から、俺は生活を変えた。
母上に似た容姿をしていた俺は、父上や腹違いの兄上たち、他の家臣たちからも剣や馬を扱う事は勧められず、魔法や学問への道を極めるように求められていた。
たぶん、俺が王城で求められていたのは人形のような装飾としての飾り。
父上たちの眼を楽しませていれば良かった。それを感じていたからあえてそのようにしていた。無駄な筋肉はつけず、汗臭いことはせず、傷を負う事は絶対にしない。
だけど、それでは竜の加護を受ける者になれるとは思えない。
まずは身体を鍛え、魔法を学ぼう。
国家間の地理や経済は今でもそれなりに学んでいる。これからは山の中で得られる食料、あと魔族について、学ばなければ。
――… 二年、それは俺にはとても短い期間になった。
それが俺が最初に抱いた感想だ。
「……ごめんなさい、ごめんなさいヴェルヘレック」
「母上、頭をあげてください」
泣き崩れる母、キルクハルグ竜王国第二王妃に俺は静かに声をかけた。
母上は下級貴族の出身だが父上が見初め、上級貴族の伯爵家養女となり第二王妃となった。
そのせいか王家の儀式に関してあまりにも考えが及んでいなかった。
だから俺の「対面の儀」が二年後に迫った今、やっと気付いたのだ。
俺がそれを達成できないと。
母上はとても可愛らしい容姿をしている。
淡い金髪はさらさらと光のように流れ、淡い緑の瞳に白い肌、しかし目を引き付ける赤い唇がアンバランスで、少女みたいなあどけない造形の中でそこだけが女を意識させた。
父上はそんな母上を寵愛した。
しかし王宮での母上の立場は弱く、風当たりは冷たかった。そして、たった一度、護衛だった騎士と過ちを犯した。
その騎士は燃えるような赤い髪の者だったという。
しばらくして懐妊し、生まれた子どもは……赤い髪をしていた。
だから、取り換えたのだ。自分と同じ、金の髪の子どもと。
金髪の子ども、それが俺、ヴェルヘレック・キルクハルグなんだそうだ。
俺は、父上の子でもなければ、母上の子でもなかった。
「……俺の実の両親はどうしているのですか?」
「貴方を産んだのは私の従妹です。父は誰か判りません。アイナは襲われ貴方を身ごもり、出産の際に命を落としました」
俺は王の子どもどころか暴漢の子どもか……。
「母上が産んだ子は、どうされたのですか?」
「……わかりません。シシリーが……貴方を連れてきて、あの子をどこかへ連れて行きました」
シシリーは一昨年亡くなった母上の侍女だ。結婚もせず下級貴族だった時代から母上に仕え、第二王妃になってからも仕えてくれた人だ。
俺にも優しかった。
「母上、いいですか、私は必ず竜の加護を受けてまいります。キルクハルグの竜であるルハルグ様の加護はいただけないかもしれません。しかし彼の方のみが竜ではありません」
「ヴェルヘレック……」
「加護が受けられねば、キルクハルグには戻りません。どうぞ俺は死んだものと思ってください」
「そっ! それはなりません!!」
「母上……俺が加護を得ずに戻れば、母上の不貞……いえ、俺の出生が発覚するかもしれません。シシリーのことですから証拠などは残さずに事を成していると思います」
だから、俺と母上は14年間平和に王宮で暮らしている。
「今は亡きシシリーも母上が健やかに過ごされることを願っています。それは俺も同じです。だからどうか判ってください。母上にはまだダフィネがいるではありませんか。それに大丈夫です、俺は必ず戻りますから」
ダフィネは俺よりも四つ下の妹だ。過ちは一度という母上の言葉は信じたい。
「どうか、どうか……無事に戻ってください。私はヴェルヘレック、貴方を愛しています」
母上は涙ながらに俺を抱きしめてくれた。
実の子でなくても愛してくださっていることは判る。大事に育てていただいた。
母と妹を守れるのは俺しかいない。そのためにも俺の正体がバレるわけにはいかない。
人払いをしていた母上の部屋に、俺付きの執事を呼ぶ。
「べリアン。明日から騎士団の朝訓練に……いや、俺がいったら邪魔になるな。朝訓練の前に剣の稽古をしたい。誰か相手になってくれる者を探してくれ」
「ヴェルヘレック様? 何を急に! そんな荒事は……」
母上も心配そうに見ていたが、微笑みかけて安心させる。
「もうすぐ「対面の儀」もある。ただ守られて行くのは嫌なんだ。今から準備をしたい」
その日から、俺は生活を変えた。
母上に似た容姿をしていた俺は、父上や腹違いの兄上たち、他の家臣たちからも剣や馬を扱う事は勧められず、魔法や学問への道を極めるように求められていた。
たぶん、俺が王城で求められていたのは人形のような装飾としての飾り。
父上たちの眼を楽しませていれば良かった。それを感じていたからあえてそのようにしていた。無駄な筋肉はつけず、汗臭いことはせず、傷を負う事は絶対にしない。
だけど、それでは竜の加護を受ける者になれるとは思えない。
まずは身体を鍛え、魔法を学ぼう。
国家間の地理や経済は今でもそれなりに学んでいる。これからは山の中で得られる食料、あと魔族について、学ばなければ。
――… 二年、それは俺にはとても短い期間になった。
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