花形スタァの秘密事

和泉臨音

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第十一幕

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「ま、もの…?」
「シャクナ、さん、シャクナさん」
「っ!!?」

 カイが口を開くたびにボコボコと黒い塊が口から吐き出される。呆気にとられて何をしたらいいのかわからない。しかも俺の腹もボコボコ動き出した。腹のなかになにかいる!

 ああ、そうだ……思い出した。魔物が俺の尻の中に入ってきたことを。なんでそんな大事なことを忘れてたのか。カイはあの時逃げ切ったと思っていたが、俺の様に魔物に捕まっていたのかもしれない。なんで誰も俺に教えてくれないんだ。カイお前もだぞ。

「シャクナさん、シャクナさん、シャクナさん!」

 カイが悲痛そうに俺の名前を呼ぶ。それだけで胸が締め付けられるようだ。なんだ名前呼ぶだけでこんなに心を動かす声も出せるようになったんじゃないか。

 もう俺の従者なんてしないでちゃんと役貰えよ。

「ごめんなカイ。きっとこれ俺のせいだな」

 俺への嫌がらせに巻き込まれた。
 俺が特務隊員だったらあの場ですぐに魔物を倒せた。
 俺に優しさがあればこんなに思い詰めさせなくて済んだ。魔物は闇から生まれてくる。カイの中から溢れて俺に向かってくるって事は俺に薄暗い感情を持ってるってことだ。

 カイの目から出てる涙を拭おうと、黒いものに指で触れたら残念ながら水分じゃなかった。ぶよっとしたそれは俺の指から手首に巻き付いてくる。
 あー…やっぱりこの前の魔物の鞭だか蔦だか触手だかと同じか。

「シャクナさん……」

 がしっと両肩を捕まれてのし掛かられるように顔を覗きこまれる。箱が背もたれになって押し倒されることはないが逃げられないのは同じか。まあ魔物がくるくる巻き付いてるから逃げられないだろうけど。なんだってこんなときにイワン・レイグナーは居ないんだ、今こそ助けてくれるところだろ??

 戸惑いがちにカイの顔が近づいきた。魔物は出てこない、わけがないよな、そうだよな!

「ぐっ……むむっ…うぐっ……」

 カイの口から出てきた黒い塊がぺチャリと唇に落ちた。そいつがほそまって唇をこじ開けて中に入ってくる。

「ふぅっ……んぐっ…んーっ」

 口の中にドコドコと魔物が入ってきて喉の奥に突進していく。喉に詰まらないだけ良いのかなんなのか、苦しいが勝手に体にぬぷぬぷ入っていく。強制的にヨーグルトかなにかを飲まされてる感じだ。
 そしてそれに俺の腹の中の魔物も喜んでいるのか、わさわさドコドコと大騒ぎだ。下腹がぼこぼこ中から蹴られてる気がするし、排泄感があるというか、尻の方になにか出ていく感じがする。漏らすのはさすがに嫌すぎるので足を閉じて耐えようとしたら、膝辺りを紐かなにかで縛られて左右に引っ張られた。
 カイの手は俺の肩のままだから、これはあれか、見えないけどどっかから魔物の触手? が伸びて俺の足をひらかせてるんだろう。そこにカイは体を滑り込ませてさらに密着してくる。

「あ、あぅ、シャクナさん、シャクナさんっ」
「ふぅ……んぁ…」

 さっきからカイは俺の名前を呼んでばかりだ。俺の面倒を見なければという使命感なのだろう。なんかかわいそうだな。それで俺と一緒に死ぬんだか魔物化するのか……憐れすぎる。

 口を塞がれ続けて息苦しくて、唾液も涙も魔物も顔から溢れてる。ボーっとした頭でそんなことを思えば、カイの頭に手を伸ばしてよしよしと撫でてやった。

 ぎゅるぎゅると魔物が喉に入りきらなくて口から更に溢れる。そいつらが顔にまとわりついてきて気持ち悪い。

 気持ち悪い? いや、なんかだんだん気持ちよくなってきた……? そっか、こんな風に気持ちよくなって死ねるのか、痛いより全然ましだな。

「ぐわあああっ!!!!」

 そんな風に思ってたらカイがいきなり俺から離れて呻いた。どぶりと口から大量の魔物を吐き出している。

 その後ろには鬼のような形相のイワン・レイグナーがいた。

 カイの肩をつかみ、手に持つレイピアでカイを貫いていた。その切っ先がカイを貫通して俺の胸元に届いている。

「うっ! うぐっ!」

 イワンが剣をぬき再度カイに突き刺すと、そこから黒い血? 魔物? が飛び散る。俺にもどぶりと飛んできた。


 その惨状を見上げる。


 イワンは今日帰らないんじゃなかったのか? そんなふうにカイを突き刺したら死なないか?


 ああ。

 
 そうか。


 殺してるのか。


 もう俺たちは魔物だものな。


 何度も突き刺されて意識がなくなったのだろうカイを俺の上からどかせば、イワンは俺を冷めた目で見下ろしてきた。

 第一特務隊の真っ白い詰襟制服を汚すことなく剣を構える。

 ギラリと光る瞳は鋭く、その瞳にも負けない鋭い表情を浮かべる。美しいと言うに相応しい表情だ。
 心中するやつらの気持ちなんて理解出来なかったけど、好きなやつに殺されるってのはご褒美なんだな。

 しかも魔物討伐達成だし、功績にもなる。
 ただ死ぬだけなのは惜しいと思ってたが、最期にイワンの役に立てるならいい。

 なんて幸せなんだろう。母さんに好物のレモンパイを焼いてもらった時くらい、幸せ。

 嬉しくて、表情筋が仕事をして俺の顔に笑顔を浮かべる。

 それを見たイワンは一瞬だけ目を見開き驚愕の表情を浮かべたが、容赦なく俺の腹にもレイピアを突き立てた。

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