まもなく閉館時間です。〜視える司書の平凡な非日常〜

和泉臨音

文字の大きさ
上 下
9 / 11

9.最後の切り札

しおりを挟む
 
 人間歳を取ると物忘れが激しくなる。誰しもに訪れる老化現象だ。

「まだ若い方にはわからないと思いますが、本当に思い出せなくなるんですよ。ずっと仲が良くて……なのに最近は名前が思い出せなくて」

 どう見ても二十歳前後にしか見えない青年ゆうれいが言っても全く説得力はないが、真織は大人しく頷いた。

「自宅ならば年賀状を探したんですが、まさか学校に閉じ込められるなんて……まあそれだけ僕は此処に未練があるってことなのでしょうけど」

 青年は再び寂しそうに微笑んだ。

 つまり、彼が探していたのは本でもなければそれに書き込まれた内容でもない。
 ―― 知りたかったのは親友の名前、だったのだ。

 この一週間、図書館で真織が見かけた彼はそれはもう羨ましそうに学生たちを見ていた。

 生きている人間……若さを羨んでいるのかと思っていたが、もしかしたら友人たちと楽しそうにしている様子を羨んでいたのかもしれない。

(親友の名前がわかるものか……あっ!)

「あのっ! 古宮先生ならもしかしてその方のお名前を覚えているのでは?」

 古宮は青年と友人なのだ。青年が忘れていても古宮が覚えているかもしれない。

「ふふ、僕もそう思ったんですけどね、覚えていませんでした。たぶん彼、僕の名前も思い出していませんよ」
「え……?」

 そう言われれば確かに古宮は古い友人としか言わなかった。

(いやでも、あれは単純に勿体ぶった言い方したかっただけな気がする……名案だと思ったんだけどな)

 おや? と真織は違和感を感じて首を傾げる。

「そういえば親友の名前は忘れたのに、古宮先生のことは覚えていたんですね」

 話を聞くに青年は古宮ともそれなりに親しかったのかもしれない。しかし、名を忘れた親友との交流の方が格段に深かっただろう。
 記名式の貸出カードで順位を競っていたのなら、相手の名前を意識して何度も目にしただろうし、卒業してからも年賀状のやり取りをするほどの交流はあったのだ。

 いくら古宮が個性的だとはいえ、長年付き合いのある親友の名を忘れたのに、大学時代だけの友人を覚えているものなのだろうか?

「ああ、もちろん古宮君のことも忘れてましたよ。彼と会って話すまで、名前どころか存在すら忘れていました」

 真織は苦笑いを浮かべる青年を見つめる。

「古宮先生のことも忘れていたんですか?」
「ええ」
「会って…ということは、顔を見たら思い出した?」
「はい」
「~~そ、それだっ!!!!」
「え?」

 真織は思わず声を張ってしまい、慌てて自分の口を手で塞ぐと、急いで閉架フロアの外を確認する。幸いなことに人影はなかった。
 いくら別室だと言っても防音な訳では無い。近くに人がいたら声を聞かれていただろう。図書館員が騒いでいたなどと知られたら問題である。

 真織は深呼吸すると青年のもとへ戻る。

「す、すみません騒がしくしてしまって。でも、それです! まだ名前を調べる手はあります!」

 真織はそう言うと、興奮冷めやらぬまま閉架フロアの一番奥にある棚に向かった。
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

アデンの黒狼 初霜艦隊航海録1

七日町 糸
キャラ文芸
あの忌まわしい大戦争から遥かな時が過ぎ去ったころ・・・・・・・・・ 世界中では、かつての大戦に加わった軍艦たちを「歴史遺産」として動態復元、復元建造することが盛んになりつつあった。 そして、その艦を用いた海賊の活動も活発になっていくのである。 そんな中、「世界最強」との呼び声も高い提督がいた。 「アドミラル・トーゴーの生まれ変わり」とも言われたその女性提督の名は初霜実。 彼女はいつしか大きな敵に立ち向かうことになるのだった。 アルファポリスには初めて投降する作品です。 更新頻度は遅いですが、宜しくお願い致します。 Twitter等でつぶやく際の推奨ハッシュタグは「#初霜艦隊航海録」です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

紘朱伝

露刃
キャラ文芸
神女が幻術師を打ち滅ぼしたという伝説が残る村。そこに、主人公たちは住んでいる。 一人は現時点で最後の能力者、朱莉。彼女は四精霊を従えている。そしてもう一人は朱莉の幼馴染の紘毅。 平和に暮らしていた二人だが、ある日朱莉は都へ行かなければならなくなり、二人は離れ離れとなった。 朱莉が出てから村に異常が発生し、紘毅はそれに巻き込まれる。 四精霊の力を借りながら二人は再会し、村の平和の為に戦っていく。

ルナール古書店の秘密

志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。  その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。  それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。  そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。  先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。  表紙は写真ACより引用しています

耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー

汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。 そこに迷い猫のように住み着いた女の子。 名前はミネ。 どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい ゆるりと始まった二人暮らし。 クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。 そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。 ***** ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※他サイト掲載

待つノ木カフェで心と顔にスマイルを

佐々森りろ
キャラ文芸
 祖父母の経営する喫茶店「待つノ木」  昔からの常連さんが集まる憩いの場所で、孫の松ノ木そよ葉にとっても小さな頃から毎日通う大好きな場所。  叶おばあちゃんはそよ葉にシュガーミルクを淹れてくれる時に「いつも心と顔にスマイルを」と言って、魔法みたいな一混ぜをしてくれる。  すると、自然と嫌なことも吹き飛んで笑顔になれたのだ。物静かで優しいマスターと元気いっぱいのおばあちゃんを慕って「待つノ木」へ来るお客は後を絶たない。  しかし、ある日突然おばあちゃんが倒れてしまって……  マスターであるおじいちゃんは意気消沈。このままでは「待つノ木」は閉店してしまうかもしれない。そう思っていたそよ葉は、お見舞いに行った病室で「待つノ木」の存続を約束してほしいと頼みこまれる。  しかしそれを懇願してきたのは、昏睡状態のおばあちゃんではなく、編みぐるみのウサギだった!!  人見知りなそよ葉が、大切な場所「待つノ木」の存続をかけて、ゆっくりと人との繋がりを築いていく、優しくて笑顔になれる物語。

御伽噺のその先へ

雪華
キャラ文芸
ほんの気まぐれと偶然だった。しかし、あるいは運命だったのかもしれない。 高校1年生の紗良のクラスには、他人に全く興味を示さない男子生徒がいた。 彼は美少年と呼ぶに相応しい容姿なのだが、言い寄る女子を片っ端から冷たく突き放し、「観賞用王子」と陰で囁かれている。 その王子が紗良に告げた。 「ねえ、俺と付き合ってよ」 言葉とは裏腹に彼の表情は険しい。 王子には、誰にも言えない秘密があった。

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。

処理中です...