まもなく閉館時間です。〜視える司書の平凡な非日常〜

和泉臨音

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9.最後の切り札

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 人間歳を取ると物忘れが激しくなる。誰しもに訪れる老化現象だ。

「まだ若い方にはわからないと思いますが、本当に思い出せなくなるんですよ。ずっと仲が良くて……なのに最近は名前が思い出せなくて」

 どう見ても二十歳前後にしか見えない青年ゆうれいが言っても全く説得力はないが、真織は大人しく頷いた。

「自宅ならば年賀状を探したんですが、まさか学校に閉じ込められるなんて……まあそれだけ僕は此処に未練があるってことなのでしょうけど」

 青年は再び寂しそうに微笑んだ。

 つまり、彼が探していたのは本でもなければそれに書き込まれた内容でもない。
 ―― 知りたかったのは親友の名前、だったのだ。

 この一週間、図書館で真織が見かけた彼はそれはもう羨ましそうに学生たちを見ていた。

 生きている人間……若さを羨んでいるのかと思っていたが、もしかしたら友人たちと楽しそうにしている様子を羨んでいたのかもしれない。

(親友の名前がわかるものか……あっ!)

「あのっ! 古宮先生ならもしかしてその方のお名前を覚えているのでは?」

 古宮は青年と友人なのだ。青年が忘れていても古宮が覚えているかもしれない。

「ふふ、僕もそう思ったんですけどね、覚えていませんでした。たぶん彼、僕の名前も思い出していませんよ」
「え……?」

 そう言われれば確かに古宮は古い友人としか言わなかった。

(いやでも、あれは単純に勿体ぶった言い方したかっただけな気がする……名案だと思ったんだけどな)

 おや? と真織は違和感を感じて首を傾げる。

「そういえば親友の名前は忘れたのに、古宮先生のことは覚えていたんですね」

 話を聞くに青年は古宮ともそれなりに親しかったのかもしれない。しかし、名を忘れた親友との交流の方が格段に深かっただろう。
 記名式の貸出カードで順位を競っていたのなら、相手の名前を意識して何度も目にしただろうし、卒業してからも年賀状のやり取りをするほどの交流はあったのだ。

 いくら古宮が個性的だとはいえ、長年付き合いのある親友の名を忘れたのに、大学時代だけの友人を覚えているものなのだろうか?

「ああ、もちろん古宮君のことも忘れてましたよ。彼と会って話すまで、名前どころか存在すら忘れていました」

 真織は苦笑いを浮かべる青年を見つめる。

「古宮先生のことも忘れていたんですか?」
「ええ」
「会って…ということは、顔を見たら思い出した?」
「はい」
「~~そ、それだっ!!!!」
「え?」

 真織は思わず声を張ってしまい、慌てて自分の口を手で塞ぐと、急いで閉架フロアの外を確認する。幸いなことに人影はなかった。
 いくら別室だと言っても防音な訳では無い。近くに人がいたら声を聞かれていただろう。図書館員が騒いでいたなどと知られたら問題である。

 真織は深呼吸すると青年のもとへ戻る。

「す、すみません騒がしくしてしまって。でも、それです! まだ名前を調べる手はあります!」

 真織はそう言うと、興奮冷めやらぬまま閉架フロアの一番奥にある棚に向かった。
 
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