まもなく閉館時間です。〜視える司書の平凡な非日常〜

和泉臨音

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7.勘違い

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 真織が青年の本探しを手伝いはじめてから一週間が経った。
 最初こそすぐに見つけられると思っていたが、未だに発見できずにいる。

 本日は返却された本を棚に戻し、整頓する業務を真織は担当していた。

(やっぱり無いか……)

 閉架書架への返却があったので真織も改めて確認してみたが、それらしき本は見当たらない。
 ちなみに三階も再度確認してみたが収穫はなかった。

 思わず難しい顔になる真織の隣で青年は本を読んでいる。
 多くの人がこの光景を見たら、図書館員の横に本が浮いているようにしか見えないだろう。人の居ない閉架フロアなので問題はないが、人目のあるフロアだったら大問題だ。

「……あの、気になっていたことがあるんですが」

 難しい顔で考え込んでいる真織に青年がおずおずと話しかけた。

「本の後ろについていた借りる時に名前を記入したカードって、今は使わないんですか?」

 青年は手に持つ本の表紙裏を見せながら首を傾げている。
 そこには紙製のポケットが貼り付けられていた。

 その昔、図書館の本の貸出には本巻末に付けてあった貸出カードというものを利用した。本についているカードに借りる人が記名し、貸出中はそのカードを図書館窓口で保管する。それによって本の貸出を管理していたのである。
 ただこの方法では、誰が借りた本なのか貸出カードを見ることで不特定多数が知り得ることになる。個人情報の保護や利用者の秘密を守るという図書館の思想、本の管理のデジタル化により現在この方法で貸出をしている図書館は基本的に存在していない。

 真織も記名式の貸出カードの存在は知っているが、利用者として使ったことは一度もなかった。

「そうなんですね」

 そのことを真織が説明すると青年は少し寂しげに笑う。
 その姿に胸が苦しくなったが、真織は静かに深呼吸すると意を決っして声をかけた。

「お探しの本なんですけど、これだけ探してないとなるとすでに除籍されている可能性があります」
「じょせき、ですか?」

 真織の口から新たに出てきた知らない単語に、青年が再び首を傾げる。

 図書館で言う除籍とは、簡単に言ってしまえば本を捨ててしまうことだ。保管しておく必要なしと判断されれば処分される。本棚は無限ではない。定期的に間引く作業は絶対に必要なのだ。そのため、どの本を残すのか選ぶ作業は図書館にとってとても重要な仕事である。

「大学図書館の本は大学の財産ですし、除籍には教授たちによる委員会の承認も必要です。学術的に利用価値の高い数学書などは対象になりにくいんですが、該当しそうな年代の本の中に紛失と破損による除籍が六冊ありました」

 貴重な財産を無闇矢鱈に処分などしない。学問の世界では半世紀前の本が現役で利用されているのもよくあることだ。
 しかし貴重な資料であっても紛失、水濡れや劣化による破損などやむを得ない理由で除籍されることもある。

 真織の言葉を青年は静かに聞いていた。その表情は寂しげなままで特に変化はない。

「あの、それで他の図書館にないか調べたんです。そうしたらすべて他館にあるのがわかりました。それでこれはご提案なんですが、そちらを確認するというのはどうでしょうか?」

 これ以上館内を探しても見つかるとは思えない。それならば新たな方法を提案すべきだろう。

 幸いにもこの図書館では失われてしまった六冊だが、他の図書館には所蔵されていた。デジタル化により多くの図書館がインターネット上で所蔵を公開している。個人的に各図書館のホームページで検索することも可能だ。

 あらゆる手を駆使して利用者の必要とする情報へのアクセスを案内する。それが図書館のレファレンスサービスである。

 しかし名案と思われた真織の提案に、青年は小さく首を横に振った。

「……それでは意味がないので」
「あ、現地へ行かなくても大丈夫です。私が本を借りてくるので確認は此処でしてもらえれば…」

 本来であれば探している本人が直接他館へ赴くべきではあるが、青年は大学から出ることができない。代理人が借りるのは推奨されることではないが、利用者が人ではないという時点で目をつむることにする。

「そうではなくて、見たかったのは本そのものではないので」
「え?」

 青年は寂しげな顔のまま「すみません」となぜか謝った。
 
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