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6.狐に化かされたような気分
しおりを挟む結論から言えば、青年が探している本に該当するものは多くはなかった。
有名な海外の数学書のシリーズ数十冊のほか、十数冊程あったがすべて合わせても60冊程度だ。
一冊ずつ中身を見て確認することも出来る数量である。
「そのうちの殆どは三階にあるんですが……」
「三階のそれらしき本は確認しましたが、どれも違いました」
(うーん……やっぱりなかったか。あそこにある確率が一番高かったんだけどな)
先日と同じく大学内のカフェにて、真織は青年に進捗を伝えていた。
青年から発見の報告がないので三階にはないだろうと予想はしていたが、思わず真織の表情が曇る。該当する本の九割がた三階にあるのだ。そこになければ発見できる確率はかなり下がってしまうだろう。
「三階になかったとなると……今貸出されているものの中か、あるいは四階の閉架書架にも条件に該当するものが何冊かあったので、そちらにあるのかもしれません」
「へいかしょか?」
真織の説明に青年が首を傾げる。
「ざっくり言うと図書館の、普通に誰でも利用できる本棚を開架といって、利用するのに申請が必要な場所にあるものを閉架というんです」
専門図書館の中には開架書架を持たずに、すべて閉架書架で運営しているところもある。また逆に閉架を持たない図書館もある。
「へぇ、知らなかった。僕が通っていた頃にもそんな場所あったのかな」
「新しい図書館を建てたときに閉架は作ったと聞いています」
真織が答えればふむふむと青年は納得しながら腕を組む。真織が現在勤務している図書館は15年前に建てられたもので、青年が在学していた時にはなかった建物だ。
それにしても出会った時から幽霊らしくない幽霊だとは思っていたが、どんどん普通の人のようになっている気がする。
「ああ、そういえば図書館の場所も変わりましたよね。図書館があるはずなのにテニスコートが広がっていて、思わず立ち尽くしてました」
青年はぽんっと手を打つと楽しそうな笑顔を浮かべつつ話を続ける。素直な性格なのだろう、表情から感情が読み取りやすい。
「しばらくそこに居たんですけど、古宮君にばったり会ってびっくりしたな。彼、まったく変わってないから……孫か息子かと思ったのにまさかの本人で、狐に化かされたような気分でした」
(……気分というか、間違いなく狐に化かされてるんですけどね)
楽しそうな青年とは裏腹に真織の笑顔は思わず引き攣ってしまう。
「えっと、古宮先生とはお知り合いなんですか?」
「大学時代の友人です。いや、友人だったというべきか、卒業してから一度も会うことはありませんでしたしね。しかし……彼が教師とは意外です。若い頃は尖ったナイフみたいな男だったのに」
(尖ったナイフって、何??)
懐かしむように目を細め、青年はしんみりしているようだが、真織の頭の中は?マークでいっぱいだ。
真織の知っている古宮はいつも笑顔で人当たりが良い。学生にも慕われているようだし、セルフ貸出機を壊すけど他の図書館員の好感度も高い。
「ええと……驚くところはそこなんですね?」
まあ確かにかなりの変貌のような気がするが、普通なら何十年も大学時代の友人の姿が変わらず、しかも年齢を詐称して母校で働いていることにビックリすると思うんだが……。
「彼は昔から奇想天外なところがありましたから」
(それでいいのか……???)
思わず異議を申したくなった真織だが、どこか満たされたような笑顔の青年に水を差すのはためらわれる。
「死んでいる人間に偽る必要もないと、なぜ若いままなのか種明かしをしてくれたんですよ。そういう妙に誠実なところが古宮君だなと懐かしくなりました」
「そう、ですか」
真織はできる限り平静を装っているが、顔がひきつっている気がする。思い出は美化されると言うがまさにそれではないだろうか。
「? あなたも古宮君のことを知ってるんですよね? 実は人でなくよう……」
「あっ、でっ、そういうことで、次は閉架書架を調べようと思うんですが!」
真織は青年が古宮の正体を話す前に言葉を遮った。
目撃したモノや諸々を総合して、古宮が狐の怪異、いわゆる妖狐と呼ばれるモノの類だろうことは察しはついている。
だが世の中には知らないほうが良いこともあるのだ。
特に怪異などは正体や名前を知ってしまったことで、呪われたり付け狙われたりすることも多いと聞く。
(それにまあ、一応古宮先生のプライバシーになるから他人からは聞かないほうがいいはず)
現代のコンプライアンスに当てはめて、真織は己を正当化する。
「ああすみません、年寄りは話が長くなっていけませんね。場所が判れば自分で調べられますので、閉架も続けて探してみます」
内心では慌てふためいていた真織に気づくことなく、青年は図書館の方角を仰ぎ見ながら懐かしそうに目を細めた。
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