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5.古い友人

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 白衣を着た背の高い男が項垂れる姿に、真織は心のなかで苦笑する。
 確かにセルフ貸出機が止まることは多いのだが、ほぼ百発百中で機械を止めるのがこの人物だ。一見大学生に見えるが三十歳を超えた教員である。

「……俺はコイツに嫌われてるのかなぁ」
「窓口で対応しますよ、古宮こみや 先生。こちらへどうぞ」

 古宮こみや 彰人あきと はこの大学に勤める講師だ。そして人間社会で生きている人外である。
 だからといって電子機器と相性が悪いということはないだろう。普通にパソコンやスマホを使っているのを見たこともある。

 古宮が人ではないモノだと気付いたのは、真織がこの大学に勤め初めてすぐの頃だった。

 図書館に入ろうとする古宮の白衣のポケットからフェレットらしき小動物が顔を出していたのだ。愛くるしくこちらを見る姿に、真織はつい普通のペットだと思ってしまった。なのでペットの同伴は禁止だと伝え、どこかに置いてきてもらうよう古宮に声をかけた。
 古宮はポケットの小動物を撫でながら「わかったよ」と従い、その時はそれで終わった。

 次に古宮が来館した時、古宮の周りにはふよふよと大小様々な狐のような動物が浮かんでいた。

 それだけならまだ「妖怪に好かれやすい人なのかな」と思うこともできたのだが、残念なことに古宮の頭の上には狐のような動物耳があり、背後では三つも大きなもふもふ尻尾が揺れていた。

 コスプレかよっ! と真織が心の中で盛大に突っ込んだのは言うまでもない。

 だがしかし残念なことにコスプレではなかった。そんな奇々怪々な教師を見ても誰一人変な反応をしないのだ。
 つまりだ、これは真織にしか見えていないのだと悟った。
 
 後日、古宮が語るにこの時の真織の顔は見ものだったらしい。久しぶりに爆笑したと、細い目元をさらに細めて楽しそうに言われた。まことに遺憾である。

 人間社会に紛れて生きている怪異はそれなりにいる。
 彼らは上手く擬態して居るので気付くことは稀だし、出来れば気付かずにやり過ごしたいし、気付いても近寄らないでほしいのが真織の本音である。

(それにしても古宮先生、わざとセルフ貸出機壊してるんじゃないでしょうね)

 そんな事をしても古宮になんの得も無いことは分かっているが、「楽しそうだから」でそういう悪戯をやりそうな印象なのだ。もしそうだとしたらはた迷惑この上ない。
 
「そういえば湯野ゆのさん。最近また利用者が増えたねぇ」
「そうですね、そろそろ前期試験ですし」

 持っていた本を古宮から受け取り貸出手続きをはじめた真織に、古宮は笑顔で話しかける。
 来月に控えた長い夏休みの前に大学生は試験がある。試験勉強といえば図書館だと、突然図書館の存在を思い出す学生も多い。
 真織はにこやかな古宮に笑顔でそつなく返事を返した。

 残念ながら怪異と距離を取りたい真織の願いは叶うことなく、なぜか古宮と接することは多い。

(始めの頃は私のことを監視してるのかと思ったけど、そういうわけでも無さそうなんだよね)

 他の相手よりも気を張る必要はあるが今のところ害意は無さそうなので、真織は避けることなく古宮と普通に接することにしている。少しばかり警戒してしまうのは許して欲しい。

「そういえば俺の古い友人が本探しで困っていたから、湯野さんを紹介したんだけど、会いに来た?」

(は?)

 思わず真織が顔を上げれば、にんまりと笑う古宮の顔があった。

「数学書がどうこう言ってたから、四階を案内したんだけど」
「数学関連は四階でなく三階ですよ」
「ああ、そうだっけ?」

 友人とは間違いなく昨日出会った青年ゆうれいのことだろう。たまたま四階にいたのかと思ったが、なるほど間違った案内をされていたのか。
 真織は悪びれもしない相手に呆れつつも、表情には出さずに預かった本を古宮に差し出した。

「ありがとう」

 目を細めて笑う姿は二十代と言われても違和感がない。しかし半透明の青年を古い友人・・・・と言うならば、少なくとも古宮は六十年以上は生きているのだろう。
 見た目や公言している年齢よりも長生きだろうとは思っていたが、真織が思っている以上に長寿なのかもしれない。

(というか、もしかして、最近館内に人外が増えたのって、このひとのせいなんじゃ……?)

 古宮は相変わらずにんまりと笑ったまま本を受け取った。
 これは間違いなく絶対に楽しんでいる顔だ。

「ま、よろしく頼むねぇ」

 古宮に頼まれなくても青年のレファレンスはしっかり対応するつもりではあったが、なんだか自分が利用されているようで釈然としない。

 立ち去る古宮の背を見送ってから真織は小さくため息を付くと、エラー表示を出しているセルフ貸出機を復旧させるのだった。
 
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