まもなく閉館時間です。〜視える司書の平凡な非日常〜

和泉臨音

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3.レファレンス開始

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 翌日、図書館入口付近にいた青年ゆうれいを引き連れて、真織まおりは大学内にあるカフェへ移動した。

 そこでスマホを取り出しイヤホンマイクを装着すると、あたかも誰かと通話している風を装い探している本の聞き取りを開始する。
 青年は座る必要はないのかもしれないが隣に立たれているのも落ち着かないので、真織はそっと自分の横の席を引き青年が座りやすそうな空間を作った。

 図書館では利用者の探している本や、情報などの入手を手伝うレファレンスというサービスがある。

 例えば「桜の木の育て方を調べたい」とか、「横浜の地名の由来が載っている本はないか」とか、「ネズミがパンケーキを食べている絵本を読みたいのにタイトルが判らなくて困っている」等々、利用者の数だけ問い合わせがあると言っても過言ではない。

 レファレンスするにあたって勿論本の知識や検索スキルも重要となるが、それ以上に「何を探すべきなのか」利用者の希望を聞き取るスキルが最も重要だと真織は思っている。

 図書館は基本的に静寂を重んじる私語厳禁のイメージが強い。そのため図書館員は他人と会話をあまりしなくても良い職業と思われがちだが実際は違う。
 特にレファレンス係はかなりのコミュニケーション能力が必要とされる仕事なのだ。

 大学を卒業してから図書館司書として働き早三年。
 三年経っても真織はまだまだ自分はスキル不足だと痛感することが多い。特に昨今は電子媒体での出版物が増え、新たな情報の形が存在するようになった。
 特に学問を扱う大学において、図書館には紙の本があるだけだなんて思っていたら大間違いだ。学術誌が全て電子発行のみとなった分野だってある。必要であればそれらを入手できる方法を用意する。
 覚えなくてはならないことは日々増えるのだ。
 そんな目まぐるしく変わる状況の中でも、真織は親切丁寧をモットーに日々仕事に励んでいる。

 それはさておき、今回のレファレンスも頑張るしかない。

(いやまあ、これは仕事ではないけどね……)

 なので現在はまだ就業前の時間である。カフェは昼時ということもあり学生たちで賑わっていた。カモフラージュにはちょうどいい。

「おまたせしてすみません。以前貸出した図書をお探しとのことですよね?」
「はい、昔図書館で借りた本で、数学書なんですけど……」
「タイトルとか作者は分かりますか?」

 真織が聞けば隣に座る青年は左右に首を振った。

「すみません。覚えていません」
「いえ、大丈夫ですよ。覚えていることをヒントにして、本を絞っていきましょう」

 真織はメモを取りながらいくつか質問していく。そこで得られた情報はあまり多くなかった。

 ・数学の公式などが書かれた図書だった
 ・青年の在学期間が一回目の東京オリンピックと被っている
 ・たぶん洋書である
 ・赤いボールペンの書き込みが数カ所あるはず

(うーん、とりあえずその時代の蔵書を確認してからかな。冊数次第では絞り込むの難しそう……)
 
「すみません。曖昧で……」
「あ、いえ。調べてみるので何日か時間をもらってもいいですか?」
「勿論です。よろしくお願いします」

 真織が調べている間、自分も調べたいとのことなので青年に本の場所を説明する。

「数学関連は三階にあるので、そこで気になる本を確認してもらえれば……あ、見る時は必ず人の居ない夜中とかにお願いします。ポルターガイストになりますから」

 真織が言いにくそうに声を潜めて言えば、青年はしばし考えた後、くすくすと笑い声を漏らした。

「そうですね。今の僕が本を読んだら、本だけ空中に浮かんで見えちゃいますもんね」

 自分の手を見つめる青年を真織は見つめる。
 この霊は自分が幽霊であることをちゃんと自覚してるのだろう。だと言うのに、探している本が気になりすぎて成仏できていないのだ。

(よし、絶対にこのレファレンス、完遂してみせる!)

 真織は冷めてしまったカフェオレを一気に飲み干した。
 
 
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