3 / 11
3.レファレンス開始
しおりを挟む翌日、図書館入口付近にいた青年を引き連れて、真織は大学内にあるカフェへ移動した。
そこでスマホを取り出しイヤホンマイクを装着すると、あたかも誰かと通話している風を装い探している本の聞き取りを開始する。
青年は座る必要はないのかもしれないが隣に立たれているのも落ち着かないので、真織はそっと自分の横の席を引き青年が座りやすそうな空間を作った。
図書館では利用者の探している本や、情報などの入手を手伝うレファレンスというサービスがある。
例えば「桜の木の育て方を調べたい」とか、「横浜の地名の由来が載っている本はないか」とか、「ネズミがパンケーキを食べている絵本を読みたいのにタイトルが判らなくて困っている」等々、利用者の数だけ問い合わせがあると言っても過言ではない。
レファレンスするにあたって勿論本の知識や検索スキルも重要となるが、それ以上に「何を探すべきなのか」利用者の希望を聞き取るスキルが最も重要だと真織は思っている。
図書館は基本的に静寂を重んじる私語厳禁のイメージが強い。そのため図書館員は他人と会話をあまりしなくても良い職業と思われがちだが実際は違う。
特にレファレンス係はかなりのコミュニケーション能力が必要とされる仕事なのだ。
大学を卒業してから図書館司書として働き早三年。
三年経っても真織はまだまだ自分はスキル不足だと痛感することが多い。特に昨今は電子媒体での出版物が増え、新たな情報の形が存在するようになった。
特に学問を扱う大学において、図書館には紙の本があるだけだなんて思っていたら大間違いだ。学術誌が全て電子発行のみとなった分野だってある。必要であればそれらを入手できる方法を用意する。
覚えなくてはならないことは日々増えるのだ。
そんな目まぐるしく変わる状況の中でも、真織は親切丁寧をモットーに日々仕事に励んでいる。
それはさておき、今回のレファレンスも頑張るしかない。
(いやまあ、これは仕事ではないけどね……)
なので現在はまだ就業前の時間である。カフェは昼時ということもあり学生たちで賑わっていた。カモフラージュにはちょうどいい。
「おまたせしてすみません。以前貸出した図書をお探しとのことですよね?」
「はい、昔図書館で借りた本で、数学書なんですけど……」
「タイトルとか作者は分かりますか?」
真織が聞けば隣に座る青年は左右に首を振った。
「すみません。覚えていません」
「いえ、大丈夫ですよ。覚えていることをヒントにして、本を絞っていきましょう」
真織はメモを取りながらいくつか質問していく。そこで得られた情報はあまり多くなかった。
・数学の公式などが書かれた図書だった
・青年の在学期間が一回目の東京オリンピックと被っている
・たぶん洋書である
・赤いボールペンの書き込みが数カ所あるはず
(うーん、とりあえずその時代の蔵書を確認してからかな。冊数次第では絞り込むの難しそう……)
「すみません。曖昧で……」
「あ、いえ。調べてみるので何日か時間をもらってもいいですか?」
「勿論です。よろしくお願いします」
真織が調べている間、自分も調べたいとのことなので青年に本の場所を説明する。
「数学関連は三階にあるので、そこで気になる本を確認してもらえれば……あ、見る時は必ず人の居ない夜中とかにお願いします。ポルターガイストになりますから」
真織が言いにくそうに声を潜めて言えば、青年はしばし考えた後、くすくすと笑い声を漏らした。
「そうですね。今の僕が本を読んだら、本だけ空中に浮かんで見えちゃいますもんね」
自分の手を見つめる青年を真織は見つめる。
この霊は自分が幽霊であることをちゃんと自覚してるのだろう。だと言うのに、探している本が気になりすぎて成仏できていないのだ。
(よし、絶対にこのレファレンス、完遂してみせる!)
真織は冷めてしまったカフェオレを一気に飲み干した。
14
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
よんよんまる
如月芳美
キャラ文芸
東のプリンス・大路詩音。西のウルフ・大神響。
音楽界に燦然と輝く若きピアニストと作曲家。
見た目爽やか王子様(実は負けず嫌い)と、
クールなヴィジュアルの一匹狼(実は超弱気)、
イメージ正反対(中身も正反対)の二人で構成するユニット『よんよんまる』。
だが、これからという時に、二人の前にある男が現われる。
お互いやっと見つけた『欠けたピース』を手放さなければならないのか。
※作中に登場する団体、ホール、店、コンペなどは、全て架空のものです。
※音楽モノではありますが、音楽はただのスパイスでしかないので音楽知らない人でも大丈夫です!
(医者でもないのに医療モノのドラマを見て理解するのと同じ感覚です)
デリバリー・デイジー
SoftCareer
キャラ文芸
ワケ有りデリヘル嬢デイジーさんの奮闘記。
これを読むと君もデリヘルに行きたくなるかも。いや、行くんじゃなくて呼ぶんだったわ……あっ、本作品はR-15ですが、デリヘル嬢は18歳にならないと呼んじゃだめだからね。
※もちろん、内容は百%フィクションですよ!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約破棄されてしまいましたが、全然辛くも悲しくもなくむしろスッキリした件
瑞多美音
恋愛
真面目にコツコツ働き家計を支えていたマイラ……しかし、突然の婚約破棄。そしてその婚約者のとなりには妹の姿が……
婚約破棄されたことで色々と吹っ切れたマイラとちょっとしたざまぁのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる