まもなく閉館時間です。〜視える司書の平凡な非日常〜

和泉臨音

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2.半透明の青年

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 真織まおりは振り返ってすぐに後悔した。

 階段の踊り場から真織を見下ろしていたのは二十歳前後の純朴そうな青年だった。白の襟付きシャツにデニムという服装も学生として違和感はない。

 だが普通の学生と決定的に違う点があった。後ろの壁が透けて見えているのだ。
 これは間違いなく生きた人間学生さんではない。

 真織の勤務する大学の歴史は古く、戦前に創立されている。そのためか戦時中に無念を残し亡くなったのだろう霊体を図書館のみならず学内でも多く見かけていた。しかし真織に声をかけてきた青年は彼らとは違うようだ。そもそもはっきりした自我を持ち、真織に話しかけてくる霊はかなり少ない。

「良かった。実は探している本があるんです。ずいぶん昔に借りた本なんですけど場所が変わってしまっているみたいでどこにあるのか判らなくて」

 笑顔のまま動きを止めている真織を気にすることなく、半透明の青年は恥ずかしそうに笑いながら会話を続ける。

 本来ならこの時点で青年との会話をなかったことにして立ち去るべきだと真織は長年の経験上理解している。

(だけど、このひとは視える人間に絡んできたんじゃなくて、純粋に図書館員に助けを求めてきたんだ)

 このまま放置するのはあまりにも心が痛む。
 
(それにそこまで古い霊でもなさそうだし、意外とあっさり本を見つけられるかもしれない)

 そうしたらこの青年も此処に囚われることなく、次の場所へ行くことが出来るだろう。

「あの、詳しくお話を聞きたいんですが今日はもう閉館時間でして、明日の昼頃に改めてお伺いできますか?」
「ああ、そうだったんですね。どうりで人が少ないと思いました。はい、明日お願いします」

 青年から話を聞きたいと思ったが、もうすでに閉館時間を過ぎている。真織が戻らなければ他のスタッフも残業させることになってしまう。それは避けねばならない。

「……それでその、あなたは図書館の外に出ることはできますか?」

 真織はおずおずと青年に問いかけた。
 図書館内で会話をすること自体も目立つのに、独り言を言っていたらヤバい人確定である。視えざる存在に対して館内では聞き取りできそうな場所がない。

「ええ、大丈夫です。……家に帰ろうとしても校門から外には出られないんですけどね」

 真織の問いかけに半透明の青年は今度は諦めたような苦笑を浮かべて答えた。

 人ならざるモノへの感情移入は絶対に禁物だと家族に口酸っぱく言われている。だというのに真織は青年の物寂しげな笑顔に「必ず見つけますから!」と思わず約束してしまうのだった。
 
 
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