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1.夜の図書館
しおりを挟む湯野真織には人には言えない秘密がある。
(あー、また増えてる……)
午後九時半。
都心部にある真織の勤める大学図書館の閉館時間だ。
しかし図書館内にはうごめく人影が多数あった。
その姿はボロボロの軍服を纏った負傷兵だったり、どう見ても頭が普通の人間の3倍はあるお爺さんだったり、真織の膝までも無いような小人だったり、様々である。
(いつものことだけど、普通の利用者が残ってるのかと思って焦っちゃうよね)
真織は館内を歩きながら、忘れ物や残っている学生がいないかチェックしていく。
閉館時の最終巡回は重要な作業だ。
しかし真織はこの作業が少し苦手だった。視えなくていいモノが見えてしまうからである。
そう、真織の誰にも言えない秘密とは「人ならざるモノが視えてしまう」ことだ。
幼い頃はそれこそ野良猫を見つけた時と同じように「すっごく小さい人が居るよっ!」などと無邪気に言っていたものだ。
だがそれは普通の人には視えないモノなのだと教えられた。幸いにも真織の家族は視える者も多く、この体質は血筋なのだろうと思われる。
とはいえ真織には他の人が見えているモノなのか、自分にしか視えないモノなのか判断するのは正直難しい。だって普通に見えているのだ。
いわゆる霊体なんかはどこかしらが透けていることが多いのでわかりやすい。しかし妖怪などと呼ばれる実体のあるモノたちは、真織からすれば動物とさほど変わらない。猫が昼寝しているなーって思ったら、猫じゃなくて猫又だったなんてこともある。
そんな真織が日常生活をまともにおくるために重要となってくるのが、それらがこの世に存在しているモノなのか判別するための知識である。
二股の尻尾を持ち、人の言葉を理解して会話の出来る猫は存在しないと知っていれば、猫又と猫を間違えることもない。
ゆえに湯野家は勉学に熱心な一族であった。当然といえば当然だ。社会で奇異の目を向けられずに生きていくためには知識が必要なのだ。
真織も兄弟も幼い頃からとにかく図鑑や事典を読み漁った。インターネットも勿論利用したが、最終的に信頼できる情報源は発行元がはっきりしている出版物なのだと悟った。
そうして本の虫として育った真織が図書館を就職先として選んだのは自然な流れだろう。
しかも大学図書館は専門書の宝庫! まさに湯野家の者にとってはお宝の山である。
「このフロアで最後ね」
図書館は四階建てで最終巡回は二人がかりで行っていた。
真織は担当する四階に到着すると、書架の間を確認しながら歩を進める。
すでに学生は全員退館したのだろう。フロアには薄ぼんやりとした光の玉がいくつが漂っているものの人の気配はない。
(よし、異常無しっと)
真織が一息つき階段を降りようとした時、背後から声をかけられた。
「あの、司書の方ですか?」
はっきりした若い男性の声にビクリと真織は肩を揺らす。
絶対に四階には誰もいなかったはずだ。これは振り返らず無視をするべき案件だろう。これがもし「遊びましょう」と声をかけられたなら絶対に無視をする。
だがしかしだ、「司書なのか?」と問われてしまった。
しかも声からして子どもでも年寄りでもない。もしかしたら真織が見落としただけで、この大学の学生かもしれない。
それならば、放置するわけにはいかない。
「はい、そうですけど、何かお困りごとですか?」
真織は気を取り直すと、声のした方へ笑顔で振り返った。
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