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第112話【防犯ぬいぐるみ「まもるくん」】

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「まあ、そう言わないで付き合ってよ?
 断ったら……この診療所やこの宿屋に良くない事が起きるかもよ?」

 まもるくんの殺気にも気がつかずにエスカに迫り、脅迫めいた言葉を口にした男が下品な笑みを浮かべた瞬間、後ろの何かが動いた。

「それは脅迫ととってもいいですね。
 この診療室でそういった言動をされるとどうなるか身をもって知ると良いですよ」

 エスカはオルトからまもるくんの性能について今朝の診療が始まる前に説明されていた。
 エスカに対するナンパやセクハラ発言には殺気を放つように。

 また、暴言や暴力などエスカに直接被害が出る可能性が高い場合は即『ご退場』してもらうモードになる。
 具体的にどうなるかは相手次第なので説明出来ないそうだ。

「は?もしかしてエスカちゃんが僕をどうにかする訳?
 治癒士ごときが冒険者ランクBの僕に?
 さっきも言ったけど、こんな狭い空間にふたりきりだよ?」

 男が叫べないようにとエスカの口に手を伸ばした瞬間、男の後ろから熊のぬいぐるみが男を軽々と持ち上げて宿の外に放り出した。
 唖然とする男の前に立つぬいぐるみは手の先から鋭い爪を出して男の髪の毛を目に止まらぬ速さで全て刈り取った。

「ニドメハナイ。コノマチヲデルガイイ。ツギニアエバソノクビヲオイテイッテモラウゾ」

「ひぃ!?ばっ化け物だぁ!ぬいぐるみが人の言葉をしゃべって勝手に動いたぁ!た、助けてくれぇ!」

 男は悲鳴をあげながら宿と反対方向に全速力で逃げて行った。事の顛末はその場にいた患者や宿の利用者が目撃していたので噂になり、エスカに対しての不埒な行為をする者は激減した。

   *   *   *

「どうやら大丈夫だったようだね」

 その日の夜に報告を受けた僕はほっと胸を撫で下ろしていた。

「少しだけ怖かったですけどオルトさんの事を信じてましたから……」

 夜の報告会でエスカは昼間の事を思い出して少しだけ震えていた。

「まあ、今回の件は酒場でも噂になっていたから今後はあからさまな態度をとる馬鹿は少なくなるだろう」

「でも、今日の人が仲間や誰かに依頼してこの宿に何かするとかが心配ですね」

「出来るだけの防衛細工だけはしとくよ。
 でも、気にしすぎても仕方ないからエスカは普通に仕事に集中してほしいな」

 僕の言葉に『ジーッ』と僕の顔を見ていたエスカは「分かった」と言って笑顔でうなずいた。

   *   *   *

 事件の騒動があってから数日間、特に問題はなくエスカも忙しいながらも順調に治癒士として仕事をこなしていた。

「そろそろいいかな。シミリも準備はどう?」

「いつでもいいですよ。
 エスカさんとクーレリアさんにも説明しておいてくださいね」

「そうだな。さすがに黙っては行けないよな」

 エスカには夜に話すと決めて先にクーレリアに説明するためにふたりで工房を訪れた。

「クーレリアさんは居ますか?」

「あっ!オルトさんにシミリさん。ちょうど良いところに。これ見てください」

 クーレリアは僕達の姿をみると工房の奥から何本かの短剣を取り出してきた。

「包丁と農具の販売は好調なんですが、やっぱり武器も作ってみたくて少しだけですが打ってみたんです。
 ただ、やっぱりこの工房で売るのはいろいろと問題があるので、出来れば他の街に売ってもらえる商人さんを知らないかと聞きたかったんです」

 それを聞いたシミリはクーレリアに言った。

「私は登録上エーフリの商人ギルド所属の商人なの。
 今はカイザックの商人ギルドからの依頼を受けいて、後は完了報告をするだけどリボルテでいろいろとあったからなかなかカイザックに戻るタイミングがなかったの。
 クーレリアさんが良ければ私達がカイザックに運んで知り合いのお店に卸しても良いですよ」

「本当ですか!?と言うかシミリさんはリボルテの商人さんじゃ無かったんですね。
 と言う事はオルトさんも……」

「ああ、僕もエーフリで冒険者登録したんだ。
 今はカイザックで薬師として仕事をする傍シミリの商売の手伝いをしているんだ。
 リボルテにはギルドの依頼で訪れただけで、まあいろいろあって今に至るんだけどね」

「全然知りませんでした。
 その話をするって事はカイザックに戻られるんですね。
 せっかく生涯の師匠であり恩人である人に巡り会えたと思ったのですが、残念です。
 出来ることならば付いて行きたいですけど今この工房を離れる訳にはいかないと思うのです。
 でも、まだオルトさんの剣も打ってませんし、困ったときに助けるという約束も果たしていませんので絶対にまた会えますよね?」

「ああ、もちろんだよ。約束は果たしてもらわないといけないからね。
 そうだ、クーレリアにも念のためにエスカと同じ『まもるくん』を渡しておこう。
 僕の不在時になにか危険なことがあったらこの『まもるくん』を頼ってくれ。きっと助けてくれるから」

 僕はそう言うとエスカの所よりも一回りコンパクトにした『まもるくん』を工房の隅においておいた。

「じゃあ明後日の朝に工房に寄ってから出発するので運んで欲しい物があったら準備しておいてね」

「わかりました」

   *   *   *

 その夜、診療の終わったエスカと一緒に夕食を囲み、お世話になったデイル亭の面々にも挨拶をした。

「そうかい。とうとうカイザックに戻るんだね。
 私たちが助けられたのもカイザックからリボルテに来る途中だったからね。
 あの時は本当に助かったよ。ありがとう」

 ディールは僕達と初めて会ったときの事を思い出して改めてお礼を言った。

「オルトさん。
 私の診療所が軌道にのるタイミングでカイザックに戻るとか絶対にわざとですよね?
 そんなに私と婚姻を結びたくないんですね……」

 エスカは拗ねた顔をしながら愚痴を言ってきた。

「もともと僕達はカイザックから行商とギルド依頼でここに来てたんだから帰るなと言うのは最初から無理な話なんだよ」

「そうなんですよね。
 本当ならば私もカイザックまで付いていって向こうで開業したら一緒に居られるんでしょうけど、ここの皆さんを置いて街を移るのはあまりにも不義理ですからね。
 とりあえず一緒に行くのは諦めます。今は……ですけどね」

 愚痴《ぐち》を言いながらもエスカはここでしっかりと自立していく事を決めたようだった。

 こうして、僕達のカイザック行きが確定した。
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