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加寿也は混乱していた。

頭は真っ白だった。

今日の俺はどうかしている。

ストレスがたまっているのだろうか?

それとも、寝不足が原因か?

いくら考えても、何ひとつ答えは出なかった。

加寿也がぼうっとして、焦点しょうてんの合わない目で、少し離れたところを見つめていると、遠くの方から聞き覚えのある音が聞こえてきた。

これは、救急車の音ではないか?

遠くから救急車のサイレンが聞こえてきて、加寿也は正気を取り戻した。

サイレンはだんだん大きくなり、救急車はパドックに入っていった。

そしてパドックを通り抜け、ピットレーンに走っていく。

何かあったのか?

誰かが転倒したのかもしれない。

でも、どうしてコース内ではなく、ピットレーンなのか?

ピットで何かあったみたいだな。

加寿也がそう思ってピットの方向を見ていると、かすかに煙が上がっているのに気がついた。

火災が発生したのかもしれない。

マシンから火が出たのだろうか?

遠くから見ているだけでは良く分からないので、加寿也は腰を上げ、ピットの方向に歩いていった。




オフィシャルにパドックパスを見せ、加寿也はパドック内に入り、そして人だかりができているピットに歩いていった。

ピットレーンは、数人があわただしく動き回っていた。

やはり火災があったようだ。

青いマシンが水浸みずびたしになっていて、エンジン部分からフロントフォークまで、黒くげていた。

フロントタイヤは燃えた時の熱で変形していた。

その横には、このマシンのと思われる選手が、ぽつんと立っていた。

何? 

選手は無事なのか?

怪我けが人は選手じゃない。

ではいったい、誰が怪我をしたのか?

歩きながら、そんなことを考えていた加寿也だが、現場に近づくと、救急隊員が誰かに寄りっているのが見えた。

どうやら、応急処置をしているようだ。

さらに近づくと、処置をしてもらっている男の顔が見えた。

あっ! 

あれは丸井だ!

丸井がなぜ?

加寿也はしばらく、救急隊員の作業を見ていた。

応急処置が終わったのだろうか、ストレッチャーに乗せられた丸井は、救急車へと運ばれていった。

そしてドアが閉められ、丸井を乗せた救急車は再びサイレンを鳴らし、走り去っていった。




いろんなことが起こり過ぎた。

いったい何から考えればいいのだろうか?

いや、いくら考えても、答えは出ない。

救急車が走り去ったあと、加寿也はピットで作業していた若いクルーに聞いた。
「いったいレース中に何があったんだ? 丸井さんはなぜ、頭に怪我を負ったんだ?」

若いクルーは興奮したまま、
「レースが終盤になった時、突然エンジンの調子が悪くなったんで、選手はピットに戻ってきたんですよ。 そしてピットインして、丸井さんがマシンにけ寄った瞬間、エンジン部分から火が吹いたんです。 その火が丸井さんの頭に直撃して、丸井さんの髪の毛はちりちりに焼けてしまったんです」
と言った。

エンジンから火が吹いた?

それはいったい、どういうことなのか?

オイルやガソリンが漏れたのだろうか?

それに、火が飛び散って、丸井の頭に直撃したなんて。

丸井は、なぜエンジンに頭を近づけたのか?

仮にエンジンから火が吹いたとしても、自分から頭を近づけるなんてことをするだろうか?

加寿也が黙って考えていると、若いクルーは突拍子とっぴょうしもないことを口にした。

「実は、丸井さんは、ふらふらとマシンに近づくと、エンジン部分に頭から倒れこんだんです」

ふらふらと近づき、火の出ているところに頭から?

「そんな馬鹿な!」






その時、再びあの声がした。

「何をそんなに驚いているんだ。 お前、あいつを殴りたいと思ったんだろ? あいつ鬱陶うっとうしいから、どうにかなってしまえって思ったんだろ? それならもっと喜べよ」

何だって!?

もっと喜べだと?

加寿也はゆっくり歩き出し、ピットから離れていった。

そして、誰も近くにいないことを確認してからこう呟いた。
「これはお前の仕業しわざなのか?」

今度はすぐに答えが返ってきた。
「ああそうだ。お前がやらないから、俺が代わりにやってやったのさ。感謝しろよ。くっくっく」

もう疑う余地はない。

誰かがここにいる。

自分のすぐ近くに、何か得体えたいの知れないものが存在している。

いろいろと奇妙なことが起きて混乱していた加寿也だったが、少しずつ冷静になっていった。

そして加寿也は、
「お前は何者なんだ?それに、いったいどこにいるんだ?」
と、姿の見えない相手に小声で聞いた。

「俺か?俺はお前の味方だよ。くっくっく。といっても、今は理解できないだろうけどな。それに俺はお前の近くにいるわけじゃない。俺はお前の中にいるのさ」

俺の中にいる!?

それはいったいどういうことだ!?




「まあ、そのうち分かるだろうよ。くっくっく」

声は不気味に笑っている。

加寿也は、聞きたいことが山ほどあったが、理解不能なことが、あまりにも多すぎて、何も声が出せなくなっていた。


ショックだった。

丸井の怪我だけでなく、その原因が自分にあることに。

しかし、本当に自分のせいだろうか。

たまたま偶然に事故が起きただけではないのか。

気がついた時には、加寿也はトラックの運転席に座っていた。

太陽が少しかたむいたようだ。

先ほどまで強く吹いていた風だが、今はんでいた。

あたりを見ると、パドックの車輌はまばらになっていた。

レース関係者は、少しずつ帰路きろについたようだ。

加寿也はエンジンをかけるとギアを入れ、自分のポンコツマシンを乗せたトラックをゆるゆると走らせた。

今は何も考えたくなかった。


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