糸魚川さんと雨宿り

ひとまる

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2..過去とトラウマ

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俺には5歳年上の兄、すぐるがいる。俺が高校生に上がったころ、傑が友人を連れて来た。その時に出会ったのが深海恭平しんかいきょうへい、俺の初めての相手だった。

物心ついたころから、俺の恋愛対象は同性だと、そう何となく気が付いていた。周りに理解者もおらず、ずっとひたすら気付かれないように隠していた。そんな中、突然現れた恭平さんは、こっそりと俺に囁いた。


「弟君、俺と同じだね、ねえ、傑に内緒で俺といいことしようよ」


初めて現れた『同類』に、理解者に、俺は恭平さんに夢中になった。キスもセックスも全て恭平さんに教え込まれた。


「遥、可愛い、好きだよ」


そう耳元で囁かれて、抱きしめられて、恭平さんとは『恋人』なんだろうって勝手に思い込んでいた。大学生の恭平さんとは中々会えなくて、会えても身体を重ねるだけで、デートもしたことがなくて、でもそれは俺たちが異質な存在だからだって納得していた。

「ほら、しっかり舐めろよ」

最初は優しかった恭平さんは、どんどん俺を快楽を得る道具のように扱う様になって、それでも俺は恭平さんが好きだと思ったから従った。俺と会ってない時に恭平さんが誰と何をしているかなんて、考えたことも無かった。

俺たちは『恋人』だから。大丈夫。
きっと俺は愛されてる。

そう自分に言い聞かせて、言われたことには何でも従った。それでも、それはある日恭平さんの部屋に呼び出された時に全て崩れ落ちた。

部屋の中には数人の男の人が居て、恭平さんはその男の人達に俺をすんなり差し出した。


「これ、俺の玩具だから、好きにしていいよ」


そう言った恭平さんに、俺は信じられない気持ちで、まるで奈落の底に突き落とされたみたいに目の前が真っ暗になった。


「恭平さんにとって、俺は『恋人』じゃないの?」

「お前のことは玩具としか思ってないよ」


当たり前とでも言う様に、はっきりと言い切った恭平さんに俺の想いは砕け散った。全部、俺の思い込みで、俺は愛されては無かったんだ。その瞬間、俺の中で何かが壊れた気がした。

恭平さんの部屋から飛び出て、恭平さんから何回も着信音がスマホに来たけど、もう恭平さんと連絡を取ることは無かったし、会うことも拒絶した。逃げるように地元から離れた大学を受験して、一人暮らしを始めた。

もう二度と、恋はしないし、恋人は作らない。からっぽな心を埋める為に、一夜限りの関係を何回繰り返しただろう。もう恭平さん以外知らない俺じゃない。そう思うことで救われたと共に、虚しくて、胸に埋まらない穴がぽっかりと開いたみたいだった。





◆◆◆




「雨宮君って彼女とか居るの?」



そう同じ学部の女子に聞かれると、俺は首を横に振る。上目遣いでキラキラとした顔を向けてくる彼女に全く興味が湧かない俺はやはり異質なんだろう。

「そーいうの、興味ないんだ。ごめんね」

「そうなんだ、残念。でも好きな人はいるでしょう?だって最近雨宮君、凄い格好良くなったもんね。皆言ってるよー!!」

彼女の言葉に俺は固まってしまう。俺に好きな人?そんなの居るはず無い。なのに…どうして、糸魚川さんの顔が浮かんでしまうのだろう。

「もし振られたら、私いつでも慰めるからね!」

大きすぎる胸を腕に押し当てられても全くドキドキもしない。平然に彼女から距離を取って、自転車に跨った。俺のスマホには傑からの着信やメールが何通も届いていた。


『恭平がお前に会いたがってるんだけど、こっち帰って来ないの?』

『今度恭平とお前の所遊びに行ってもいい?』



どんよりと心は曇り空なのに…からっと晴れた青空にため息を吐いた。

今日も…雨は降らない──


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