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1.雨宿りから始まる関係
しおりを挟む「あー、最悪だ」
荒れ狂う雨の中、電車の運休のアナウンスが駅の構内に流れる。何で台風の日に必修の授業があったのか。
俺、雨宮遥は心許ない財布の中身を思って、運行が再開になることを祈りつつ時間を潰せるところが無いかと駅の周囲を見回した。
雨の日以外は自転車通学な為、駅周辺はそれほど詳しくは無かった。喫茶店やファストフード点やネットカフェなど、時間が潰せそうな店は見当たらずため息を吐く。どうやらこのまま駅で待つしか無いようだ。
諦めに近い気持ちで、壁に寄りかかり荒れ狂う外の景色をぼーっと眺めていると、ふいに一人の男と目が合った。長身にスラッとしたモデル体型。整った顔をし、落ち着いた大人な雰囲気がある男だった。
そして…目が合った瞬間、自分と同類だと本能が告げる。
生まれた時からか、物心ついた時からか、いつからか分からないけれど、俺の恋愛対象は『同性』だった。周囲とは違う異質な自分の性質を周囲に悟られないように生きてきたからか、自分と同類にはすぐ気が付くようになった。
求め合う様に惹かれあう。そんな言葉がぴったりくるように、男とは視線が絡まり合ったまま、距離が近づく。相手も分かっている。俺たちは同じだと。
「電車、動きそうにないですね」
そう見ず知らずの男に話しかけられたが、嫌悪感は無い。俺は男をじっと見つめて観察していると、男は躊躇うことなく柔らかく微笑みながら俺に近付く。
「僕のお店、近くなんです。雨宿りしていきませんか?」
熱の篭った瞳に、身体の芯がツキンと痛むように熱くなる。激しい雨の音にかき消されるように、俺は口を開く。
「いいよ」
中性的だと言われる俺の顔は、成人したって言うのに幼く見えるらしく、話さなければ女の様だとよくからかわれる。こっちの世界では好まれる容姿らしく、よく誘われる。
恋はしないし、恋人も要らない。俺が望むのは一夜限りの後腐れの無い関係。愛の無い行為は慣れている。ただ貪りつくすかのようにお互いの熱を重ねる。虚しいほど空っぽな心を欲で満たす。
今回もそうだと思っていた。台風が通り過ぎるまで、ただの雨宿りだと。
Closeと書かれた札がぶら下げられたお洒落なバーの扉を開け、男は俺をそのバーの2階へ通した。生活感のない部屋にはベッドが置かれていて、そこへゆっくりと押し倒される。
それが、俺と糸魚川棗との出会いだった。
◆◆◆
「糸魚川さん、もっと…」
雨の音が響く部屋で、俺は糸魚川さんにキスをねだりながら、その広い背中に腕を回す。身体を重ねるのはあの台風の夜から何回目だろうか。
「遥君はキスが好きですね」
「うん、好き。もっと、して」
糸魚川さんに激しく突かれながら、貪るように激しく舌を絡め合う。一夜限りの関係のはずが、身体の相性が良かったこともあり、ズルズルと関係を続けてしまっている。
雨の日、俺が電車通学になる日のバーが開店する前に、こうして身体を重ねるのが習慣になっていた。所謂セフレというやつだ。
糸魚川さんは俺の一回り年上の大人な男で、その分あっちも手練れで、どんどんと糸魚川さんに堕ちて行っている自分が居る。
「ああ…っ…気持ち…いい」
何回目かの絶頂で白濁液を放つ俺を糸魚川さんはまだ逃がしてくれない。身体中に紅い華を付けられ、俺の丁度感じる所を執拗に攻められる。まるで愛されていると錯覚してしまいそうなくらい、優しく、甘く、激しい交わりに、毒される。
もう二度と特別は作らない、恋もしないと決めたのに。生理的に流れ落ちた涙を糸魚川さんは愛おしそうに舐めとって、俺の眉間にキスを落とした。
雨の音が強くなる。それと共に糸魚川さんに強く抱きしめられ、最奥に糸魚川さんの熱を感じた。お互いに乱れた呼吸を整えながらベッドに横になった。
「遥君、大丈夫ですか?大分無理をさせてしまいましたね」
「べ、別に大丈夫だし」
よしよしと頭を撫でられると、むず痒い気持ちになって糸魚川さんから視線を逸らす。身体の関係しか無いはずなのに、セフレなのに、そんなに愛おしそうに見つめられると勘違いしそうになる。
『お前のことは玩具としか思ってないよ』
その度に俺の脳裏には昔言われた言葉が蘇る。そうだ…勘違いなんかしない。心を許したりなんかしない。身体だけ、そう、お互いに快楽を感じる為の行為なんだから。
雨が止む。俺は服を着て、この部屋から出て行くんだ。バーテンダーをしている糸魚川さんはきっと俺みたいな子どもじゃなくて、大人の恋愛をいくつもしているに違いない。身体中に咲くいくつもの紅い跡を抱きしめながらも、服を着る為に身を起こそうとすると、糸魚川さんに抱きしめられる。
「遥君はいつも寂しそうな顔をするね。帰したくなくなる」
「してないし!糸魚川さんもお店の準備しなくちゃだろ?俺も大学の課題あるから帰らなきゃだし」
糸魚川さんの胸を押しのけると、ちゅっとキスを落とされた。まるで恋人のような触れ合いに恥ずかしい気持ちになるが、今度こそ糸魚川さんを押しのけてベッドから下りた。
「じゃあね」
服を着て、部屋を出ようとドアノブに手を掛ける。
「またね、遥君」
俺はいつも最後は別れの言葉しか言わない。でも糸魚川さんは「またね」と次があるような言葉を俺にくれるから、きっとまた俺は雨が降ればここへ来てしまうんだ。
振り返らずに部屋を後にする。そんな俺を見送りながら糸魚川さんが
「あーあ、早く雨、降らないかな…」
とポツリと呟いていたこと何て知る由も無かった。
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