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第122話「真の姿」

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「大垣さんが作った薬は僕が持っている。ここからは僕が相手だ」
 楓は不死身化する薬が入れられた小瓶をルイに見せつける。
「楓君、その薬を返してもらえるかな? そしたら、君ももう苦しむことはないから。それに、もしその瓶を壊しでもしたら、こいつらの命はないと思った方がいいよ」

 特殊な金属製のロープで固く縛られた京骸や美波、そしてルイの後方からは岩巻が工藤や拘束したモラドの人間を抱えて実験室に入ってきた。 
 ルイは話している時、鬼化をした姿で優しそうに首を傾げて笑うが、楓はさらに赤く光る刀を持つ手を強めて油断はなかった。

「お前たちはこれで何をするつもりだ」
「決まってるじゃないか。楓君みたいな成功体を量産するんだよ。そして、人間を一匹残らずこの世界から消す。そして、僕も永遠の命を手に入れる」
「お前たちにそんなこと。絶対にさせない」
「そっか、君なら不死身の素晴らしさをわかってくれると思ってたんだけど、残念だな。じゃあ、」
 ルイは楓に2本の指を立てて言った。
「楓君には選択肢が二つあるよ。大人しくそれを渡すか、それとも僕を倒すか。さあ、どちらを選ぶかな?」
 楓は薬を内ポケットにしまい、刀をルイに向ける。
「答えは決まってる、お前を倒すだけだ」


 ルイの連続的な斬撃を楓は刀一本で防ぎ続ける。
「楓君が何があったのか知らないけど、僕の攻撃を受け止められるようになったんだね。負の感情が肥大したのかな?」
「僕はお前らみたいに憎しみや恨みを晴らすだけの目的で多くの人たちの命を奪ったことが許せない」
 楓は刀で防御していたルイの爪を振り払って、ルイの腹部を楓の振った刀がかすめた。

「なるほど、まるで力をつけたのは負の感情でないような言い方だね。混血はまだまだ調べる必要がありそうだ」
 楓が推していると思われたが、まるで今のは様子を見るためにわざと攻撃を受けたかのように、ルイの斬撃を楓は胸から腹部にかけて食らった。
 膝をついて出血する箇所を抑えて痛みに堪えるが、それでもまだ立ち上がろうとした。しかし、ルイはその隙すら与えてくれない。細い腕から繰り出される斬撃は、しなやかな鞭のように速く、そして鋭く力強い。楓は何発も攻撃を受けて肉体の形を保っていることが不思議なほどだった。

「この薬は絶対にやらない。そして、もう誰1人死なせなしないんだ」
「随分と甘いことを言うんだね。楓君は。タイガとアンナの教育がよくなかったのかな?」
 ルイは両手を広げて、おかしなことを言っているやつを説得させるかのように仕方なく説明を始めた。
「実験をすれば失敗作ができる。失敗作は当然殺処分する。それは、実験成功への糧となる」
 時系列を整理するように、左から順番に手を置いて説明していた。
「そして、その成功体は、人間を全滅される兵器となる。楓君もその1人なんだよ。君は、僕らのモノなんだ。さあ、大人しくその薬を返してくれるかな?」
 
 ルイは楓に手を差し伸べた。
 楓は睨み、そして刀を振るって腕を切り落とした。
 ルイは自分の腕の断面を見つめるとすぐに修復して元に戻っていたが、自分のいうことが理解できていな楓を不思議そうな目で見た。
「君を作ったのは僕らだ。親の言うことは聞いてくれるかな?」
 作ったような笑顔を見せるルイだが、こめかみに浮き出る血管はその感情を現している。
 楓はふらついた足でなんとか立ち上がり、再び赤く燃えるような刀をルイに向けた。
「お前たちなんか僕の親じゃない。お前たちみたいなやつがこの世界に存在しちゃいけないんだ。だから、何度でも何度でもお前たちを倒すまで僕は刀を振り続ける」
 
 楓がもう一度刀を振った時、ルイの前髪がふわりと揺れると、額から生えている角2本の先端部分が切断された。
「ほう、今のは危なかったな」
 もう一太刀、ルイに与えて今度は腕を切り落とした。すぐに生えて修復されたが、ルイは楓の攻撃の速さ、そして威力に驚いている様子だった。
「同じ赤でも、僕の方が上のはず。にも関わらず、僕よりも威力が上か」
 楓がルイに連続攻撃を仕掛けてルイは交わしたり、かすめたりしているとルイの口元がニッと笑って。華麗に交わしたと思えば、楓のすぐ正面に立ち、頭を鷲掴みする。

「ただ、楓君をバラバラにする前に一つ聞いておこうかな。教えてくれるかい」
 また、にっこりと笑って優しそうな笑みを浮かべる。しかし、楓の頭を握る強さはこめかみに食い込む指から見るに、かなり強い。
「その強さはどこで手に入れたのかな?」

「僕は自分の中にいる負の感情を受け入れることができた。増大する負の感情は行き場を失えば他者に向けられる。でも、向き合ってやればここの中で共存することもできる」
 楓は自分の胸に手を当ててルイにそう言った。しかし、ルイは笑っている。
「受け入れる? 今まで人間が起こしてきたことを全て許せって言うのかい?」 
 楓は吐血する。気がつけば楓の心臓をルイの鋭い爪が貫いて背中から抜けていた。
 楓は心臓を貫かれ乱れた息を堪えたままルイを見上げる。
「怖くないんだ。受け入れるってことは」
「それはなんの冗談かな。今まで人間がヴァンパイアにしてきたことが全て精算られるとでも思っているの?」

「初めてお前を見た時、今まで出会ったどのヴァンパイアよりも比べ物にならないほどの負の感情を感じた。それと同時にお前はその感情に飲まれていることも」
 またルイは笑った。また貼り付けたような笑みで。けれども、感情を抑えきれず段々と口調が強くなっていく。
「ねえ、楓君いい加減にしてくれるかな。さっきから受け入れるとか、僕のことをわかったような口聞きやがって!」
 肌の色が白く、青い瞳、銀色の綺麗な髪、そして、美しく聳える角を持った鬼化したルイは、突如顔色を真っ赤にして、細い腕は波打つように上下し始める。そして、身体中からは蒸気のような煙が立ち始めた。

「まずい、様子がおかしい。楓、離れた方がいい」
 鬼竜は楓に言った。 
 すると次の瞬間、ルイの体から一気に蒸気が噴き出し、近くにいた楓の体は吹き飛ばされた。楓は身体中に大火傷を負ったが、前方のルイの姿が蒸気で隠れて見えない。しばらくすると、蒸気の中から黒い影が飛び出し、楓に鈍痛を与えた。

 蒸気が晴れてようやく、鬼竜たちの前で2人の姿が顕になる。 
 まずは、見えたのは首を掴まれて壁に押し付けられて、地面から足が浮いている楓の姿。その腕の先には、側頭部から太い角が生えて牛の角のように前方に向かって生えている。さらに、体の一部は筋肉を剥き出しにして、肩や肋など人間の骨の部分は甲殻のように硬い殻で覆われ、大きな牙と歯が骸骨のように剥き出しの状態。体の大きさも身長は2mは有に超えている大きさで、その姿はまさに地獄からやってきた悪魔のようだった。
「鬼化は選ばれた肉体だけが第二段階の進化を許された。それがこの姿だ。そして、これだけの肉体のの強さを保持していなければ、ヴァンパイアは不死身の力を手に入れることはできない」

 第二段階の鬼化を成功させたルイの計り知れない腕力が楓の頭をつかむ手にさらに力を込める。
「楓君。僕は君みたいな綺麗事を言うやつが大嫌いなんだ。不死身化のためとはいえ多少は我慢してあげたけど、君には少し手荒な教育をしてあげる必要があるね」

「まずい、楓がやられる」
 鬼竜が楓を助けようと、向かったがコバエでも叩くように弾き飛ばされてしまう。
 首を掴まれた楓はルイの片手で持ち上げられて、楓はその手を離そうと、もがくがルイの腕はびくともしない。
 そして、ルイは楓の首を握る力を強めて、もう片方の手は拳を作り、殴ろうとする構えだった。
「わからせてあげるよ楓君。理不尽なまでの暴力でね」

 楓は抵抗できず、覚悟を決め目を瞑った。そして、ルイが殴ろうとした時。
「ん?」
 突然、ルイが首を使む腕は解除されて、楓は解放された。ルイは何かを感じて後ろを振り向くと、そこには烏丸と立華が刀をルイの肘に差し込んで筋繊維を引き裂いたおかげだった。
「2人とも!」
「僕らもいつまでも寝てるなんて、できませんからね。まだ、体が痺れてますけど、こんなのどうってことありません」
「次から次へとこざかしい。2人まとめてぶっ殺してあげるよ」
 ルイが2人を叩こうとしたが、それは空振りに終わった。赤く光刀がルイの太い腕を切り裂いたのだ。

「お前は僕が倒す。2人には指一本触れさせはしない」
「いいね、楓君。君が降伏するまで何度も殺してあげるよ」
 楓は刀を胸の前に構えると、深く息を吸った。そして、目を開いた時には瞳は全て真っ赤に染まり、刀を包む赤い光はさらに激しさを増した。
「楓、その姿は…」 
 烏丸が心配そうに言った。
「大丈夫だよ。烏丸さん、今なら、ちゃんとやれる気がするんだ」

「面白いね楓君は、ますます実験対象として興味深いよ。血の精度が上がって上質な薬を作ることができるだろうね」
 ルイは楓に手のひらをかざした。すると、手のひらの中で柔らかく伸び縮みするような骨が集まって、ルイの身長ほどありそうな斧を形作った。それは、赤いヴェードを灯し、もう片方の手にも生成される。
「さあ、始めようか」
 一方、楓は刀一本。しかし、楓にとってそれで十分すぎる程だった。

「お前はわかってないんだ」
「さあ? 何をかな? 主人に向かって生意気な口を聞くようになったね」
 ルイは、楓の体よりも大きい2本の斧を地面に叩きつけると地面には巨大な穴が空いていた。
「ふふ、やったか」

 実験室内に地面を破壊した砂煙が舞って、その中から一瞬の風が舞った時には、互いの決着がついていた。
「あれ?」
 ルイの視線の先には首から下だけの自分の体。それをみた時に自分が楓に首を切られたことを理解した。
「自分が負の感情に飲み込まれてることを」

「お、おい。楓、すげぇじゃんルイを倒しちゃった」
 決着がついて、鬼竜や立華、烏丸も楓の元に駆け寄る。そして、京骸や美波を縛っていた縄もルイの生体反応が消えたおかげで解除され、岩巻たちがあっという間に京骸たちに捕まり、立場が逆転した。
「ユキちゃんやあなたのこと信頼してよかったわ」
 美波は楓にそう言って、楓も瞳の色を元に戻して安堵して笑う。
 
 全員で勝利の余韻に浸っているのも束の間、実験室にモラドの偵察にっていたヴァンパイアが連絡に訪れた。
「大変です! 地上で鬼化したヴァンパイアを発見、推定では上位クラスの力を持つヴァンパイア。特徴は朱色の瞳と眼帯をしているとのことです」
「朱色の瞳って…まさか」
「間違いねぇ、新地だ」
「行かなくちゃ」
「楓やめた方がいいよ。まだ、戦いのダメージが残ってる」
「でも、竜太だけは僕の手で助けないと。お願いします、これだけは僕だけに行かせてください」
 鬼竜はため息をついて楓の白髪に手を置いた。
「君ならそう言う気がしてた。だから、約束してね。竜太を絶対に取り戻してくること。俺の一番弟子なんだから、帰ってきたらまず説教だけどね」


「まだだ、こんなところでくたばれるか…今まで人間に受けた仕打ちを忘れたとは言わせない」



「父上!」
「ルイすまないな毎回使いを引き受けてもらって」
「いいえ、父上のためならこのくらいどうってことないです」
「そうか。今までありがとうなルイ。けど、これからは自分の力で生きて行かなくちゃいけないんだぞ」
「父上何をおっしゃるんですか? この牢屋から出られたら僕たちはずっと一緒にいられるんじゃないんですか?」
「ルイ、今この組織は大垣という人間によってほとんどが支配されている。レオ様のお気に入りとのことで彼には誰も手出しができない。それは、私たちヴァンパイアが神に背く行為だとされているからだ。その大垣に反対した結果がこの状況だ。だから、どうかルイだけは…」
「ハージス、時間だ牢を出ろ」
 僕の父親、ハージスはヴァンパイアの看守に連れられて人間が暮らす集落に拘束されたまま連れて行かれた。心配になって僕もこっそり見つからないように付いていった。

「おい、ヴァンパイアがいるぞ。どうする?」
 その集落で暮らす人間は拘束されて無力化されたヴァンパイアを見て品定めでもするようにそう言った。
「今日はこれでやるか」
 人間の1人は斧を取り出して、もう1人の人間に手渡した。2人は斧を手にとって、無抵抗のヴァンパイアを睨みつける。
「このバケモノが!」
「よくもうちの娘を!」
 2人は父のハージスに斧を振り翳して、ハージスは手や足が、切断されては再生し、切断されては再生を繰り返していた。
 僕の父は大垣に見捨てられたら人間の報復のためのサンドバッグにされていたんだ。

 僕が大人になってからも人間はヴァンパイアを虫ケラみたいに扱った。時代は進むごとに人間の武器は進化し、その手法も見るに耐えないものへと変わっていった。
 本来ならば人間を食うはずのヴァンパイアは、科学の発展に伴って人間に食われるみたいに力関係は逆転しつつあった。
 
 ヴァンパイアの体は人間と違う。腕を切断しても再生するし、いくら殴られても痛みは感じるが元に戻る。だから、父のように捉えられたヴァンパイアは抵抗できないように拘束され人間たちのストレス解消に使われた。
 他にも、毒や武器の実験台に使われたり、面白半分で陽が出るまで外に拘束してヴァンパイアが灰になっていく姿を楽しそうに眺める者。
 人間は僕らヴァンパイアの敵だ。

 僕は長く生きた。そして、誰よりも多く人間とヴァンパイアを見てきた。
 だから、人間こそこの世界の悪だと知っている。人間が無抵抗の豚を食らうように、僕らヴァンパイアも人間を豚のように飼育し、奴らを二度と抵抗できないようにてただの食料にできないか考え続けた。
 そこで、父の友人が立ち上げた反人間の組織ALPHAを僕は引き継いだ。
 初めは小さな組織だったけど僕が力をつければつけるほど、仲間を増やすことができた。

 そのためにはどんな手でも使った。自分の肉体を保ち続けるためにヴァンパイアの血を吸収して入れ替えながら僕は強さを保ち続けていた。
 鬼化の第二段階まで引き出すために何度も鬼化の薬を投与した。何回も肉体は崩れかけたが何度も何度もその痛みに耐え続けることで、僕は圧倒的な強さを手に入れた。

 人間への復讐心が僕の原動力だった。
 そして、今長年の思いがようやく形になろうとしている。
 だから… 



「まだ、終われない」
 首を切断されたはずのルイは、胴体の首の切断面から新しい顔を出して、着ぐるみでも脱ぐみたいに、体を捻ってもがきながら切断面から体を出した。 
 その姿は、今まで見てきた美しい青年の姿をしたルイではなく、骨と皮だけで皮膚も皺だらけ、歯もほとんど抜け落ちている。美しい銀髪は頭頂部を中心に無くなりハゲ散らかし、透き通るような綺麗な肌はシミだらけになり、青い瞳は保っているが鮮やかな青というよりも色が濁っているようだった。彼の見た目は人間の年齢で言えば100歳くらいで、立っているだけでも不思議なくらいの弱々しい体をした老人の姿だった。

「おい、何か物音しなかったか?」
 京骸はそう言った後に、全員が物音のする方に視線を向けるとルイが楓の父で意識を失っている伊純タイガを抱えて実験室から地下通路へ逃げる姿が見えた。
 骨と皮だけのヨボヨボの老人はその肉体には見合わないほどの走力でタイガを抱えて忍者のように鬼竜たちの前から姿を消した。

「あいつ死んだはずじゃなかったのか?」
「いや、京骸さん。ALPHAのボスなんて何を仕込んでるかわかりませんよ。ただ、弱ってることは確かですから、ここで一気に畳み掛けましょう。僕ら新生モラドで勝つんです」
「それよりも、楓のお父さん抱えてったわよ。ALPHAの本拠地に行くつもりじゃない? 急いだ方がいいわ」
「わかった。鬼竜、美波追うぞ!」と京骸は言ってから楓の方を向いた。
「伊純、お前は新地をなんとかしろ。これは命令だ。いいな?」
「はい」
「後始末は先輩の仕事ってことっすね。京骸さん」
「調子乗んな、鬼竜。さっさと行くぞ」

「じゃあ、竜太は頼んだよ楓!」
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