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第121話「ヒーロー」

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 場所は地上、東京の都心。そこでは、人間が恐怖に怯える声がそこら中で聞こえる。ヴァンパイアに追いかけられる人間。追い詰められ、食われる寸前の人間。ヴァンパイアにとって人間は食糧であり、ヴァンパイア化した怪物もまた同じ人間を誰かれ分別なく捕まえては血を吸っている。

「大垣さんもうやめてください! これがあなたの望んだ形なんですか!」
 狂ったように人間の血を貪る大垣に鬼竜はひたすら叫んで訴えかけるが全くその声に反応する様子がない。
「お前らのボスははしたないな。馬鹿みたいに欲求のまま粗悪な血ばかりを吸収して、まるでヴァンパイアのブタみたいだ」
「黙ってろ、大垣さんは必ず元の姿に戻って殺した人間罪を償ってもらう」
 そう言ってる側から、自我を失った大垣は困ったように自分の頭を抱えたと思えば、遠吠えのように大きな声で叫び始めた。そして、遥か高く跳躍して、ビルの上にひとっ飛びで乗った。

 鬼竜が大垣を追いかけようとしたがルイを見逃すわけにはいかないと踏み出した足を堪えた時、
「鬼竜、行け! 俺たちがルイを足止めしてやるから」
 京骸が鬼竜にそう言った。そして、鬼竜は少しの逡巡の後、頷いた。
「木並ちゃんも行こう。ここは危険だ」
 鬼竜と木並は大垣を追いかけて駆けていった。


 そして、大垣が己の欲求に吸い寄せられるように辿り着いたのは地上の実験室だった。そこには時が止まったかのように、烏丸や立華、神原が眠らされており。楓と父のタイガが壁にはりつけにされ血を抜かれ続けていた。
 大垣は楓たちの真下まで行って、混血の血と神原が作った特殊な薬品が混ざった液体が入ったチューブのコックをひねって薬品を注射器に注ぎ始めた。

 元は人間だったとは思えないほどのスピードで鬼竜たちを振り切った大垣は注射器に液体を注入するまでの余裕があり、大分差をつけらえて、鬼竜たちが到着して実験室に入いる。
「大垣さん! お願いです、戻ってきてください。誰もこんなこと望んでないでしょ! 今ならまだ間に合いますから、どうか今だけ、僕の言うことを聞いてくれませんか?」
「***********!!!」
 もはや何を言ってるのかもわからない。日本語なのか何の言語なのかも識別できないような言葉を唾を散らしながら大垣は鬼竜に言った。
「ピギャァァーーー!!」
 そして、野生動物のように自我を失った大垣は鬼竜に向かって飛びかかり始めた。初めは二足歩行だったがさらにスピードをつけるために両手を地面に付いて四足歩行で大垣は走り始めた。その姿はもはや人間の面影すら存在しない。

 前方にいる鬼竜のことを識別できていないのか、大垣は酔っ払いの千鳥足のように実験室の中をのちらこちらに体をぶつける。鬼竜は大垣が目標を見失っているこのスキに気を失っていた烏丸と立華を抱えて安全を確保するのに精一杯だった。
「え? 鬼竜さん? これは一体どう言うことですか」
 目を覚ました、立華と烏丸に鬼竜は今起こっている事情を話した。
「あれが大垣さん、そんな馬鹿な」
「俺だって信じたくないよ。詳しい話はあと。それよりも、俺たちの長があの姿になってんだから、ケジメは俺たちでつけなくちゃいけない」
 安全な場所へ避難して、烏丸は立ちあがろうとしたがまだ体に力が入らない様子だった。
「すいません、鬼竜さんこのままじゃ…」
「2人は見てて」
 すると、鬼竜は暴れ回る大垣の元へ武器を抜かず歩いていった。大垣は実験室のあちこちに体をぶつけて、入った時に操作していたタッチパネルや楓たちがいる壁にヒビが入っている。そして、楓たちに繋がれているチューブに接続が切れた。

 そして、大垣は自分の元に生物が近づいていることに気がついた。
 大垣は大きな手に伸びた鋭い爪で、まずは鬼竜を引っ掻いた。鬼竜は交わすつもりもなく、その場を動かず大垣の攻撃をもろに受けた。
 鬼竜の青いジャケットとワイシャツが破けて、肌を露出し、その露出した肌からは赤い血が滲み出ていた。
「そっか。そう…ですよね。もう、いつもの大垣さんじゃ、ないんですよね」 
 鬼竜は諦めがついたのか、むしろ笑っている。無理やり口角を持ち上げて引き攣ったような笑みを鬼竜は浮かべた。

「大垣さん、覚えてますか? 僕が朝まで酒飲んでて地上で朝日で焼かれそうになった話」
「***!」
「馬鹿みたいですよね、俺。あの時は、自分の人生どうでも良くなっちまって、そんな時、俺に手を差し伸べてくれたのが大垣さんでした。そんでモラドに入ってこんないい場所を俺に与えてくれた」
「**! ****!」
 もはや会話は通じない。よだれだけ垂らしている大垣は言葉すら理解できていない。
「だから、めっちゃ感謝してます」
 鬼竜が背負っている2本の刀に手をかけて鞘から抜いた、そして両腕を交差し、肉を貫き、そして引き抜いた。
「大垣さん。あなたは俺にとって父親みたいな存在でした」
 大垣の太い首が切断されて、虚しく地面に落下する。これが地上で人を食い散らかしてきた、不死身のなりそこない、モラドの代表のあっけない最期であった。
「鬼竜さん…」
 立華は鬼竜の背中に向かって声をかけて、鬼竜は目元を擦るような動作をしてから3人の方へ振り返った。
「これでいいんだ。俺たちでまた1からやり直せばいい」


 鬼竜が大垣をやってからすぐに、実験室の入口にはルイの姿があった。そして、片手には京骸と美波が引きずられている。2人とも傷だらけなのに対して、ルイは傷ひとつついてない状態から戦いの勝敗が明確にわかった。
 そして、ルイは額に2本の角を生やして鬼化していた。その角は、今まで鬼化を見せてきたALPHAのヴァンパイアよりも高く伸び、凛としていてまるで芸術作品のように他のヴァンパイアとは違う雰囲気を思わせた。
 そして鬼化したルイは、まるで異世界の生物のように、黒い目に青い瞳、絹糸のような銀色の髪がこの世の生物とは思わせないような、むしろ神秘的な存在を思わせる。

「あのバカは装置まで壊したのか。まあいい、混血と抽出した薬があればまだやり直せる。鬼竜とか言ったな、そこをどけ。その装置に指一本でも触れたら、殺す」
 ルイは10本の指から鋭い爪を伸ばし、それは最高ランクの赤色の光、ヴェードで包まれていた。
 鬼竜の刀は青緑に輝いているヴェード。つまり、鬼竜にとってルイは3ランク上の相手となる。
 楓たちがいる壁を背にして、鬼竜は正面にいるルイを睨む。
「格上上等、ここでお前を倒したらまた俺はモテちゃうかもね」
 鬼竜の頬を一筋の汗が伝って落ちていく。

 ルイの連続して放たれる斬撃に鬼竜は防御するだけで精一杯だった。爪による斬撃のはずなのに、一撃一撃が重くのしかかってくるような威力で鬼竜の刀にもヒビが入り、状況は劣勢だった。
「まさかね、ここまでとはさすがラスボスってとこかな」
「貴様ごときの下級のヴァンパイアが僕と対等に戦えるわけがないだろ」
 それでも、鬼竜はヒビの入った刀でルイへ向かっていく。しかし、その刀はルイの爪を軽く振っただけでガラス細工のように簡単に粉々に散っていった。斬撃を防ごうとした刀は防御することができず、そのまま握っていた鬼竜の片腕を切り落とした。

「もう、お遊びはいいかな? 君の血も僕の肉体を保つためには使えそうだね。次は腕じゃなく心臓を貫くよ、そして新鮮なうちに君の血をいただこうか」
「ヴァンパイアの血でアンチエイジングってやつ? でもまあ、あと少しそのお遊びに付き合ってくれると助かるんだけどな」
「何を言ってる? お前が僕に提案する権利なんてない」
 ルイはまるでけがらわしいものでも見るように、冷たい瞳が鬼竜を見下す。そして、赤い爪が振り上げられた時だった。ルイの爪と同じ色に輝く刀がその斬撃を受け止めた。
「鬼竜さん、時間を稼いでいただいてありがとうございました」
「全く遅いんだよ。楓」
 
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