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第120話「影」
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「起きろ」
楓は誰かに声をかけられて目を覚ました。しかし、目の前には誰もいない。いや、いるのかもしれないが視界が真っ暗で何も見えない。
「僕は確か、捕まったはずじゃ?」
楓はそんなことをつぶやいて辺りを見回してみるが、楓に声をかけた人物は見当たらず、足元でガチャっと音が聞こえて自分の足元に刀が置かれていることに気づいた。
「刀を拾え」
楓は言われた通り、刀をつかむ。通常では刀を掴めばヴェードの色が反応するはずだが、その刀は何にも反応しない。つまり、それは普通の刀だった。
刀を掴んだ瞬間、風が楓の頬を撫でた。そして、頬が切れて血が出ている。
「誰だ! どこにいる!」
叫んでも誰からも返事が返ってこない。しばらく様子を見てみるが、また風が吹いては楓に傷を与えてゆく。
時間が経つにつれ楓に与えるダメージは増してゆく一方だった。相手は圧倒的な強さで楓より確実に強いことだけはわかった。
「一体誰が? このままじゃ一方的にやられる」
刀を握り直し、意識を集中させる。わずかな足音、服の繊維が擦れる音。相手の手がかりになるものは全て感じるつもりで意識を向ける。
「ここだ!」
刀が交わり、火花が散った。そして、その時に見えたのはマントを着てフードを深く被って顔を隠した人物だった。フードの影でその人物の顔をみることはできず、その人物はまた姿を消す。
「いくら探しても見えない。どこにいる?」
「見えないんじゃない。見ようとしてないんだ」
暗闇のどこか遠くから響いてくるような声で誰かが言っていた。
そして、楓と見えない誰かは暗闇の中を自由自在に動き回っている。楓は直前で刀を構えなんとか防ぐのに精一杯だった。暗闇の中をかける何者かは、刀を交えては消え、交えては消える。
「お前が目を背けてきた存在。最も近くにいて見てみぬふりをした存在…」
楓は再び意識を集中し、相手の気配にヴァンパイアとしての五感を全て注ぎ込んだ。
そして、再び楓の刀は相手を捉え、刀を下からすくい上げる。相手もバックステップで間一髪で交わしたようだが、楓が下からすくい上げた刀は相手のフードをかすめ、被っていたフードで隠れていた顔が顕になった。
その人物は、年齢は高校生ほどで、色白で緋色の瞳をもち、外国人のような白髪のヴァンパイア。伊純楓だった。
そのマントを着た楓は、フードを自ら振り払って顔を出した。
「ようやく会えたな」
「なんで、僕がもう1人。ここは実験室のはずじゃ…」
「確かにお前の肉体は実験室の壁で血を抜かれ、不死身を作る為の糧にされている。ただ、ここは違う。ここは俺とお前の精神世界だ。俺とお前しかここにはいない」
「俺と思って、君は同じ僕?」
もう1人の楓は首を横に振った。
「少し違う、同じではあるが同じではない。俺はお前の負の部分。お前が増大させた負の感情が俺を作り出した、いわばお前の影だ。俺の存在に心当たりはあるだろう?」
「まさか、キースやケニーをやった時…」
「そうだ、俺はお前の代わりに戦っていた。弱いお前の代わりに、だ」
真っ暗な闇の中に2人の白髪のヴァンパイアが対峙する。ここは、どこまでいっても闇の中で、存在するのは2人だけで聞こえるのは2人が動作する音しか聞こえない。そして、続けて話すのはもう1人の楓(以後、『影』と呼ぶ)だった。
「俺が出てこないように出現を制御する方法を取得したらしいが、ユキが殺されたときは簡単に出て行くことができたよ。それで、ALPHAの上位クラスだっけか? 大して強くなかったが、倒したよな」
影は、「なあ」と首を傾げて挑むような目で楓に問いかけた。
「いい加減、体を俺に預けないか?」
「そ、そんな。お前は暴走して、仲間も傷つける。たとえ同じ僕だったとしても代わることはできるわけない」
「じゃあどうやって戦う? お前があのルイとかいうやつと対等に戦えるのか? この中じゃ、息が詰まってな、暴れ足りないんだ」
「…それは」
「無理だ、お前1人の力じゃ何もできない。今まで、戦ったのは俺だ。地下のゾンビどもを倒したのも俺、キースを倒したのも俺、ケニーを倒したのも俺。お前は何をやった?」
影は刀を持ち上げて楓の額に向けて差し出した。
「ただ捕まって、不死身をいいことにおもちゃにされて。力を狙われては何度も死んでを繰り返してきただけだろ。おまけに守るべきものも守れないでいる。お前は、ただ死なないだけの弱者だ」
すると、地面からブクブクと泡が出てきて、底があるのかないのかもわからない暗闇で楓の正面に泡からユキが姿を現した。
「ユキ!」
楓はユキに手を伸ばす。しかし、現れたユキは楓の指が触れる前にスライムのようにドロドロに溶けて液体になって消えていった。
「大切な人間を目の前で殺される始末だ」
「でも、お前はもう出さないって決めたんだ。仲間を自分の手で傷つけるなんて嫌だ」
「だったら、俺を倒してみろ。そしたら、大人しくお前の体からお前の戦いを見ててやるよ」
「わかった。僕はもう辛い思いをしたくはない」
楓も再び刀を持ち上げ、影に切っ先を向けた。そして、お互いが闇の中で立ち向かう。
影よりも暗闇の環境に慣れていない間は戦いは影が有利に進んでいた。暗闇の中で影は自由自在に動き回り、同じ自分をなんの躊躇いもなく傷つけていく。
「お前は弱いままで、ALPHAに体を取られ大人しく実験体になるしかない。ALPHAは不死身の吸血鬼の量産を完成させ、人間は全て食い尽くされる。モラドの仲間もだ。これは全てお前のせいだ。モラドの奴らは、お前が強ければ、混血がお前なんかでなければよかったって思ってる。なんで弱い奴のためなんかに連堂やルーカスが死ななきゃいけないのか? そう思ってるんだよ」
「違う! 違う!」
「何が違う? お前は俺だ、お前のことはなんでも知っている。貴族のデブのおもちゃにされた憎しみ、何度も殺される恐怖、そして痛み。憎いよな? ALPHAがヴァンパイアが。それに…」
刀を交えながら影は楓の顔を覗き込むように笑いながら見た。
「お前が、本当に憎いのはヴァンパイアだけじゃないだろ?」
「やめろ!」
「俺はお前だから知っている。俺たちがヴァンパイアになる前だ。俺たちは人間からも嫌がらせを受けてきた。親がいないだけで、容姿が周りと違うだけで、周りと一緒じゃないというだけで人間は俺たちを白い目で見てくる。きっと、竜太もユキも俺らのことをかわいそうな奴だと思って仕方なく仲良くしてやっているだけなんだろうな」
「竜太もユキもそんな奴じゃない」
「じゃあなんで、竜太はALPHAに行き、ユキはお前を裏切ったんだ?」
「…」
「結局、みんな自分のことしか考えてないんだよ」
楓の肩は震え始めて体が徐々に黒く染まり始めた。目の色も白眼部分まで赤くなり始めて、額には汗が滲んでいる。
「さあ、もう遠慮するな、自分の本当の姿をさらけだせ。憎しみを自分の思うままにぶつけろ、そして、表現するんだ」
影も同じように瞳を真っ赤に染めて、白い肌は徐々に黒く包まれ始めた。楓とは違って。影は黒く、赤く包まれる自分に悠然としていて、楓を向かい入れるように両手を広げて歓迎している。
「お前は俺なんだ。もう頑張らなくていい、こっちへ来い」
まるで自分の体を自分で制御できていないみたいに、脱力したて垂れ下がった腕では脱力して、持っていた刀がすり抜けるように落ちていった。そして、一歩、また一歩と楓は影に向かって吸い寄せられていく。
「さあ、来い。それがお前の本来の姿なんだ」
「…本来の姿」
「そうだ。お前が今まで抱いてきた憎しみや悲しみ、怒りに素直になれ。そうすれば、楽になれる。もう1人で抱え込まなくていいんだ。不要な部分を捨てて本来の姿だけ選び取ればいい」
楓の脱力した膝は思わず地面についてしゃがみ込む。影は葛藤する楓に近づいて、地面に膝をつき同じ目線で話した。
「もう無理しなくていい、憎しみや苦しみの負の感情の赴くままに身を任せろ」
影は哀れなもう1人の自分の肩に手を置こうとした時だった。影の手は思い切り振り払われた。
影に近づいていた楓は、体の半分以上が黒く染まりかけた時だった、楓は落ちている刀を拾い上げて、足に突き刺して無理やり影の方へ動こうとする体を止めた。
「何をしてる!」
「絶対にお前の手には乗らない」
この時、楓の意識の中に今までユキや竜太、モラドで出会った人たちの記憶が脳内に流れ込んでいた。
「確かに、僕は今まで自分が不死身であることで辛い思いをしてきた。何度死ねたらよかったのにって思ったかわからない。でも、」
楓は立ち上がり、自分と同じ目線にしゃがんでいた影を見下ろして言った。
「こんな僕でも今まで支えてくれた人がいた。僕がいじめを受けていた時は竜太やユキが、捕まった時は空太や烏丸さんが助けに来てくれた。みんなが暗闇に落ちていた僕に光を見せてくれた」
「何を言ってる。その結果、お前は俺を作ったんだ。光が自分を助けたなんて幻想だ」
「僕はもう光を失いたくない。一つでも多くの光を僕は救いたい」
「だったら俺の存在は何なんだ? 光がお前の力なら俺の存在はどうなる?」
影は楓が普段見せないようなほど悲しそうな表情で楓にそう言っていた。
「消えろってのか? 闇は光の中にいちゃいけないってのか」
楓は首を振って否定した。
「違う。光があれば必ず闇もある。どんなに眩い光でも、その裏には闇を抱えている。光しかない人間なんていないんだ。もちろん、闇しかない人間もいない。光と闇が共存することが生きるってことだ」
「ぬるいことを言うな。俺はお前の増大する闇が作り出した、そしてお前よりも俺の方が強い。お前なんかいなくても俺は何も困らないんだ」
「確かに、僕の原動力は憎しみや恨みなのかもしれない。でも、それも含めて全て自分なんだ」
「いい加減にしろ! 綺麗事ばかり言いやがって、お前をぶっ殺して俺が本当のお前であることを証明してやる」
影は再び刀を持ち、楓に向かって振りかぶり、勢いよく振り下ろした。
楓はその刀を素手で受け止める。手に刃が切り込み、深い傷からは血が勢いよく流れ落ちていく。
「確かに、今までお前に助けられてきた。お前がいなかったらここまでこれなかったかもしれない。だから、お前が僕を乗っ取りたいならそうすればいい」
影は楓の発言に一瞬驚いて刀を引きかけたが、元に戻ってさらに刀を押す手に力を込めた。
「だったら、もらってやるよお前の体!」
影は声を上げながら、さらに力を込めて楓の手が今にも千切れてしまいそうなほど、刃は切り込んでいく。しかし、楓はその痛みすら感じていないのかと思うほど、刀を押し返す力は強かった。
「お前の全てを受け止める。同じ僕なんだから辛いこと悲しことを全て共有する。僕にとってお前も大切な仲間だ」
「仲間だと? そんな減らず口が叩けないようにしてやるよ!」
楓は影が押す力を上回って、影の手と刀を自分の首元へ自ら持ってきた。
「これからもずっと共に生きよう。僕はお前のためなら、お前が本当に望むなら死んだってまわない」
すると、影は刀にほとんど力を入れず、握ってるだけの状態になった。
影の表情は時が止まってしまったかのように、少し目を見開いたまま固まっていた。
そして、呟くように影は言葉を落とした。
「俺が憎いか?」
楓は首を振った。影は楓の手に切り込んだ刀を抜き、血のついた刃に呆然と視線を落としてから、涙に濡れた双眸で楓を見上げた。
影の目をしっかりと見つめて楓は言う。
「僕はもう大切な人を、光を失いたくない。お前の力を貸してくれないか?」
影は刀を落とす。そして、影は次は大粒の涙を流して最後に笑った。そして、手を差し出してお互いが握手をし、影が言った。
「お前は俺の永遠の光だ」
影が姿を消し、影がいた空間に残っていたのは光の粉のように輝きながら、天へと昇っていった。
楓は最後の光の粉を握りしめて、その拳に視線を落とした。
「今までありがとう。そして、これからも」
楓は誰かに声をかけられて目を覚ました。しかし、目の前には誰もいない。いや、いるのかもしれないが視界が真っ暗で何も見えない。
「僕は確か、捕まったはずじゃ?」
楓はそんなことをつぶやいて辺りを見回してみるが、楓に声をかけた人物は見当たらず、足元でガチャっと音が聞こえて自分の足元に刀が置かれていることに気づいた。
「刀を拾え」
楓は言われた通り、刀をつかむ。通常では刀を掴めばヴェードの色が反応するはずだが、その刀は何にも反応しない。つまり、それは普通の刀だった。
刀を掴んだ瞬間、風が楓の頬を撫でた。そして、頬が切れて血が出ている。
「誰だ! どこにいる!」
叫んでも誰からも返事が返ってこない。しばらく様子を見てみるが、また風が吹いては楓に傷を与えてゆく。
時間が経つにつれ楓に与えるダメージは増してゆく一方だった。相手は圧倒的な強さで楓より確実に強いことだけはわかった。
「一体誰が? このままじゃ一方的にやられる」
刀を握り直し、意識を集中させる。わずかな足音、服の繊維が擦れる音。相手の手がかりになるものは全て感じるつもりで意識を向ける。
「ここだ!」
刀が交わり、火花が散った。そして、その時に見えたのはマントを着てフードを深く被って顔を隠した人物だった。フードの影でその人物の顔をみることはできず、その人物はまた姿を消す。
「いくら探しても見えない。どこにいる?」
「見えないんじゃない。見ようとしてないんだ」
暗闇のどこか遠くから響いてくるような声で誰かが言っていた。
そして、楓と見えない誰かは暗闇の中を自由自在に動き回っている。楓は直前で刀を構えなんとか防ぐのに精一杯だった。暗闇の中をかける何者かは、刀を交えては消え、交えては消える。
「お前が目を背けてきた存在。最も近くにいて見てみぬふりをした存在…」
楓は再び意識を集中し、相手の気配にヴァンパイアとしての五感を全て注ぎ込んだ。
そして、再び楓の刀は相手を捉え、刀を下からすくい上げる。相手もバックステップで間一髪で交わしたようだが、楓が下からすくい上げた刀は相手のフードをかすめ、被っていたフードで隠れていた顔が顕になった。
その人物は、年齢は高校生ほどで、色白で緋色の瞳をもち、外国人のような白髪のヴァンパイア。伊純楓だった。
そのマントを着た楓は、フードを自ら振り払って顔を出した。
「ようやく会えたな」
「なんで、僕がもう1人。ここは実験室のはずじゃ…」
「確かにお前の肉体は実験室の壁で血を抜かれ、不死身を作る為の糧にされている。ただ、ここは違う。ここは俺とお前の精神世界だ。俺とお前しかここにはいない」
「俺と思って、君は同じ僕?」
もう1人の楓は首を横に振った。
「少し違う、同じではあるが同じではない。俺はお前の負の部分。お前が増大させた負の感情が俺を作り出した、いわばお前の影だ。俺の存在に心当たりはあるだろう?」
「まさか、キースやケニーをやった時…」
「そうだ、俺はお前の代わりに戦っていた。弱いお前の代わりに、だ」
真っ暗な闇の中に2人の白髪のヴァンパイアが対峙する。ここは、どこまでいっても闇の中で、存在するのは2人だけで聞こえるのは2人が動作する音しか聞こえない。そして、続けて話すのはもう1人の楓(以後、『影』と呼ぶ)だった。
「俺が出てこないように出現を制御する方法を取得したらしいが、ユキが殺されたときは簡単に出て行くことができたよ。それで、ALPHAの上位クラスだっけか? 大して強くなかったが、倒したよな」
影は、「なあ」と首を傾げて挑むような目で楓に問いかけた。
「いい加減、体を俺に預けないか?」
「そ、そんな。お前は暴走して、仲間も傷つける。たとえ同じ僕だったとしても代わることはできるわけない」
「じゃあどうやって戦う? お前があのルイとかいうやつと対等に戦えるのか? この中じゃ、息が詰まってな、暴れ足りないんだ」
「…それは」
「無理だ、お前1人の力じゃ何もできない。今まで、戦ったのは俺だ。地下のゾンビどもを倒したのも俺、キースを倒したのも俺、ケニーを倒したのも俺。お前は何をやった?」
影は刀を持ち上げて楓の額に向けて差し出した。
「ただ捕まって、不死身をいいことにおもちゃにされて。力を狙われては何度も死んでを繰り返してきただけだろ。おまけに守るべきものも守れないでいる。お前は、ただ死なないだけの弱者だ」
すると、地面からブクブクと泡が出てきて、底があるのかないのかもわからない暗闇で楓の正面に泡からユキが姿を現した。
「ユキ!」
楓はユキに手を伸ばす。しかし、現れたユキは楓の指が触れる前にスライムのようにドロドロに溶けて液体になって消えていった。
「大切な人間を目の前で殺される始末だ」
「でも、お前はもう出さないって決めたんだ。仲間を自分の手で傷つけるなんて嫌だ」
「だったら、俺を倒してみろ。そしたら、大人しくお前の体からお前の戦いを見ててやるよ」
「わかった。僕はもう辛い思いをしたくはない」
楓も再び刀を持ち上げ、影に切っ先を向けた。そして、お互いが闇の中で立ち向かう。
影よりも暗闇の環境に慣れていない間は戦いは影が有利に進んでいた。暗闇の中で影は自由自在に動き回り、同じ自分をなんの躊躇いもなく傷つけていく。
「お前は弱いままで、ALPHAに体を取られ大人しく実験体になるしかない。ALPHAは不死身の吸血鬼の量産を完成させ、人間は全て食い尽くされる。モラドの仲間もだ。これは全てお前のせいだ。モラドの奴らは、お前が強ければ、混血がお前なんかでなければよかったって思ってる。なんで弱い奴のためなんかに連堂やルーカスが死ななきゃいけないのか? そう思ってるんだよ」
「違う! 違う!」
「何が違う? お前は俺だ、お前のことはなんでも知っている。貴族のデブのおもちゃにされた憎しみ、何度も殺される恐怖、そして痛み。憎いよな? ALPHAがヴァンパイアが。それに…」
刀を交えながら影は楓の顔を覗き込むように笑いながら見た。
「お前が、本当に憎いのはヴァンパイアだけじゃないだろ?」
「やめろ!」
「俺はお前だから知っている。俺たちがヴァンパイアになる前だ。俺たちは人間からも嫌がらせを受けてきた。親がいないだけで、容姿が周りと違うだけで、周りと一緒じゃないというだけで人間は俺たちを白い目で見てくる。きっと、竜太もユキも俺らのことをかわいそうな奴だと思って仕方なく仲良くしてやっているだけなんだろうな」
「竜太もユキもそんな奴じゃない」
「じゃあなんで、竜太はALPHAに行き、ユキはお前を裏切ったんだ?」
「…」
「結局、みんな自分のことしか考えてないんだよ」
楓の肩は震え始めて体が徐々に黒く染まり始めた。目の色も白眼部分まで赤くなり始めて、額には汗が滲んでいる。
「さあ、もう遠慮するな、自分の本当の姿をさらけだせ。憎しみを自分の思うままにぶつけろ、そして、表現するんだ」
影も同じように瞳を真っ赤に染めて、白い肌は徐々に黒く包まれ始めた。楓とは違って。影は黒く、赤く包まれる自分に悠然としていて、楓を向かい入れるように両手を広げて歓迎している。
「お前は俺なんだ。もう頑張らなくていい、こっちへ来い」
まるで自分の体を自分で制御できていないみたいに、脱力したて垂れ下がった腕では脱力して、持っていた刀がすり抜けるように落ちていった。そして、一歩、また一歩と楓は影に向かって吸い寄せられていく。
「さあ、来い。それがお前の本来の姿なんだ」
「…本来の姿」
「そうだ。お前が今まで抱いてきた憎しみや悲しみ、怒りに素直になれ。そうすれば、楽になれる。もう1人で抱え込まなくていいんだ。不要な部分を捨てて本来の姿だけ選び取ればいい」
楓の脱力した膝は思わず地面についてしゃがみ込む。影は葛藤する楓に近づいて、地面に膝をつき同じ目線で話した。
「もう無理しなくていい、憎しみや苦しみの負の感情の赴くままに身を任せろ」
影は哀れなもう1人の自分の肩に手を置こうとした時だった。影の手は思い切り振り払われた。
影に近づいていた楓は、体の半分以上が黒く染まりかけた時だった、楓は落ちている刀を拾い上げて、足に突き刺して無理やり影の方へ動こうとする体を止めた。
「何をしてる!」
「絶対にお前の手には乗らない」
この時、楓の意識の中に今までユキや竜太、モラドで出会った人たちの記憶が脳内に流れ込んでいた。
「確かに、僕は今まで自分が不死身であることで辛い思いをしてきた。何度死ねたらよかったのにって思ったかわからない。でも、」
楓は立ち上がり、自分と同じ目線にしゃがんでいた影を見下ろして言った。
「こんな僕でも今まで支えてくれた人がいた。僕がいじめを受けていた時は竜太やユキが、捕まった時は空太や烏丸さんが助けに来てくれた。みんなが暗闇に落ちていた僕に光を見せてくれた」
「何を言ってる。その結果、お前は俺を作ったんだ。光が自分を助けたなんて幻想だ」
「僕はもう光を失いたくない。一つでも多くの光を僕は救いたい」
「だったら俺の存在は何なんだ? 光がお前の力なら俺の存在はどうなる?」
影は楓が普段見せないようなほど悲しそうな表情で楓にそう言っていた。
「消えろってのか? 闇は光の中にいちゃいけないってのか」
楓は首を振って否定した。
「違う。光があれば必ず闇もある。どんなに眩い光でも、その裏には闇を抱えている。光しかない人間なんていないんだ。もちろん、闇しかない人間もいない。光と闇が共存することが生きるってことだ」
「ぬるいことを言うな。俺はお前の増大する闇が作り出した、そしてお前よりも俺の方が強い。お前なんかいなくても俺は何も困らないんだ」
「確かに、僕の原動力は憎しみや恨みなのかもしれない。でも、それも含めて全て自分なんだ」
「いい加減にしろ! 綺麗事ばかり言いやがって、お前をぶっ殺して俺が本当のお前であることを証明してやる」
影は再び刀を持ち、楓に向かって振りかぶり、勢いよく振り下ろした。
楓はその刀を素手で受け止める。手に刃が切り込み、深い傷からは血が勢いよく流れ落ちていく。
「確かに、今までお前に助けられてきた。お前がいなかったらここまでこれなかったかもしれない。だから、お前が僕を乗っ取りたいならそうすればいい」
影は楓の発言に一瞬驚いて刀を引きかけたが、元に戻ってさらに刀を押す手に力を込めた。
「だったら、もらってやるよお前の体!」
影は声を上げながら、さらに力を込めて楓の手が今にも千切れてしまいそうなほど、刃は切り込んでいく。しかし、楓はその痛みすら感じていないのかと思うほど、刀を押し返す力は強かった。
「お前の全てを受け止める。同じ僕なんだから辛いこと悲しことを全て共有する。僕にとってお前も大切な仲間だ」
「仲間だと? そんな減らず口が叩けないようにしてやるよ!」
楓は影が押す力を上回って、影の手と刀を自分の首元へ自ら持ってきた。
「これからもずっと共に生きよう。僕はお前のためなら、お前が本当に望むなら死んだってまわない」
すると、影は刀にほとんど力を入れず、握ってるだけの状態になった。
影の表情は時が止まってしまったかのように、少し目を見開いたまま固まっていた。
そして、呟くように影は言葉を落とした。
「俺が憎いか?」
楓は首を振った。影は楓の手に切り込んだ刀を抜き、血のついた刃に呆然と視線を落としてから、涙に濡れた双眸で楓を見上げた。
影の目をしっかりと見つめて楓は言う。
「僕はもう大切な人を、光を失いたくない。お前の力を貸してくれないか?」
影は刀を落とす。そして、影は次は大粒の涙を流して最後に笑った。そして、手を差し出してお互いが握手をし、影が言った。
「お前は俺の永遠の光だ」
影が姿を消し、影がいた空間に残っていたのは光の粉のように輝きながら、天へと昇っていった。
楓は最後の光の粉を握りしめて、その拳に視線を落とした。
「今までありがとう。そして、これからも」
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