不死身の吸血鬼〜死を選べぬ不幸な者よ〜

真冬

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第111話「対話」

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「はじめまして。君と会うのは初めてだね」
 楓は腰に携えた刀に手を掛けるとルイは穏やかに笑う。
「戦うつもりはないよ。君を力づくで奪おうなんて思ってない。少し手荒な真似はしてしまったけど、親友のために自らここに来てくれたたんだよね? そんなすばらしい友情を利用しようなんて思ってないよ」
 男性にしては高い声。まるで子供のようであり容姿は女性のようでもある。透き通るようなそんな声をしてる。
「その証拠は?」
 楓はまだ刀に手をかけたまま訝しんでルイに問いかけた。
 ルイは頷いてからゆっくりと座っていた椅子を立ち上がり姿を消した。その途端、ルイの姿は楓の目の前にいた。

「君と戦うつもりはないんだ。君たちじゃ僕に勝てないから戦っても意味がないんだよ」

 楓がルイの存在を視界に捉えてから遅れて、自分の心臓をルイの女性のような細い指で掴まれていることを知った。ひんやりとした冷たい指が楓の心臓を通して熱を奪ってゆく。
 ルイの顔が楓のすぐ目の前、鼻が触れそうなほどの距離にある。ルイは銀の絹糸のようにしなやかなか髪と人形のような色白い肌そして、綺麗な青い水晶のような双眸。

 楓は初めてルイを近くで見た時、自分が心臓を掴まれているにも関わらず生物としての本能的な思考なのか恐怖よりも先に反射的に思ってしまった。

 美しい。と。

 ヴァンパイアとして彼より美しくて整った容姿をしているものはおらず生物としてではなく、まるで芸術作品をみているかのような完成された美しさ、そして、もう一つ楓が感じていたのは鮮やかな青い瞳から感じる冷たくて刺さるような視線から感じる圧倒的な威圧感。

 ルイが姿を消したところまでは楓も視認していたし、瞬時に避けようと思っていた。でも、指先一つ動かすことができなかった。それは、ルイの速さではなくその威圧感が楓を動けなくさせていた。
 体格も楓とそれほど変わらない。むしろ、楓の方が鍛えてきた分、体つきは良さそうだが、肉体ではなくルイの内側から感じるこの空間全てを飲み込んでしまうほどの強大な負の力を感じた。
 
 心臓をつかむルイの指先からその負の感情が楓の中に侵入して来る。想像を絶する負の感情に楓の低く唸り声を上げて瞳が徐々に赤みを帯びてきた。
 ルイは楓に差し込んでいた腕を引き抜いて手についている血を蛇のような長い舌を出して絡めとった。
「うん、よく仕上がってる。むしろ、モラドに預けたことで血が洗練されてよかったかもしれないね。これも、作戦通りなのかもしれないね」

 暴走しそうな感情をなんとか押し殺そうと必死の楓とは対照的にルイは鮮やかに、そして綺麗に笑って余裕そうだ。
「さて、自分の感情をコントロールできるかな? 大切な人を殺されて、何度も死に相当する痛みを味わって、僕らが君を作った頃に比べたら様々な経験を積んできたはずだよ」
 まるで、実験対象の観察でもしてるみたいに好奇心の眼差しで二つの人格を行ったり来たりしている楓を眺める。

 楓は自分との格闘の末、なんとか持ち堪えて自身の暴走を防いだ。体力をかなり使っているがそれでもなんとか持ち堪えてルイを睨みつけて楓は言う。
「竜太はどこだ。僕は竜太を取り戻しにきたんだ」
 ルイの澄んだ青色の双眸を見開いて負の力を抑え込んだ楓にルイは少し驚いた様子だった。
「驚いた。理性を失って襲ってくるかと思ったんだけどね」
「僕は自分の中のバケモノにもう頼りたくない。自分の手でお前を倒して、そして、竜太を取り戻す」
 そして、ルイはおかしそうに口元に手を添えてクスリと笑っていた。

「わかった。じゃあ、もう手を出さないよ、その代わり少し話をしようか成長した君に少し興味を抱いちゃったからね」
 ルイは細くて白い指で楓の顎先に手を添えた。
「君らモラドは人殺しをしないヴァンパイア、だそうだね。そして、人殺しをしたらモラドを追放される」
「だったらなんだ」
 ルイは次に放つ一言を言うべきか顎に手を乗せて少し思索したが、一度頷き、言うことを決断した様子で、一言ずつ楓にしっかり伝えるようにゆっくりと話した。
「そしたら、竜太はもうモラドにはもう戻れない」
「どう言うことだ? 竜太が人を殺したって言うのか?」
 ルイは「うん」とまた綺麗な笑顔を見せて頷いた。
「僕の目の前で。僕がやってってお願いしたらやってくれたよ」
「嘘をつくな、そんなことありえない。竜太は誰よりも命の大切さを知ってる優しいやつだ。そんな竜太が人殺しをするわけがないだろ」
 ルイは両手を顔の横に広げて首を横に振って残念そうな表情で言った。
「楓くんは本当に竜太のことをわかったつもりでいるのかな? 竜太はね、とても繊細な子なんだよ」

 ルイは自分の血のついた白くて細い指先を長いまつ毛の目を少し細めて憂うように見つめた。
「だからね、彼は何色にでも染まるんだ」
「まさか、お前竜太を操って人を殺させたのか?」
「だったらどうする?」
「許せない!」
 楓は刀を抜こうと刀に手を手をかけた時、ルイは刀の柄の部分に手を添えた。そして、楓は刀を抜くことをさせなかった。

「でも、楓くんが竜太をALPHAから取り戻したとしてモラドにはもういられなよ? どうするのかな?」
「竜太には謝ってもらう。竜太が殺した人間の身内にもモラド全員にもそして、罪を償ったらまたモラドに戻ってきてもらう」
「楓くん君の言ってることは無茶苦茶だ。人殺しをしたら謝って許してもらえるの? 君たちの世界でそれはむずかしんじゃないかな?」
「でも、でも、竜太は竜太だ。お前たちに染められた竜太は本当の竜太じゃない。竜太をお前たちの元から救い出す」
 ルイはまるで、我が子の成長を楽しんでいる母親のようにまた口元に手を添えて微笑んでいる。その美しい笑顔は余裕の表れだった。

「じゃあ、そんな友達思いの楓くんに一つ交換条件」
 楓が「交換条件?」と聞き返すルイは頷いて、少し楽しそうに話し始めた。
「僕らは君の力が欲しいだけで、何もモラドと戦いたいわけじゃないんだ。だから、君さえ手に入ればそれでいい。君が僕らの力になってくれたら竜太を君たちの元へ戻してあげる。竜太は自分の意志で僕らの元へきてくれたんだけど、戻るように僕から説得しよう。そして、今後竜太含めてモラドの人間、ヴァンパイアには手を出さない。どうかな? 君の命は僕らの計画で無くなってしまうんだけどお互いの目的のためにWin-Winだと思わない?」
「でも、お前らがモラドを襲わないという保証ができないだろ。お前たちみたいなヴァンパイアがその交渉を守るとは思えない」
「そうか。残念だな、いい交渉だと思ったのに…あ! そうだ、じゃあこれはどう?」
 ルイは両手を広げてまた楽しそうに首を傾げて楓に問うた。
「ALPHAのヴァンパイアを僕以外全員殺すのってどうかな?」
 
「いい加減にしろ! そう言う問題じゃない!」
 楓はたまらず刀を抜いた。以前まで緑の光を放っていた刀は1ランク上のヴェードである青緑へと色を変えていた。
「わぁ、すごいね。修羅場を乗り越えてきた証拠だ。僕はね心の底から君が不死身の吸血鬼でよかったと思うよ」
 楓が刀でルイの首元を狙って振り下ろすとルイは軽々と軽い体を持ち上げてかわす。そして、楓の胸には引っ掻いたような傷跡がいつの間にか残っていた。

「もしかして、刀を抜いたってことは僕と戦って勝とうと思ってるのかな?」
「ここでお前を殺す。そうすれば交換条件なんてなくても一番平和に解決できるから」
「そうか。それが君の答えなんだね」

 楓のヴェードはランクが上がったとしても青緑程度ではルイには到底及ばなかった。それどころか、ルイは武器すら使っておらずほとんど素手で刀を掴んで伸び縮みする爪で楓の肉に切り傷つけていく。
 3分と持っただろうか? 戦いはあっという間に決着がついて、楓は不死身ではなかったら死んでいるほどの重傷を負った。体が動かない楓にルイは爪を再び伸ばして革靴がコンクリートの地面に当たる乾いた音を立てながら着実に近づいてゆき、それが不死身捕獲へのカウントダウンに思わせた。

「楓くん、僕は楓くんがもう少し知性を持って育ってくれていると思ってたんだけどそこはちょっと残念だったな」
 ルイは手を振り上げて楓の頭めがけて振り下ろす。
 しかし、その爪は楓の体に傷をつけることなく切断され、床に切り離されたルイの腕が転がっている。
 その腕を斬ったヴァンパイアが楓の前で2人並んでいる。
「烏丸さん、空太」
「大丈夫ですか楓君。京骸さんから連れてかれたかもしれないって言うから臭いを辿っていてみればとんでもないところにいましたね」

「ありがとう、2人とも。でもどうやってこの国に?」
「そこらへんにいたやつから隊服を盗んだんで紛れ込んできたんですよ」 
 切り落とされたその腕は陸に打ち上げられた魚のように腕だけで跳ねていたがやがて静かになった。
「楓、もう大丈夫だから。交換条件なんて応じなくていいの」
 ルイの失った腕の断面からはすぐに腕が生えて元に戻っている。
「ほう、君らみたいな雑魚が僕のところにきたなら今後この国警備も厳重にしないといけないね」
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