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第110話「初対面」

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 ケーロスが引く荷台の中で眠っていた楓はバスティニアに入ってからしばらくして目を覚ました。

 楓が目を開けた先にある空間は闇。そして、しばらく目が慣れると楓は自分が閉鎖された箱の中にいることがわかった。手足は厳重に拘束され立ち上げるのに精一杯だった。

「ここは…どこだ?」

 そう呟き楓は今自分がどこにいるのか確認しようと荷台に空いている小さな穴から外を覗いた。
 楓の視界の先で広がっていたのは白い隊服を着たヴァンパイアが100人、いや、建物の影からさらに数百人さらにもっと…。視界の中だけでも1000人はいるだろうか。

 そこにいるヴァンパイアたちは人間を引きずって持ち帰るものやケーロスが引く荷台に乱雑に乗せた人間を運搬しているヴァンパイア達の姿が見られた。そこに生きた人間の姿はなくALPHAのヴァンパイアたちが我が物顔で街中を闊歩している様子を見て楓はすぐに理解した。

「まさか、ここがバスティニア」

 楓はその荷台から脱出しようと出口の壁に何度も体当たりしてみるが、その壁はびくともしない。それに持っていた刀とルーカスから預かったピストルも取られている。
 なんとかしてここから出ようと楓は必死にドアに体当たりを繰り返していると馬車が急に止まって楓はその反動で反対側の壁に体を打ち付けた。すると、正面の扉が開き闇に包まれ閉ざされた空間に光が入り込んできた。

 ドアを開けた大男、岩巻は目の前の混血に対して全く表情を変えることなく荷台に上がってきて拘束された手足を芋虫のようのばたつかせて抵抗する楓をまるで、子供をあやすように軽々と肩に担ぎ上げて、大きな門の前に降ろした。

 すると、楓が降ろされた視線の先には白いタキシードを着て、よく手入れのされている髭を蓄えた品の良い初老の男性が立っていた。
 そして、その初老の男は楓たちに深々と一礼する。
「伊純様、手荒な真似をして申し訳ございません。ここからは私がルイ様の元へお連れいたします」
 そのヴァンパイアは念入りにまた深々と頭を下げる。
「申し遅れました、私はこのお城の使用人をしているものでございます。名を名乗るほどの身分ではございませんが、以後お見知り置きを」

 その初老のヴァンパイアは楓が荷台から見た血の気の多いALPHAのヴァンパイアたちとは打って変わって非常に落ち着いた振る舞いをしていた。
 その使用人のヴァンパイアはタキシードの懐から鍵を取り出し、楓の手足につけられた手錠や足枷を外した。

「私たちをここで殺すのも殺さないのも貴方様の自由です。これはルイ様からそう伝えられております」
 その使用人と後ろで無言で立っている岩巻は楓の拘束を解いても焦るような素振りさえ見せない。それどころか使用人は武器を所持していないようだし、岩巻は楓から取り上げていた刀とピストルを返した。故に、楓はいつでも2人を殺せる状況だった。

 楓はそれでも2人の様子に注意を払いながら刀とピストルに何か細工されていないか念入りに確認してから刀を腰に携えてピストルをスーツの内ポケットにしまった。
 楓が準備できたことを確認するとその使用人は正面に見える大きな城を指差して「では」と一言声をかけた。
 そして、後ろに立つ岩巻は無表情のまま何も話さず、楓が歩き出せばそれに着いていき、進まなければずっとそこに立ったままでいるつもりなのではないかと思わせるほど、楓に対して進むように催促するでもなく手を出すつもりもないらしい。

 楓は使用人が指差した方向へ視線を向けるとまず正面にあるのは岩巻の身長を有に超えるほどの高さで聳えそびえ立っている鉄格子状の門だった。その先に城に入るための玄関が見えるがそこまでの距離は玄関のドアがかなり小さく見えるほど遠い距離があった。

 岩巻が正面にある大きな門を怪力でこじ開けると使用人は楓を先に敷地に入るように促し、楓は恐る恐るルイがいる城の領域に一歩踏み入れた。そして、使用人も続いて入り、岩巻も楓のすぐ後ろに着いて歩く。

「岩巻さん、伊純様の後ろを歩いては伊純様が安心して歩けませよ」
「すいません」
 男らしい低い声で岩巻がそう言うと楓の後ろから使用人の隣を歩き、三人並んで歩く形になった。
「とは言っても、伊純様に手出しをしたら私たちの命がなくなるだけなんですけどね」

 使用人がにやりと笑っている間にも、3人は大きな城の玄関の前に来て岩巻と使用人は扉を開き、使用人は「どうぞ」とまた楓を先に行くように促す。

「お待ちしておりました」

 扉が開いてから上の回に続く階段まで並んだ白いメイド服を着たメイドのヴァンパイアたちが一斉に頭を下げて来客を歓迎した。その人数はざっと30人はいるだろうか。
 メイドに囲まれた道を3人は歩いていき上の階に登る。

 城の中を歩いていると部屋に入る扉はなくなっており、しばらくはドアも飾りの絵も何もない壁が続いていた。視線の先の遠くは人間の視力では暗闇に隠れて先が見えない。
 その暗闇の中を3人は進んでいくと使用人はあるところで立ち止まった。行き止まりなのかドアが見える。どうやら、暗闇の端まできたようだ。
「こちらになります」と使用人がそう言うと一つの部屋に入るドアを指差した。
 そこは、この部屋のためだけに用意された空間かのように赤い両開きの扉があるだけでそのほかは何もない。すると、使用人はその扉に話しかけた。
「ルイ様、伊純様をお連れしました」
 扉の向こうから返事は聞こえてこないが、使用人は岩巻と目を合わせてから楓に言った。
「私たちが案内できるのはここまでとなります。それでは失礼します。良い時間を」

 使用人と岩巻は楓に一礼すると元来た通路を引き返して暗闇の中へ消えていった。そして、部屋に入る扉の前には楓1人だけが取り残されていた。このフロアにある部屋は楓の前にある部屋一つのみで、扉の向こうから何も音が聞こえない。
 下の階には大勢のメイドがいたにも関わらず城の中は不気味なほど静かで楓の呼吸音だけが楓が聞こえる唯一の音だった。
 楓は両開きの扉のドアノブに手をかけてゆっくりと扉を開く。

 楓の視線の先にはぼんやりとした薄明るい間接照明に照らされ、椅子に座っている1人のヴァンパイアの姿があった。座っている椅子の隣には赤い薔薇の花が高級そうな花瓶にいけられており、そこがこの部屋にある唯一光が照らされている場所だった。
「ようこそ、伊純くん」
 首元までの長さのある銀色の髪と鮮やかな青い瞳を持ったヴァンパイアは椅子に座り、肘掛けに頬杖をついて足を組み扉の向こうから現れた楓を歓迎した。 
「お前がルイか」
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