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第90話「楓VSケニー③『何故?』」

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 ケニーがその人間の方に手を回して楓の方に振り向いた時、その人間の姿が楓の前でようやく明らかになった。

「なんで…君が」

 その少女は、恐怖のあまり顔面蒼白、それでもその人間は首を横に振ってそのポニーテールはいつも通りに快活に左右に振れた。恐怖で声が出ないのか、そうやって今の現状を否定しようとした。

「ユキが…どうして」

 ユキは必死に声を出そうとしたがケニーが力強く喉を締めているので、喉をつまらせて咳き込んだ。かすれながらも、ようやく声を出した。
「か、楓、違うの。これは、訳があって…」
「わけんてなーい! 裏切り裏切り!」

 ジャックが仕組んだのかケニーが仕組んだのか、まるでこの状況を予期していたようにケニーは目をへの字にして肩を上下してケタケタと喜んでいる。

「そんな…ユキが? なんで? なんで? なんでだ? なんで、今まで一緒にいたのはそういうことだったの? 嘘だろ、嘘なんだよね? きっと嘘だ、嘘に決まって…」
 ユキは必死に楓に答えようとしたが、ケニーはそうさせてくれない。
「裏切り者はこうだ!」
 ケニーはユキの腕に絡める力を強めて、女性の人間には耐えきれないほどの力を加えた。ブツブツとつぶやいていた楓は、目の前で起こっていることに一瞬遅れて気がついて、すぐにユキを助けに向かった。

 楓が二人の目の前に来た時には遅かった。
 ユキは喉を潰されて吐血し、もはや声を出せる状態ではなかった。動作だけ見れば咳き込んでいることがわかるがユキからは声が発せられていない。
 楓は目の前の衝撃に思わず動きを止めてしまい、ケニーはこの時を待ってたかのごとく、肘で楓の脳天めがけて振り下ろした。強烈な一撃に楓は頭から地面に叩きつけられる。それでも、楓は地面に這いつくばりながら無理に視線を上げて気力だけで言う、
「…ユキには手を出すな」
 かろうじて言葉を発する。
 足元に倒れる楓はケニーの足をつかもうと手を伸ばす。しかしその手は、ケニーに届くことはなく。道端の汚いクソでも踏みつけるようにケニーは裸足の足を踏み降ろして地面に擦り付け、そして唾を吐き捨てる。楓の人差し指が関節の可動域を外れて、海老反りするみたいに逆方向に曲がっている。
 ケニーは足元で痛みに悶え苦しむ楓をしばらく堪能して、自分も同様の痛みを味わいたいと妄想しかけたが、ジャックにバレて意識を取り戻した。我に返ったケニーは言う。
「この子の命は助けてあげようか? でも、その代わり…」



 ケニーが途中まで言いかけると、時が止まったように周囲が静まり返った。
 ケニーはこれから大事な一言を言うため、改めて息を吸ってからゆっくりと吐き出すしてから真剣な顔で語るように言った。

「僕のペットになって」
 
 辺りはまた静まり返った。それを訊いた楓は顔の筋肉が全て緩んだように唖然とする。自然と口が「は」を発音するように開いた。
 一方、ケニーは眼から星屑でも出てきそうなほど眼を輝かせている。これはマジの大マジで言っていることが常識を備えている高校生の楓にも分かるほどケニーは真剣な表情だった。

 すると、ケニーは頬を赤らめて両手の人差し指の先端を押したり引いたりしながらなにか照れくさそうに楓に上目遣いをする。
 それはまさに恋する乙女のようだった。
「死なない体。じっくりいたぶりたい」とケニーは吐息を吐くようにつぶやいた。
「…」
 楓は言葉も出ない。目の前のヴァンパイアが一体何を言っているのか理解するのに多くの時間を用した。
 さすがのケニーも楓がきょとんとしているのを見て黙ったままではいなかった。ケニーはしばらく、自分の顔の前で両手の人差し指の腹を押したり引いたりしながら恥ずかしそうにしていた。
 まるで、見られたくない恥ずかしいものを見られてしまったというように顔をしていたが意を決したのか顔を振って、そして開き直った。そして、ちょっと背伸びをして楓を見下ろすような形になって指を指す。
「だってぇ、正直不死身になりたいとも思ったけどいつ無くなるかわからない命を持っている方が痛みにスリルがあるって君の攻撃を食らってから思ったの。だーかーらー…」
 「だ」で一歩近づき、「か」で更に一歩近づき、「ら」で一歩近づいて楓の目の前に立つ。

「僕と一緒に痛みを味わいつくそ♡」

 うれしそうなケニー。呆れてものも言えない楓。二人の温度差は時間と共に距離を伸ばしてゆく。
 ただ、ケニーはユキのことを人質にとっている。意味不明なことを言うケニーに今にも飛び出しそうな感情を抑えて楓は現状を把握する。それだけに相手を刺激するようなことは言えない。
 楓は相手にユキのために、ユキのためだけに相手の機嫌を損なわないように顔に貼り付けたような笑みを浮かべて首をかしげる。少々顔がひきつっているがそれを自分の意志で押し込めたことはなんとか隠せた様子だった。
「それはどういうことですか?」
 とりあえず問いかけてみる。相手を刺激しないように、そして相手が少しでもスキを作るチャンスを探すために。
 ただケニーはここでなにかのスイッチが入ったのか、赤らめた顔はタコのように真っ赤に変わった。脇に抱えるユキの首に回した腕の締め付けが強くなる。
「笑うな!! 今、僕の趣味を笑ったのか? 絶対に許さないぞ」
 ケニーは着ているにマントの袖から短刀を取り出してユキの喉元に刃先をかすめた。

「そこを動くな。一歩でも動いたらこの女の喉を掻っ切って血を全て吸い尽くす。お前の目の前で美味しそうに食べてやる」
 急にケニーの目の色が変わった。嫌な予感に楓は指示通り、今いる場所から一歩も動かないようにした。
「お前は僕のものだ誰にも渡さないぞ。この女にもルイ様にも、お前を渡さない」
 想像以上に相手のことが全く読めない。だから、嫌な予感がする。その気持ちはケニーにあった時から楓は感じていたが、徐々に増していったその思いは今頂点に達した。だからこそ、ユキをいち早く助けなければいけないと思った。

 話し合いの通じる相手じゃない。だから、長期戦にもつれるのは不利になる、短期的に決着を付けなければいけない。
 そこでふと楓は、自分のジャケットの内ポケットのいつもとは違う重みに気がついた。それはルーカスが楓に渡したリボルバーだった。自分はケニーに刀しか武器を見せていない。このリボルバーを発泡して相手に少しのスキを作ることができれば、ユキを助けることができるかも知れない。
 
 今まである程度の戦闘を積んできた楓にリボルバーを発泡するだけの抵抗するチャンスはあった。咄嗟に内ポケットに手を伸ばし、ケニーの額を狙って発泡する。しかし、くさってもALPHANo4。弾丸は交わされて、耳をかすめるほどの不意打ちにしかならなかった。それでも、ケニーが弾丸に気を反らして一瞬だけユキのことを手放すスキが出来た。
 そこで、瞬時に楓はケニーのもとへ向かってユキを取り戻す。
「あ!」
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