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第87話「時始」
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「で、山本君。君は正気なのか?」
「はい、これが僕らの覚悟です」
ゼロ吸血鬼対策室室長の近藤そして、その近藤の後ろで腕を組み、壁に持たれかかるS級隊員のトップ、鳥田もA級隊員で隊長の山本の発言に驚くことはなかった。なぜなら、山本の隣には立っているのはゼロが捉えたはずの不死身がいるからだ。そして、一般人のユキ、山本の部下も並んでいる。
「私を納得させる言い分があるんだろうな?」
山本は並んで立つ5人から一歩前に出て、モラドと共闘することになった経緯を全て余すこと無く近藤に言った。そして、極めつけには現在追い込まれているゼロの状況を加味した上でモラドに協力すれば地上を襲ってくるヴァンパイアに勝てる勝算をプレゼンして近藤に伝えた。
近藤は話し半ばで、ゼロの取れる選択はもうそれしか無いだろうと近藤も山本の話を訊いて納得しているようだった。
「わかった。君が言うんだ。嘘を言っているということは無いんだろう。ただし…」
近藤は顔の前で手を組むと楓を鋭い眼差しで睨みつけた。
「木並隊員が言った通り、協力するのはこの騒動が収まるまでだ。それ以降は君らの活動次第でモラドが敵になるか、味方になるかは私達が判断する。これが我々、人間側の絶対条件だ、飲めないのならばこちらも相応の対処をしなければならない」
鳥田も近藤の発言の前でおとなしくはしているが、ヴァンパイアに協力するということに懐疑的な姿勢だった。
楓はその鳥田に一度視線を移してから言った。
「はい、わかっています」
「そうか。そちらも覚悟があるんだな」
近藤は楓を見つめていた視線を目を閉じて、再び開いた。そして、取り繕うことのないつもの鋭い眼光を宿し、楓に言った。
「ゼロの室長として君たちのトップに挨拶がしたい。君たちの本拠地を教えてもらえないか?」
東京都の都心の外れにある山奥でゼロ吸血鬼対策室室長の近藤は辺りを見回して戸惑っていた。
近藤は黒光りするリムジンを降りる。
「まさか、同じ東京都内にこんな建物が存在していたとは…」
近藤はリムジンの運転手とボディーガードを手で制して待機するように命じた。彼らは、頭を下げ直立不動のまま近藤の背中を見つめた。
楓はモラドのヴァンパイア代表として近藤をモラド洋館の玄関までの間を肩を並べて歩いた。
「ALPHAの襲撃で玄関が修理中ですので、足元にはご注意ください」
近藤は「襲撃?」と少し、驚いた様子だったが、余計なことには触れまいと楓に深い質問をすることはなかった。
山奥にある大きな洋館。玄関の扉を楓が開くと、そこには白髪交じりで、白衣を着て、顔にはシワの多い大垣の姿があった。一緒に、近藤を迎えた使用人よりも先に大垣は言う。
「近藤様、お待ちしておりました。私は、モラド代表の大垣と申します」
近藤はヴァンパイアと人間がひっそりと共存している洋館にゼロの代表として一人で来たにも関わらず全く動じる様子がなく、堂々といつも通りの近藤は大垣に挨拶を交わした。
「話は伊純君から聞いております」
「早くて助かる」
近藤はそう言うと大垣に対して深々と頭を下げた。いきなりの行動に大垣も慌てたが相手の誠意をしっかりと受け止めようと大垣は長く頭を下げる近藤に言葉をかけず、近藤が顔を上げるまで待った。
「私達、ゼロがあなたがたにしたご無礼をお許しください」
そして、ようやく大垣は言った。
「近藤さん。確かに、ゼロは私達モラドの存在を認めてはくれなかった。今まで、モラドの存在がゼロに知れたらヴァンパイアも人間も無事ではいられなかったでしょう。しかし、ゼロのトップである近藤さんがこうやって直々に来てくださった。これは、ヴァンパイアにとって、そして、人類にとって大きな一歩を踏み出したと私は考えています」
大垣は近藤に手を差し出した、シワのある手。今まで大垣が歩んできた人生、そして苦労が染み込んだその手を近藤は握りしめた。
「私達ゼロも、この人類の危機を救うべく全力で支援しましょう」
ここに、ヴァンパイアと人間の共存を目指す組織、モラドとヴァンパイアを倒し、人間の安全を守るゼロが期間限定ではあるが、相反する2つの組織が初めて同じ目標に向かって手を取り合った瞬間であった。
近藤と大垣は話し合い後、それぞれが保有している情報を共有した。現在地上、そして、人間が立ち入ることの出来ない地下でALPHAが攻めてきていることを知り、目的も当然一致した。
「モラドからはALPHAの上位クラスにはこちらも上位クラスのヴァンパイアに向かってもらうつもりです」
「わかりました。私達も最大限の兵力を当てましょう」
そして、近藤は現状の大勢を立て直すと言い残し、モラド洋館を後にした。
近藤を見送った大垣は振り向いて、モラド上位クラスのヴァンパイアたちに告げた。
「私達はついにゼロ手を取り合って共闘することができる。ただ、この新たな一歩の感傷に浸っている暇はない。今は一刻を争う状態だ。近藤さんがくれた情報を元にALPHAの上位クラスとぶつかることになる」
大垣の言うこといここにいる全員が納得して中にはうなずきながら聞いているものもいるし、ようやく組織として大きな前進に涙を流しているものの姿もある。
「みんな、こんな私だけど今までついてきてくれてありがとう。この戦いが終わればモラドは大きな前進を遂げる」
「よしてくださいよ、大垣さん。戦いはこれからでしょ」
思わず大垣は笑みを浮かべた。
「そうだね。鬼竜君の言う通り、まだ始まったばっかりだ。のんびりしてはいられないね」
「大垣さん、この戦いが終わったら。ここにいる皆で祝杯を上げましょう。それまでは、俺達は全力でALPHAを倒します」
「ありがとう連堂君。では、連堂君の言う通りこれから地上と地下に別れてALPHAを迎え撃とう。上位クラスには上位クラスをそして、」
大垣は楓に視線を向けた。
「新地君の奪還は伊純君に」
「はい」
「では、それぞれ。人類、そしてヴァンパイアの平和のために、行こう!」
モラドのヴァンパイアたちは散開して自分たちの役割を果たすべく目的地に向かった。
「さて、ジャンセン。私達は地上を任された。そして、到着してみればあの忍者のような敵を倒せと大垣さんから仰せつかった」
「そのようですね。ルーカスさん。情報によるとALPHA、No.6の桐ヶ谷です。見ての通りスピードが武器のヴァンパイアです」
「ああ、わかっている。だからこそ、ビルの屋上から狙撃するためここにいるのだ。一対一でやりあったんじゃ相性が悪いからな」
ビルの屋上で風にコートをなびかせながらルーカス、そしてジャンセンは眼下のヴァンパイアに視線を向けていた。
「No.6か、一番下ではないか。大垣さんは私に期待していないのだろうか?」
「いえ、そんなことは。あ! ルーカスさん!」
「なんだね? 質問に答えろ、まだ話の途中だぞ?」
「達磨が」
ルーカスの愛猫である達磨が懐に入れていたはずなのにいつの間にか飛び出して、10階建ての高層ビルから真っ逆さまに落ちていく。
「なんてことだ!」
ルーカスはすぐさまビルの屋上にある転落防止の柵を片手でつかみ飛び越える。そして、達磨より体重の重いルーカスは達磨に空中で追いついて抱きかかえて地面に華麗に着地した。
「大丈夫かにゃ? 達磨」
大事そうに抱える達磨の顔を覗き込み、達磨の安否を確認すると思わず猫語が飛び出してしまったルーカス。
当然、地上で疾風のように走り回っている桐ヶ谷はそれを見逃すはずもなかった。
「あちゃー」とジャンセンは額に手を添えた。
桐ケ谷とルーカスが対峙する。
「計算が狂った。屋上からの狙撃はなしだジャンセン」
ルーカスは無線で現状をジャンセンに伝える。
「そうでしょうね」とジャンセンはため息まじりに言った。
桐ヶ谷は首を掻っ切った人間を片手に持っていたが、それを放り投げてルーカスに視線を合わせた。
「なるほど。モラドもついに動き出したってことか」
すぐに桐ヶ谷は他のゼロの隊員には目もくれずルーカスの元へ、クナイを構えて中腰になって駆け出した。
ルーカスも予想していたよりもずっとスピードが早い桐ヶ谷に驚きを隠せなかったが、達磨を抱えながらかろうじて交わした。
「速いな。想像以上だ。どうやらデータは当てにならないようだな。わかってるな、ジャンセン」
地上にて モラド No.5ルーカス VS ALPHA No.6桐ヶ谷
「早く逃げろ! あいつはやばい! 近づいちゃダメだ! にげ…」
「…」
そのヴァンパイアは逃げ惑うモラド派のヴァンパイアの首をまるで草を刈るように、軽々と自分の身長よりも大きな鎌で刈り取った。そして、まだ血が滴り落ちる生首を片手で掴んで不思議なものでも見るように首の断面を覗き込む。
「…」
「なるほど、近くで見ればNo2であることはよく分かるな」
そう言って、連堂は短くなったタバコを地面に捨てて革靴でこすりつぶした。すると、すぐにもう一本のタバコを取り出してライターを取り出しだして火を着けて、1つ煙を吐いた。そこまでの動作は何か悠然としていた。そして、ようやく腰に携える太刀に手を添えて、青い光をまとった刀を抜いた。刃先を相手に向けて、そして、目の前の敵を鋭い眼光でにらみつける。
「相手にとって不足はないな」
目の前でヴァンパイアの生首を掴むヴァンパイアは連堂の存在にようやく気がついて、連堂に対して不思議なものでも見るように首を傾げる。
「…」
地下にて モラド No.2連堂 VS ALPHA No.2パッチ
「地上もどえらいことになっとるやん。もう、ゼロもALPHAも入り混じりすぎて人もヴァンパイアもゴミみたいや。まあ、そうは言うてもどうせ俺らが優勢ってことでええんやろな? よお、わからんけど。そう言うことにしておくわ。…おっと、独り言はここまでにせんといかんな。来客や」
オレンジ色の蛍光色が入ったパワードスーツアトンを着て、手にはその長身を超えるほどの大きな槍を持っているゼロの戦士がいる。
「君と会うのは二度目かな? 前回の決着をつけようじゃないか」
「おっちゃん、無理せんといてな。ぎっくり腰で戦えんようになるとか洒落にならんで?」
「今回は前回と違うよ。脳筋ヴァンパイア君」
「それは、お互いや」と西園寺は吹き出したように言う。
ゼロS級隊員の傍らには、A級隊員の山本、そしてその部下の木並、そして鷹橋が武器を構える。その他にもA級隊員を隊長とした隊が西園寺を迎え撃つ。
西園寺は冗談でも言っているのかとでも言わんばかりに、顔の前で手を振った。
「冗談やろおっちゃん。普通、戦いはタイマンやん。前回もそやった。周りの雑魚がおったけどあれはいないも同然や。でもなんや、雁首揃えて可愛らしい坊っちゃんに姉ちゃん。女、子供巻き込んで、しかも雑魚や無いやん。恥ずかしくないんか?」
「君は相変わらずよく喋る。黙って戦いに集中したこと無いんだろうな」
西園寺は呆れて、首を左右に振って鳥田の発言を否定した。
「話すくらいええやん? だって、今日で最後やろ? お前らと話すの」
地上ににて ゼロS級隊員鳥田&山本隊&その他A級隊 VS 西園寺
「俺のことはいい! お前には目的があるんだろ? だったら早くいけ。こんなところで時間を使っている暇はないだろ」
「すいません。では、ここを頼みます。どうかご無事で」
「任せろ、俺はモラドでも大垣さんに力だけは信用されてる程なんだぞ」
「ありがとうございます!」
楓は迫りくるALPHAの大群をモラドの騎士に任せて、ルイに言われた目的地に向けて急いでいた。ここは地下であり、ユキもゼロの力も頼ることが出来ない。護衛に数人のモラド派の兵士は着いてはくれるが、これから戦うヴァンパイアである新地竜太と対峙するには心もとない。故に、最後は自分でやらなければいけないことを理解していた。
だから楓は、なんとしてもこれからALPHAの城に向かって竜太、またはALPHAのボスであるルイを倒すつもりでいた。そう思っていた矢先、楓は運が悪かった。
「あ~れぇ~? その白髪、君は、確かこ、こ…混血? だっけ?」
まるで、楓には興味がないのか思い出したように言うヴァンパイアは、もはや人間とヴァンパイアの区別がついておらず、鷲掴みしている瀕死状態のヴァンパイアの血をまるで人間の血のようにすすって己の空腹を満たしていた。
「こら、ケニー。大事な対象だ、忘れるなんてありえないぞ!」
そのヴァンパイアはさっきまで、とろんとしていた目は急にキリリとして自分で自分を睨みつけてそう言った。
「おぉ、ジャックが言うなら。間違いないね、あれがルイ様が欲しがってた混血か。ごめんね、すっかり忘れていたよジャック」
すると、ケニーは自分で言っておきながら、弾けるように驚いた。
「え? てことは、コイツを手に入れたら僕たちルイ様に認めてもらえるじゃん。つまり、ランクアップのチャーンス! GE・KO・KU・JOU!」
ケニーは自分でそう納得すると腰を屈めて全力のガッツポーズをしてみせた。
「楓さん。ALPHAのNo.4二重人格のケニー&ジャックです。大変、言いづらいですが、私達の戦力では、彼らを前にしてここを逃げるのは不可能かと…」
楓の護衛できたモラド派の兵士は正直にそういった。
楓が今いるところは、アガルタの最東端バスティニアに向かう途中の国、ティエース、まだバスティニアに到着するには部下に戦闘を任せて自分だけ先に行くには遠すぎる。
今いるモラド派のヴァンパイアは楓含めて6名。そのうち、楓を除けばモラド派他国から引率している、ヴェードで言えば黄色か黄緑レベルのヴァンパイアしかいない。もちろんALPHAの上位クラスに対峙して敵うはずがない。
だから、楓はルイがいる城に到着するまで時間はかかるが、覚悟を決めるしかなかった。
楓は腰に携えた刀に手を添えた。そして、刀の取っ手を握る。
「皆さんは下がってください。ここからは僕が相手します」
「ケニー、混血自ら相手するそうだ。どうする?」
「もちろん、僕がやるよジャック。ルイ様に褒められるのは僕だからね。ジャックには譲らないんだから」
「ああ、安心しろケニー。俺の存在はお前と共にある」
そして、楓、ケニー&ジャックは抜いた切っ先をお互いに向けて対峙した。そして、ここから勝負が始まることを予感させた。
地下にて モラドの混血 楓 VS ALPHA No.4 ケニー&ジャック
モラド&人類 VS ALPHAの1種の独占された世界か2種の共存か運命をかけた本気の勝負がここで始まる。
「はい、これが僕らの覚悟です」
ゼロ吸血鬼対策室室長の近藤そして、その近藤の後ろで腕を組み、壁に持たれかかるS級隊員のトップ、鳥田もA級隊員で隊長の山本の発言に驚くことはなかった。なぜなら、山本の隣には立っているのはゼロが捉えたはずの不死身がいるからだ。そして、一般人のユキ、山本の部下も並んでいる。
「私を納得させる言い分があるんだろうな?」
山本は並んで立つ5人から一歩前に出て、モラドと共闘することになった経緯を全て余すこと無く近藤に言った。そして、極めつけには現在追い込まれているゼロの状況を加味した上でモラドに協力すれば地上を襲ってくるヴァンパイアに勝てる勝算をプレゼンして近藤に伝えた。
近藤は話し半ばで、ゼロの取れる選択はもうそれしか無いだろうと近藤も山本の話を訊いて納得しているようだった。
「わかった。君が言うんだ。嘘を言っているということは無いんだろう。ただし…」
近藤は顔の前で手を組むと楓を鋭い眼差しで睨みつけた。
「木並隊員が言った通り、協力するのはこの騒動が収まるまでだ。それ以降は君らの活動次第でモラドが敵になるか、味方になるかは私達が判断する。これが我々、人間側の絶対条件だ、飲めないのならばこちらも相応の対処をしなければならない」
鳥田も近藤の発言の前でおとなしくはしているが、ヴァンパイアに協力するということに懐疑的な姿勢だった。
楓はその鳥田に一度視線を移してから言った。
「はい、わかっています」
「そうか。そちらも覚悟があるんだな」
近藤は楓を見つめていた視線を目を閉じて、再び開いた。そして、取り繕うことのないつもの鋭い眼光を宿し、楓に言った。
「ゼロの室長として君たちのトップに挨拶がしたい。君たちの本拠地を教えてもらえないか?」
東京都の都心の外れにある山奥でゼロ吸血鬼対策室室長の近藤は辺りを見回して戸惑っていた。
近藤は黒光りするリムジンを降りる。
「まさか、同じ東京都内にこんな建物が存在していたとは…」
近藤はリムジンの運転手とボディーガードを手で制して待機するように命じた。彼らは、頭を下げ直立不動のまま近藤の背中を見つめた。
楓はモラドのヴァンパイア代表として近藤をモラド洋館の玄関までの間を肩を並べて歩いた。
「ALPHAの襲撃で玄関が修理中ですので、足元にはご注意ください」
近藤は「襲撃?」と少し、驚いた様子だったが、余計なことには触れまいと楓に深い質問をすることはなかった。
山奥にある大きな洋館。玄関の扉を楓が開くと、そこには白髪交じりで、白衣を着て、顔にはシワの多い大垣の姿があった。一緒に、近藤を迎えた使用人よりも先に大垣は言う。
「近藤様、お待ちしておりました。私は、モラド代表の大垣と申します」
近藤はヴァンパイアと人間がひっそりと共存している洋館にゼロの代表として一人で来たにも関わらず全く動じる様子がなく、堂々といつも通りの近藤は大垣に挨拶を交わした。
「話は伊純君から聞いております」
「早くて助かる」
近藤はそう言うと大垣に対して深々と頭を下げた。いきなりの行動に大垣も慌てたが相手の誠意をしっかりと受け止めようと大垣は長く頭を下げる近藤に言葉をかけず、近藤が顔を上げるまで待った。
「私達、ゼロがあなたがたにしたご無礼をお許しください」
そして、ようやく大垣は言った。
「近藤さん。確かに、ゼロは私達モラドの存在を認めてはくれなかった。今まで、モラドの存在がゼロに知れたらヴァンパイアも人間も無事ではいられなかったでしょう。しかし、ゼロのトップである近藤さんがこうやって直々に来てくださった。これは、ヴァンパイアにとって、そして、人類にとって大きな一歩を踏み出したと私は考えています」
大垣は近藤に手を差し出した、シワのある手。今まで大垣が歩んできた人生、そして苦労が染み込んだその手を近藤は握りしめた。
「私達ゼロも、この人類の危機を救うべく全力で支援しましょう」
ここに、ヴァンパイアと人間の共存を目指す組織、モラドとヴァンパイアを倒し、人間の安全を守るゼロが期間限定ではあるが、相反する2つの組織が初めて同じ目標に向かって手を取り合った瞬間であった。
近藤と大垣は話し合い後、それぞれが保有している情報を共有した。現在地上、そして、人間が立ち入ることの出来ない地下でALPHAが攻めてきていることを知り、目的も当然一致した。
「モラドからはALPHAの上位クラスにはこちらも上位クラスのヴァンパイアに向かってもらうつもりです」
「わかりました。私達も最大限の兵力を当てましょう」
そして、近藤は現状の大勢を立て直すと言い残し、モラド洋館を後にした。
近藤を見送った大垣は振り向いて、モラド上位クラスのヴァンパイアたちに告げた。
「私達はついにゼロ手を取り合って共闘することができる。ただ、この新たな一歩の感傷に浸っている暇はない。今は一刻を争う状態だ。近藤さんがくれた情報を元にALPHAの上位クラスとぶつかることになる」
大垣の言うこといここにいる全員が納得して中にはうなずきながら聞いているものもいるし、ようやく組織として大きな前進に涙を流しているものの姿もある。
「みんな、こんな私だけど今までついてきてくれてありがとう。この戦いが終わればモラドは大きな前進を遂げる」
「よしてくださいよ、大垣さん。戦いはこれからでしょ」
思わず大垣は笑みを浮かべた。
「そうだね。鬼竜君の言う通り、まだ始まったばっかりだ。のんびりしてはいられないね」
「大垣さん、この戦いが終わったら。ここにいる皆で祝杯を上げましょう。それまでは、俺達は全力でALPHAを倒します」
「ありがとう連堂君。では、連堂君の言う通りこれから地上と地下に別れてALPHAを迎え撃とう。上位クラスには上位クラスをそして、」
大垣は楓に視線を向けた。
「新地君の奪還は伊純君に」
「はい」
「では、それぞれ。人類、そしてヴァンパイアの平和のために、行こう!」
モラドのヴァンパイアたちは散開して自分たちの役割を果たすべく目的地に向かった。
「さて、ジャンセン。私達は地上を任された。そして、到着してみればあの忍者のような敵を倒せと大垣さんから仰せつかった」
「そのようですね。ルーカスさん。情報によるとALPHA、No.6の桐ヶ谷です。見ての通りスピードが武器のヴァンパイアです」
「ああ、わかっている。だからこそ、ビルの屋上から狙撃するためここにいるのだ。一対一でやりあったんじゃ相性が悪いからな」
ビルの屋上で風にコートをなびかせながらルーカス、そしてジャンセンは眼下のヴァンパイアに視線を向けていた。
「No.6か、一番下ではないか。大垣さんは私に期待していないのだろうか?」
「いえ、そんなことは。あ! ルーカスさん!」
「なんだね? 質問に答えろ、まだ話の途中だぞ?」
「達磨が」
ルーカスの愛猫である達磨が懐に入れていたはずなのにいつの間にか飛び出して、10階建ての高層ビルから真っ逆さまに落ちていく。
「なんてことだ!」
ルーカスはすぐさまビルの屋上にある転落防止の柵を片手でつかみ飛び越える。そして、達磨より体重の重いルーカスは達磨に空中で追いついて抱きかかえて地面に華麗に着地した。
「大丈夫かにゃ? 達磨」
大事そうに抱える達磨の顔を覗き込み、達磨の安否を確認すると思わず猫語が飛び出してしまったルーカス。
当然、地上で疾風のように走り回っている桐ヶ谷はそれを見逃すはずもなかった。
「あちゃー」とジャンセンは額に手を添えた。
桐ケ谷とルーカスが対峙する。
「計算が狂った。屋上からの狙撃はなしだジャンセン」
ルーカスは無線で現状をジャンセンに伝える。
「そうでしょうね」とジャンセンはため息まじりに言った。
桐ヶ谷は首を掻っ切った人間を片手に持っていたが、それを放り投げてルーカスに視線を合わせた。
「なるほど。モラドもついに動き出したってことか」
すぐに桐ヶ谷は他のゼロの隊員には目もくれずルーカスの元へ、クナイを構えて中腰になって駆け出した。
ルーカスも予想していたよりもずっとスピードが早い桐ヶ谷に驚きを隠せなかったが、達磨を抱えながらかろうじて交わした。
「速いな。想像以上だ。どうやらデータは当てにならないようだな。わかってるな、ジャンセン」
地上にて モラド No.5ルーカス VS ALPHA No.6桐ヶ谷
「早く逃げろ! あいつはやばい! 近づいちゃダメだ! にげ…」
「…」
そのヴァンパイアは逃げ惑うモラド派のヴァンパイアの首をまるで草を刈るように、軽々と自分の身長よりも大きな鎌で刈り取った。そして、まだ血が滴り落ちる生首を片手で掴んで不思議なものでも見るように首の断面を覗き込む。
「…」
「なるほど、近くで見ればNo2であることはよく分かるな」
そう言って、連堂は短くなったタバコを地面に捨てて革靴でこすりつぶした。すると、すぐにもう一本のタバコを取り出してライターを取り出しだして火を着けて、1つ煙を吐いた。そこまでの動作は何か悠然としていた。そして、ようやく腰に携える太刀に手を添えて、青い光をまとった刀を抜いた。刃先を相手に向けて、そして、目の前の敵を鋭い眼光でにらみつける。
「相手にとって不足はないな」
目の前でヴァンパイアの生首を掴むヴァンパイアは連堂の存在にようやく気がついて、連堂に対して不思議なものでも見るように首を傾げる。
「…」
地下にて モラド No.2連堂 VS ALPHA No.2パッチ
「地上もどえらいことになっとるやん。もう、ゼロもALPHAも入り混じりすぎて人もヴァンパイアもゴミみたいや。まあ、そうは言うてもどうせ俺らが優勢ってことでええんやろな? よお、わからんけど。そう言うことにしておくわ。…おっと、独り言はここまでにせんといかんな。来客や」
オレンジ色の蛍光色が入ったパワードスーツアトンを着て、手にはその長身を超えるほどの大きな槍を持っているゼロの戦士がいる。
「君と会うのは二度目かな? 前回の決着をつけようじゃないか」
「おっちゃん、無理せんといてな。ぎっくり腰で戦えんようになるとか洒落にならんで?」
「今回は前回と違うよ。脳筋ヴァンパイア君」
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西園寺は冗談でも言っているのかとでも言わんばかりに、顔の前で手を振った。
「冗談やろおっちゃん。普通、戦いはタイマンやん。前回もそやった。周りの雑魚がおったけどあれはいないも同然や。でもなんや、雁首揃えて可愛らしい坊っちゃんに姉ちゃん。女、子供巻き込んで、しかも雑魚や無いやん。恥ずかしくないんか?」
「君は相変わらずよく喋る。黙って戦いに集中したこと無いんだろうな」
西園寺は呆れて、首を左右に振って鳥田の発言を否定した。
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「俺のことはいい! お前には目的があるんだろ? だったら早くいけ。こんなところで時間を使っている暇はないだろ」
「すいません。では、ここを頼みます。どうかご無事で」
「任せろ、俺はモラドでも大垣さんに力だけは信用されてる程なんだぞ」
「ありがとうございます!」
楓は迫りくるALPHAの大群をモラドの騎士に任せて、ルイに言われた目的地に向けて急いでいた。ここは地下であり、ユキもゼロの力も頼ることが出来ない。護衛に数人のモラド派の兵士は着いてはくれるが、これから戦うヴァンパイアである新地竜太と対峙するには心もとない。故に、最後は自分でやらなければいけないことを理解していた。
だから楓は、なんとしてもこれからALPHAの城に向かって竜太、またはALPHAのボスであるルイを倒すつもりでいた。そう思っていた矢先、楓は運が悪かった。
「あ~れぇ~? その白髪、君は、確かこ、こ…混血? だっけ?」
まるで、楓には興味がないのか思い出したように言うヴァンパイアは、もはや人間とヴァンパイアの区別がついておらず、鷲掴みしている瀕死状態のヴァンパイアの血をまるで人間の血のようにすすって己の空腹を満たしていた。
「こら、ケニー。大事な対象だ、忘れるなんてありえないぞ!」
そのヴァンパイアはさっきまで、とろんとしていた目は急にキリリとして自分で自分を睨みつけてそう言った。
「おぉ、ジャックが言うなら。間違いないね、あれがルイ様が欲しがってた混血か。ごめんね、すっかり忘れていたよジャック」
すると、ケニーは自分で言っておきながら、弾けるように驚いた。
「え? てことは、コイツを手に入れたら僕たちルイ様に認めてもらえるじゃん。つまり、ランクアップのチャーンス! GE・KO・KU・JOU!」
ケニーは自分でそう納得すると腰を屈めて全力のガッツポーズをしてみせた。
「楓さん。ALPHAのNo.4二重人格のケニー&ジャックです。大変、言いづらいですが、私達の戦力では、彼らを前にしてここを逃げるのは不可能かと…」
楓の護衛できたモラド派の兵士は正直にそういった。
楓が今いるところは、アガルタの最東端バスティニアに向かう途中の国、ティエース、まだバスティニアに到着するには部下に戦闘を任せて自分だけ先に行くには遠すぎる。
今いるモラド派のヴァンパイアは楓含めて6名。そのうち、楓を除けばモラド派他国から引率している、ヴェードで言えば黄色か黄緑レベルのヴァンパイアしかいない。もちろんALPHAの上位クラスに対峙して敵うはずがない。
だから、楓はルイがいる城に到着するまで時間はかかるが、覚悟を決めるしかなかった。
楓は腰に携えた刀に手を添えた。そして、刀の取っ手を握る。
「皆さんは下がってください。ここからは僕が相手します」
「ケニー、混血自ら相手するそうだ。どうする?」
「もちろん、僕がやるよジャック。ルイ様に褒められるのは僕だからね。ジャックには譲らないんだから」
「ああ、安心しろケニー。俺の存在はお前と共にある」
そして、楓、ケニー&ジャックは抜いた切っ先をお互いに向けて対峙した。そして、ここから勝負が始まることを予感させた。
地下にて モラドの混血 楓 VS ALPHA No.4 ケニー&ジャック
モラド&人類 VS ALPHAの1種の独占された世界か2種の共存か運命をかけた本気の勝負がここで始まる。
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エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
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エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

家庭菜園物語
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お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。
その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。
異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。
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