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第84話「始戦」

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「てか、桐ヶ谷とAの成果を訊いとらんで、あいつら何しとん? 今回の計画パッチさんが全く喋らんからルイ様が直々にワシに任せてくださった計画やで。アイツら失敗したらただじゃおかんわ。全部俺の責任になるんやで? 信じられるか? アイツらの単独行動の…」
 西園寺が部下にマシンガンのように話し始めている間に遠くから別の部下が走ってきた。
「西園寺さん!」
「あ?」
「新入りの新地がまだ出動していません」
 西園寺は「ああ」と思い出したように言うと顔の前で払うように手を振った。
「あいつはルイ様のお気入りや。大目に見たれ」



 ALPHAの本拠地であるアガルタ最東端の国バスティニアの湖の前に竜太とルイの姿があった。
 その湖は透明な水で満たされてるが中を覗いてみればかなり深いのか、真っ暗で底は見えない。まるで、湖の深さは延々にあるのではないかと思わせるような不思議な存在感を放っていた。その湖の広さは海のように遥か彼方に水平線が見えるほどだった。
「ここがこの世界の端。始まりの地なんだ」
「始まり地?」
 ルイはうなずく。
「そう、ここからこの地下世界アガルタが始まった」
「ちょ、ちょっと待てよ。それって本当なのか? モラドでそれっぽい話を聞いたことがあるけど正直、ただのおとぎ話だと思ってたんだけど…」
 いきなりの事実に焦る竜太とは対象的にルイは淡々と話す。
「このことを知っている者はこの世界でもそう多くない。そもそも、ALPHAでもこの地は神聖な領域だから僕の許可がなければ誰も入れないんだ」
 そして、ルイは天を指差した。
「ヴァンパイアはこの世界に住んで暮らしている。だから、この世界が存在することを当たり前だと思ってるんだ。作られたものと知らずにね」

 ルイがそう言うと二人の目の前に大きな光の塊が今まさに、湖に沈もうとしていた。
 大きな光の球体は透明な液体で満たされた湖に溶けるように液体の接地面から順に光の液体となって溶けていく、しばらくするとその液体は光を失い徐々に透明な液体に同化していく。光の球体がすべて湖に溶けた時、アガルタは夜の闇に包まれた。
「この地下世界はここから陽が昇り、ここに陽が沈む」
 ルイは竜太より身長が低い。そのため、竜太の顔を見上げて覗き込むようにして見た。
「あの光の正体は何だと思う? 竜太」
 竜太は顎に手を置いてしばらく考えた。それでも、明確な答えが浮かばなかった。そのため、ルイにその答えを求めた。そして、ルイは竜太のその反応を予想していたように小さく笑って口元に手を添えた。
「あの光の正体こそ混血の真の姿だよ」
「混血? あれがヴァンパイアだって言うのか?」
 ルイは何もためらうこと無くうなずいた。
「不死身の強大な生命エネルギーがこの地を創造し、あの光を作った。このことを知っているのは大垣と僕、そして、混血の血族である伊純楓の父親伊純タイガと今話した竜太の4人だろうね」
「大垣さんも…。待ってくれルイ。どうしてそこまで俺に話すんだ? この光の正体をALPHAの上位の奴らも知らないんだろ?」
 ルイは僅かな笑みを顔に浮かべた。
「竜太、僕はね期待してる仲間にしか本音を告げないんだよ。僕は君に期待している。モラドと袂を分かった君はALPHAに来るべくして来たヴァンパイア。混血を捉えたら君の望む不死身の力を一番最初に与えるつもりなんだ」
 ルイはアガルタの闇を全身に浴びるように両手を広げた。視線の先には星1つ存在しないただの漆黒がある。
「僕はねこの世界を守りたんだ。ヴァンパイアが安全に暮らせる世界。そこに人間は必要ない。そして、死を乗り越えれば食料の人間も必要なくなり、太陽を克服する。そうすれば地上も僕らの世界だ」
 
 ルイは小さく首を傾げた。鮮やかな青色の両眼が暗闇の中でも僅かな光を反射して光っているように見えた。
「竜太、僕のために人間を殺せる?」


 地上ではALPHAのヴァンパイアたちが今までこっそり活動していたことが嘘だったかのように大群が物陰に隠れることもなく、堂々と攻めていた。全員白い隊服を身にまとっており、ある者は民家の屋根の上を飛びながら、ある者は平然と道路を歩きながら。ある者は食欲に飢えて人間を襲いに進路を外れる。遠くから見ればまるで白い津波が襲ってきたように見えた。

 20階建ての高層マンションの中程の階で子供がベランダから顔を出して下の様子をみた。すると、急いで母親がドアを開けてその子供に「外に出ちゃダメ!」と抱きかかえ部屋に戻っていった。ALPHAの白い隊服を着た二人のヴァンパイアが顔を見合わせてニッコリと笑う。
 二人のヴァンパイアは一度ジャンプして5階ぐらいの高さで着地してから再び勢いを付けて子供が顔を出していた階へジャンプしてベランダに着地する。
 一人のヴァンパイアがガラス窓を飴細工の壁でも壊すように簡単に蹴り窓を割った。それからは一瞬だった。小さい子供と女性の悲鳴がそのフロアから1階まで鮮明に聞こえた。

 その他のALPHAのヴァンパイアもある者は軽く跳躍して2階建ての民家のベランダに着地し、堂々とガラス窓を破っての人間を吸血した。ある者は玄関から堂々と、ある者は逃げ惑う人間を鬼ごっこでもするように捕獲ごっこを楽しんでいる。
 ゼロの手が回らない場所では集団で押し押せてくるヴァンパイアの前に人間は為す術もなく無力な人間は吸血され死んでいくだけだった。
 ALPHAが攻めてきた地上の今夜はまさに阿鼻叫喚だった。

「一体どうなってる? なぜ、急にヴァンパイアがこんな湧いて出てくるんだ」
 ゼロA級隊員の進藤はあちこちから現れるヴェードを宿した雑魚に手を焼いていた。襲い掛かってくるのは下から2ランク上の黄色が多く、A級ともあれば1対1であった場合すぐに倒すことが出来るが、数が多すぎて劣勢に立たされていた。
「進藤隊長、白い隊服を着たヴァンパイアの軍勢がゼロの本部に近づいているそうです」
「クソッ! このままじゃ食い止めきれないぞ。本部は何をやってんだ」
「た、隊長」
「なんだ?」
「あれは一体」
 進藤は部下が見つめる先に振り向いた。進藤とその部下の視線の先には顔の下半分を黒いマスクで覆い、袴そして、足袋を履いている忍者のようなヴァンパイア。口元に構えるクナイは青色に輝いている。

「隊長、なんだかあいつそこら辺の雑魚とは様子が違います」
 進藤は真剣な顔つきになって忍びのヴァンパイアに刀を向けた。
「なるほど、こいつが親玉ってわけか。倒せば俺もS級昇格間違いなしだな」
 忍びのヴァンパイアは進藤とその部下が刀を構えたことを確認してから二人の視界から姿を消した。
「隊長、あいつどこに行ったんでしょう」
「わからん。見えなかった」
「隊長、なんで飛んでるんですか?」
「は?」
 宙を舞っている2つの首が地面に着地した時、二人はようやく自らの死を理解した。二人の首が元あった体からは噴水のように血が吹き出している。
 地面と平行に残る青色の閃光だけが残っていた。まさに電光石火、一歩も反応を許さない早業だった。

「力を出すまでもなかったな」と忍びのヴァンパイアは血のついたクナイに視線を落として言った。そして、雑魚の血など興味がないとでもいうようにクナイを振って、付着した血液を取り払った。
 すると、忍びのヴァンパイアの近くにいた者が言った。
「さすが桐ヶ谷さんっす。早すぎて見えませんでしたよ」
 そして、他のヴァンパイアがよだれを垂らしながら言う。
「桐ヶ谷さんあいつらの血もらっていいですか?」
「好きにしろ」
 二人の死体に10人ほどのヴァンパイアが群がっていた。



 ゼロ本部27階吸血鬼対策室にて。
「報告します。東京都南部より大勢のヴァンパイアが進行中。現在S級隊員も対応にあたっていますが依然劣勢に立たされている状態です。そ、その…」
 報告に来た隊員は口ごもった。近藤は言う。
「なんだ? 言ってみろ」
「その、S級隊員を動員していますがそれでも一部のヴァンパイアは倒せない模様です。それどころかS級でも死傷者が出ているとのことです」
 室長の近藤は大きくため息を吐いた。
「わかった。今、劣勢の地区はどこだ?」
「品川区のS級隊員が額に角をはやしたヴァンパイアと交戦中。増援を要請しています」
「わかった。品川に増援を送る」
 伝令に着たゼロの隊員は一礼して部屋を出ていった。

「やはり君が言った通り彼らは人間を超えてしまったようだな。鳥田」
「そのようです。申し訳ございません。私の甘さでまさか混血を逃してしまうことになるとは」
「過ぎたことはもういい。それよりも、我々ゼロがこの世界を守りきれなければ人類はヴァンパイアの手によって滅亡する。何か手を打たなくては」
 室長の近藤は27階の窓から非日常的な光景を見下ろし、唇を噛み締めた。

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