不死身の吸血鬼〜死を選べぬ不幸な者よ〜

真冬

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第80話「奪還」

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 東京都の山奥にモラド代表の大垣が所有する洋館がある。洋館に入るには黒い鉄格子の門を開き、中庭を通ってようやく入り口に到着する。ドアを開けると目の前にはY字に別れて2階へと続く階段が伸びている。
 そして、1階玄関正面の大きな扉の向こうは人間との交流会や様々な催し物を行い時に利用されている。そして、2階では会議室として利用している部屋や宿泊に利用している部屋、書庫など多岐にわたって利用されている。
 鬼竜奏汰は日が昇った朝に2階の通路を歩いている時に妙な違和感を覚えた。

「あれ? この部屋って誰か泊まってたっけ?」
 その中の一室にカギをかけた覚えがないのに鍵がかかっている。不審に思った鬼竜はドアをノックしてみたが中からは返事が返ってこない。
 ALPHAとの一件があって以来モラド内では警備が厳重になっていた。そのため、鬼竜は一階洋館の管理室にある宿泊者の名簿や現在洋館にいる人間、ヴァンパイアの名簿などを照合するが誰ともあの部屋とは一致しなかった。
 幸いにも予備のカギは用意してあるためそれを持って再びさっきの部屋の前に行った。
 カギを使ってドアを解錠し、片手てドアを開く。そして、もう片方の手で背負っている刀にかけた。
「おい、マジか…」

 ドアの開く音でベッドで眠っていたヴァンパイアは薄めを開けて眠そうな眼をこすっている。その姿に鬼竜は思わず眼を丸くした。
「やっぱ楓だよね? そうだよね? え? 何、無事だったの!?」
 鬼竜は目の前にいるのが白髪のヴァンパイア。つまり、楓だとわかった瞬間飛びかかるように楓の元へ駆け寄った。そして、犬の頭を撫でるように楓の白髪をワシャワシャと撫でてて遊ぶ。
 鬼竜は楓の頭を抱き寄せて自分の胸に押し付けた。
「たくっ、心配かけんなよ。もう返ってこないと思ったじゃんか」
「ごめんなさい。迷惑かけちゃって」
 鬼竜はすぐに首を横に振った。鬼竜の抱き寄せる力がほんの少し強くなった。そして、ささやくように言った。
「おかえり。本当に無事で良かった」
「ただいま…です」

 そして、両手でこめかみを掴んで胸から離し、鬼竜は目の前にいるのが楓であることを確かめるように見て安堵したように笑った。
「何があったのか色々訊かせてくれよ。楓のことだからどうせ脱獄したとかそんなありきたりなことじゃないんだろ」
 楓はなにか確信を突かれたように苦笑いを浮かべた。鬼竜も何か聞けそうだと察したようだった。
 鬼竜は「まずは…」と言ってベッドの方へ目をやった。
 そして、鬼竜はベッドで眠っているセーラー服姿の女性を見て面白いことでも発見したようにニヤリと不敵な笑みを浮かべる。さっきまでの心配していた様子とは打って変わって楽しそうだった。

 そして、その女性を指差して言った。
「楓さ。あの女の子はどういうつもり? 俺らが楓のことを心配してる間に女の子とイチャついてたわけ?」
 楓は恐る恐るユキに視線をやった。そして、ようやく今置かれている状況を瞬時に理解した。
 楓は白い肌を赤らめて顔の前で手を振って必死に否定した。
「違います。決してそういうわけじゃなくて…その」
 鬼竜は楓の言い分を納得したように肩を叩いてから言った。
「そっか。楓もそういう時期だもんね」
「違いますって」
 眠っていたユキは起き上がり眠い目をこすって大あくびをした。
「あれ? 楓この人は?」
「えっと、この方は…」
 楓が鬼竜を紹介しようとしが鬼竜はそれを遮った。
「おはようユキちゃん。僕は楓の頼れる上司の鬼竜奏汰です。よろしくね」
 星のマークが浮き上がってきそうなほど軽快にそして、爽やかに鬼竜は自己紹介をして、ユキに握手を求めるとユキは寝ぼけているせいか目の前にいるヴァンパイアに特に驚く様子もなく、自然と手を差し伸べた。

 楓は言葉には出さなかったものの急に訪れた新しい環境に抵抗はないか心配そうにユキを見ていたが、ユキはそれを察したように笑みを見せて返した。
「かっこいい上司がいて羨ましいな楓は」
 楓は平然とヴァンパイアと握手を交わすユキにハッとして驚いた。そして、広角を少し上げて言う。
「うん。すごくやさしいんだよ」



 モラド洋館1階の大会議室にモラド主要のヴァンパイアそして、人間が集まっていた。モラド上位ヴァンパイアの鬼竜含めて京骸、連堂、美波、ルーカス。他には烏丸や立華など。人間では大垣はもちろんのこと工藤、西郷や大垣の病院と提携している医師たちの姿があった。
 長方形の細長いテーブルに3席だけ椅子が置かれており楓とユキは机を挟んで向かい側にちょこんとその用意された椅子に座って二人の間には大垣が座っている。

 顔の前で腕を組んでいる大垣は目をつむってゆっくりと頷いてから楓とユキを交互に見た。
「二人共話してくれてありがとう。事情はよくわかったよ。片桐さんも大変つらい経験をされてきたんだね。その中でここまで来てくれたことに感謝しています」
 大垣はユキに頭を下げてユキも遠慮がちに数回頭を下げた。

「では、確認だけど片桐さんはモラドに協力してくれるということでいいのかな?」
 大垣はあくまでユキの意思を尊重しようと、優しく語りかけるように首を傾げてユキに言った。
 ユキは首を縦に振った。即答だった。
「そうか。私達の活動に協力してくれること。私達モラド一同心から感謝しているよ。どうもありがとう」
 大垣の後方、この長机を取り囲むヴァンパイア、人間全員が大垣と同じように一礼した。
 仰々しい雰囲気にユキは少し慌てていたが、ユキにとってもモラド全員にとってもこれから話すことの重要性を理解していたためユキはあまり時間をかけまいと気を使った。

「さて、本当ならば今からにでも片桐さんの歓迎パーティーを行いたいところなんだが、話にあった通りどうやら急を要する話題について私達モラドは話し合わなくてはいけなくなったね」
 大垣は顔の前で指を1本立てた。
「1つは新地君が自らの意志でALPHAに行ったこと。2つ目はゼロに協力者がいることだ。そして、3つ目はALPHAの鬼化について。まず、1つ目の新地君の件についてだが我々モラドの方針としては伊純君の意見を尊重し新地君の奪還を行うつもりだ。これに異議はないかな?」

 大垣が言い終わってすぐに部屋の隅、壁に寄りかかって話を訊いていた京骸が言った。
「いくら大垣さんの意見と言えど、俺は反対です。裏切り者を助ける必要がありますか? ALPHAに自分の意志で行ったのならあいつはALPHAのヴァンパイアです。新地を殺してでもALPHAを壊滅させるべきです」
 そして、隣に立っている胸元が大胆に空いたワイシャツを着ている女性のヴァンパイアが口に加えていたタバコの火を指先で小すりつぶしてから言った。
「私も京骸にさんせーい。あの坊やに拘る必要は無いんじゃないですか? ALPHAのヴァンパイアを庇って死人が出るなんて笑い話にもなりませんよ」と美波は鼻で笑った。
「しかし、美波君、京骸君。新地君は我々モラドの仲間…」

 大垣が言いかけた時、椅子がガタッと音を立てた。そして、ユキは立ち上がる。二人に向かって体を前のめりにして言う。
「竜太は大切な友達なんです! だから、殺すなんて言わないでださい! 無理を言っているのは承知です。でも、お願いです! 竜太を助けてください」
 美波は息を吐いてから手に持っていたタバコの先端をこすりつぶして火を消した。そして、大理石の床をヒールの高い音を鳴らしながらユキの目の前に立った。
 品定めでもするようにつま先から頭まで舐めるように見る。ヒールを履いている分、美波の方が背が高くユキを見下ろすような形になる。
 そして、少し腰を突き出してユキと同じ目線にし、紫色の長い爪をユキの胸元に軽く突き立てた。そして、不敵にニッコリと口角を上げて言った。
「お嬢ちゃんまだ若いね。まだ何にも知らないもんね」
 美波はユキの耳元に顔を近づけた。そして、そっとささやく。
「あなたの発言で人もヴァンパイアも大勢死ぬかもしれないのよ? あなたにその覚悟があるの?」

 ユキの褐色のあった顔色は少し色が薄くなった様子だった。返事を聞くまでもなく美波はユキの答えを察した様子だった。
「いくら大垣さんの言うことでも私は賛成できない。私は降りるわ。それじゃあ」
 美波はそれだけ言い残して会議室を立ち去った。
「俺も降りさせてもらう。お前らのごっこ遊びに付き合っている暇はない」
 京骸も部屋を去っていった。
 ユキは力なく落ちるように椅子に座る。
「そんな…このままじゃ竜太が」
  
 二人が出て行ったあと会議室はしばらくの沈黙が流れた。残念そうにため息をついた。
「そうか。私からも二人と話し合ってみるがあの様子では…」
 見かねた連堂が言った。
「ですが、大垣さんあの二人が抜けたら彼らを支持している者やその部下も協力しないということになります。それでは、ALPHAに太刀打ちできるとは思えません」
「確かにそうだが…」
「まあいいんじゃないですか。あいつらなしでも俺らだけで奪還しちゃいましょうよ」
 鬼竜が言ったときに、隣に立っているルーカスのコートの内側から不細工な猫が息苦しくなったのか顔を出して、会議室がこんな雰囲気になっていてものんきに大あくびをした。
「しかし、鬼竜よ。あの鬼化したALPHAと戦うにはこちらも最大の戦力をぶつける必要がある。しかも、彼はALPHAのNo.3と言っていた。まだ上がいると考えるとこのままでは我々が勝てる見込みはない。お前もALPHAの強さを身をもって知っているだろう」
「でもさ、簡単に説得できるような二人じゃないよ。ALPHAに言った竜太も今頃なにされてるのかわからないし、時間がないんじゃないの」
「かいとって、不利なまま敵地に乗り込むのはそれこそ愚の骨頂だ」
「二人共言い分はわかったよ。美波君と京骸君についてはまた私の方から説得してみよう。今、話し合っても埒が明かなそうだ。と言っても、いずれみんなの力が必要になるからね。さてと、」

 大垣は再び真剣な顔つきに戻って続けた。
「次はようやく明るいニュースだ。ゼロに我々の活動に協力してくれる者が現れたことについてだ。今まで私たちの活動は公にできなかった。人間といえどヴァンパイアに協力していることがゼロに知られたら大問題になるからだ。しかし、もしゼロが私たちの活動を認めるなら、互いに手を取り合うことが出来るかもしれない。それは、私たちモラドにとって大きな一歩だ。伊純君にはまたつらい思いをさせてしまったけど、この功績はかなり大きなものになったよ。伊純君には何度も何度も迷惑をかけてしまってすまないね」

 大垣が楓を見て軽く頭を下げると楓も謙遜して反射的に頭を下げた。
「しかし、大垣さん。一人が協力してもゼロ全体が協力してくれるとは限りません。伊純がそいつに騙された可能性だって考えられます。まだ、共闘するというのは時期尚早ではないでしょうか?」
 大垣は両手を胸の前で広げて続けた。
「確かに連堂君の言う通りだこちらの味方についたゼロの隊員が裏切る可能性だってありえる。ゼロも馬鹿ではない。モラドも長い歴史があり私達の存在を知ってるものだっているはずだ。でも、今まで協力したいなどと言ってくるものは一人としていなかった。私達は彼らの捜査の手をかいくぐりながら細々と活動を続けてきたが今その時代が変わろうとしている」
 大垣は再び顔の前で手を組んだ。
「今が大切な時期だ。新地君はモラドにいた頃にゼロに正体がバレている。もし、元モラドのヴァンパイアが人殺しや吸血をしていたなんて事になったらやっと掴みかけた信頼が地に落ちてしまう。つまり、私としても新地君の奪還は現段階で最重要事項だ」

 大垣は楓とユキをまた交互に見た。普段大垣のシワの深い温和な表情は打って変わって今度は大垣の眼力が鋭かった。
「絶対に新地君を取り戻そう」
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