不死身の吸血鬼〜死を選べぬ不幸な者よ〜

真冬

文字の大きさ
上 下
71 / 126

第70話「違う道」

しおりを挟む
 「俺はモラドを抜ける。そして、ALPHAに行く」 
 
 楓はおかしな冗談でも聞いたように笑った。いや、冗談であってほしいと願っていた。
「ちょっと竜太それは冗談でも言っちゃ…」
 まだ本気にしていないと感じた竜太は楓の話を遮って地面を見つめていた朱色の双眸を楓に向ける。その瞳は嘘をついているような瞳ではなかった。
「本気で言ってる。お前にだけは言おうと思ってたんだ。だから、あの二人には寝てもらった」
 竜太は遮光の茶色い小瓶をポケットから取り出して人差し指を親指でつまんで楓に見せた。

 竜太はその小瓶をポケットに戻し両手をポケットに入れた。そして、竜太はジャンプして家を囲むブロック塀の上に立って楓を見下ろした。その後方にはこんな時を喜んでいるかのように輝く満月が竜太の背中を照らしている。
「言われたんだよキースに。俺は人間として死んだって。ヴァンパイアの生命力が嬉しんだろって。本当はその通りだ。俺は今までヴァンパイアになりたくねぇって言ってたけど、本当はこの生命力に憧れてる自分がいたし、それをキースに見透かされてた。そして、この生命力を手に入れて俺は一つの可能性を知った。それが不死身だった」
 竜太は震える手で自分の顔を包み込んだ。月に照らされるその姿ははっきりと楓の緋色の双眸に写っていた。
 竜太の瞳は潤み、楓の元へ届く声は今までの竜太では考えられないほど弱々しくて今にも崩れそうな声をしている。
「恐怖を克服できるんだよ。もう二度とあんな死ぬ思いはしたくない。だから、俺は不死の力を手に入れる。本当はお前をそそのかしてALPHAにつれていくことも出来ただろう。でも、お前は俺の友としてそんな姑息な手は使わない」

 楓の頬に一筋の汗が伝う。そして、両手の拳を手のひらに爪が食い込むほど力強く握りしめて叫ぶように楓は感情をぶつけた。
「竜太が誰よりも死に対して恐怖を抱いていることは僕も知ってる。前に言ってたよね弟の葬式に行って遺骨を見た時あんな元気だった弟が小さい骨だけになって面影もなかったって。あの時から僕は目の前で死を見た竜太が誰よりも死に対して恐怖を抱いていることを知っていた。でも、だからってALPHAに行くことなんて無いじゃん。竜太はもう戦わなくていいし、僕が竜太をヴァンパイアにしたんだからもうこれ以上巻き込まれる必要はなんてないよ。竜太が望む生活を送ればいい。モラドのみんなだって事情を説明すればわかってくれるよ」
 竜太は顔を覆っていた指の隙間から楓を見る。月光を背景に見えるその朱色の双眸はやけに映えて見える。

「今は状況が違うんだよ楓。この時代で、もうどこにいても安全なんて保証されてないんだ。お前だっていくら不死身でもそう思うだろ。人間でいればそこらへんにいるヴァンパイアに勝つことすらできない。ヴァンパイアになればALPHAのとんでもねぇ強さのヴァンパイアと戦わなくちゃいけない。仮に戦わなかったとしてもALPHAに目を付けられたら終わりだ」
「でも、竜太だったらヴァンパイアとして高い能力があるし、今まで僕を助けてくれた勇気がある。いくらALPHAに襲われても自分の身を守れる力はあるはずだよ」
 竜太は楓がそう言う事をまるで予測していたかのようにフッと笑った。

「そうだよな。俺はお前の前ではそういうやつだったもんな」
「どういうこと?」
 竜太は視線を上げて遠くを見つめた。どこか遠くまるで空の向こう側を見ているようにして目を細める。
「俺はな、お前が思ってるよりも強くなんか無いんだよ」
 竜太は肩を落として自分を落ち着かせるように息を吐いた。
 無風だった空間には風が吹き付け、竜太の瞳に滴るしずくは光の粉のように散っていった。
「本当は臆病なんだ。小学生や中学生の時、楓をいじめてるやつから助けたときも本当は見て見ぬ振りをして逃げ出したいって毎回思ってた。ヴァンパイアになってから特にそうだ。武闘会はなんとか勝てたけど本当は出たくなんてなかった。鋼星とやった特訓だって圧倒的な強さを前に震えを必死に隠していた。今すぐ逃げ出してぇって思ってた。なんかバカみたいだろ? だけど、人間の時に比べてヴァンパイアになってから死と隣合わせの出来事が多くなった。こんな日々が続くと思うと俺はもうやりきれないんだよ。もう疲れたんだ。いい加減平和とか共存とか妄想にすがってないで自分のために生きたいんだよ」
 竜太は諦めに近いような笑みを見せた。それは、別の覚悟を決めたような表情にも見て取れた。

 竜太は拳を自分の胸に当てた。
「人間より強い生命力を持ったっていずれこの生命はなくなる。どれだけ強い力を手に入れても陽の光に当たれば消えてなくなるし、心臓や脳を刺されれば死ぬ。この世界にいる限り人間もヴァンパイアも安全なんて保証されてないんだよ。お前だってそれはよく知ってるだろ? ゼロみたいな人間がこの世にはいるんだぞ」
 楓は震える両腕を拳を強く握り締めて押し殺した。
「でも…それでも、僕は竜太をALPHAには行かせない。だって、人間を殺すことになるんだよ? 自分の手で殺せるの?」

 遠くを見つめていた竜太は楓に視線を向けた。今度は楓の目をしっかりと見て言う。答えるまでの時間はそうかからなかった。
「必要な時が来ればそうするさ」
 竜太はその問いに対してそれ以上語ることはなかった。
「そんなの…ひどいよ。一緒に平和を実現しようって約束したじゃん」
 竜太は楓がおかしなことでも言っているかのように笑ってみせた。
「俺も最初はそう思ってたよ。この世界が平和になったらどんなに良いかって今まで何度も何度も想像してきた。いつもの3人でいつも通りの日常が送れたらどんなに良いだろうって。でも、そんなの不可能なんだよ。その証拠にモラドができて何年経つ? 少なくとも500年は経ってるらしいぜ。500年もあって未だに共存を実現できてないんだぞ? ヴァンパイアと人間の共存なんて言うのは簡単だけどそんなことは不可能だったんだよ」
 すぐに楓は首を横に振った。
「そんなことない。いずれ、実現できる時が来るはずだよ。僕はそう信じてる」
 竜太はまた楓が夢物語でも語っているかのように蔑み鼻で笑った。
「いい加減現実を見たらどうだ? 大垣も先祖代々モラドを受け継いでるって言ってるけど本当に共存を実現する気は無いと思うぜ」
「大垣さんはそんな事考えるような人じゃない。僕らは大垣さんがいなかったらモラドにも入れなかったし、今こうやって生きていることすらできていなかった。大垣さんに出会えなかったら僕らが人間だった時にALPHAに殺されてたかもしれないんだよ」

 竜太は呆れようにため息を吐く。そして、ゆっくりと首を左右に振った。
「お前はどこまでも考えが甘いんだな。俺がゼロの人間を殺そうとしたときもそうだった。あの時、殺せていれば一人でも脅威を払えたはずなのにお前はかばった。元々人間だったから人間を殺せない気持ちも分けるけどよ。やらなきゃやられるんだよ、あいつらだって俺らを本気で殺しに来たじゃねぇか。まあそうはいってもお前にはそれがわからないよな。死なないんだから。そりゃいつ実現するのかわからない空論に期待して死なない肉体でいつまでも夢見てるほうが楽だよな」
「そんなこと…」
 楓が言いかけると竜太は楓の意見はまるで聞く耳を持たないかのように遮った。口調がだんだんと強くなっていく。竜太からにじみ出る感情を楓は感じ取っていく。
「お前がモラドを味方する理由も自分の味方をしてくれる組織にいればそこが居心地良くなるからじゃないのか。お前は共存を実現したいんじゃなくてただ現状に甘んじてるだけなんじゃないのか?」
 その語意には楓を嘲笑するような意味も込められているようにも感じた。
「そんなことない。僕はあの時ヴァンパイアに襲われた時に誓ったんだ。こんな事、二度と起こらないようにするって。その理想の実現に竜太も一緒にいてまた3人でいつもの日常を取り戻すんだ」

 楓は腰に携えた刀の柄の部分に手を添えた。
「どうしても竜太がALPHAに行くなら僕は力ずくで止める。竜太をヴァンパイアにした責任は僕にあるから」 
 楓の手が刀に伸びたことを確認した竜太はまるでそれを期待していたかのように白い歯を見せた。
「まるで俺が間違えた選択肢を選んだみたいじゃないか。言っとくけど俺は誰かに洗脳されてるわけでもないし脅されてるわけでもない。自分が叶えたい欲求のために選んだ行動だ」
「でも、ALPHAに行くなんて間違ってるよ。お願いだ竜太、まだ間に合うから戻ってきて」
「わりぃな楓。これ以上話しても俺の意思は変わらない。ヴァンパイアになった時、お前に救ってもらった命とか言っといてこんな結果になったのはすまないと思ってる。でも、俺にもたまにはわがまま言わせてくれよ」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...