不死身の吸血鬼〜死を選べぬ不幸な者よ〜

真冬

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第54話「僕は誰?」

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 竜太が楓の部屋から出ていったあと、ドアの影から一人の少年が楓のことを覗いている。

「君は?」
 楓が声をかけた。すると依然として不思議なものでも見るかのように楓の事をまじまじと見つめている。
 
 その少年は返事をすること無く何かを見つめながら部屋に入って楓に近づいていく。その視線は楓の目よりもやや上方を見ている。
 そして何食わぬ顔をして楓が座っているベッドに片足をかけて乗りかかり楓の真隣に立って楓の頭に視線を落とした。そして、楓の白髪を強引に鷲掴みした。楓はイテテと顔をしかめた。

「なんで白髪(しらが)だらけなのぉ? おじいちゃんだー」

 少年が興味を示していたのは楓の頭髪だった。楓はされるがままに髪をワシャワシャといじられている間に自分がまさか自分が不死身の吸血鬼だなんて人間の少年に言えないと思い、うまい答えを思索しているとそんなことはお構いなしと少年は言った。

「お名前は?」
 
 逆に自己紹介を求められてあっけにとられたが楓はあえて冷静に質問通りに自己紹介をした。すると、少年も自分の名前を名乗った。そして、その少年は名前をタケルと言った。

「タケルは親のとこ行かなくていの?」
 
 依然として楓の頭に興味を持つタケルは「遊んでらっしゃい」と母親に言われて気づいたら楓が寝ている部屋に来たと言った。そして、タケルは再び楓の顔を覗き込む。

「おじいちゃん顔疲れてない? 目の下に隈できてるよ。寝たら?」

 楓は「おじいちゃん?」と聞き返したが余計な深堀りをすることを辞め、冷静な対応をすべく笑顔を貼り付けてタケルの問に答えた。

「ちょっと色々あったからね。疲れてるのかもね」

 
 タケルはその「色々」と言った理由を知りたげな様子だった。その様子をなんとなく察した楓が話題を変えようとタケルに話しかようとした時、ドアをノックする音がそれを遮った。楓がドアを開けようとベッドから降りようとしたがドアが勝手に開き誰かがが部屋の中に入ってくる。
 烏丸の表情はさっきの楓よりも演技的で、まるで能面を貼り付けたかのような笑みを見せていた。

「楓君、ちょっといい?」

 呼び出された楓はベットから降りてスックと立ち上がり烏丸の元へ歩を進めた。タケルには「ちょっと待ってて」と一言添えてタケルは素直に頷き、楓は烏丸の背を追いかけるようについていった。

 烏丸に呼び出された楓は眠っていた隣の部屋に呼び出されていた。
 部屋の構造は楓が眠っていた部屋と同様に大きなベットが一つとアンティーク調の椅子が一脚と机が一つあるシンプルな作りの部屋だった。
 烏丸が楓を促して先に部屋に入れる。そして、部屋の扉をバタンと音と部屋中に響く音を立ててドアを叩きつけるように締めた。金属のワイヤーで天井にぶら下がっているランプがその振動で僅かに揺れた。

 烏丸はいきなり自分のワイシャツの裾を捲って生肌が露出し、腹部を指差した。
「これやったの誰?」
 烏丸は腹部にある傷跡を指差してにっこりと笑みを浮かべ、カクっと90°に首を傾げた。しかし、表情では笑っているが目が笑っていない。
「よかった。傷治ったんだね」
 楓が肩を落としてホッとしたのも束の間、急に胸ぐらを掴まれた。 
「よかった?」

 弾ける音が部屋の中にこだました後、楓の白い頬はくっきりと赤い手形を残して腫れ上がっていた。
 烏丸にビンタをされてすぐに楓は全力で頭を下げて謝罪した。
「ごめんなさい! 本当に…本当にごめんなさい」
 
 烏丸は頭を90°に下げる楓に近づいて腕を組み、脳天を見下ろして言った。
「女の子に手ぇ出すとかマジで何考えてんの? 私じゃなかったら死んでるから」
 烏丸は楓の背中の服を掴んで膝を楓の腹部めがけて突き刺すように蹴りを入れた。
「ゔぅっ」
 詰まった声と腹部を蹴り上げる鈍い音が聞こえる。
「これでおあいこ…。っていっても楓には少し感謝してる。少しだけね。ほんの少し。だから、手加減してあげる」と烏丸は指で「C」を作るように楓への感謝の量を指で示した。
「はい、ありがとうございます」
 楓に言えることはそれしかなかった。

「顔上げて」
 楓は烏丸の言うことを全て従う覚悟で命令を素直に訊いた。そして、烏丸は楓から視線をそらして考えをまとめる少しの時間を作ってから言った。
「これでチャラにしてあげるけどさ。ただ一つだけ約束して」
「約束?」
 烏丸は頷いて話しを続けた。
「もう、危ないところには行かないで。ディアスの地下で死んでたヴァンパイアいたでしょ。あんな姿をしたヴァンパイア普通じゃありえないよ。何が原因かわからないけどあいつらも暴走した楓がやったんだよね? じゃないとあんな人数私でも倒せない」
 楓はしばらくの間をおいて自分の頭の中にある記憶を全て探って確かめた。襲われる直前の記憶を思い出し、楓は呼吸が少し荒くなったが湧き上がってくるものを押し込めて平静を装った。それでも、楓の記憶の中に襲われた後の記憶はなくなっていた。
「それは、ごめん記憶がなくて。なんとも言えない。でも、烏丸さんの言うことは守るよ」
「絶対だよ」
「うん」
 烏丸は安堵したように肩を落として「わかった」と頷いた。そして窓向かって視線を向ける。

「そうはいっても楓の存在的に危険な目に合わないほうが難しいのかも知れないけど私は正直に言ってあの時の楓はちょっと怖かった。化け物みたいで」
「化け物…そうだね」
 烏丸はその表現が楓にぐさりと刺さっていることはお構いなしに頷いて答えた。
 一応、烏丸は自分の発言に語弊がないか確かめるように思案したが自分で納得して頷いた。そして、楓に視線を向ける。
「でも、やっぱりあの時の楓は楓じゃなかったからあんまりあの姿にはならないでほしい。…まあ、それだけ。とりあえずビンタできたから良かった」
 楓の頬を思いっきり弾いて赤くなった手のひらを楓にしっかりと見せつけてから、満足げな笑みを見せた。

「じゃあ、人待たせてるから私はもう行くね」
 途中まで行って烏丸は楓に振り返った。
 烏丸は退出する際も部屋のドアを叩きつけるようにして閉じて去っていった。

 楓はきれいな赤い手形を頬に残したまま隣のタケルがいる部屋に戻りベッドに腰掛けた。楓の顔を見るとすぐにタケルは頬の腫れに気づいた。
「おじいちゃんほっぺたどうしたの? まっかっかぁー」
 タケルの興味は楓の白髪から頬のくっきりと張り付いた手形に移ってまだじんわりと熱を持った楓の頬を突いたりつねったりして楽しんでいる。
「これはその…」と頬をつねられて口内で声がこもりながら楓は言いかけた。
 再び言い訳を考えて思索する楓を無視してタケルは更に主張を続けた。
「さっきのお姉ちゃんに叩かれたんでしょ? なんで叩かれたの? どうして?」
 あまりに好奇心多せいに質問攻めしてくるタケルに楓はややたじろいだが子供をあしらう理由を楓は言い放った。
「大人の事情ってやつ。だから、タケルには関係ないよ」
「あ! わかった。痴情のもつれ! 不倫不倫!」
 しかし、それはタケルにいらぬ誤解を生んだ。タケルは楽しそうにそう叫んで自己完結していた。
「いったいどこでそんな言葉を覚えたんだ…」と楓はため息交じりにつぶやく。

 タケルは楓の頬で遊ぶことを止めて急にベッドを降りてドアの方へかけて行った。
「タケルどこいくの?」
 楓が呼び止めるとすでにドアノブに手をかけているタケルが楓の方を振り向いた。
「不倫してる人がいるって皆に言ってくる。だって、不倫って犯罪なんでしょ? テレビでよく見るよ」とタケルはさも当たり前のように言った。
「テレビだったのかぁ」と楓はため息交じりにつぶやいているとタケルは会話する時間も惜しいと「じゃあ」と外に出ようとした。
「ちょ、ちょっと待ってタケル。不倫じゃないよ。だから、行かないで」
 楓はすぐにでも飛び出していきそうなタケルに優しく語りかけるように言いうとピタッと足を止めタケルはまるで楓のその反応を狙っていたかのようにニッコリと笑みを浮かべた。

「えーどうしよっかなぁ。理由を教えてくれたら皆に言わないであげる」
 楓は頭をポリポリと掻いて意を決した様子だった。
「わかったよ。言うからこっち戻ってきて」
 少年との駆け引きに負けた楓は自分が座っているベッドの隣を叩いて示した。そして、タケルは即座に楓の隣に飛び乗った。
「で、で? 誰と何してるところが見つかったの?」
 タケルはこれから始まる人の不倫話に期待を寄せ目を輝かせていた。

「まず不倫とか痴情のもつれとかそういう話じゃないんだ。これは本当。だから、タケルが訊きたいような話じゃないよ」
 絡まった誤解を一つ一つ丁寧に解いていくかのように楓はゆっくりと話した。
 それでもタケルの瞳は依然として何か期待している様子だった。
「うん、大丈夫。おじいちゃんの話だったら何でも訊くよ。なんか面白い話をしてくれそうだから」
(おじいちゃん?)
 楓は二度目の「おじいちゃん」認定を思うだけに留めたがタケルが話を訊きたいのは単純に好奇心によるものであると楓は察した。
「本当に? でも、怖い話をしちゃうかもよ。それでも訊く?」
 楓はダメ押しでタケルの真意を確かめたがそんなことは構わないと言わんばかりにタケルは力強く首を縦に振った。
「そっか、わかった」

「タケルはさ、お父さんとお母さんのこと好き?」
「うん。大好きだよ。パパはいつも遊んでくれるし、ママは偉い人だから」
「そっか。タケルのお父さんとお母さんはいい人なんだね」
 そして、楓は自嘲気味の笑みを見せて話し始めた。
「僕はね自分が何者なのかもうわからないんだ。どこで誰から生まれたのかも知らない。生まれたというより作られたって言ったほうがいいのかも知れない。そして、」
 楓は途中まで言いかけて自分の両手のひらに視線を落として続けて言った。
「自分の中に自分の知らないバケモノが住んでる事を知ったんだ。そのバケモノは僕の大切な仲間を傷つけてしまった。そして、いつしかヴァンパイアの命も簡単に奪っていた。敵だったからやらなきゃいけないとはわかっていたけどそのバケモノが敵のヴァンパイアを殺したことに対して一瞬だけ正気に戻った時、自分の中が満たされたような気がしたんだ。まるで、殺したかったから殺したっていうようにね」

「仲間ってあのお姉ちゃんのこと?」とタケルは訊くと楓は静かにうなずき、自分の頬に手を添えた。
「だから、ビンタされて当然なんだよ。むしろ、それだけで許してくれた烏丸さんに僕は感謝しないといけないくらいだ。でも、こんな僕の事を彼女は心配してくれた。だからもうバケモノに自分を奪われたくない。誰も傷つけたくないんだ」
 楓は一滴だけ瞳を潤した透明な粒を人差し指の腹で払い除けた。
「これがさっき起きた事の原因。不倫とかじゃないでしょ? やっぱり訊かないほうが良かったよね」

 タケルは首をブンブンと横に振った。
「でも、僕はおじいちゃんがそんな事するような人には見えないよ? 敵を倒したんだったらお姉ちゃんを助けるためにやったんだよ。僕だって友達をいじめてるやつを殴ったことあるもん」
 タケルは目の前の空気に向かってパンチして見せた。
「先生は暴力はいけないことだって言ってたけど僕全然後悔してない。後で先生に呼び出されて怒られちゃったし、しばらくそいつらから嫌がらせを受けたけど今ではその友達が一番仲良いし、やってよかったって思ってる」
 タケルその時のことを思い出して気持ちの現れか語尾が強くなっている。そして、隣で気持ちをむき出しにして話すタケルの様子に楓は驚いた様子だった。
「タケルは強いんだね」
 タケルはまた首を横に振って否定した。
「強くないよ。身長小さいし前から4番目だもん。でも、大切な友達が嫌なことされてるのはムカムカってした」 
「そっか。大切な仲間を守れたタケルは偉いな」

 楓は隣に座るタケルの頭を撫でるとタケルはへへへと小学生らしく無邪気に笑った。
「あ! そうだ。落ち込んだときはね。パァーッと外で遊ぶと元気になるよ。ボールとグローブあったからキャッチボールしよ」
 タケルは楓が烏丸に呼び出されている間にどこから見つけたのかベッドの下からグローブ2つとボールを取り出した。
「そうだね。そういえばしばらく太陽の下に出てなかったな」
 楓はカーテンを開けて窓の外を見つめた。
 窓の外は燦々と輝く太陽の光が待ちわびていたように部屋の中に広がった。
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