上 下
49 / 126

第48話「本音」

しおりを挟む
 闘技場の端まで飛ばされた竜太は目を覚まして起き上がり、手放して飛ばされた刀を拾い上げる。
「空太…。待ってろ今助けてやる」

 立華は手から離れた刀を掴もうと前方に落ちている刀に手を伸ばした。
 キースはそれに気づくと片手に持っていた小型ナイフを立華の手の甲へ突き刺した。ナイフは手を貫通して地面に突き刺さる。
「あぁぁっゔぐ」
「ナイフで十分だったねぇ。君に用はないんだからそこでおとなしく寝てなさいぃ」
 立華は地面に伏せながら横目で竜太が無事でいることを確認した。
「竜太君早く逃げてください! 僕のことは…」
 キースは立華の頭を掴んで地面に叩きつけた。立華の額から流れる血で赤く染まった顔をキースは覗き込む。
「おとなしく寝てなさいといったよねぇ?」
「に…げ…」
 再びキースは立場の赤毛をわしづかみして地面に何度も叩きつけた。次第に立華は動かなくなる。

「うーん、しつこいねぇ。次、余計なことしたらわかってるでしょ。君らみたいな理想主義者は非合理的なくせに諦めも悪いバカが多くて嫌になるよねぇ」
 キースは傷の修復を終え生えた足で履き替えた白い革靴で立場の赤毛の頭を踏みつけた。そして、内ポケットからもう一本小型ナイフを取り出して立華のもう片方の手の甲に突き刺した。

 竜太は刀を構えて再び黄緑い色に輝く刀をキースに向けた。刀を持つ手はまだ震えが止まらないでいる。
「…逃げるなんてできるかよ。今まで一緒にやってきた仲間をこんなとこで見捨てられるわけねぇだろ」
 竜太は刀を持つ震える手を自分の意志で無理やり抑え込む。震えてカタカタと音を鳴らしていた刀はピタッと音を鳴らすことを止めた。
「絶対助けてやる! もうやるしかねぇんだよ」 
 竜太は朱色の瞳で前方にいる敵を鋭く睨みつける。
 キースは白い隊服の乱れた襟を正して内ポケットからクシを取り出し、整髪料で光を反射するオールバックの髪を鼻歌を歌いながら悠然と再び整えた。
「さーてと、邪魔は消えたねぇ。あの子が戻ってくるまで相手をしてあげよう。私は多忙な身でね直々に遊んであげることに感謝してもらいたいねぇ」

 キースは口元をニィと引き上げてから言った。
「君はおしゃべりが好きかな? 私はおしゃべりでねぇ少し話をしようじゃないか」
「お前と話すことなんて何もないぜ」
 2人は地面を蹴り上げてお互いに正面からぶつかり合う。
 そして、黄緑と青緑の閃光が火花を散らして弾け合った。
「訊かせてくれ。君は何のために戦う? 以前に比べて強くなったそうじゃないか。でも、何のために強くなる? 誰のため? 目的は?」
 キースは竜太に浴びせるように問いかけ、不思議そうに首をかしげる。
 キースの攻撃を抑えるので精一杯で苦渋の表情を浮かべる竜太とは対照的にキースは汗一つかくことなく竜太の攻撃をまるで子供とちゃんばらごっこでもしているように受け流していく。
「そんなことわかりきってんだよ。俺らはこんなことしない世界を求めてんだよ。お前らみたいなわからず屋がいるせいでな」

 キースはまた不思議そうにして今度は逆方向に首をかしげ、竜太を見つめている。その感情を宿していない緋色の双眸は眼力だけで竜太を威圧している。
「君等は人間とヴァンパイアで仲良しごっこをしたいそうじゃないか。一部ではそれを実現しているらしいね。素晴らしい功績だよ。でも、君等の組織が長い年月をかけて人間全員どころか一部しか味方につけられてないよねぇ? それは本当に実現するのかな? もう少し現実と向き合った方がお互いのためだと思うけどねぇ」
 竜太は奥歯を噛み締める。そして、刀を構え、片足を引いて腰をかがめた。
「そんなんお前が決めることじゃねぇよ。大垣さんが一族で築き上げてきた大事な目標なんだ」 
「大垣ねぇ。あの男は本当にその目標とやらを達成するつもりはあるのかねぇ。そもそも、」
 キースは途中まで言いかけてゆっくりとした動作で首を横に振った。そして、勢いをつけて繰り出した竜太の攻撃を受け流し続ける。
「よーく考えてみてほしい。理屈が間違っていると思わないかい? 君がまだ人間だった頃、君は豚と共存したいと思ったことがあるのかい? いや、ペットとして飼うなら別だけどね。君等人間は豚を見た時、知能を有した仲間として共存を望むのではなく食料として見ているはずだよ。そして、君等が豚を本当に欲する理由は肉の塊として食欲を満たすためだ」
「人間がただの食料だっていいてえのかよ」
「違うとでも?」
 キースは眉をへの字に曲げて小馬鹿にしたような嘲笑を浮かべる。

「教えてくれ。君がヴァンパイアとして生きていく理由はなんだ? そんな無謀な目的を掲げるモラドになぜ協力する? 混血に命を救われたからヴァンパイアとして生きる覚悟を決めたのかい?」
「さっき言っただろ。訊いてなかったのか脳無しが」
 キースはまるで予想していたかのような竜太の反応にフフフと不敵に笑ってみせる。
「いや、違うねぇ。君は嬉しんだ。ヴァンパイアの生命力が。長く生を宿し続けることが。そして、怖いんだ『死』が。そうだろ? 君は決して共存を望んでいるわけではない。君はもっと自分に正直になるべきだ」
「何言ってんだよ」

 キースは竜太の表情を見て眉を一瞬持ち上げ、そして、口角を上げた。
「喜崎町の廃材置き場で志木崎君に腹部を刺されたときに君は人間として生と死の狭間にいた。しかし、どうだろう? ヴァンパイアになって腹部の同じ箇所を刺されたのに君は手術もいらず自然に治癒してこうして生きている」
「…なんでそんなことまで知ってんだ」
 キースは後方に跳躍して竜太と距離をとって静かに息を吐いてから眉をハの字にして挑戦的な表情をしてから、両手を腰の位置で広げ肩をすくめて言った。
「見てたからさ。私はね君のことを気に入ってるんだよ。だって、素晴らしいじゃないか、か弱い人間からヴァンパイアになって第2の人生を歩む覚悟」
 キースは味わうように目をつぶって天を見上げた。
「嗚呼、美しい」
 キースは竜太をほっと吐息が漏れそうなほど羨ましそうに見る。
 そして、キースは重心を前に倒した。竜太がそれを認識したときにはキースはすぐ目の前に来ていた。キースは少し力を込めて刀を振う。青緑色の閃光が竜太の刀をなぎ飛ばした。黄緑に輝く刀は勢いよく回転しながらヴァンパイアの脚力ですぐに取り戻すには難しいほどに遠くまで飛ばされてゆく。

 キースは人差し指と中指を立てて目線を下げて、さっきまで刀があった空間をまだ握り締めている竜太を見た。
「2つ大きな事実を君に教えよう。1つは君にとって残念なお知らせ。そして、2つ目は嬉しいお知らせだ」
 キースはゆっくりと竜太に近づき、刀を握った格好のまま呆然と立ち尽くす竜太の目を見ながら刀を腹部に突き刺した。ぷすりと刀は肉を貫き、竜太の口元からは赤い液体が漏れ出てる。
「まず1つ、今の君がどんなに頑張ろうと私に傷一つつけることはできない。故に私は君をいつでも殺せることは理解しておいてほしい。くれぐれも勝てるなんて思わないようにねぇ」
 竜太は自分が刺されたことに少しの時間差があってから気づいて腹部に刺さる刀に手を添え、そして視線を落とす。
「…」
「ここを刺されれるのは3度目だよねぇ。思い出したかい? 死の恐怖を。君が人間だった時、志木崎君に刺されたあの時の記憶を。そして、志木崎君が不意打ちを入れた雨の日の夜中もそうだったねぇ。ここだったぁ」
 キースは口角を上げて謎が解けた喜びでも表すように笑みを見せた。そして、竜太に刺した刀を手首を曲げて回転させ竜太の肉をえぐった。
 竜太は痛みに喉から声を上げる。

 竜太の呼吸は次第に荒くなっていく。最初は運動後のように呼吸の感覚が短くなってたが次第に肩を大きく揺らして大粒の汗を掻き始めた。
 徐々に徐々に朱色の瞳に宿す目の奥の光がくもって消えていき遠い目をになっていく。
 キースは竜太の反応を味わうようにしてゆっくりとゆっくりと竜太に刺した刀を抜いていく。腹部に空いた穴からは待ちわびていたように赤い血液が勢いよく吹き出す。そして、キースは刀に滴る液体を一滴舌の上に乗せた。
 竜太は膝から崩れ落ちて両膝立ちの状態になる。竜太の目は地上の洋館の医務室で会ったときの恐怖に怯える小動物のような力ない瞳に戻っていた。
 そこに以前の竜太はいない。

 竜太はドクドクと流れ出る腹部の血液を手のひらで当ててから真っ赤に染まる手に視線を落とした。
「俺は…死にたくない」
「でも、君は一度死んでしまった」
「違う…死んでない」
「いいや、死んだよ。人間としてね」
 キースは竜太の脇にしゃがんで、肩にそっと手を置いてから言った。
「もう無理しなくていいんだよ。君はよく頑張った。恐怖に立ち向かい、そして生きてきた。もう、自分に正直に生きていいんだよ。これからは自分のために生きていこう」
 キースは立ち上がり両手を広げてアガルタの光を全身に浴びるようにしてから言った。
「ヴァンパイアは素晴らしい! 圧倒的な生命力に身体能力。長い生と強力な力を得ることができる存在。地球上、全生命体の中の頂点に君臨している」
 キースは怯え震える竜太を見下ろしている。そして、キースの背中には煌々とアガルタを照らす光が容赦なく照りつける。
「君の体に流れる血液は全てヴァンパイアの血液だ。今、私が刺した傷もいずれ癒えて元に戻るだろう。人間ならこの傷で死ぬか少なくとも数ヶ月は元の生活に戻ることはできないだろう。しかし、ヴァンパイアはどうだ? その怪我だったら10分もすればもとに戻って君はいつも通りの生活を送ることができるんだ。ただ…」
 キースは竜太の血で赤く染まる刀を竜太の胸と額を舐めるように触れた。竜太自身の血液が胸と額に付着する。
「それでもこことここを壊されてしまえばいくらヴァンパイアでも死んでしまう。陽の光も同様だ。そこで、2つ目の良いお知らせを教えよう」
 キースは刀をしまって足を踏み出し、竜太に目線を合わせるようにしてしゃがみこんだでそっとささやく。
「吸血鬼不死身計画だ」
「…」
「ここからは私の独り言だよ。判断は君が決めるといい」
 キースは立ち上がって両手を腰に回して組んでから言った。
「人間は食料だ。しかし、その食料たちは非常に臆病な生き物だ。そのため自分たちの身を守るためのテクノロジーを発展させた。そして、地上にはそれができるだけの資源がある。教育がある。食料たちは今やヴァンパイアと対等に戦える程の力を手に入れてしまった」
 キースは一点を見つめて固まっている竜太に口角を上げて見下ろした。
「ヴァンパイアの歴史にこんな話がある。ヴァンパイアは夜の近接には強いが遠距離から額や心臓を狙われたらたちまち無力になってしまう。昔のヴァンパイアたちは武器なんて持っていなかったからね飛んでくる弾を防ぐ術なんてなかったんだよ。今でも人間は奇天烈な武器を使って私達ヴァンパイアを1人残らず倒そうとしている。おまけに私達は太陽が出ている間は戦えない。食料を簡単に確保できなくなってきてるんだよ。では、どうやってこの問題を克服するか?」
 キースは顔の前で人差し指ちらつかせて鼻で笑ってから言った。

「ふふふ、答えは一つ。死ななきゃ良い」
 またキースは竜太の前を左右に言ったり来たりして独り言を続けた。
「不死身の兵隊を大量に作り出せば良い。至極単純な話だ。そして我々ははるか昔から不死身の吸血鬼を作るための実験を行ってきた。それはそれは血のにじむような努力だったよ。そして、17年前ようやく完成した。一体何人のヴァンパイアと食料を失ってきたことだろうねぇ」
「……」
「ああ、もちろん死なないだけだったらただの肉の壁にしかならない。そうならないためにそれぞれの個体に応じた強さを獲得できる実験も同時並行で進めていてねぇ」
 キースはピタッと竜太の目の前で止まって竜太を指差した。
「それが竜太君の友達、伊純楓だ。彼が私達ALPHAにとって最高傑作となった。彼を使えば再び不死身の兵隊を大量に作り出すことができるし…」
 キースは途中まで言いかけると竜太の前方から竜太の真横に歩を進めて続けた。
「彼の細胞を培養すれば私達も不死身になることができるんだよ。彼にはちょっと手荒な真似をしてしまうけどねぇ。しかし、私達はついに死を克服できる段階に到達したんだぁ!」
 キースは全身に流れる血液を感じるかのように目を閉じて再び話を続けた。
「人間がテクノロジーで武器を発展させるなら私達ヴァンパイアは肉体を発展させるのが強みを生かした戦いだよねぇ。そして、ALPHAは今その目標に向けて準備を進めている」
 キースは再び一歩、歩を進め通り越した竜太に振り向いた。
「私が何を言いたいかわかるかい? 少年」
 竜太の頭の上からキースの声が降り注ぐ。
「……」
 キースは向き直ってからしゃがみ、竜太の後頭部から耳元に囁いた。
「ALPHAに来なさい。君の思想はALPHAにピッタリだ。そうすれば君の望みを叶えることができるんだよ」
「…望み」
 ようやく口を開いた竜太を待ってましたとばかりにキースは大きく頷く。
「そうだ。君の望みだよ。無駄な努力なんて止めてしまえ。死への恐怖なんて捨てしまえ。君は君の目標に向かって進めばいいんだよ」
 キースは竜太の耳元で再びつぶやく。それはきれいな音色を奏でるようにスラスラと言葉を取り出して話す。
「君は人間からヴァンパイアになって日が浅いのに類まれなるセンスを持っているそうじゃないか。君はヴァンパイアとして生きるべきだったんだよ。神は君をヴァンパイアとして選んだんだ。そして、君は死を克服し、今より何倍も強くなれる場所がある。強くなるということは組織の中で上に立つものの必須条件だ。私達には君のような才能が必要なんだよ。こんなところでくすぶってないで君に合った場所で輝くべきではないかね?」
 立ち上がったキースは両手を広げて首を振った。さっきまでの早口は一変して今度はゆっくりと語りかけるように言った。
「とは言っても、私も鬼じゃない。今すぐに返事をもらおうとは思っていないよ。ただし、回答期限は設けさせてもらうよ」
 キースの人差し指が空に輝く光を指し示した。
「次に地上の空に満月が見えた時、君を迎えに行こう。その時に答えを訊かせてくれ」
 キースは懐から鎖を取り出して竜太の腕と腰に巻き付けた。竜太は人形のように無抵抗でされるがままに鎖をまかれる。
「君にはもう刀を向けないでおこう。ただし、しばらくここでおとなしくしておいてくれるかな。そろそろ彼が来る」
 目を細めて遠くで聞こえる微かな音に反応した。
「では、良い返事を待っているよ」
しおりを挟む

処理中です...