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第47話「格上」

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 楓が鋼星に誘拐される前、闘技場でALPHAが襲撃してきた時間に遡る。

 ◇

 360°闘技場を見渡す限り白い隊服に身を包んだヴァンパイアたちが取り囲み、観客席に座る者たちの命を次から次へと奪っていく。
 武器も持たずただただ逃げることできないルーロの民は虫のようにあっけなく一人一人の生命が強制的に終わらされていく。
 その闘技場の異変に気がついた大会出場者たちは観客を守るべく応戦する。しかし、それでも多勢に無勢。出場者たちに能力はあっても劣勢を強いられていた。

 その中、司会の首を切り落とした西洋人のような彫りの深いヴァンパイアは鼻下の整えられた髭を両手人差し指の腹でなぞってから言った。
「ほぅ~、つまり君たちは私の邪魔をするということでいいんだよね?」
「ええ、そうなりますね。3対1でお相手しますけど当然よろしいですね?」 
 立華は刀を握る手を強めた。そして、頬に一筋の汗が伝う。
「結構」
 闘技場の砂が舞い上がる。
 気づくと、立華の緑色に光る刀とそのヴァンパイアの青緑に光る刀が交わっていた。
 立華はそのヴァンパイアの攻撃を受けている刀にもう片方の手を添え、歯を食いしばりながらなんとかして指示を出した。
「2人とも作戦変更です。烏丸さん楓くんを探してください。そう遠くへは行ってないはずです」
 立華が感じたそのヴァンパイアの強さと実際に刀を交えて感じた強さにギャップを感じた立華はそう言った。
 長いこと立華とバディを組んでいる烏丸も立華の表情からそれを察して頷き、即座に身を翻して後方の出口に一直線で向かった。
 立華を相手していたヴァンパイアは立華にもう用済みと言わんばかりに立華を振り払って烏丸を追った。
「竜太君!」
 立華はその瞬間にもう一本腰に携えていた鞘に収まった刀を竜太に投げる。
 竜太も烏丸に向かって走りながらパスを貰うようにして立華が投げた刀を片手で受け取り鞘から黄緑色に光る刀を抜き出した。
 黄緑の光と青緑の光が激しくぶつかり高い金属音を鳴らす。そして、竜太は地面に膝を付いて全身の力を使って攻撃を止めた。竜太はこれまでの特訓で黄色いヴェードから黄緑にランクアプして明らかに強くなった。それでも相手の力に押されてギリギリのところで耐えていた。
「ふーむ、なかなかやるねぇ。このキース、ALPHAでは実力上位なんだけど黄緑でこれを止めるかい」
「どうやら俺はヴァンパイアのセンスがあるらしくてね。そこら辺の同レベの凡人と一緒にしないでもらえるか」
「まあどうせ彼はいずれ手に入れるからいいか」とキースは小さくつぶやく。
 そして、キースはなぜか嬉しそうに笑った。
「うーむ、つまり志木崎君とは違うということだね。君は成長して強さを手に入れたわけだ」 
 キースは竜太を見ながら後ろから不意打ちを突いてきた立華の攻撃を止めて2人から少し距離を取った。
「ほほぉ、いいだろう。どうせ彼は戻ってくるだろう。その間退屈しのぎをしようじゃないか」
 キースはセットされた茶髪のオールバックの髪を手のひらで撫でるようにして整えた。
「S'il vous plaît divertir au mieux(せいぜい私を楽しませてくれよ)」
「何言ってっか知らないけど行くぜ、空太!」
「了解です。でも、唯一約束してください。絶対に死なないでくださいね」
 竜太は少し間があってから答える。
「ああ、もちろんだ。こうなったらもうやるしかねぇんだよ」
 竜太は刀を持っている震える手をもう片方の手で押さえつけるように両手で刀を握った。

 2人はキースに向かって走っている最中立華はキースに視線を向けながら隣を走る竜太に聞こえる程度の声量で話した。
「竜太君、格上相手です。まともにやりあっても勝てません。さっきの感じだと僕の方が彼の攻撃を抑え込めてました。だから、僕があいつの相手するんで竜太君はそのスキを使って倒しちゃってください」
「簡単に言ってくれるなよ。むちゃくちゃ強いぞあいつ」
「ええ、でも無理に倒す必要はありません。逃げるという選択肢も考えてといてください。なんたって生きて帰ることが大事なんですから。楓君は烏丸ちゃんに任せてあるんですからあとは竜太くんを無事に返せたら僕らは任務完了なんです」

 立華とキースは激しい打ち合いを始め両者の刀に宿る光が一線の閃光が弾け合う。そして、竜太はやや劣勢に立たされている立華に対して自分が加勢できるタイミングを伺っていた。
「アイツを助けやりたいけどまともに入ったら足手まといになりそうだ。どうしたら…」
 竜太は入るスキのない戦いにもどかしさを感じながらも今の自分にできることを模索し続けた。そして、竜太は動き出す。キースから距離を離すようにして走り始めた。
「おいおいおい、まさかこの程度で終わらないよねぇ? もっと、舞えるよねぇ?」
 キースの長いまつげと緋色の眼球が見下ろす立華の額に接するほどに力で押されている。立華は自分の刀が体に近いところまで来てキースの刀の刃先が頬に触れて赤い血が頬の輪郭をなぞった。
「まさかまさか。お楽しみはこれからですよ」
 立華を目の前を黒い影が覆った。そして、竜太は跳躍して勢いそのままにキースの後ろから切りかかった。
 しかし、まるで背中に目がついているかのように後ろから狙った攻撃を止められる。
 だが、立華はこの一瞬にできたチャンスを逃さなかった。身長の高いキースの空いた脇めがけて刀を上方へ向けて薙ぎ払うように振った。
 しかし、キースは胸ポケットから小型ナイフを取り出して立華の攻撃を安々と止める。
「う~ん、君はやっぱり期待はずれだねぇ。もっと、戦えると思っていたが期待はずれのようだ」
 キースは前方の立華に目線で釘刺すように制したまま踵で竜太の腹を蹴り上げた。
 竜太は「ゔっ」と低い声を上げてキースのそばから引き剥がされて後方へ転がっていく。
 そして、キースは胸ポケットから取り出したナイフで立華の刀を振り払うと立華の視界からフッと姿が消えた。

 痛みと攻撃されたことの認識に時差が生じていたかのようにキースのよく磨かれた白い革靴が立場の腹にめり込んでから立華は痛みを認識した。次に目を開いた時はキースが立華を跨いで見下げている緋色の瞳と見上げる瞳の視線が重なった時だった。
 キースは刀を手首で器用に回してから再び持ち直し、立華の額に刀を突き刺すようにして構える。
「Tu ne peux plus danser ?(もう舞えないのかい?)」
 キースは億劫そうに天を見上げてから再び立華に視線を落とした。
「退屈しのぎにもならなかったなぁ。ザーンネン」
 キースは仕方なく刀をそのまま振り下ろす。結局が付いたかに思われた…。しかし、刀は闘技場の細かい砂の地面に刺さっていた。そして、キースはバランスを崩して両膝を地面について膝立ちの状態になる。
「ほう、速いんだねぇ」
「あなたみたいに図体ばかりデカくないんでね」 
 キースは両膝を立てて切断された両足首の断面を地面について立ち上がった。少しばかり慎重が小さくなって見える。
 それも束の間で、足首の切断面からはすでに切断部分の修復が行われ始めている。

「空太、大丈夫だったか」
「ええ、竜太君も無事でしたか。それよりも急ぎますよ、足が生えきるまでにもっとダメージを与えないとやばいです。動きも鈍っているでしょうし、2対1で連撃します。攻撃の手を止めないでくださいね」
 竜太は頷く。そして、2人は左右に別れてキースの両脇から狙うようにして走り出す。
 キースは切断された足首でその場に立ったまま片手には小型ナイフと刀を持って2人を迎え撃打つ構えを見せる。

 2人はキースに連撃を繰り出すがキースは一歩も足を動かさずに2人の攻撃を受け流してみせる。
 キースの剣さばきは無駄がなくそして、スマートに攻撃を繰り出している。
 キースは竜太の突き身を翻して交わし、その勢いで竜太の脇腹めがけて刀を振り払った。
「…しまった」
 刀は竜太の脇腹にめり込んで竜太の体が刀に抱きつくように「く」の字に折れると体が持ち上がってふっ飛ばされた。
 キースは刀を持ち替えて刃の部分を立華に向けて振った。
 立華は防御するがキースのもう片方のナイフで肩を刺され手に持っていた刀を飛ばされ、キースは体をコマのように回し、再生が終わった足で立華の頬を回し蹴りして立華は地面に叩きつけられた。
「終わりかな?」
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