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第45話「狂楽⑤」

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 楓はディアス家に実験として体を分解され、額に杭を刺されて気を失った。しかし、ディアス・ルーゼルの思いつきでポリタンク一杯分の血液を楓に注入すると、楓は薄目を開けて意識を取り戻した。 

 バートンとルーゼルが入ってきたところからタンクトップを着た大男がケタケタと笑いながら入ってきた。
「みんな楽しんでんなぁ」
 入り口で腕を組んでいるその大男は逆三角形の筋肉質な体格にタンクトップ、短パンという服装をしている。そのヴァンパイアは楓たちを今まで訓練して武の道を教えてきたヴァンパイア、鋼星だった。
 楓は鋭い目つきで鋼星のことを睨みつける。
「鋼星…お前」
 鋼星は楓のその目つきと現在の状況を理解した上で言った。
「よかった、よかった。やっぱりお前死なないんだな。みんなに楽しんでもらえてよかったわ」
 まるでこの展開を予測していたかのように楓とは対称的で弾むように鋼星は言った。
「これはどういうつもりだ? やっぱり、今まで騙してたのか」
 楓は朦朧とする意識の中で問いかけるが、鋼星は磔にされている楓を見下ろし、両手を広げておどけたように答える。
「やっぱりってことはなにか気がついてたのかな? でも、勘違いすんなよ俺はディアス家の使いだぜ? ディアス家が喜ぶことだったら何でもするのが俺の仕事だ」
 鋼星は振り向いて後ろで談笑する家族を一度ウィンクを送ってからディアス家の三人もぎこちないウィンクを送り返す。
「あの家族はな普段仲悪いんだよ。ほら、お前らが来た時もなんかギスギスしてただろ? 俺はそういうのよくないと思うわけ。でもな、実験中だけはめっちゃ仲良くなるんだよ。共通の趣味があると仲が深まりやすいって言うだろ? だから、俺はこの家族がもっと楽しく暮らせるようになるにはどうしたらいいかって常に考えてるわけ」と鋼星は自分こめかみを指で叩きながら言った。
 その話を訊いていた座って一家談笑に励むディアス家は楓に向かってピクニックに来て家族写真でも撮るかのようにニッコリとピースをしてみせる。
「じゃあなんで僕らを鍛えようとした? なんで一緒に旅してたんだ? なんで武闘会も出たんだ? それもこれも全部僕をここに連れてくるためやったことなのか!」 
 楓は沸々と湧き上がるものをぶつけるように徐々に口調が強くなっていく。自分と他人の血で汚れた顔で唾を飛ばして叫び散らかして言った。一方、鋼星はまるで楓がそう思うのは当然だとでも言うように共感して頷く。
「お前らを鍛えたのは単純に俺の趣味だ。それ以上でもそれ以下でもない。でも、武闘会は趣味で出てるわけじゃねぇんだよ。ある意味これも仕事だ」
 楓は訝しげに鋼星を見る。
 鋼星は楓の表情なんてお構いなしに自分の意見が世の正論であるかのように、こともなげに言う。
「武闘会に出るやつは頑丈なやつが多いだろ? だから、いい実験体になってくれるやつが多いんだよ」
 頑丈なやつ? いい実験体? どういうことだ。
 まさか…。
「武闘会に出てるヴァンパイアをコイツらに渡してたってことか」
 楓は顎で鋼星の後ろにいる家族を指し示す。それでも鋼星は恥ずかしそうに頭を掻いて答える。
「そのまさかなんだなぁこれが。でも、流石に全員じゃないよ。一度にそんな持ってけないからさ。実際に俺と戦ってみて頑丈そうだったら連れてくだけ。適当にそこら辺のヴァンパイア連れてくるよりそうした方が質の良い実験体を連れてこれるからな。でも、」
 鋼星はまるで美術館の上級な展示物でも見るように楓の事を眺めた。
「お前はやっぱり普通のヴァンパイアじゃなかったんだな。鍛えてる時はまさかとは思ってたけど武闘会でお前と試合したときに確信したよ。竜太も水臭いよなお前が死なないことを教えてくれなかったしよ。だから、試すしかなかったんだ。その結果、今回武闘会での選抜はお前が選ばれたってわけ」
 鋼星は大きな手を楓の血まみれの肩にぽんっと置いた。楓は汚いものが肩に乗ったように怪訝な顔でその手を見つめてから鋼星に視線を戻して、磔にされていなかったら今にも飛びかかりそうな勢いで言った。
「お前らは命を何だと思ってる! 実験とかおもちゃとか趣味とか言ってるけどお前たちがやってるのはただの殺しだ。こんなことが許されると思うなよ。お前たちは異常な性癖を持ったクソ変態野郎だ! お前たちを絶対に許さない、絶対に、絶対にお前たちの事をぶっこr…」
 楓が途中まで言いかけたとき、楓の視界が揺らいだ。
 鋼星の大きな手は楓の白髪の頭を握る潰す勢いで鷲掴みする。そして、鋼星は楓の目の前に自分の顔を近づけて言う。
「やれるもんならやってみろよ」
 鋼星は楓の白髪を掴み無理やり首を傾けて見下ろしている鋼星の目線に合わせる。
「無理だよな。だって、お前、 よ・わ・い☆ から。ちょっと強くなったぐらいでいきがんなよ。ザーコ」
 鋼星は手を離して振り向くと「終わりましたよ」とディアス家に言った。
 バートンはよいしょと文字通り重い腰を上げてからルーゼルとアーノルドを見て重要な報告をするかのごとく重々しく言った。
「第2ラウンドだ」
 そして、アーノルドはチェーンソー、ルーゼルは杭を手に持って力強く頷いた。

 第2ラウンド開催前の選手インタビューにて。
(ディアス家インタビュー)
鋼星(インタビューアー):アーニーにとって実験とは?
アーノルド:そうですねぇ。端的に言えば人生…でしょうか。腕、肩、肘、手首、指。体の一部だけでも今まで様々な部位を切断してきましたが共通して言えることはこれらの行為はどんな形であれ極上の快楽をもたらすということですね。それは性行為による快楽では比較できないほどの物です。そして、快楽を得られるということは自分が求めている行動にほかなりません。よって、これは神様が僕にこれをやるべきだという思し召し思いますネ。
鋼星:では、この長い間実験を続けることができたのはその快楽のおかげということでしょうか?
アーノルド:ええ、そうなりますね。何事も成果を出すことやその行動が自分に向いているかどうか判別するには継続することが大切です。
 僕は実験をつまらないと感じたことはありません。毎日朝起きた瞬間から学校の授業中だって実験の事を考えて生きています。やはり、何事も楽しみながら継続できることが自分のやりたいことなんだと思います。
鋼星:これからさらなる実験の発展を期待しています。
アーノルド:ありがとうございます。


鋼星:バートンさんにとって実験とは?
バートン:調和…ですかね。普段、アーニーが反抗期というのもあって家族の雰囲気が悪いんです。しかし、実験中はまるで普段かぶっている仮面を取り払って本物の姿を家族で見せ合えるような感じがするんです。だから、家族の…調和。ということになりますかね。
鋼星:これからさらなる実験の発展を期待しています。
バートン:ええ、ありがとうございます。


鋼星:ルーゼルさんにとって実験とは?
ルーゼル:愛のカタチですね。実験中に見せるアーニーの顔は幼いときに見せていた無邪気な笑顔そのままなんです。だから、バートンは私には言ってくれないんですけど本当は実験を一番楽しみにしてるんだと思いますよ。あの瞬間が家族で最も笑う時間ですからね。
鋼星:これからさらなる実験の発展を期待しています。
ルーゼル:はい、ありがとうございました。

 と、休憩を挟み…。
 楓は再び細切りにされ、血を体内に注入され、そして再生を繰り返していたがやがて注入用の血液が尽き、楓の精神はもはや擦り切れたように尽きてがっくりと項垂れていた。まるで、肉体は生きているが精神は死んでしまったかのように動かなくなってしまった。

「…飽きた」

 アーノルドは血まみれの床にダダをこねる子供のように手足をばたつかせる。
「飽きた、飽きた、飽きた、飽きたぁ、A KI TA!」
 息子が楽しみにしていた娯楽が予想以上に長持ちせず、目の前で苦しんでいる息子にバートンは困り果てて頭を掻く。
「私も飽きてしまったな。いつもは楽しくなってきたところで実験体が壊れてしまうから気が付かなかったが、同じ対象で実験を続けるとこういった弊害が出てくるのか」
「どうします? あなた」
 バートンは腕を組んでじっくりと思考し、アーノルドとルーゼルは当主の出す結論を固唾を飲んで見守っていた。そして、バートンは結論に達したようだ。
「よし! 捨てよう」
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