32 / 126
第32話「2人で話す夜」
しおりを挟む
その少女は屋上のドアが開く音に気づき、ボーイッシュの短い黒髪を風になびかせて楓の方へ振り返った。
目が合った楓はつぶやく。
「烏丸さん」
一瞬の沈黙の後、思わぬ人物とばったり会ったことに気まずくなった楓はあたふとドアを閉めて帰ろうとしたが楓の気配に気づいていた烏丸は外を見つめたまま声をかけた。
「気を使わなくていいですけど」
少しの逡巡をして楓は烏丸の後ろ姿を見ながら、恐る恐る近づいていく。
「隣、失礼します」と楓は烏丸に一礼して同席することの許可を取るようにしてから腰掛け、隣に座る烏丸同様に屋上の縁から足を投げ出すように座った。
死んだように静まり返った街の中に薄明かりの街灯に照らされる光景は2人がこの世界に生存している唯一の生物ではないかと思えるぐらいに街の中はヴァンパイアの影がなく無音の世界だった。
そして、その沈黙に耐えきれなくなった楓は言った。
「この前のホテルでも深夜にどこか行ってたね。そのときも屋上に行ってたの?」
無理して話題を絞り出したかのように言った楓に烏丸は怪しいものでも見るように眉根を寄せる。
「見てたんですか? かなり遅い時間だったはずですけど」
楓は何かよからぬ誤解を招きそうだったので少し焦ってから「あ、いや、その寝れなくてたまたま…」と焦って更に誤解を招きそうな言い方をしてしまった。
しかし、烏丸はそんなことは気にしていないようで「そうですか」と一言だけ返答した。
「今日も眠れなかったんですか?」と仕方なく会話を続けようという意思が透けて見えるように烏丸が訊いた。
楓は頷いてから「男部屋は竜太と鋼星のいびきがうるさくてなかなか眠れないんだよね」と苦笑する。
それから楓は話題を元に戻すように切り替えた。
「烏丸さんはこの時間いつも外にいるの?」
「まあ、そんなところですかね私も眠れないんで」と溜息を吐くように言い放った。
楓は烏丸の発言が気になり少しの思索の間があってから、相手の機嫌を損ねないようにそして、語り掛けるように言った。
「最近何かあったの?」
「いえ、単純に夜型なだけです。ヴァンパイアは元々夜型なんで」
つっけんどんに言った烏丸だったが楓はそれでもまだ納得できていない様子を見せた。
しかし、楓は余計な詮索をすることを止めた。その後、2人の会話はそこで途切れて再び沈黙が訪れた。
時折吹く風が2人の沈黙の間を取り持つように音を立てて吹いていた。
会話を取り繋ぐ意志はないという烏丸に楓は烏丸を怒らせていないかどうか気になって横目で烏丸の様子をちらりと見た。
しかし、楓の慎重な行動の努力は虚しく、すぐに烏丸は楓の視線に気がついて楓の方を見た。
「私の顔になにかついてます?」
首を傾げて愛想を浮かべる事もなく、訝しげな表情で楓にその言葉だけを言い放っただけだった。
こっそり見ていたことがバレていたことに驚いた楓は「あ、」と思わず声を漏らして顔を烏丸の方へ顔を向けた。そして、お互いの目が合う。
夜の屋上、図ったようにまた2人の間に風が吹き抜けた。そして、楓の白髪と烏丸の黒髪が風になびく。
烏丸の長いまつげに大きな瞳の奥は目の前に存在している楓を見ているようで見ていない瞳をしていた。まるで、視線だけは目の前の物体に向けているが意識はどこか遠くを見ているように。
その瞳を見た楓は一瞬、時が止まったように静止した。
それから、少しの沈黙があってから楓は口ごもって「いやなにも」と視線を逸らして再び目の前に広がる建物群に視線を向けていた。
楓は頭の中で話すことを選び取るようにしばらく考え込んでから再び口を開いた。
「烏丸さんと2人で話すのって初めてだよね」
烏丸は楓に視線を向けること無く正面を向いたまま「そうですね」と一言だけつぶやく。
「なんか、こめんなさい。僕らのせいで急にここまで連れてきちゃって。迷惑だよねきっと。僕なんかの…その…バケモノのために…」
自嘲気味に言う楓を見ていた烏丸は表情を変えること無く首を横に振って答えた。
「いえ、これも仕事なんで迷惑じゃないですよ」
「そっか、仕事…だもんね。烏丸さんは仕事熱心だもんね。キエスで僕らを守ってくれた時も強かったし」と愛想笑いを浮かべる楓。
話す言葉が見つからず自分が絞り出した言葉になんだかぎこちない会話になっていることを楓は自覚した。
そして、楓は目をしかめて自分が選び取った話題を間違えたような気がして後悔した。
お互い会話が得意なタイプではなく口下手な2人の会話は途切れ途切れになり、その空気に耐えきれなくなった楓は「じゃあ」と言い残して腰を浮かせようとした。そのとき、
「私にはモラドしか残されてないんです」
また、烏丸はどこか遠くを見つめながらそう言っていた。
それは、その場を去ろうとした楓を引き止めるために言ったわけではなく、ただ自分に言い聞かせるように虛空に向かってそう言葉を放った。
「残されてること?」と出口に向かって歩を進めかけた楓は烏丸の方へ向きかえって聞き返した。
烏丸は空を見上げる。
アガルタの夜空は地上と違い星1つどころか雲ひとつすら存在しない漆黒はまるで異空間の裂け目のように吸い込まれしまいそうな程だった。
烏丸はその漆黒の夜空を見上げながら空に向かって話した。まるで、独り言を言うように。
「私は空っぽなんです。なんにも無いんですよ。守るべきものも、好きなことも何にもない。ただただ空っぽで生きてるだけのヴァンパイア。無目的に生きて死ぬのを待っているだけ」
烏丸は視線を楓の方へ向けた。
「もし、人間に生まれてたらもっと早く人生を終えることができたのかもしれませんね」と烏丸は自分のことを卑下するように言ってわずかに上げた口端から白い歯をのぞかせて更に続けた。
「自分から死ぬ勇気もないチキン野郎はこうやって長い生命が終わるのを待つだけなんです」
一度止んだはずの風がまた吹き始める。楓の頬を撫でたその風はさっき吹いていた風よりも少し冷たくなっているように感じた。
楓はその風を振り払うように首を横に振った。
「そんな事言わないで、烏丸さん。そんな事したら、大切な家族や仲間が悲しむよ」
楓は烏丸の方へ向かって歩を進めた時だった。
「家族は私以外殺されました」
楓は歩みだした足を止め、烏丸の背中を体が固まったように見つめる。ようやく動きだした体で楓は冗談であってほしいと願いながら尋ねた。
「殺…された?」
すると、烏丸は楓の願いを意図して破壊するようにためらうこと無く淡々と続けた。
「ちょうど今みたいな真っ暗な闇の中で。私が出かけている間に私以外全員。でも、別に殺されたって構わないような親だったんですけどね」
壮絶な事実を淡々と語る烏丸の表情は感情が消えて無くなったかのように彼女が言っていて、まるでヴァンパイアの皮をかぶった人形が話していることを思わせた。
楓は何か言おうかためらったが意を決したように口を開いて「聞いてもいい?」と楓は烏丸の隣に再び座った。そして、烏丸は楓の方を振り返ることなく正面を見たまま小さく頷いて話を続けた。
「ALPHAに家族を殺されたんです。というか、私がいた国自体ALPHAの本拠地がある国から近かったのでいつ攻撃されてもおかしくありませんでした。だから、占領されるのも時間の問題でした」
まるで他人事のように烏丸は淡々と言った。
「ALPHAに?」と楓が聞き返す。
「人間にもあるでしょ? 思想の違いで争いに発展することが」
楓は烏丸の言葉を自分自身に染み込ませるように考え込んでからゆっくりと頷いた。
「ヴァンパイアの世界でも人間の存在の良し悪しがあってALPHAの思想に反する国で彼らが気に入らないと判断されたら実力行使されて支配されてしまうんです。だから、力のない国はALPHAの支配下にされちゃうんですよ。それで生き残ったヴァンパイアの殆どは国を追われる。私もその1人です」
ややあってから楓は言った。
「…そんな酷いことがあったんだ」
「だから、私にはもう血のつながった存在がいないんです。別に家族に生きていてほしいとは思ってないですけど自分がこの世界で1人きりになってから虚無だけが私の中にいつまでも居座ってるんです」
楓は空を見上げる烏丸を一瞥してから眼下の街並みに視線を落として自分の中の考えをまとめるようにゆっくりと話した。
「その気持ちは僕も分かるよ。僕も家族がいないし、誰から生まれたのかもわからない。だから、生まれたときからもう何がなんだかわからない状態だった。親なんて存在しないんじゃないかって小さい頃、思った時期もあったよ」と楓も自らを嘲笑するかのような笑みを見せる。
「おまけに死なない体になってるし、ホントにもう何がんなんだか…」
烏丸は楓の方へ視線を向けてから言った。
「この任務に当たる前、楓さんの資料を見ました。出生の情報や生まれてから過ごした学校の情報とか。あと、実験のこととか」
「そっか。じゃあ僕の今までのことも伝わってるんだね」
楓も空を見上げてから言い放った。
「僕は人工的に作られた人間でありヴァンパイアだから、親の顔を知ってる烏丸さんは恵まれてるよ」
「親の顔ですか。あんまり思い出したくもないですけど…。でも、楓さんはずっと一人でいて辛くないんですか?」
遠くを見つめていた楓は少し目を細めてから言った。
「物心ついて自分が1人って気づいた時は寂しかったよ。外で親と手を繋いで楽しそうに歩いている家族を見ていると自分が何のために生まれてきたのかわからなくなるときだってあった。同時に姿を見たこと無い親のことを恨んだりもした」
楓は空を見上げてすーっと息を吸う。
「でも、色んな出会いがあって仲良くしてくれる人間の友達がいたし、こんな僕に夢を託してくれるヴァンパイアもいた。そんな経験をしてやっとわかったんだ、僕の存在は僕だけで無価値だと決めつけてはいけない。僕にはやらなければいけないことがあるって。実験で作られたバケモノかもしれないけど僕だって1人の人間でありヴァンパイアだ。だから、例え肉親がこの世にいなくても僕を支えてくれる人がいる限り孤独じゃないと思ってるんだ」
楓は視線を烏丸の元へ移してから頬を緩めた。
「だから、余計なお世話かもしれないけど烏丸さんも自分で抱え込まないで僕ら仲間なんだから何でも言ってよ。戦闘で力になれるかはわからないけど…」
烏丸は楓が話す姿を、口を半開きにして聞いていた。そして、思い出したかのように口を閉じて楓が言ったことを自分の中に取り込み長い瞬きが開けてから言った。
「意外ですね。楓さんはそんな事考えてたんですか」
「え? 意外かな? というか、僕の事どう思ってたの?」
「死なないって事を除いたらただのヘタレです。鋼星に練習でもボコボコにされてたので」と烏丸は即答で答えた。
楓は突かれたくないところを突かれたようで思わず苦笑した。
「でも、なんか勇気出ましたよ。それに楓さんのこと資料でしか知らなかったので話してみたら意外といい人でした。いや、いいヴァンパイアですね」
「意外と…か。でも、それなら良かった。烏丸さんもあまり気を落とさないでね」
「楓さんまだ弱いですもんね」と烏丸は口元に手を添えてから笑みを浮かべて、楓もつられて笑った。
「よかった。烏丸さんってそんなに楽しく笑えるんだね。烏丸さんのそんな笑顔見たの初めてだから安心した」
「私にも感情はあるんですけど」と烏丸は隣に座る楓を見つめて楓は苦笑する。
話し終えた2人は屋上から泊まっている部屋の前まで来ていた。
「じゃあ、おやすみなさい。…楓君」
楓はニッコリと笑みを浮かべて依然としていびきが鳴り響く男部屋に戻っていった。
目が合った楓はつぶやく。
「烏丸さん」
一瞬の沈黙の後、思わぬ人物とばったり会ったことに気まずくなった楓はあたふとドアを閉めて帰ろうとしたが楓の気配に気づいていた烏丸は外を見つめたまま声をかけた。
「気を使わなくていいですけど」
少しの逡巡をして楓は烏丸の後ろ姿を見ながら、恐る恐る近づいていく。
「隣、失礼します」と楓は烏丸に一礼して同席することの許可を取るようにしてから腰掛け、隣に座る烏丸同様に屋上の縁から足を投げ出すように座った。
死んだように静まり返った街の中に薄明かりの街灯に照らされる光景は2人がこの世界に生存している唯一の生物ではないかと思えるぐらいに街の中はヴァンパイアの影がなく無音の世界だった。
そして、その沈黙に耐えきれなくなった楓は言った。
「この前のホテルでも深夜にどこか行ってたね。そのときも屋上に行ってたの?」
無理して話題を絞り出したかのように言った楓に烏丸は怪しいものでも見るように眉根を寄せる。
「見てたんですか? かなり遅い時間だったはずですけど」
楓は何かよからぬ誤解を招きそうだったので少し焦ってから「あ、いや、その寝れなくてたまたま…」と焦って更に誤解を招きそうな言い方をしてしまった。
しかし、烏丸はそんなことは気にしていないようで「そうですか」と一言だけ返答した。
「今日も眠れなかったんですか?」と仕方なく会話を続けようという意思が透けて見えるように烏丸が訊いた。
楓は頷いてから「男部屋は竜太と鋼星のいびきがうるさくてなかなか眠れないんだよね」と苦笑する。
それから楓は話題を元に戻すように切り替えた。
「烏丸さんはこの時間いつも外にいるの?」
「まあ、そんなところですかね私も眠れないんで」と溜息を吐くように言い放った。
楓は烏丸の発言が気になり少しの思索の間があってから、相手の機嫌を損ねないようにそして、語り掛けるように言った。
「最近何かあったの?」
「いえ、単純に夜型なだけです。ヴァンパイアは元々夜型なんで」
つっけんどんに言った烏丸だったが楓はそれでもまだ納得できていない様子を見せた。
しかし、楓は余計な詮索をすることを止めた。その後、2人の会話はそこで途切れて再び沈黙が訪れた。
時折吹く風が2人の沈黙の間を取り持つように音を立てて吹いていた。
会話を取り繋ぐ意志はないという烏丸に楓は烏丸を怒らせていないかどうか気になって横目で烏丸の様子をちらりと見た。
しかし、楓の慎重な行動の努力は虚しく、すぐに烏丸は楓の視線に気がついて楓の方を見た。
「私の顔になにかついてます?」
首を傾げて愛想を浮かべる事もなく、訝しげな表情で楓にその言葉だけを言い放っただけだった。
こっそり見ていたことがバレていたことに驚いた楓は「あ、」と思わず声を漏らして顔を烏丸の方へ顔を向けた。そして、お互いの目が合う。
夜の屋上、図ったようにまた2人の間に風が吹き抜けた。そして、楓の白髪と烏丸の黒髪が風になびく。
烏丸の長いまつげに大きな瞳の奥は目の前に存在している楓を見ているようで見ていない瞳をしていた。まるで、視線だけは目の前の物体に向けているが意識はどこか遠くを見ているように。
その瞳を見た楓は一瞬、時が止まったように静止した。
それから、少しの沈黙があってから楓は口ごもって「いやなにも」と視線を逸らして再び目の前に広がる建物群に視線を向けていた。
楓は頭の中で話すことを選び取るようにしばらく考え込んでから再び口を開いた。
「烏丸さんと2人で話すのって初めてだよね」
烏丸は楓に視線を向けること無く正面を向いたまま「そうですね」と一言だけつぶやく。
「なんか、こめんなさい。僕らのせいで急にここまで連れてきちゃって。迷惑だよねきっと。僕なんかの…その…バケモノのために…」
自嘲気味に言う楓を見ていた烏丸は表情を変えること無く首を横に振って答えた。
「いえ、これも仕事なんで迷惑じゃないですよ」
「そっか、仕事…だもんね。烏丸さんは仕事熱心だもんね。キエスで僕らを守ってくれた時も強かったし」と愛想笑いを浮かべる楓。
話す言葉が見つからず自分が絞り出した言葉になんだかぎこちない会話になっていることを楓は自覚した。
そして、楓は目をしかめて自分が選び取った話題を間違えたような気がして後悔した。
お互い会話が得意なタイプではなく口下手な2人の会話は途切れ途切れになり、その空気に耐えきれなくなった楓は「じゃあ」と言い残して腰を浮かせようとした。そのとき、
「私にはモラドしか残されてないんです」
また、烏丸はどこか遠くを見つめながらそう言っていた。
それは、その場を去ろうとした楓を引き止めるために言ったわけではなく、ただ自分に言い聞かせるように虛空に向かってそう言葉を放った。
「残されてること?」と出口に向かって歩を進めかけた楓は烏丸の方へ向きかえって聞き返した。
烏丸は空を見上げる。
アガルタの夜空は地上と違い星1つどころか雲ひとつすら存在しない漆黒はまるで異空間の裂け目のように吸い込まれしまいそうな程だった。
烏丸はその漆黒の夜空を見上げながら空に向かって話した。まるで、独り言を言うように。
「私は空っぽなんです。なんにも無いんですよ。守るべきものも、好きなことも何にもない。ただただ空っぽで生きてるだけのヴァンパイア。無目的に生きて死ぬのを待っているだけ」
烏丸は視線を楓の方へ向けた。
「もし、人間に生まれてたらもっと早く人生を終えることができたのかもしれませんね」と烏丸は自分のことを卑下するように言ってわずかに上げた口端から白い歯をのぞかせて更に続けた。
「自分から死ぬ勇気もないチキン野郎はこうやって長い生命が終わるのを待つだけなんです」
一度止んだはずの風がまた吹き始める。楓の頬を撫でたその風はさっき吹いていた風よりも少し冷たくなっているように感じた。
楓はその風を振り払うように首を横に振った。
「そんな事言わないで、烏丸さん。そんな事したら、大切な家族や仲間が悲しむよ」
楓は烏丸の方へ向かって歩を進めた時だった。
「家族は私以外殺されました」
楓は歩みだした足を止め、烏丸の背中を体が固まったように見つめる。ようやく動きだした体で楓は冗談であってほしいと願いながら尋ねた。
「殺…された?」
すると、烏丸は楓の願いを意図して破壊するようにためらうこと無く淡々と続けた。
「ちょうど今みたいな真っ暗な闇の中で。私が出かけている間に私以外全員。でも、別に殺されたって構わないような親だったんですけどね」
壮絶な事実を淡々と語る烏丸の表情は感情が消えて無くなったかのように彼女が言っていて、まるでヴァンパイアの皮をかぶった人形が話していることを思わせた。
楓は何か言おうかためらったが意を決したように口を開いて「聞いてもいい?」と楓は烏丸の隣に再び座った。そして、烏丸は楓の方を振り返ることなく正面を見たまま小さく頷いて話を続けた。
「ALPHAに家族を殺されたんです。というか、私がいた国自体ALPHAの本拠地がある国から近かったのでいつ攻撃されてもおかしくありませんでした。だから、占領されるのも時間の問題でした」
まるで他人事のように烏丸は淡々と言った。
「ALPHAに?」と楓が聞き返す。
「人間にもあるでしょ? 思想の違いで争いに発展することが」
楓は烏丸の言葉を自分自身に染み込ませるように考え込んでからゆっくりと頷いた。
「ヴァンパイアの世界でも人間の存在の良し悪しがあってALPHAの思想に反する国で彼らが気に入らないと判断されたら実力行使されて支配されてしまうんです。だから、力のない国はALPHAの支配下にされちゃうんですよ。それで生き残ったヴァンパイアの殆どは国を追われる。私もその1人です」
ややあってから楓は言った。
「…そんな酷いことがあったんだ」
「だから、私にはもう血のつながった存在がいないんです。別に家族に生きていてほしいとは思ってないですけど自分がこの世界で1人きりになってから虚無だけが私の中にいつまでも居座ってるんです」
楓は空を見上げる烏丸を一瞥してから眼下の街並みに視線を落として自分の中の考えをまとめるようにゆっくりと話した。
「その気持ちは僕も分かるよ。僕も家族がいないし、誰から生まれたのかもわからない。だから、生まれたときからもう何がなんだかわからない状態だった。親なんて存在しないんじゃないかって小さい頃、思った時期もあったよ」と楓も自らを嘲笑するかのような笑みを見せる。
「おまけに死なない体になってるし、ホントにもう何がんなんだか…」
烏丸は楓の方へ視線を向けてから言った。
「この任務に当たる前、楓さんの資料を見ました。出生の情報や生まれてから過ごした学校の情報とか。あと、実験のこととか」
「そっか。じゃあ僕の今までのことも伝わってるんだね」
楓も空を見上げてから言い放った。
「僕は人工的に作られた人間でありヴァンパイアだから、親の顔を知ってる烏丸さんは恵まれてるよ」
「親の顔ですか。あんまり思い出したくもないですけど…。でも、楓さんはずっと一人でいて辛くないんですか?」
遠くを見つめていた楓は少し目を細めてから言った。
「物心ついて自分が1人って気づいた時は寂しかったよ。外で親と手を繋いで楽しそうに歩いている家族を見ていると自分が何のために生まれてきたのかわからなくなるときだってあった。同時に姿を見たこと無い親のことを恨んだりもした」
楓は空を見上げてすーっと息を吸う。
「でも、色んな出会いがあって仲良くしてくれる人間の友達がいたし、こんな僕に夢を託してくれるヴァンパイアもいた。そんな経験をしてやっとわかったんだ、僕の存在は僕だけで無価値だと決めつけてはいけない。僕にはやらなければいけないことがあるって。実験で作られたバケモノかもしれないけど僕だって1人の人間でありヴァンパイアだ。だから、例え肉親がこの世にいなくても僕を支えてくれる人がいる限り孤独じゃないと思ってるんだ」
楓は視線を烏丸の元へ移してから頬を緩めた。
「だから、余計なお世話かもしれないけど烏丸さんも自分で抱え込まないで僕ら仲間なんだから何でも言ってよ。戦闘で力になれるかはわからないけど…」
烏丸は楓が話す姿を、口を半開きにして聞いていた。そして、思い出したかのように口を閉じて楓が言ったことを自分の中に取り込み長い瞬きが開けてから言った。
「意外ですね。楓さんはそんな事考えてたんですか」
「え? 意外かな? というか、僕の事どう思ってたの?」
「死なないって事を除いたらただのヘタレです。鋼星に練習でもボコボコにされてたので」と烏丸は即答で答えた。
楓は突かれたくないところを突かれたようで思わず苦笑した。
「でも、なんか勇気出ましたよ。それに楓さんのこと資料でしか知らなかったので話してみたら意外といい人でした。いや、いいヴァンパイアですね」
「意外と…か。でも、それなら良かった。烏丸さんもあまり気を落とさないでね」
「楓さんまだ弱いですもんね」と烏丸は口元に手を添えてから笑みを浮かべて、楓もつられて笑った。
「よかった。烏丸さんってそんなに楽しく笑えるんだね。烏丸さんのそんな笑顔見たの初めてだから安心した」
「私にも感情はあるんですけど」と烏丸は隣に座る楓を見つめて楓は苦笑する。
話し終えた2人は屋上から泊まっている部屋の前まで来ていた。
「じゃあ、おやすみなさい。…楓君」
楓はニッコリと笑みを浮かべて依然としていびきが鳴り響く男部屋に戻っていった。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった
ミズノみすぎ
ファンタジー
「黒騎士ゼクード・フォルス。君を竜狩り精鋭部隊【ドラゴンキラー隊】の隊長に任命する」
15歳の春。
念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。
「隊長とか面倒くさいんですけど」
S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは……
「部下は美女揃いだぞ?」
「やらせていただきます!」
こうして俺は仕方なく隊長となった。
渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。
女騎士二人は17歳。
もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。
「あの……みんな年上なんですが」
「だが美人揃いだぞ?」
「がんばります!」
とは言ったものの。
俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?
と思っていた翌日の朝。
実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた!
★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。
※2023年11月25日に書籍が発売しています!
イラストレーターはiltusa先生です!
※コミカライズも進行中!
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
【R18】異世界なら彼女の母親とラブラブでもいいよね!
SoftCareer
ファンタジー
※お待たせしました!! アルファポリスさんでも、いよいよ続編の第二章連載開始予定です。
2025年二月後半には開始予定ですが、第一章の主な登場人物紹介を先頭に追加しましたので、
予め思い出しておいていただければうれしいです。
幼なじみの彼女の母親と二人っきりで、期せずして異世界に飛ばされてしまった主人公が、
帰還の方法を模索しながら、その母親や異世界の人達との絆を深めていくという
チートもざまあも無い、ちょいエロ異世界恋愛ファンタジーです。
性的描写のガイドラインに抵触してカクヨムから、R-18のミッドナイトノベルズに引っ越して、
お陰様で好評をいただきましたので、こちらにもお世話になれればとやって参りました。
(カクヨムではR-15版としてリニューアル掲載中ですので、性的描写が苦手な方や
青少年の方はそちらをどうぞ)
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる