不死身の吸血鬼〜死を選べぬ不幸な者よ〜

真冬

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第26話「旅路」

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 モラドの拠点である洋館がある地下世界アガルタの国の一つキエスで武闘会に出場するためにスーツ以外の服を購入していた道中、チンピラのようなヴァンパイアに絡まれて護衛の2人のおかげで難を逃れた楓と竜太は護衛の2人とともにキエスの最南端に位置している馬車乗り場に近づいていき、遠目からは事前に予約しておいた通り馬車が待機しているのが見えていた。

 竜太と楓は馬車を丘の上からまじまじと見つめて竜太が口を開いた。
「おい、空太あの生き物なんだよ」
 竜太が指差したその生き物はこれから楓たちが乗るであろう荷台のそばでくつろいでいる様子だった。
 そして、その生き物は小さな肉食の恐竜のような見た目をした生物だった。
「あれ? お二人は見たこと無いんですか?」
 そう言って立華はくりくりとした瞳で2人を交互に見た。
「あれはケーロスという動物ですよ。かわいいでしょ? アガルタにだけ生息してる動物なんですよ。元々人間だった皆さんからしたら馬のような動物だと思ってもらっていいですよ」
 そして、立華は注意をうながすように目を細めた。
「あ、ちなみに珍しい動物だからって地上に連れて行かないでくださいね。ケーロス死んじゃいますから」
「え? 死んじゃうの?」竜太が目を丸くして言った。
「当然です。地上でも深海魚を引き上げたら死んじゃうでしょ? ケーロスはヴァンパイアのような生命力や体の強さを持ってないんです」
 アガルタの動物についてちょっとした衝撃を受けた2人はもう一度荷台のそばでくつろいでいる二匹のケーロスを観察していると立華が「そろそろいいですか?」と言って丘を下り乗車場所まで歩を進めた。

 馬車は烏丸が舵取り役としてケーロス二体の手綱を掴むことになり、他の3人は荷台に乗った。
 ケーロスの甲高い鳴き声とともに荷台は振動し始めてゴトゴトと音を立てて前進した。
「なあ、訊き忘れてたんだけどそのルーロ? って国までどのくらい掛かんの?」
「うーん、ざっと3日くらいでしょうかね」
「は? そんなかかんの?」
 立華はリュックから地図を取り出して2人の前に広げた。
「ここがキエス。そして、これから向かうのがシゼナという国を通って、フォンツ、ルーロの順で行きます。国を跨ぐんで結構遠いんですよ。もちろん飛行機なんてないですからね」
「マジか! 今日中に着くと思ってたわ。食料もなんも持ってきてねぇよ」
「大丈夫ですよ。お金はもらってるんで」
 立華はお金の入った袋を顔の前に差し出してジャラジャラと金属が擦れる音を立てた。
「ていうかここスマホ使えないんだね。よく考えてみたら地図も紙だったし」と楓が言う。
「そうですね。ここは地上の電波が届かないんですよ。だから端末はあってもここじゃあ使えません」
「じゃあ俺らは到着するまでここでぼーっと座ってるだけかよ」
 立華はニタニタとしながら首を縦に振った。
「たまにはこういうのもいいじゃない竜太」と楓が竜太をなだめた。

 それから何もない荒野を砂埃を上げながら馬車は走り、車窓からは同じような景色が続いていたが、しばらく時間が経って馬車の荷台から見える景色は次第に暗くなってきた。
「なあまだ着かないのかよ」
 荷台に大の字に伸びる竜太は天井に向かってそう言った。
「まだ出発してから5時間しか経ってませんよ」と立華はクスクスと笑う。
「ねえ、立華君あとどのくらいで着くの?」
「あと1時間もすれば着くと思いますよ。ていうか、僕のこと立華じゃなくて空太って呼んでくださいよ。これから一緒に旅する仲なんですから。烏丸ちゃんのことも京香って呼んでいいですよ」
 立華の声が聞こえたのか操縦席の方からは舌打ちする音が聞こえて、楓と立華は目を合わせた。
「ねえ立華君。隣の国に6時間で着くのにルーロまで3日もかかるの?」
 立華は何度か頷いて真っ直ぐに伸びた直毛の赤毛を揺らした。
「この旅は君たちの修行も兼ねてるんですよ。キエスからルーロに直行して武闘会に出てハイ終わり。じゃあ、意味ないでしょう? だから、ルーロに着くまでは3日ですけど、その道中に僕らが稽古しますし、ルーロについてからも僕らが君たちの修行に付き合ってあげるんですよ。なので、ゆっくり目に行こうかと思ってます」
 楓は立華の言っていることに納得できたようで竜太も一緒に立華に頭を下げた。
「「よろしくお願いします」」
 立華は一瞬ニヤリと愉快そうな表情を浮かべたがその表情を振り払った。
「頭を上げてくださいよ。これも僕らの任務の一つなんですから」


 それから立華の言う通り1時間ほど馬車に揺られていると暗闇の中に点々とした光が見え始めて前方には建物がいくつかあるのが分かる。
「ほら、着きました」
 竜太も体を起こし荷台の前方から顔を出して前方に広がる街並を眺めた。
「うおーやっとたどり着いたか。烏丸ちゃん長時間の運転マジでお疲れ」
 烏丸は特に返事を返すこともなく竜太は苦笑いした。
 
 これから入国するシゼナには国の入り口に門がありそこには番兵のヴァンパイアが2名立っていた。
 烏丸と番兵は入国の目的やどこから来たかなど入国時に訊かれやすい質問を受けた後、もう1人の番兵が荷台の扉を叩いて荷台にいる3人は荷台から降りる。そして、番兵は荷台に置いている荷物に不審なものはないかチェックした。
 そして、番兵は立華のリュックを物色してスーツを手にとった。
「君たちはモラドのヴァンパイアなの?」
 番兵はそう言って、すっかり日が落ちてヴァンパイアの姿になっていた楓も含めて3人のヴァンパイアを見つめた。
「ええ、今は休暇中でして同期と旅行してるんです」
 立華が作った笑顔を顔に貼り付けて、いけしゃあしゃあと嘘をついた。
「そうか。こっちでもなにかあったらよろしく頼むよ」
 番兵はそう言うとスーツをもとにたたみ直してからリュックに戻して操縦席の方へ歩いていった。
「なんかモラドは俺らで言う警察官みたいなもんなんだな」と竜太は納得したような表情を見せた。

 一通りの入国審査が行われて楓たちは問題無く入国が許可されて烏丸は両手に持っている手綱を振って馬車はシゼナの敷地内に入っていった。

 しばらく馬車を走らせると車窓から見える景色はキエス寄りは背の低い建物が多いように思えた。おそらく、キエス寄りはあまり発達していない国なのだろう。
 シゼナの街なかをスピードを抑えながら馬車を走らせている烏丸は3階建ての建物の前で馬車を停めた。
 荷台に乗っていた3人は降りてからその建物を見上げた。
「みなさん、ここが今日の宿です」
 立華は両手を広げて目の前の建物を示した。
 その建物は3階建てのコンクリート作りのような建物で中も灰色のコンクリートがそのまま敷かれていて、フロントやエントランスにあるテーブルや椅子はすべて木を切って加工して作ったもののようで少々粗末さは感じられる雰囲気だった。そのため、地上でいうビジネスホテル寄りは清潔感に劣るものの贅沢を言わずに泊まるだけであれば十分な設備のように思える。
「泊まれればどこでもいいわ。早く入ろうぜ」
 興味なさそうな竜太は首をボキボキと鳴らしながら宿屋に入っていった。
「リアクションが薄いですねー。もう少しテンション上げてくれても良かったんですよ」と立華は竜太に向けて苦笑いを浮かべる。
「長時間移動して疲れてんだよ。なあ楓」
「まあ、そうだね。でも、楽しかったよ」
「たく、楓はお人好しだな」 
 3人が先に宿屋の入り続いて烏丸も宿屋に入った。
 立華は宿屋のフロントへ向かい立華が諸々の手続きを行い予約したという二部屋のカギをもらった。こういった手続きは地上のホテルを予約する時とどうやら変わらないようでフロントではテーブル越しで受け付けのヴァンパイアと立華が話してから紙に情報を記入していた。
 そして、立華はなれた手付きで麻袋に入ったお金を取り出して宿泊代を払って会計を済ませた。
「では、お部屋は男女で別々ということで」
 そう言って立華は烏丸にカギを手渡した。 
「野郎3人かよ、むさ苦しいな」
「部屋別にするなら竜太君は実費でお願いしますよ」
「冗談だよ、冗談。そもそも、ここの通貨持ってねぇし。野郎共で仲良くしようぜ」
 竜太は立華の肩に手を置く。

 4人はエレベータに乗り込み3階で降りた。 
 男3人は304号室、烏丸は305号室に入っていった。

「いやぁ、しかし長かったわぁー」
 竜太がベッドで大の字になってまた天井に向かってそう言い放った。
「まだ、もう一つ国を超える必要がありますからね耐えてくださいよ」
「まあ、そうはいっても弾丸旅行みたいで楽しかったかもな。俺、結構テンション上がってきたかも」
「僕らアガルタのことあんまり知らなかったから知る良い機会になったよね」
 楓の発言に竜太はベッドの上で頷く。
「てか、烏丸ちゃん1人で大丈夫かよ。部屋に遊びに行ってあげようぜ。あ、でも余計なことすんなって殴られるのかな?」
「殴られはしないんじゃないの」と楓が小さく笑みを浮かべて答える。
「烏丸ちゃんなら大丈夫ですよ。強いですからご心配なさらず」
「チンピラの骨バキバキに折ってたもんな」と竜太はケタケタと笑っていた。

 しばらくの沈黙があってから楓はなにか考え込んでからその沈黙を破った。
「ユキは今頃なにしてるんだろうね」
 立華は首を傾げて楓を見た。
「そのユキってのは誰ですか?」
「僕と竜太の幼馴染だよ。僕らがヴァンパイアになってから会ってないんだ。地上では僕らは死んだことになってるから多分もう会えないかもしれないけどね」
 立華は「ほー」と言って話を聞いていた。
「では、お聞きしたいのですが、お二人はその人に会うために人間に戻りたいですか?」
 立華が純粋に疑問を訊く少年のように首を傾げて言った。2人は視線を合わせてからしばらく考え込んで、竜太は一つ息を吐いてから天井に視線を向けたまま言った。
「そりゃ、人間のまま会えたら嬉しいけどよ、もうなっちまったもんはしょうがねぇよな」
「竜太君は受け入れるのが早いですね。ヴァンパイアになってそんなに日が経ってないからてっきりヴァンパイアを全否定するかと思ってましたよ」
 椅子の背もたれに肘をかけて前後に揺らしながら立華はベッドに横になっている竜太を見た。どうやら、さすがの立華も切り替えの早い竜太に少々驚いたようだった。
「そりゃな俺にとってヴァンパイアは憎い存在だったけど、なってみればいいところもあるもんだって思うようにしたんだ。どんな姿になっても俺は弟の分まで生きるって決めたし、生きていればこの姿でも楽しいことはあるだろうしな」
「楽観的ですねー。で、楓君はどうなんです?」
 また、立華は椅子を前後に倒しながら楓の方を向いた。
 楓はまだ何か考え込んでいるようで一点を見つめて立華の問いかけに気づき視線を立華の方へ移した。
「僕は…このままで良いかな」
「ほー。楓君も意外な回答ですね。それはなんでですか?」
「うーん。なんでかって言うと…人間は人間の良いところがあるし、柊くんみたいな良いヴァンパイアもいるし、ヴァンパイアにはヴァンパイアの良いところがある。その逆もあるけど、ヴァンパイアが全員悪いやつじゃないって思えたんだ。だから、ここでの生活も含めてこうやって両方の世界を見ることができて僕は良かったと思うかな」
 立華は楓が話している最中から前後に動かしていた椅子を停止して、鼻を啜って演技のような本当のようなわからない涙を流すことに彼の動作が集中していた。
「楓君は本当に良いお方ですね。尊敬します」
「いや、そんな泣くほどのことじゃ…」
「いえいえ、立派な考えですよ。お二人が納得する形でお友達に会えると良いですね」
「でも、今はまだ会わないほうがいいだろ。ビビってぶっ倒れたら洒落にならないし」と言って竜太は寝返りを打って楓と立華に背を向けた。
「今日は疲れたな。寝ようぜ」と竜太が言った。
「空太、明日ってどういう予定になってるの?」と楓が立華に訊く。
「そうですね。大会までまだスケジュールは余裕があるので明日は僕らと特訓しますか。お二人共まだまだ弱いですしね。特に楓君は」
「随分正直に言うんだね」と楓は苦笑いを浮かべる。
「でも、事実ですから」と立華はまるで楓のことを察する事もなく何も感じていなかったようにクリクリとした赤い瞳で楓を見つめた。
「じゃあ、僕も寝ますからね」
 そう言って部屋の明かりは真っ暗になった。
 
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