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第19話「戦闘」
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日が落ちてから時間が経ち、賑わいを見せていた街は少しずつ眠りにつくように静けさを取り戻していた。
しかし、その静けさの中に音を添えるように雨が振り始めザーザーと雨粒の雑音が東京の街に広がる。
「初仕事で雨かよ。ついてねーなー。楓、滑って転ぶなよ」
そして、柊、楓、竜太の3人は偵察に行ったヴァンパイアと合流すべく地上のビル群の屋上を一つ一つジャンプして飛び越えながら地上の合流地点へ向かっていた。
人間の頃の身体能力では不可能だった動きがヴァンパイアになることで可能になり、走る速さも楓、竜太共に格段に速くなっていた。
「柊君偵察に行ったヴァンパイアはどこに居るの?」
柊はスマホの画面を見つめて地図アプリで場所を確認する。そこには、連絡で先に偵察に出ているヴァンパイアから送られてきた位置情報が示されていた。
「そろそろ落ち合えると思うけど」
3人はそれから少し進んだところにある5階建てビルの屋上についた。そこは見晴らしがよく屋上からは東京の街を見下ろすことが出来る。
3人はビルの屋上で先に偵察に言っているモラドのヴァンパイアを探した。やがて、人影を確認した柊は2人に目配せをして人影の元へ近づいていく。すると、そこには雨を凌ぐためにローブのようなものをかぶってビルから乗り出すように下を覗いているスーツの男が1人いて柊がその男に話しかけた。
「安中さん応援に来ました。柊です」
安中と呼ばれたヴァンパイアはビルの縁から顔を出すようにして寝そべっていたが、柊の呼びかけに反応してこちらを向いた。
「お前たちが増援か」
安中は見た目は人間の年齢で言えば20代後半くらいの男性で小型のサブマシンガンを腰に携帯していた。
そして、彼は3人を手招きしてビルの下を指差してから言った。
「あそこの3人がヴァンパイアかもしれない。動きはないからまだ、確証はなくてしばらくここから見ていたんだ」
「もしアイツらがヴァンパイアだったら3対4で俺らのほうが数的にも有利だから勝てるよな」
竜太は2人よりも一歩前に出て屋上の縁に足を乗せて3人の姿を見下ろしながら白い歯を見せた。
ビルから街を見下ろしてみるとまだ、外を出歩いている人間と思わしき姿がポツリポツリと動いているのが見える。
「でも、あの3人の強さもよくわからないから数で押せるかどうかわからないよ」
楓は不安な面持ちだった。柊や連堂との訓練で戦意が中途半端なままと指摘された通り、楓の中にはヴァンパイアであろうと命を奪うことに対してまだ抵抗があることや実際に刀を持ち始めてまだ数日しか経っていない楓にとって戦闘に対する不安が拭えないでいる。
「そうだね。1人1人の戦闘が明暗を分けることになる。それに気を付けなくちゃいけないのは、さっきまでの練習とは違って相手は僕らを本気で殺すつもりで責めてくるってことだよ」
地下で訓練したときやさっきまで会話していた時の顔つきとは違って真剣な面持ちの柊を見た2人は固唾を飲んだ。
竜太の後ろにいた楓も前かがみになって屋上からターゲットに視線を合わせて観察する。ビルの下からは風が湧き上がってくるように吹き上げており楓の白い前髪を押し上げた。
「おい、そう言ってる間に奴らが人間を襲った。これで確定だ。3人準備はいいな?」
4人はビルから飛び降りるように体を投げ出し、ビルの壁を地面のように蹴りながら風を切り、髪をなびかせながら下っていく。そして、4人は壁を蹴り上げて一斉にジャンプし、監視していたヴァンパイアたちの後方へ着地した。
ヴァンパイアたちは後方に感じた気配ですぐに4人の存在に気がついた。
「何だコイツら?」と1人のヴァンパイアが言う。
「ヴァンパイアでスーツ着てんだからモラドのやつだろ」
「誰だろうと関係ねぇよ。俺らの食事の時間を邪魔したんだ、やっちまおうぜ」
人間を掴んでいたスキンヘッドのヴァンパイアは人間を放り投げた。その人間はビルの壁に体を打ちつけたが軽症だった様子ですぐに立ち上がった。そして、人間は何度も足がもつれて転倒していたが悲鳴をあげながら一目散に夜の闇へと逃げていった。
楓たちの目の前にいるヴァンパイアはまるで喧嘩に飢えているかのように不敵な笑みを浮かべ、指をボキボキと鳴らして言った。
「モラドのヴァンパイアはぶっ殺してもいいんだったよな」
3人のヴァンパイアの拳が黄色いヴェードに包まれていた。
「おい、体にもヴェードって出るのかよ」
「きっと彼らはALPHAの末端のヴァンパイアだ。きっと、武器と同じ素材を腕に注入してるんだよ。ヴェードが出てるから武器を持った相手と戦ってると思ったほうがいいね」
「そういうことね! サンキュー幹人!」
安中が3人のヴァンパイアにマシンガンを構える。
「おとなしく降参すれば見逃してもいいんだぞ?」
戦闘に立っている相手のヴァンパイアはニヤリと余裕のある笑みを浮かべた。
「ノーと言ったら?」
安中は静かにマシンガンの引き金に指を掛けて相手をにらみつける。
「お前らを殺す」
「は? お前らに俺らを殺せるわけねえだろ! 行くぞ!」
相手のヴァンパイアの1人が後ろにいる2人にそう言って、殺気立った力強い返事を返す。先頭のスキンヘッドのヴァンパイアが走り始め、残りの2人も追いかけるように4人のもとへ勢いよく走ってくる。
安中が戦闘のヴァンパイアに何発か撃ったが弱点部位だけ腕でカバーして、残りの銃弾は腹部に食らって出血しているが、そんなことは意に介さない様子で3人は足を止めること無く突進を続ける。
「チッ、痛みは感じてるはずなのによ。脳筋共が! これだからALPHAのヴァンパイアは嫌いだ」
先頭に立っていた安中は数発前方の相手に撃ってから言った。
「俺は近接タイプじゃないから後ろから援護射撃する。お前らは3人を引きつけてくれ」
柊、竜太の2人は頷いてからヴァンパイアに立ち向かっていく。
楓は突進してくるヴァンパイアに対する恐怖を噛み殺すように奥歯に力を入れて震える片手をもう片方の手で押さえつけるようにして刀を握る手に力を込める。楓は2人より数歩遅れて地面を蹴った。
先頭のヴァンパイアが楓の方を見てまた、あざ笑うようにニヤリと笑みを浮かべる。
「見ろ、白ヴェードの雑魚が紛れ込んでるぞ。こんな雑魚引っ連れてよく俺らと戦おうと思ったな」
「どけ、白髪のガキは俺にやらせろ。たっぷりいたぶってやるぜ」
後方にいたヴァンパイアの一人が速度を上げて地面を蹴り上げ、高くジャンプした。勢いそのままに楓に黄色い拳を振り下ろす。
「…っっ!」
楓と相手のヴァンパイアの黄色い拳と白い刀が衝突する。しかし、刀で直撃は免れたもののヴェードの差がそのまま力の差となって現れたように楓は力に押されて跳ね飛ばされた。
武器持ってないのにこんなに威力があるのか。
楓は刀から伝わる力の差に険しい表情を浮かべる。
それを見た相手は決着が付く前から勝ち誇ったように余裕の表情を見せる。
「超雑魚いじゃん、最高だわ、お前。なぁ、俺のサンドバッグにしてやるよ」
そのヴァンパイアはまるで戦うことを食欲のように我慢しきれない様子で口元からはみ出るよだれを手で拭った。
相手は目の前の獲物に対し抑えきれない興奮を声に昇華して、単語として意味をなさない狂った奇声を上げながら再び拳を振りかざした。
もう一撃は威力をその場で吸収し切ることが出来ず、楓は後方へ飛ばされ空中で大勢を立て直して着地し、距離をとった。
楓に休憩する時間を与える間もなくヴァンパイアは地面を蹴って楓に飛んでくるように走り始める。
ヴァンパイアの連続で繰り出されるパンチを楓は何発かは刀で防ぐことが出来た。しかし、力の差は見ていてわかる程明らかだった。防御が間に合わなかった一撃を頬にくらって地面に倒れ込んむ。
「良かったな。ヴァンパイアで。人間だったら首が飛んでたかもな」
不敵に笑うそのヴァンパイアは指を鳴らしながら楓にゆっくりと近づいていき、楓と距離を詰める。
楓はふらついた足で立ち上がり接近してくるヴァンパイアのことを月光に照らされた緋色の瞳で下から見上げるようにらみつける。
「…なんで引いてくれなかったんだよ」
「あ? 何言ってんだお前。殴られて頭おかしくなったんじゃねぇの?」
楓を見下ろすそのヴァンパイアに対して刀を向けた楓は握る手に力を入れた。
「あの時素直に引いてくれたら。殺し合いなんてしないのに。お前らみたいなのがいなければ今、戦うこともなかったのに…」
楓は乱れた息を整えて助走を付けてヴァンパイアに向かう。
「俺らの飯の時間を邪魔しに来たのはお前らの方だろ。それともようやく俺のサンドバッグになる決意が固まったのか?」
楓は一歩一歩と歩を進めてその踏み出す足は段々と早くなり相手に向かって勢いを増していく。
楓は地面を蹴り上げ大きくジャンプし、刀を頭の上から振り下ろすように構える。
「へっへ、動きが遅せぇんだよ。このノロマが!」
ヴァンパイアは力を一点に集中するように右手を突きの形に変えてを楓の腹に向けて力強く突き刺した。
雨に濡れる地面に楓の血潮が飛び散り地面の赤色がにじむ。
ヴァンパイアの腕が楓の腹から背中へと貫通し、楓は口から血を吐き出した。息が上がっていた楓の呼吸は次第にゆっくりと、そして一呼吸ずつ確かめるように、そして次第に感覚は長くなっていく。
そして、楓はヴァンパイアの腕に刺さったまま足が浮いた状態で止まり、刀を握る手を緩めてスイッチが切れたように力なく項垂れる。
そのヴァンパイアは勝負が着いたと思い、腕を薙ぎ払って楓に刺さっている腕を引き離した。
「心臓ぶち抜いてやったぜ。他愛もない雑魚が。偉そうに刀なんて持ちやがってよ、この俺に二度と逆らうん…」
ヴァンパイアがそういいかけた時、楓は急に電源が入った人形のように閉じていた目を開いた。
目の前で起こる非現実的な出来事にそのヴァンパイアは額に急に大量の汗をにじませた。
「おい…なんだよこいつ。心臓刺してんだぞ…なんで死なねぇんだよ」
楓は立ち上がりおぼつかない足で近づき、明後日の方向に力ない攻撃を繰り出す。そして、相手は楓が立ち上がるたびに何度も腕を抜き差しする。楓の出血は増えるがそれでも意識は保ったまま攻撃を続けた。
そのヴァンパイアは楓に攻撃をすることをあきらめて一歩ずつ近づいてくる楓から距離を取ろうと後ずさる。
そして、白いヴェードである楓に簡単に勝てると踏んでいたそのヴァンパイアはその分の衝撃を受けたように理解が追いつかず動揺していた。
そのせいで自分が落ちている小石ごときに足を滑らせて尻もちをつくことなんて予想すらしていなかっただろう。
そのヴァンパイアは水たまりにはまり、盛大に水しぶきを上げた。
雨が強く降り続く中、楓の革靴が水を踏みしめる音が次第に大きさを増していく。
「クソ! なんで死なないんだよこのバケモ…」
白い閃光がヴァンパイアの首を斜め上から一刀両断した。
それがそのヴァンパイアが最後に放った言葉であり楓が初めて奪った命になった。
楓は首を落としたヴァンパイアと一緒に地面に倒れ込む。
楓は何とか自力で体を動かして、腹を抑え、うずくまり地面に額を付けた。
雨に濡れて柔らかくなった楓の白い髪は頭頂部から垂れ下がり地面に張り付くように。
しばらく経って、出血している箇所は少しずつ出血量が治まり、腕を抜いた時の出血の勢いは無くなっていた。
楓は気を失い地面に俯いていたが、慌ただしくバタバタと近づいてくる足音に気が付き顔を上げた。
寝起きの重いまぶたを開けるように目をしかめながら楓は目の前に立つ3人に視線を上げた。
「楓! 大丈夫か!」
3人が楓のもとに駆けつけた。3人共戦いには勝った様子で後ろを見てみるとさっきのヴァンパイアが2人大の字で倒れており動きはなかった。
「…みんな無事だったんだ」
絞り出したように楓はそう言った。
「幹人と安中さんの援護のおかげで勝てたよ」
「そっか。よかった」
「腹をやられたのか?」
「大丈夫だよ。血は止まってきてるみたいだから」
楓は乾き始めて黒みがかっている赤い手のひらを交互に見てからそう言った。
「さすが不死身だな」
竜太は心配そうにそう言いながらもどこか驚嘆と安堵が入り混じったように少しだけ頬を緩ませた。
それを見た楓は不服そうに言った。
「竜太、笑い事じゃないよ」
竜太がおどけたように謝ってから柊が言った。
「実力的には相手の方が格上だったけど楓君はよく頑張ったよ」
「ありがとう柊君。傷口は治ってきたんだけど、でも、なんかめまいがするんだよね」
色白い楓の肌はいつもより更に白くなって体調が悪いことが誰の目から見ても明らかに分かるほど疲弊している様子だった。
「出血がひどいし、今日一日血を飲んでないから貧血の症状が出てるのかもしれない。早く戻って血を飲まないとね」
「血を…飲むのか」
楓がモラドの洋館で工藤に飲まされた事を思い出したようで苦笑いを浮かべると3人も釣られて笑みを浮かべた。
「あの時、飲んどけば動けたかもしれないな」と竜太が言った。
そして、楓は竜太の目を見てに今の苦しい状況から繰り出せる余力で微笑み、それに気がついた竜太も親指を立てて楓に返事をした。
しかし、竜太の笑みは一瞬にして消えて無くなった。
「え?」
竜太の腹部から黄緑色に光る刃物が楓の視線の先に現れ、竜太の口から血が溢れ出し、黄緑色の刃の先端から伝う竜太の血が楓の目の前でポトリポトリと一滴、二滴と落ちる。
雨が4人を逃すまいと強く、そして叩きつけるように降り始めた。
しかし、その静けさの中に音を添えるように雨が振り始めザーザーと雨粒の雑音が東京の街に広がる。
「初仕事で雨かよ。ついてねーなー。楓、滑って転ぶなよ」
そして、柊、楓、竜太の3人は偵察に行ったヴァンパイアと合流すべく地上のビル群の屋上を一つ一つジャンプして飛び越えながら地上の合流地点へ向かっていた。
人間の頃の身体能力では不可能だった動きがヴァンパイアになることで可能になり、走る速さも楓、竜太共に格段に速くなっていた。
「柊君偵察に行ったヴァンパイアはどこに居るの?」
柊はスマホの画面を見つめて地図アプリで場所を確認する。そこには、連絡で先に偵察に出ているヴァンパイアから送られてきた位置情報が示されていた。
「そろそろ落ち合えると思うけど」
3人はそれから少し進んだところにある5階建てビルの屋上についた。そこは見晴らしがよく屋上からは東京の街を見下ろすことが出来る。
3人はビルの屋上で先に偵察に言っているモラドのヴァンパイアを探した。やがて、人影を確認した柊は2人に目配せをして人影の元へ近づいていく。すると、そこには雨を凌ぐためにローブのようなものをかぶってビルから乗り出すように下を覗いているスーツの男が1人いて柊がその男に話しかけた。
「安中さん応援に来ました。柊です」
安中と呼ばれたヴァンパイアはビルの縁から顔を出すようにして寝そべっていたが、柊の呼びかけに反応してこちらを向いた。
「お前たちが増援か」
安中は見た目は人間の年齢で言えば20代後半くらいの男性で小型のサブマシンガンを腰に携帯していた。
そして、彼は3人を手招きしてビルの下を指差してから言った。
「あそこの3人がヴァンパイアかもしれない。動きはないからまだ、確証はなくてしばらくここから見ていたんだ」
「もしアイツらがヴァンパイアだったら3対4で俺らのほうが数的にも有利だから勝てるよな」
竜太は2人よりも一歩前に出て屋上の縁に足を乗せて3人の姿を見下ろしながら白い歯を見せた。
ビルから街を見下ろしてみるとまだ、外を出歩いている人間と思わしき姿がポツリポツリと動いているのが見える。
「でも、あの3人の強さもよくわからないから数で押せるかどうかわからないよ」
楓は不安な面持ちだった。柊や連堂との訓練で戦意が中途半端なままと指摘された通り、楓の中にはヴァンパイアであろうと命を奪うことに対してまだ抵抗があることや実際に刀を持ち始めてまだ数日しか経っていない楓にとって戦闘に対する不安が拭えないでいる。
「そうだね。1人1人の戦闘が明暗を分けることになる。それに気を付けなくちゃいけないのは、さっきまでの練習とは違って相手は僕らを本気で殺すつもりで責めてくるってことだよ」
地下で訓練したときやさっきまで会話していた時の顔つきとは違って真剣な面持ちの柊を見た2人は固唾を飲んだ。
竜太の後ろにいた楓も前かがみになって屋上からターゲットに視線を合わせて観察する。ビルの下からは風が湧き上がってくるように吹き上げており楓の白い前髪を押し上げた。
「おい、そう言ってる間に奴らが人間を襲った。これで確定だ。3人準備はいいな?」
4人はビルから飛び降りるように体を投げ出し、ビルの壁を地面のように蹴りながら風を切り、髪をなびかせながら下っていく。そして、4人は壁を蹴り上げて一斉にジャンプし、監視していたヴァンパイアたちの後方へ着地した。
ヴァンパイアたちは後方に感じた気配ですぐに4人の存在に気がついた。
「何だコイツら?」と1人のヴァンパイアが言う。
「ヴァンパイアでスーツ着てんだからモラドのやつだろ」
「誰だろうと関係ねぇよ。俺らの食事の時間を邪魔したんだ、やっちまおうぜ」
人間を掴んでいたスキンヘッドのヴァンパイアは人間を放り投げた。その人間はビルの壁に体を打ちつけたが軽症だった様子ですぐに立ち上がった。そして、人間は何度も足がもつれて転倒していたが悲鳴をあげながら一目散に夜の闇へと逃げていった。
楓たちの目の前にいるヴァンパイアはまるで喧嘩に飢えているかのように不敵な笑みを浮かべ、指をボキボキと鳴らして言った。
「モラドのヴァンパイアはぶっ殺してもいいんだったよな」
3人のヴァンパイアの拳が黄色いヴェードに包まれていた。
「おい、体にもヴェードって出るのかよ」
「きっと彼らはALPHAの末端のヴァンパイアだ。きっと、武器と同じ素材を腕に注入してるんだよ。ヴェードが出てるから武器を持った相手と戦ってると思ったほうがいいね」
「そういうことね! サンキュー幹人!」
安中が3人のヴァンパイアにマシンガンを構える。
「おとなしく降参すれば見逃してもいいんだぞ?」
戦闘に立っている相手のヴァンパイアはニヤリと余裕のある笑みを浮かべた。
「ノーと言ったら?」
安中は静かにマシンガンの引き金に指を掛けて相手をにらみつける。
「お前らを殺す」
「は? お前らに俺らを殺せるわけねえだろ! 行くぞ!」
相手のヴァンパイアの1人が後ろにいる2人にそう言って、殺気立った力強い返事を返す。先頭のスキンヘッドのヴァンパイアが走り始め、残りの2人も追いかけるように4人のもとへ勢いよく走ってくる。
安中が戦闘のヴァンパイアに何発か撃ったが弱点部位だけ腕でカバーして、残りの銃弾は腹部に食らって出血しているが、そんなことは意に介さない様子で3人は足を止めること無く突進を続ける。
「チッ、痛みは感じてるはずなのによ。脳筋共が! これだからALPHAのヴァンパイアは嫌いだ」
先頭に立っていた安中は数発前方の相手に撃ってから言った。
「俺は近接タイプじゃないから後ろから援護射撃する。お前らは3人を引きつけてくれ」
柊、竜太の2人は頷いてからヴァンパイアに立ち向かっていく。
楓は突進してくるヴァンパイアに対する恐怖を噛み殺すように奥歯に力を入れて震える片手をもう片方の手で押さえつけるようにして刀を握る手に力を込める。楓は2人より数歩遅れて地面を蹴った。
先頭のヴァンパイアが楓の方を見てまた、あざ笑うようにニヤリと笑みを浮かべる。
「見ろ、白ヴェードの雑魚が紛れ込んでるぞ。こんな雑魚引っ連れてよく俺らと戦おうと思ったな」
「どけ、白髪のガキは俺にやらせろ。たっぷりいたぶってやるぜ」
後方にいたヴァンパイアの一人が速度を上げて地面を蹴り上げ、高くジャンプした。勢いそのままに楓に黄色い拳を振り下ろす。
「…っっ!」
楓と相手のヴァンパイアの黄色い拳と白い刀が衝突する。しかし、刀で直撃は免れたもののヴェードの差がそのまま力の差となって現れたように楓は力に押されて跳ね飛ばされた。
武器持ってないのにこんなに威力があるのか。
楓は刀から伝わる力の差に険しい表情を浮かべる。
それを見た相手は決着が付く前から勝ち誇ったように余裕の表情を見せる。
「超雑魚いじゃん、最高だわ、お前。なぁ、俺のサンドバッグにしてやるよ」
そのヴァンパイアはまるで戦うことを食欲のように我慢しきれない様子で口元からはみ出るよだれを手で拭った。
相手は目の前の獲物に対し抑えきれない興奮を声に昇華して、単語として意味をなさない狂った奇声を上げながら再び拳を振りかざした。
もう一撃は威力をその場で吸収し切ることが出来ず、楓は後方へ飛ばされ空中で大勢を立て直して着地し、距離をとった。
楓に休憩する時間を与える間もなくヴァンパイアは地面を蹴って楓に飛んでくるように走り始める。
ヴァンパイアの連続で繰り出されるパンチを楓は何発かは刀で防ぐことが出来た。しかし、力の差は見ていてわかる程明らかだった。防御が間に合わなかった一撃を頬にくらって地面に倒れ込んむ。
「良かったな。ヴァンパイアで。人間だったら首が飛んでたかもな」
不敵に笑うそのヴァンパイアは指を鳴らしながら楓にゆっくりと近づいていき、楓と距離を詰める。
楓はふらついた足で立ち上がり接近してくるヴァンパイアのことを月光に照らされた緋色の瞳で下から見上げるようにらみつける。
「…なんで引いてくれなかったんだよ」
「あ? 何言ってんだお前。殴られて頭おかしくなったんじゃねぇの?」
楓を見下ろすそのヴァンパイアに対して刀を向けた楓は握る手に力を入れた。
「あの時素直に引いてくれたら。殺し合いなんてしないのに。お前らみたいなのがいなければ今、戦うこともなかったのに…」
楓は乱れた息を整えて助走を付けてヴァンパイアに向かう。
「俺らの飯の時間を邪魔しに来たのはお前らの方だろ。それともようやく俺のサンドバッグになる決意が固まったのか?」
楓は一歩一歩と歩を進めてその踏み出す足は段々と早くなり相手に向かって勢いを増していく。
楓は地面を蹴り上げ大きくジャンプし、刀を頭の上から振り下ろすように構える。
「へっへ、動きが遅せぇんだよ。このノロマが!」
ヴァンパイアは力を一点に集中するように右手を突きの形に変えてを楓の腹に向けて力強く突き刺した。
雨に濡れる地面に楓の血潮が飛び散り地面の赤色がにじむ。
ヴァンパイアの腕が楓の腹から背中へと貫通し、楓は口から血を吐き出した。息が上がっていた楓の呼吸は次第にゆっくりと、そして一呼吸ずつ確かめるように、そして次第に感覚は長くなっていく。
そして、楓はヴァンパイアの腕に刺さったまま足が浮いた状態で止まり、刀を握る手を緩めてスイッチが切れたように力なく項垂れる。
そのヴァンパイアは勝負が着いたと思い、腕を薙ぎ払って楓に刺さっている腕を引き離した。
「心臓ぶち抜いてやったぜ。他愛もない雑魚が。偉そうに刀なんて持ちやがってよ、この俺に二度と逆らうん…」
ヴァンパイアがそういいかけた時、楓は急に電源が入った人形のように閉じていた目を開いた。
目の前で起こる非現実的な出来事にそのヴァンパイアは額に急に大量の汗をにじませた。
「おい…なんだよこいつ。心臓刺してんだぞ…なんで死なねぇんだよ」
楓は立ち上がりおぼつかない足で近づき、明後日の方向に力ない攻撃を繰り出す。そして、相手は楓が立ち上がるたびに何度も腕を抜き差しする。楓の出血は増えるがそれでも意識は保ったまま攻撃を続けた。
そのヴァンパイアは楓に攻撃をすることをあきらめて一歩ずつ近づいてくる楓から距離を取ろうと後ずさる。
そして、白いヴェードである楓に簡単に勝てると踏んでいたそのヴァンパイアはその分の衝撃を受けたように理解が追いつかず動揺していた。
そのせいで自分が落ちている小石ごときに足を滑らせて尻もちをつくことなんて予想すらしていなかっただろう。
そのヴァンパイアは水たまりにはまり、盛大に水しぶきを上げた。
雨が強く降り続く中、楓の革靴が水を踏みしめる音が次第に大きさを増していく。
「クソ! なんで死なないんだよこのバケモ…」
白い閃光がヴァンパイアの首を斜め上から一刀両断した。
それがそのヴァンパイアが最後に放った言葉であり楓が初めて奪った命になった。
楓は首を落としたヴァンパイアと一緒に地面に倒れ込む。
楓は何とか自力で体を動かして、腹を抑え、うずくまり地面に額を付けた。
雨に濡れて柔らかくなった楓の白い髪は頭頂部から垂れ下がり地面に張り付くように。
しばらく経って、出血している箇所は少しずつ出血量が治まり、腕を抜いた時の出血の勢いは無くなっていた。
楓は気を失い地面に俯いていたが、慌ただしくバタバタと近づいてくる足音に気が付き顔を上げた。
寝起きの重いまぶたを開けるように目をしかめながら楓は目の前に立つ3人に視線を上げた。
「楓! 大丈夫か!」
3人が楓のもとに駆けつけた。3人共戦いには勝った様子で後ろを見てみるとさっきのヴァンパイアが2人大の字で倒れており動きはなかった。
「…みんな無事だったんだ」
絞り出したように楓はそう言った。
「幹人と安中さんの援護のおかげで勝てたよ」
「そっか。よかった」
「腹をやられたのか?」
「大丈夫だよ。血は止まってきてるみたいだから」
楓は乾き始めて黒みがかっている赤い手のひらを交互に見てからそう言った。
「さすが不死身だな」
竜太は心配そうにそう言いながらもどこか驚嘆と安堵が入り混じったように少しだけ頬を緩ませた。
それを見た楓は不服そうに言った。
「竜太、笑い事じゃないよ」
竜太がおどけたように謝ってから柊が言った。
「実力的には相手の方が格上だったけど楓君はよく頑張ったよ」
「ありがとう柊君。傷口は治ってきたんだけど、でも、なんかめまいがするんだよね」
色白い楓の肌はいつもより更に白くなって体調が悪いことが誰の目から見ても明らかに分かるほど疲弊している様子だった。
「出血がひどいし、今日一日血を飲んでないから貧血の症状が出てるのかもしれない。早く戻って血を飲まないとね」
「血を…飲むのか」
楓がモラドの洋館で工藤に飲まされた事を思い出したようで苦笑いを浮かべると3人も釣られて笑みを浮かべた。
「あの時、飲んどけば動けたかもしれないな」と竜太が言った。
そして、楓は竜太の目を見てに今の苦しい状況から繰り出せる余力で微笑み、それに気がついた竜太も親指を立てて楓に返事をした。
しかし、竜太の笑みは一瞬にして消えて無くなった。
「え?」
竜太の腹部から黄緑色に光る刃物が楓の視線の先に現れ、竜太の口から血が溢れ出し、黄緑色の刃の先端から伝う竜太の血が楓の目の前でポトリポトリと一滴、二滴と落ちる。
雨が4人を逃すまいと強く、そして叩きつけるように降り始めた。
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