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第17話「日常2」

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ドアを開ける音が聞こえて、工藤が楓に向けていた視線の方向を変えた。
「あ! 大垣さんおはようございます」
 そこには白衣を着た大垣が食堂に来ていてそれを見つけた工藤は表情が晴れ上がるように笑みを見せた。
「みんなおはよう。朝食一緒してもいいかな?」
「どうぞどうぞ」
 工藤が大垣の座る椅子を引いてからすぐに3人の方を向いて「ほらほら」と両手で持ち上げるようなジェスチャーをした。
 3人は立ち上がってその内、柊が代表するように大垣に頭を下げて、2人も柊の真似をするように頭を下げる。
「みんなおはよう」
 大垣は目じりのしわをさらに細めて柔らかな笑みを見せながらヴァンパイア3人(人間状態の楓)に挨拶を交わした。
「新地君は初めて会うね。話は訊いているよ、急な出来事で色々と大変だったね。私達が無理に引き入れたことなど君にとっては強引とも言える行為をしてしまったことを伊純君にもモラドを代表してどうか改めて私からお詫びさせてもらいたい」
 まるで包み込むような柔らかい声でそういった後、大垣は竜太と楓に頭を下げた。
「いいっすよ。こいつのおかげでもうヴァンパイアとして生きていく覚悟は決まりましたから」
 竜太は隣に立っている楓の肩を掴んで、以前の医務室のときとは違って吹っ切れた笑みを見せた。
 その姿を見て大垣は安堵してまた目じりのしわを深くした。
「そうか。新地君が納得する選択肢を選ぶのが一番だよ。その中で私たちのことを選んでくれた2人に僕からお礼を言いたい」
 大垣は再び深く頭を下げた。白髪交じりのきっちりと整えられた髪からは整髪料の臭いがほのかに香る。いわゆる、おじさまの臭いのようなものだった。
「ちょっと大垣さんそこまでしなくても…」と楓は慌ててそう言うと大垣は顔を上げて楓と竜太を交互に見た。その眼差しは簡単に下げた頭ではないことが伺える。
「モラドは僕にとって大切な家族だと思ってるんだ。だから、二人のことも僕にとって大切な存在なんだ。代表だからって自分が特別だと思ってるわけではないんだ。だから、君たちに会ってちゃんとお礼がしたかったんだ。こんな簡素な場ではあるけどご容赦願いたい」
 モラド代表が直々に頭を下げるこの空間に緊張感が走る…。
 と、思いきやこのシリアスな空気の中、竜太の腹は盛大に音を立てた。
「竜太、それはないよ」と楓が額に握った拳を添える。
「しょーがないだろ。減ってるもんは減るんだから」
 そして、大垣は思い出したかのように「ああ、食事の邪魔をしてしまったね、かけて」と手で示し、大垣含め5人が同じテーブルに揃った。
 柊や工藤、楓でさえも背筋をピンと張って座っていたが竜太は目の前に自分が所属する組織のトップがいても物怖じすること無く、いつも通り楓に話すようだった。
「おじさんがヴァンパイアに血液を供給してるの?」と竜太は唐突に質問した。
 工藤から「大垣さんでしょ!」と竜太を睨み柊も背筋を伸ばしたが、二人の反応を察した大垣は「いいんだよ」と目の前の若者に対して紳士的に対応する。
「そうだね新地君。アガルタも含めて血液の供給は私たち大垣家が代々共存に向けて行ってきた重要な活動なんだ」
「代々? ってことはヴァンパイアへの血液の供給ってそんな昔からやってたの?」
 大垣は頷いて答える。
「そうだよ。私の家計は皆医者でね。長い時間をかけて人脈や信頼を積み重ねて供給できるパイプを築き上げてきたんだ」
「へぇ、すっげぇ。やっぱり医者って頭いいんだな。考えることが違うわ。大垣さんマジでかっこいいよ」
「ハハハ、そう言ってもらえてうれしいよ」
 大垣の横では工藤と柊が竜太の態度に終始肝を冷やしていた。しかし、大垣が笑っている様子を見て二人同時に肩を下す。
  するとすぐに大垣の胸ポケットに入れているスマホがバイブ音を立てて振動した。
「失礼」
 そう言って、ポケットからスマホを取り出す。それと同時に一枚の写真がひらりとテーブルの上にすべり落ちた。
 大垣は「おっと」といって写真を拾い上げる。
 テーブルに落ちた写真を視線を落としていた楓は大垣に訊いた。
「大垣さんその方は?」
「私の妻だよ。去年病気で亡くなってしまったんだけどね」
「…そうだったんですか。それはお辛いですよね」
 まるで自分の母を亡くしたかのように悲しみを共感している楓に大垣は少し驚いた様子だった。
「長く連れ添った妻なんだよ。最愛の妻を失くして一人身になってしまったけどね。でも、僕は君たちを家族のように大切な存在だと思っているから寂しくないよ。心配してくれてありがとう」


 大垣はスマホの画面を指で滑らせて眉間にしわを寄せている。
「また、地上でヴァンパイアによる殺人事件が起きているらしい。君等にもすぐに戦闘に出て貰う可能性があるかもしれないな」
「大丈夫ですよ大垣さん、僕が2人の訓練して戦えるように面倒を見ます」
「ありがとう柊君。そしたら後で連絡があるかもしれないからそれまで2人と一緒にいてくれるかな?」
 柊は「はい」と通る声で返事をした。

 しばらく、5人でテーブルを囲んだ後、工藤と大垣は勤務する病院へ出勤して先に部屋を出ていった。
「そういえば楓って人間のときは人間の食べ物を食べるんだな」
「そうだね。血が飲めないから人間のときじゃないと空腹を満たせないんだよね。だから、深夜は必ずお腹空く」
 楓は空っぽになった竜太のコップを見つめた。
「竜太はもうそれ飲めるんだね」
 竜太は苦い物でも口に入れたかのような顔をしてから言った。
「最初はマジで抵抗したよ。工藤さんに無理やり飲まされたし。でも、もう割り切った。楓と違って俺はヴァンパイアの食いもんしか食えないからな。むしろ、今ではお前が食ってるものが不味そうに見える」
 柊は2人の会話をあっけに取られたように訊いていた。
「2人の会話って僕にとって完全に未知の領域だから訊いててすごいと思う。ずっとヴァンパイアとして生きてきた僕からしたら到底想像できないような経験をしてきたんだね」
 柊は自分の中の思考を飲み込むように頷いた後、言った。
「本当にすごいよ」
「幹人、褒めても俺からは何もあげるものないからな」
 竜太は褒められた事実だけ受け取り、鼻息荒くして胸を張った。
「竜太、柊君はそういうつもりで言ったんじゃないと思うけど…」
 3人は笑みを浮かべた。カーテン越しで外の朝日は室内に入っては来ないが、外ではその笑みに呼応するかのように燦々と太陽が大地を照らしていた。

「じゃあ、任務に向けて訓練しようか」
 柊がそう言って3人は5人分の食器を洗ってから訓練室に向かった。




 3人は地下1階の訓練室に行くと朝からトレーニングルームで1人汗を流してるヴァンパイアがいた。
 そのヴァンパイアは入室した3人に気がついた様子でタオルを首にかけてワイシャツとジャケット、もう片方の手にはを太刀ほどの長さはないが脇差ほどの長さの刀を2本携えていた。それらを持って上裸で3人の元へ近づいてきた。 
 そのヴァンパイアは明るい青色のスーツに金髪姿で見た目はとても派手な格好をしている。
「お! 白髪の子だ。もしかして君が噂の混血でしょ?」
 弾むようにそういって、金髪のヴァンパイアは楓の事を背中までジロジロと舐め回すように見ていた。
「あの…どなたでしょうか?」
 固まった楓が恐る恐る訊いてみるとそのヴァンパイアは手に持っていたワイシャツとジャケットを来て背中に双剣をクロスさせるように背負った。
「僕は鬼竜奏手きりゅうかなた。よろしくね」
 鬼竜と名乗ったヴァンパイアは楓に握手を求めるように手を差し出した。
 楓は鬼竜が要求する握手に答えて同じように手を差し出して握手した。握力の差かそれともわざとか、握手した瞬間、楓は顔をしかめた。
「そして、君が元人間の子だ。当たってる? ひいちゃん?」
 鬼竜は竜太の事を指を鳴らしてから指差した後、柊の方を向いてそう言った。
 そして、ひいちゃんというのは柊のことなのだろう。柊が答える。
「はい。鬼竜さんもご存知だったんですね」
「うん。この前会議で混血がどうのこうのって連堂さんが言ってたからね。殆ど訊いてなかったから内容は忘れちゃったけど」
 柊が苦笑いを浮かべる。
「でも、残念だ。せっかくの会ったしもっとお話したいところなんだけど、このあと女の子を待たせてるから僕はもう帰らせてもらうよ」
 途切れない話しとスケジュールで忙しそうにしている鬼竜だったが、初めて会った二人にまだ話したりない様子でなにか思い出したようにさらに話を続けた。
「あ、そうだ今度は4人で一緒に呑もうか。僕の友達が飲み屋やってるから一緒に行こうよ。女の子も紹介してあげる。どう? 行くでしょ?」
 鬼竜は楓と竜太を抱え込むようにして肩を組んだ。その鬼竜からはさわやかな香水の匂いが香っている。しかし、その臭いの中には酒の匂いも混ざっていた。
 竜太は鼻をつまんで「飲んでます?」と訊いたら鬼竜は「さっきまでね。で、行くでしょ?」とほぼ確定的に訊いた。
「あの、僕ら未成年なんで」と楓はそれを口実に断ろうとした。
「未成年? ああ、人間が決めた年齢のことか18歳だったっけ? でも、それは人間のルールでしょ?」
 鬼竜は楓より身長が高く少し屈んで楓の顔を覗き込むように見た。
「ヴァンパイアの世界はそんなルール無いよ」
「今度誘うからねー」と陽気な笑い声を響かせながら訓練室を出ていった。

 嵐が過ぎ去ったように3人の間に静けさが戻ってくる。
「なんか陽気な人だな」
「鬼竜さんはこの前説明した青緑のヴェードを持つ4人のうちの1人だよ」
「マジ? そんなやばいやつだったのか。でも、まああの人かっこいいもんな。絶対強いと思ったわ」


 それから、数時間が経ち部屋のカーテンの隙間から見えていた光は消えて太陽は沈んだことがわかる。つまり、これからはヴァンパイアの時間になった事を表している。

 楓は日が落ちた時間と同時に自然と人間の姿から緋色の瞳を宿し、ヴァンパイアの姿に変化した。
 そして、3人は腹ごしらえをするために洋館一階の食堂にいた。
「楓もそろそろ血を飲めるようになった方がいいんじゃね?」
「いや、遠慮しておこうかな。まだ、僕は怖いっていうか」
「なんか元人間の俺が平気で血を呑んでるのがおかしいみたいじゃんか。てか、俺をヴァンパイアにする時、俺の血飲んだんじゃなかったっけ?」
「そうなんだけどあのときは必死だったからあんまり記憶がないんだよ」
「でも、僕らはいつ出動するかわからないから腹ごしらえだけはしたほうがいいんじゃないかな?」
 楓は首を捻って考える。
「いや、大丈夫」
 竜太が空になったコップを正面に座る楓に向けて言った。
「楓ってたまに頑固な所あるよな」
「意志が強いって言ってほしいけどな」
「いや頑固だね。楓は絶対頑固だと思う」
 
「だってこの前楓んちでケーキ食った時、楓ケーキのラッピングについたクリーム絶対に食わないんだぜ。はしたないとか言ってさ。もったいないっつーの。しかも小学生の頃からそうなんだぜ」
「それは頑固とは意味が違うんじゃないかな。あとそれは竜太が貧乏性なだけじゃないかな」と楓が苦笑いを浮かべる。
 2人のやりとりを見つめていた柊は笑みを浮かべた。
 
 すると、柊のズボンのポケットからスマホがバイブ音が聞こえた。

「連堂さんからだ。もしかしたら任務の話かもしれない」
 柊はバイブ音を鳴らすスマホを手に取り耳に当てる。話している内容に時折、楓や竜太の名前やアガルタの名前が出ていることから連堂の訓練室でのやりとりから現在に至るまでを簡潔に話していたのかもしれない。柊が最後に「了解しました」と言ってスマホの通話を切り2人を見た。
「地上でALPHAのヴァンパイアが出たらしい。偵察に行ったヴァンパイアによると予想より相手の数が多いけど相手のレベルは高くなから2人も増援に来てほしいって」
「よし! 実践を積むには丁度いいな」
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