ホンモノの自分へ

真冬

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第37話「修学旅行1日目②」

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「うおー部屋ひっろ!ベッドでけぇ」
 部屋に入るなり柿原はまるで小学生のようにベッドで転がりまわっていた。
 どこかのホテルと比較したことがないからわからないけど、柿原の言う通り部屋はかなり広かった。公立高校で修学旅行の予算はそんなに割けないと言いつつもホテルだけは学校側も奮発しているように思える。
「おい柿原暴れて部屋の物壊すなよ」
「長内、俺は小学生じゃないんだぞ」
 しばらくベッドで転がったことに満足した柿原はベッドに大の字に寝転がりセットした髪が崩れていることを気にせず、長内を下から見上げていた。
 部屋は2つのグループの男女に別れて一部屋ずつで振り分けられている。
 なので、僕らのグループは柿原と長内のグループと合同になり、僕らのグループの女子は烏丸さんたちと同じ部屋になっている。
 部屋でしばらく荷物を整理しているとコンコンとドアをノックする音が聞こえて長内がドアを開けた。
 すると、福原がぬうとドアから顔を出して「お前ら風呂の順番が来たからさっさと入ってこいよ」と僕らの部屋に言葉だけ投げ捨ててからノソノソと隣の部屋にも伝えに言った。

 柿原は大の字に寝ていた体を一度脚を持ち上げて反動をつけてから起き上がった。
「よっしゃ!風呂行こーぜ」
 普段からテンションが高い柿原は修学旅行になっていつも以上にテンションが増している気がする。
 そのテンションそのままに柿原は鼻歌を歌いながらバッグから着替えを取り出し、僕らも大浴場に向かう準備を始めた。

 大浴場のロッカールームで僕と大場が並んで入浴のため服を脱いでいたときだった、後ろから宮橋の声が聞こえた。
「お前ら細すぎないか?」
 僕は服を脱いでいる最中だったので誰のことを言ってるのかわからず振り向かなかったけど、柿原の「マジかお前ら」という引いたような声が聞こえて僕ら向かって話しかけられてることをようやく認識した。
 同じタイミングで気がついたようで大場も後ろを振り返った。
「そうかな?」と大場が自分の腕を交互に一度ずつ見てから顔を上げた。
「グループ行動の時成川とあんなにスイーツ食ってたのに一体食べたものはどこ行ってんだ?」
「デザートは別腹なんだよ」
「大場君それ満腹の時に言うやつじゃ…」
「あ、そうだっけ」
 へへへと大場は目を細めた。
 僕と大場は同じような体型なので僕が痩せているなら大場も痩せていることになるし、逆もまた然りだ。
「お前らちゃんと飯食ってるのか?」と長内が腰に手を当てて眉をひそめた。
「僕はたまに一日一食の時があるけど」
「「一食!?」」
 大場がそう答えると柿原と宮橋が目を丸くしていた。
 この流れで言い出しづらかったが、ややあって僕もささやくように答えた。
「実は僕も…」
 2人は丸くした目のまま僕らの方も見て、目をパチクリとさせた。
「お前ら修行でもしてんの?」
 表情を元に戻した柿原が冗談交じりに聞いてきたが僕はなんの修行もしてないので当然のごとく否定した。
「まんまりお腹すかないんだよね。ねぇ樹?」
「それもあるけど、僕は昼過ぎに起きたらすぐに夕食の時間になるからその時は一食になるから」
 全く…と長内が呆れたように呟いていた。でも、長内にそう言われても仕方ないほど長内はガタイが良かった。運動部ではないはずなのに。
「長内君はガタイがいいね」
「俺は日々筋トレしてるからな。健全な肉体に健全な精神が宿るんだ」
 僕を含めた4人共「ははは」と笑顔を貼り付けてこの一瞬だけは僕らと長内の間に僕の身長サイズほどの壁を感じた。
 ただ、言われてみれば長内はサッカー部の宮橋と引けを取らない気がする。生徒会長といい生徒会は体育会系の部活なのかもしれない。
「お前らその顔はなんだ!」
 
 
 風呂を終え僕らは部屋に戻った。
 普段、びっしりと整えられたオールバックの長内だったり、前髪を上げている宮橋だったり、みんな風呂上りということもあっていつもとは髪型が違ってみんな整髪料を着けていないので何かいつもと違った雰囲気だ。外見だけだけど彼らの違った一面を見たような気がする。

 柿原がベッドに座り脚をバタつかせながら天井を見上げていた。
「暇だなー何すっか」
 すると、宮橋が隣のベッドで空を見つめる柿原をちらりと見てから視線を下げて柿原のベッドの枕を見て、思い出したように自分のベッドの枕を掴んで僕らへ見せた。
「枕投げしね?」
 それを聞いた柿原がパチンと指を鳴らして同じくベッドに座っていた宮橋を目線が上がるように柿原はベッドに膝を立てて上から指差した。
「宮橋、それ今俺も言おうとした」
「おい、俺はやんないからな」
「長内はつれねぇな」
 柿原はそういった後、静かに近くにあった枕を掴み読書していた長内にぶつけて「うごっ」という声とともに一瞬、長内の顔が枕で見えなくなった。。
「いって」
「悔しかったらやりかいしてみろや」
「柿原小学生かよ…」
 言い出しっぺの宮橋でさえ若干引いてるものの、柿原が宮橋の方を向いた瞬間に宮橋は柿原に枕を投げつけて結局それが枕投げの宣戦布告になり枕投げをすることになった。

「いたっ」
 それから、しばらく枕投げが続いたが僕の顔面全体、主に鼻に強い衝撃を感じた。
 メガネのレンズ…と言ってもプラスチックだけど汚れていて良好ではない視界から急に枕が飛んできて顔面に直撃たのだ。
 一瞬、顔がしびれるような感覚があって僕は自分のベッドに倒れ込んだ。
 メガネの鼻あての部分が顔に押し付けられて目頭に硬いものがめり込むような痛みを感じたけどそれ以上にツーンとして鼻の奥が痛かった。その痛みを感じた直後、鼻水にしては粘性がなく水のように液体がすーっと流れ落ちてきて、手の甲で受け止めた。
「あ、鼻血でた」
 僕は上体を起こして手で鼻を覆う。
 僕が投げ返すのことを待っていた宮橋と目が合い、宮橋の「え?」という声が静まり返った5人の空間に響き渡った。
「樹っ、ごめーん!」
 宮橋はそのまま膝を付いて、頭の上で手を合わせ、まるで神様に祈りを捧げるかのように全力で謝罪していた。
「大丈夫だよ。すぐ止まるから」
 端のベッドに座っていた大場が隣のベッドにいる僕にティッシュ箱ごとよこして、すぐさま鼻に詰め込んだ。
「もう遅いしそろそろ寝る準備するか」
 枕を右手に鷲掴みしてゼェゼェと肩で息をしていた長内が息を整えてから、そう終戦の合図をして、枕投げは僕が鼻血を出したことで終了となった。

 僕の鼻血も無事に止まり長内が部屋の電気を消して部屋は真っ暗になりさっきまでの明かりが残像のようにじわじわと視界から溶けていく。
 目を開けていても目の前には何も見えなくなり僕らの部屋は消灯時間を迎えた。
 ベッドはドアから向かって左に柿原、長内、宮橋、僕、大場で寝ている。僕は友達と同じ屋根の下で眠るのなんて生まれてはじめての経験だ。
 今、なにかから攻撃を受けているわけではないけど守られている様な安心感を感じる。多分、そう感じているのはこの中で僕だけなのかもしれないけど、きっと人間の睡眠という本能的な行動に味方がいてくれることで感じているんだと思う。なんだか今日はよく眠れそうな気がする。
「今、何時だ?周の方にスマホ充電してるから見てくれよ」
「良太のスマホどれ?みんなのスマホでごちゃごちゃしててよくわからないんだけど」
「テキトーに掴んだスマホでいいだろ」
「オッケー。今、11時半だよ。てか、消灯時間って何時だっけ?」
 もうそんな時間だったんだな。なんだか時が過ぎるのが早く感じる。一日の密度がいつもより濃いせいか午後に嵐山に行ったことや鴨川で明島と話したことなど今日行ったことが、昨日起こった出来事みたいで1日で2日分体験したように感じた。
「10時だ。消灯時間過ぎてしまったな」
「10時って俺ら小学生かよ。宮橋が枕投げしたいとか言い出したのも10時くらいだったし、そもそも、消灯時間なんて誰も守ってねぇだろ」
「そういえば、俺ら枕投げして騒いでたのに福原のヤツ来なかったな」
「夢中になってて来たことに僕らが気が付かなかったんじゃない。柿原出口近いんだから誰か来なかったの?」
「来てねぇな。てか、冷静に考えてみ?福原だぞ?来るわけ無いだろ」
 僕は4人の何気ない会話に目を閉じて耳を澄ませていると自然と笑みがこぼれていた。きっと、明かりが点いていたら宮橋に「何笑ってんだ?」とか言われてただろう。だから、暗闇でよかった。僕がどんな表情をしていても彼らにはばれなくて済むから。

 せっかくだし、僕も会話に参加しよう。
「明日って何時起きだっけ?」
 その理由もあるし、単に時間の話をしていたら急に不安になったのもある。
「7時に起床して8時から朝食だぞ。天野起きれるのか?」
「……」
「おい!」
「…頑張ってみる」
「起きれなかったら樹のこと置いてくからな」
「頑張ります」
 はははと笑ってごまかしたものの僕の決意表明を信用している人は誰もいないだろう。朝食は食べなくても一日の活動に支障は無いから大丈夫だけと思うけど。
「お前らも寝坊すんなよ。それより俺はもう寝るからな」
 長内がそういった後、沈黙が訪れて、全員寝ると思いきやすぐさま柿原が沈黙を破った。
「なあ、天野と良太。周は西岡ちゃんと仲良くやってた?」
 話題はまたあのことに変わった。
 一度静まった空間に柿原の声はよく聞こえた。
 そして、暗くて見えないけど柿原がニヤついていることは想像できたし、多分当たっているだろう。
 この前もこの話題で僕が大場を救出しようとしたが僕の助け舟はあえなく沈没してしまったので、今回は確実に救出しようと柿原が話し終わって間が空いたことを確認してから僕は話した。
「2人とも仲良かったよ」
「ええっそうか?そんなに話してなかったぞ2人とも」
 僕が話し終わった後に間髪入れずに宮橋が事実を述べた。確かに、グループ行動中はあまり話してるところを見ていなかったけど、僕はそれでも僅かな可能性にかけて大場を救うつもりでいた…けど宮橋はそんなことはお構いなしだった。
「グループ行動してるときも基本的に俺か樹に話してたよな。あと、スイーツ探すときは成川か」
「意外だな大場は女子と話すのが苦手なのか?」
「長内君起きてたんだ」
「隣ででかい声で話してるのに寝れるわけ無いだろ」
「確かに…」
 僕は長内の両脇が柿原と宮橋だったことを思い出した。
 すると、僕の隣、大場のベッドで寝返りを打つようにシーツが擦れる音が聞こえた。
「別に苦手じゃないって」
「一体どんな酷い別れ方したんだよ」
 柿原がケケケと
「そもそも、西岡と大場は付き合ってたのか?」
「長内も知らなかったのかよ」
 宮橋の頭の方から長内の方に振り向いたように布が擦れる音が聞こえた。お互いの顔が見えない暗闇でも話す相手を向くのはなんだか宮橋らしい。
「初耳だ」
「ねぇもうこの話よくない?」
「まあ恋愛事情は人それぞれだからむやみに口出すことではないな」
「じゃあ長内の恋愛事情を教えろよ」
「話聞いてたかお前…」
「もういい俺は寝る。明日も早んだぞ」
 恋愛事情か…。そういえば柿原と明島は午前中一緒にいたけど2人は何を話していたんだろうか。直接訊くのもなんだか気恥ずかしい。
 だから、直接訊くのは避けて少しずつ話題を近づけていこう。
「ねぇ柿原君と長内君は午前中2人で行動したの?」
 2人から返事が返ってこない。
 そして、返事の代わりにしばらくすると、「ゴゥゴゥ」と大いびきが聞こえてきた。しかも、それは1人からではなく交互に2人から聞こえてくる。
「2人とももう寝たね」
 僕の右隣、大場から声が聞こえて、一度頷いたけど暗闇だったことを思い出して「うん」と声に出して応える。
 いびきの音源は隣からではないので恐らく柿原と長内の2人だろう。
 暗闇で見えないにもかかわらず僕は宮橋の方へ視線を向けた。宮橋の方からは何も聞こえない。恐らく、もう寝たのかもしれない。
「僕らももう寝ようか」
 後ろから大場の声が聞こえて僕はまた「うん」と一言声を出して、向き直りしばらく天井を見上げて目を瞑った。
 こうして、僕の人生はじめての修学旅行1日目が無事終了した。
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