ホンモノの自分へ

真冬

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第30話「初めての日常」

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 ピピピッピピピッ
 久しぶりに聞くスマホのアラームの音に叩き起こされ、湧き上がる不快感とともにベットから上半身をなんとか持ち上げたものの強制的に中断された睡魔に抗うことが出来ない瞼は僕の意思とは相反して開ききらないまま半分睡眠状態で起床した。

 昼夜逆転していた生活をたった一日で元に戻すなんて術はは持ち合わせておらず、フラフラと寝ぼけ眼でリビングに行き母が用意してくれた朝食のパンをかじる。

「樹、今日から学校でしょ。もっとしゃきっとしなよ」

 僕はまるで首が落ちるように頷き、かろうじて話を聞いていることの意思表示を行う。
 なぜ今日早起きしたかというと、2週間の謹慎期間が明け久しぶりに学校に登校する日だからだ。

 むしゃむしゃと朝食を咀嚼する運動のおかげか徐々に目が覚めて思考は段々と霞が晴れるように明瞭になり、動き始めた頭で謹慎期間中に起きた出来事を再び思い出した。

 その瞬間、徐々に晴れていた頭の霞が一気に吹き飛んだような感覚になった。

 あの日、僕は4人に大粒の涙を流しながら自分の中身をすべて話し、頭を下げて友達でいてくれることを懇願した。

 あのときは、自分に今できる事を考えて最適だと思った行動をしたつもりだったけど、時がたった今、思い出してみると顔が沸騰するように熱くなって猛烈な羞恥が込み上げてくる。

 僕は一体何をしてるんだろうか。
 いや、そうするべきだと思ってやったことのはず。一切の後悔はない。にもかかわらず思い出すと気恥ずかしい。

 学校に行って彼らとどうやって接すれば良いのだろう。そもそも、なんて話しかければ良いのだろうか。
 「おはよう」と一言挨拶すれば相手が会話を取り持ってくれるのかもしれない。でも、今まで挨拶なんてしてこなかった奴が急に挨拶なんてしたら不自然に思われるだろう。

 そんな事を考えながらも習慣がまだ残っているせいか自動的に制服に着替え支度をして家を出た。

 登校時間中も何から話せばいいかずっと考えていた。そもそも、あの日の出来事にみんな僕のことを変わったやつだとか変なやつだとか思ってないだろうか。
 そんな、心配ばかりしていると何も結論が思いつかないまま、あっという間に学校へ到着した。

 教室のドアを開けると2週間前と同じような光景で4人は固まっていつも通り話していた。
 すると、教室に入ってきた僕にすぐに気がついた成川がこちらに手を振った。

「樹おっはよー」

 頭の上まで手を上げて振っている成川の真似をするも胸あたりが限界だった僕は小さく手を振って挨拶を返す。

 一応、僕が朝起きてから考えていたことはこの一瞬でクリアしてコミュニケーションのキッカケを掴むことができた。それと同時に成川がこの4人の中に居て本当に良かったと密かに感謝した。

「よお樹、謹慎明けって今日だったのか」
「やっと戻ってきたね樹」 
 大場が肌と同じくらい白い歯を見せて微笑む。

「ごめんね心配かけちゃって」

 心配かけちゃってというのは相手が心配してることを前提でかける言葉で些か思い込みすぎたような気がしたけどどうやら杞憂だったようだ。

「大丈夫、大丈夫いつでも待つから。だって、ずっと友達でい続けるんだから。ね?」
 一度、時が止まったようにシンと静まり返った。

「理奈それはちょっと‥」
 僕の心情を察した明島が直接的な表現は避けて成川に察してもらうように仕向けていたが、この一瞬で彼らがこの前の出来事をなんとなく意識していることもわかった。

 それでも僕以外はいつも通りの生活を送っているように見えた。担任の福原のいつも通りのテキトーなHRや午前中の授業も教科ごとに来る教師、受ける生徒の態度は2週間前と何も変わらない。
 多少教師に何度か謹慎になったことを驚かれることはあったけど、それは適当に何度かやり過ごして、時は過ぎ、昼休みを迎えた。

 昼休み、僕らは机を移動して小学校の給食のようにカタマリを作って過ごす。
 この過ごし方をするのは2週間以上ぶりだと思う。今日行ったいつも通りの行動の中で一番記憶から遠ざかっている行動かもしれない。

 僕は彼らにつられるように机を移動して正面には成川、その隣に大場、僕の隣は宮橋で宮橋と大場の間に明島が座り昼休みを迎えた。

 昼休みになって感じたけど、休憩時間の10分はなんとか会話を続けられたものの昼休みの1時間は場が持つかどうか心配になり、再びコミュニケーションにおける問題が頭の中で浮上していた。

「樹は謹慎中どんな事してたの?」
 この前も大場が訊いてきた質問だったような気がしたけど、また大場が訊いてきた。しかし、ここで一言も喋らず不信感を抱かせて昼休みを終えるよりは僕に対するどんな問でも答えて僕は何も意識していないということをアピールしようと考えていた。

「ゲ、ゲームかな」
 声を発した後に気がついたが一度言葉が詰まっていた。短い言葉を発するだけなのに緊張していたのだ。いつもは演じるように話していたから自分じゃない人間が話しているような感覚だったけど演じていない自分自身の言葉で話すとなると言葉がうまく出てこない。

「あ、もしかしてあの部屋に置いてあったモンハン?」
「そ、そうだね。最近はずっとモンハンやってるよ」
「僕もやってるよ。今度一緒にやんない?」
 僕は頷いたものの、この話題のチョイスはあってるだろうか不安になった。僕と大場しか共通の話題になっていないけど…。

 明島が紙パックのレモンティーを机にコトっという音を立てて置いた。
「一日中ゲームしてたの?」
 ゲーム内容ではない違う側面からの話題でなんとか助かった。

「一日中ではないけど、課題もあったし‥あとは」
 他にやったことはなにかないか謹慎中の記憶を必死に呼び起こす。

「てかさ、樹って休日何してるの?なんか樹って休日何やってるか全然想像つかない」

 これ以上僕から内容を搾り取れないと判断したのか、それとも話を聞いていなかったのか不明だが正面に座る成川が思い出したように問いかけてきて僕の思考を遮った。

 成川は腕を組み思案し始めた。僕も腕を組まなかったけど同様に思案し始めた。

 改めて考えてみると僕は休日何をしてるんだろうか?普段の休日を思い出してみたけど自分のことながら全く思い出せない。多分、記憶に残らないほど中身の無い一日を送っているの間違いない気がするけど…。

「ちょっと、思い出せないかも」

 僕がそう言うと隣に座る宮橋は椅子の背もたれに沿うように背筋を伸ばして僕の事を見下ろしているようだった。
「それは本物が言ってるのか?それとも偽物が言ってるのか?」

 僕は本音を言ったつもりだったが今の僕の発言を心配したのか、それともイジりなのか前者であることを少しばかり期待した。

「ほ、本物です」

 宮橋は僕の答えを聞くと「そっかそっか」とニヤニヤと不敵な笑みを浮かべていた。恐らく、目的は後者だろう。

 大場が苦笑いしているけど何か宮橋と同じ類の笑いにも見える。
「なんか良太、樹で遊んでない?」
「いや、なんか面白いから。つい」
 

「樹は休みの日は何時に起きるの?」
 どうやら僕の休日に対する話題は成川の中ではまだ消えていなかったらしい。

 問には何でも答えようと決めていた僕は素直に答えた。

「昼過ぎくらいかな」

 謹慎中もはじめは起床時間が10時くらいだったのが結局後半には昼過ぎに起きるようになって今日の寝起きは最悪だった事を思い出した。

 僕の隣で宮橋がため息をつき首を横に振る。
「おいおい樹、高校生活は人生一度きりしか無い有限の時間なんだぞ」
 その有限をさっさと終わらせたいと思っていた僕は何か心に刺さったような気がした。

「だからさ、そろそろ期末テストだし、来週の土曜日みんなうちで勉強しね?」

 僕の自堕落な休日の話を聞いた宮橋からの提案だった。できる限り彼らと過ごす時間を大切にしようと決めていた僕はその提案を受けるつもりだ。

「ごめん、私達その日は別の子たちと勉強する約束してるんだよね」
「私‥たち?」
 大場が何か引っかかったようで明島の方を見る。
「そう理奈も一緒なの」
「「え!?」」
 大場と宮橋が同時に驚いていた。さっきまでの話し声とは違って腹から声が出ててたようで騒がしい昼休みの教室でも周りに響き渡り一瞬、視線を集めた。

「成川、期末テストあること知ってたんだ。驚いた」
 一度視線を集めた事を気にした大場は声のボリュームを抑えていたが、本当に驚いたようで感情をそのまま言葉にしていた。
 
 そして、隣に座る成川をまるで別人を見ているかのよう目をこすって再度成川の存在を確認していたが、成川は大場のその様子を鼻高々にふふふと陽気な笑みを浮かべていた。 

 よく考えてみれば宮橋が期末テストと言っても成川が驚いていなかった事を思い出した。今度はちゃんと勉強しているのか気になったが僕が言えた義理じゃないので湧き上がった疑問には手を付けずそのまま飲み込んだ。

 宮橋が背もたれに寄りかかって頭の後ろで手を組んだ。
「そしたら来週は男3人で勉強だな」


 会話していて思ったが会話の内容がまるで初対面の人に対して話しているような内容な気がした。
 同じクラスになって半年以上経つけど僕は彼らに今まで何も自分の事を伝えてなかったから仕方のないことだけど。


 そろそろ昼休みの終わる時間なので机を元の場所に戻していると、前方から烏丸さんがボーイッシュな髪をふわりとなびかせながら僕の方へやってきた。
 烏丸さんと話すのは文化祭以来だ。

「天野君謹慎でいなかったから美術の授業プリント渡しとけって」
 あくまで自分の意志ではなく教師に言われたから仕方なくやっているといった様子だったし、それも本心のようだった。

 そして、僕は周りに聞こえないような配慮として「謹慎」という表現を「休んでいて」といったオブラートに包んでくれることを僅かに期待したけどその期待は一瞬にして裏切られた。烏丸さんらしいけど。

 文化祭時と変わらず烏丸さんは無愛想にプリントを僕の前に差し出した。

「あ、どうもありがとう」
 なにか上下関係が築かれているような気になり思わず「あ、」から言い始めてしまった。

 用が済むと烏丸さんはまた髪をふわりとなびかせ、すぐに僕の席から離れていった。

「烏丸さん土曜日2時からね」
 するとすぐに、烏丸さんに話しかける声が聞こえた。声の主は僕の後ろに座る明島だった。さっき、別の子と勉強すると言っていたけどその別の子というのは烏丸さんのことだったのか。 
 意外すぎる組み合わせに耳を疑った。
 一体いつの間に仲良くなっていたのだろう。それと同時に成川と烏丸さんはどういうやり取りをするのか少し気になった。 
 
 午後の授業は襲いかかる睡魔に耐えるのに必死で授業を聞き流し、なんとか放課後を迎えた。

 帰りも4人と一緒に帰りいつも通りの帰り道をなぞるようにして歩いて帰宅した。
 でも、足取りは少し軽かったかもしれない。家から学校までの距離は変わらないはずなのにいつもより早く家に着いたような気がする。

 家に変えると僕はすぐに自室に引きこもるのが習慣で、いつも通り自室に入り学校という空間から最も落ち着く空間に移行したことを実感して安堵した。

 すると、いつ以来か小学生の頃の僕が目の前に現れた。
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