ホンモノの自分へ

真冬

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第23話「文化祭後編」

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 文化祭も終了の時間を迎え、嵐が過ぎ去ったようにお客さんで賑わっていた校舎内は人が減って、文化祭の余韻を楽しむように生徒たちで賑わう声があちらこちらから聞こえてくる。

「樹、遅かったじゃん。久しぶりの再開は楽しかったか?」
 僕が体育館裏から教室に戻ると宮橋がなんだか嬉しそうに僕の肩を組んできた。肩に手を回された時は一瞬ビクッとしたが、宮橋と井上の体格は似ていて同じような腕の感触でも感じるものは全く違った。2人とも筋肉質だが宮橋からは獲物を狩る肉食動物のような恐怖は感じなかった。
「まあね。こっちはどうだった?」
 はいともいいえとも取れないような返事をしたあと、深く訊かれたくなかったから話題を逸らした。
 宮橋はその質問を待っていたかのように僕の肩をポンポンと叩きながら嬉しそうにしていた。
「見事に黒字だったよ。なあ、みんな」
 そういうと柿原が今日売り上げた札束を僕に見せびらかしてきて、僕の目の前で扇子のように仰いでいた。
「そっか。よかった」
 僕もとりあえずほっとした。もし赤字で終えたらその後どういう反応していいかわからなかったし、もしかしたらクラスの人から嫌われるんじゃないかと不安に感じていたからだ。
「やったね樹。じゃあ、みんな揃ったし写真撮ろうよ!」
 エプロン姿の成川が僕の背中を叩いた。なんだか久しぶりに成川の姿を見た気がする。調理担当は長内がいるからあまり気にしてなかったこともあるが、僕も僕で色々と忙殺されていたことが原因だ。本当に色々と。だから、家庭科室にはあまり行かなかった。

 みんなぞろぞろと動き出し、各々がカメラに映るように動き出して一箇所に集まり始めた。
 そして、お調子者の定番と言えるだろう。柿原はまるで定位置のように一番前に出て寝そべっべった。
 成川がカメラに入らない人に指示を出しているけど、こういう時はなぜかテキパキしている。
「タイマーセットしたよ」 
 すると、教室のドアが開く音がした。クラスに他に誰がいただろうか?と思っていたはずだったが、担任の福原だった。
「いいなあ、おじさんも混ぜてくれよ」
「福原ずっといなかっただろ」
 柿原が寝そべりながら言ったが福原は呆れたような顔だった。
「忘れたのか?俺はサッカー部の顧問だぞ。顧問は忙しいんだ」
 2人のやりとりはまるで友達同士の会話のようだった。
「いいから先生も入って入って」
 成川はセットしたタイマーで1秒でも惜しいと福原を手招きした。
 僕は集合写真に写りたいと思ったのは生まれて初めてだと思う。今までは写真に映る自分の顔も見たくなかった。笑顔を作っても引きつってるし、無理やり作った感じがあからさまにわかる。ただでさえ学校という場所が嫌いだったのに、写真という学校のメンバーと同じ空間を切り取ってそれが保存され続けるなんてことに耐えられなかった。だから、今まで学校で撮った写真は全て処分してきた。
「みんなー笑ってー」
 うまく笑えるだろうか?

 でも、今度は笑えそうな気がする。

「はい。ちーず」

 集合写真を撮って教室の片付けをした後、僕らは体育館に移動した。閉会式が行われるからだ。
 文化祭実行委員の橋元さんが閉会宣言を行い閉会式が始まった。
「では、これから学年ごとに各クラスのランキングを発表していきまーす」
 各クラスの出し物の順位が学年ごとにランキング付されるらしい、そして部活の出し物も同様にランキングが発表される。
 投票は同じ学年で自分のクラス以外を投票することになっている。もし最下位だと該当クラスが気分を害するので10クラスある内の上位3クラスだけが発表される。
 ちなみに去年、僕のクラスは入ってなかった。クラス全体としてあまり文化祭に対して興味を持っていなかったので当然といえば当然だろう。それに、去年の僕からしたら自分の仕事をしたらすぐに帰ることができたので、クラスの順位や出し物の出来栄えなどどうでもよく早く帰れるだけでそれ以外はどうでも良かった。

 ただ今年は少し気になっていた。5組は入ってるのだろうか?正直、文化祭を終えたことに安堵してあまり順位は興味ないけどわずかに期待している自分がいる。
 1年のクラス順位が発表されて次は2年だ。
「続いては2年生ー。まず第3位からー」
「第3位は8組!」
 そういうと、3組の島から歓声が湧いた。
「続いて2位はー」
「5組でーす!」
 優勝はしなかったけど、一応入賞はできた。
 5組の島も順位が上がるごとに歓声が湧いていた。
 それを聞いた宮橋がまた僕の肩を組んできた。
「栄えやる1位はー」
「1組ー!」
 1位は1組なのか、クイズを出し物に選んでいたのは会議でなんとなく訊いていた。
 1組といえば知ってる人は生徒会の霧島さんしかいないけど、彼女の印象的にクイズは好きそうな気がしたからなんとなくそういう出し物をするイメージがついた。

 最後に部活の入賞紹介をしていたがどうやらサッカー部の演劇は入っていなかった。
「あんなに練習したのになー」
 宮橋ががっくりと首を落とすようにうなだれている様子を全く気に止めることもなく司会の橋元さんは容赦なく続けた。
「ちなみにサッカー部は最下位でした」
 司会の橋元さんがついでに最下位も発表した。
「「おい!」」
 5組から大人の声が混じった2人の声が重なって聞こえた。一体どんな演劇をやったのか気になるけど…。

 閉会式を終えると後夜祭にキャンプファイヤーが行われる。そのため僕らは文化祭で使ったダンボールや木材などの資材を各々持って校庭に集合していた。
 弓道部の部長が矢の先端に火をつけて、気合十分に弓を放ち、離れて見ていた僕からは小さな火の子が資材の山に吸い込まれるように消えていき、さっきまで小さかった火の子はみるみるうちに大きな炎へと成長していく様子が目の前で繰り広げられていた。
 炎の大きさが一定の大きさを保ち始めると僕は警戒心を解くように燃え盛る炎の元へと近づいていった。

 パチパチと音を立てて燃える炎の中には文化祭で使った資材が燃えて、既に形を留めていないものもある。
 物とはいえ、ついさっきまで他のクラスで文化祭の出し物の一部として文化祭という同じ時と空間を共有してきた物体が形を崩し無くなっていく姿を見て、僕の中でも張り詰めていた風船が萎んでいくような気分で緊張が解けるようだった。
 ここまで本当に色々あった。良いことも悪いことも。
 ぼうっと炎を見つめていると良い思い出の方がなぜか優先的に想起される。まだ、緊張が解けていなかったせいか、それとも炎を見ているとそういう心理になるのだろうか?はたまた、思い出したくない事に蓋をしてるのだろうか。

「…さま」

 誰かの声が聞こえて、慌てて声が聞こえた方を向くと明島がいた。
「お疲れ様、樹」
「あ、明島さんお疲れ様」
「何か考え事してたの?」
「いや、まあちょっとね…」
 急に目が覚めたようになって、言葉がうまく出てこなかった。でも、明島は僕の不自然な反応を気にしてないようで炎を見つめている。 
「文化祭うまくいってよかったね」
「そうだね。僕は大したことはやってないけどね」
 本当にそうだと思う。文化祭で僕がやっていたことなんて全体のほんの一部だろうし、接客もろくにできていなかったけど、明島や吹奏楽部に至ってはずっと演奏していた。それに比べたら僕は大したことはやっていない。
「明島さんの演奏のおかげだよ。演奏お疲れ様」
「そんなことないよ。私、周りからの評価を気にしないでこんなに自由にピアノ弾いたの初めてかもしれない。だから、すっごく楽しかった」
 明島の言葉には何か力がこもっていたようだった。
 保健室での出来事以来、明島は何か吹っ切れたように顔つきが変わった。今も自分の過去のことを躊躇うことなく僕に話してきた。そんな明島は僕のことを1年生の時から変わったと言う。でも、僕よりも変わったのは明島の方だ。変わろうと決めたらすぐに実行して自分の根本的な問題を見つめている。その点、僕は逃げてばっかりだ。文化祭のリーダーだって強制的に押し付けられるような形で始まった。自主的に行動したわけじゃない。
「そっか。よかった」
 笑顔を作ってそう言った後、しばらく、お互いに沈黙が続いた。今朝の教室とは違って、目の前で燃え盛る炎が相変わらずパチパチと音を立てていたので、僕らの沈黙は無音ではなかった。
 しかし、その沈黙を破ったのは今朝と同じように明島だった。
「なんか似てる気がするの」
「何が?」
「私と樹」
「だからさ…」
 途中まで言いかけた明島はすぅっと鼻から息を吸って炎から僕へと視線を移して、はっきりと僕の方を向いた。
「樹も私たちのこと頼っていいんだよ」
 目の前で炎があるせいか、明島の大きな瞳はいつもよりより輝いて見えた。
 その瞬間、目の前でゆらゆらと揺れる炎のように僕の決断も揺らいでいた。
 言うべきか。今日起こった出来事を。今までの出来事を。今まで1人で抱えていた問題を誰かに打ち明けたら何か変わるのだろうか?楽になるのだろうか?
 声が喉まで出かかった。
 すると、文化祭の時に井上が僕に言った言葉が急に脳裏に浮かんだ。

「一緒にいたの友達か?」
「お前ここの学校通ってんだろ?」

 井上は僕がこの高校に通っていることを知っているし、会おうと思えば宮橋や明島に会うことだって可能だろう。僕の連絡先を知った彼らは何をするかわからない。だから、余計なことに巻き込みたくない。
 僕の揺れ動く炎はピタッと静止した。
 一度ため息のように息を吐いてまた笑顔を作った。
「わかった。ありがとう。明島さん」
 僕は最低な人間だ。
 自分では明島に同じことを言って明島は僕に頼ってくれた。しかし、今度は明島が手を差し伸べてくれたのにそれを断った。
 明島だって何も考えず思いつきで今の一言を言ったわけではない。明島の性格だ、きっと勇気を出して言ってくれたはずだ。僕はその想いを踏み躙った。
 最低な人間だ。

 キャンプファイヤーも終了の時間を迎え僕らは教室に戻った。
 教室に入ると宮橋と柿原が手招きしているので僕は彼らの方へ向かう。
「樹。これから打ち上げ行こーぜ」
「打ち上げ?」
 あまり聞きなれない言葉だったので思わず聞き返したが、冷静に言葉を反芻して意味を理解した。
「もちろん天野行くっしょ?」
 柿原の強引な誘いを断るつもりで苦笑いしていた。
「いや、僕は…」と言いかけた時。
 グゥ。
 さっきまで騒がしかった教室がこの時を狙っていたかのように静かになり僕のお腹の音だけが教室に取り残された。
「あ、ごめん。昼ごはん食べてなくて」
 慌てて謝罪したが時既に遅く、クラスの人間に笑われた。以前もこんなことがあったけどこんな大勢の前じゃなかったからなんだか恥ずかしくなってきた。じわじわと汗が滲み出てくる。
「なんだ行きたいなら言えよ。素直じゃねぇな天野っちぃ」
「樹やっぱ体は正直なんだな」
 結局、強制的に彼らに連れて行かれ生まれて初めて打ち上げに参加することになった。

 夜9時を過ぎに帰宅した。これでも早めに抜けてきたのでまだ残ってるメンバーはもっと帰りが遅いはずだ。
 帰ってくると母親がニコニコと嬉しそうにしている。
「今日は遅いのね。文化祭の打ち上げとか?」
「まあそんな感じ」
 母親もそうだが僕が母親に文化祭についてほとんど話していないのに何故か僕の行動を見透かしているように感じる時がある。やっぱり親は子の考えることが言わなくてもわかるものなのだろうか。

 帰宅すると僕はいつものように自室に直行して体中の空気が抜けるように座り込んだ。
 今日は人生で初めて打ち上げに参加した。
 文化祭でもそうだったけどまだ大人数でいることが未だに好きではない。今も文化祭が終わったということもあってか、かなり疲れている。
 でも、最近いろんな人と話すようになって感じることがある。
 それは、小学生の時や中学生の時のように全員が敵ではないと感じることだ。
 打ち上げでもこんな頼りない僕を歓迎してくれた人がいる。もちろん、まだ話したこともない人だっているから僕ことをどう思ってるのかはわからない。ただ、人と話していて温かいと感じたのがこの文化祭を通して初めてだった。
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