23 / 39
第23話「文化祭後編」
しおりを挟む
文化祭も終了の時間を迎え、嵐が過ぎ去ったようにお客さんで賑わっていた校舎内は人が減って、文化祭の余韻を楽しむように生徒たちで賑わう声があちらこちらから聞こえてくる。
「樹、遅かったじゃん。久しぶりの再開は楽しかったか?」
僕が体育館裏から教室に戻ると宮橋がなんだか嬉しそうに僕の肩を組んできた。肩に手を回された時は一瞬ビクッとしたが、宮橋と井上の体格は似ていて同じような腕の感触でも感じるものは全く違った。2人とも筋肉質だが宮橋からは獲物を狩る肉食動物のような恐怖は感じなかった。
「まあね。こっちはどうだった?」
はいともいいえとも取れないような返事をしたあと、深く訊かれたくなかったから話題を逸らした。
宮橋はその質問を待っていたかのように僕の肩をポンポンと叩きながら嬉しそうにしていた。
「見事に黒字だったよ。なあ、みんな」
そういうと柿原が今日売り上げた札束を僕に見せびらかしてきて、僕の目の前で扇子のように仰いでいた。
「そっか。よかった」
僕もとりあえずほっとした。もし赤字で終えたらその後どういう反応していいかわからなかったし、もしかしたらクラスの人から嫌われるんじゃないかと不安に感じていたからだ。
「やったね樹。じゃあ、みんな揃ったし写真撮ろうよ!」
エプロン姿の成川が僕の背中を叩いた。なんだか久しぶりに成川の姿を見た気がする。調理担当は長内がいるからあまり気にしてなかったこともあるが、僕も僕で色々と忙殺されていたことが原因だ。本当に色々と。だから、家庭科室にはあまり行かなかった。
みんなぞろぞろと動き出し、各々がカメラに映るように動き出して一箇所に集まり始めた。
そして、お調子者の定番と言えるだろう。柿原はまるで定位置のように一番前に出て寝そべっべった。
成川がカメラに入らない人に指示を出しているけど、こういう時はなぜかテキパキしている。
「タイマーセットしたよ」
すると、教室のドアが開く音がした。クラスに他に誰がいただろうか?と思っていたはずだったが、担任の福原だった。
「いいなあ、おじさんも混ぜてくれよ」
「福原ずっといなかっただろ」
柿原が寝そべりながら言ったが福原は呆れたような顔だった。
「忘れたのか?俺はサッカー部の顧問だぞ。顧問は忙しいんだ」
2人のやりとりはまるで友達同士の会話のようだった。
「いいから先生も入って入って」
成川はセットしたタイマーで1秒でも惜しいと福原を手招きした。
僕は集合写真に写りたいと思ったのは生まれて初めてだと思う。今までは写真に映る自分の顔も見たくなかった。笑顔を作っても引きつってるし、無理やり作った感じがあからさまにわかる。ただでさえ学校という場所が嫌いだったのに、写真という学校のメンバーと同じ空間を切り取ってそれが保存され続けるなんてことに耐えられなかった。だから、今まで学校で撮った写真は全て処分してきた。
「みんなー笑ってー」
うまく笑えるだろうか?
でも、今度は笑えそうな気がする。
「はい。ちーず」
集合写真を撮って教室の片付けをした後、僕らは体育館に移動した。閉会式が行われるからだ。
文化祭実行委員の橋元さんが閉会宣言を行い閉会式が始まった。
「では、これから学年ごとに各クラスのランキングを発表していきまーす」
各クラスの出し物の順位が学年ごとにランキング付されるらしい、そして部活の出し物も同様にランキングが発表される。
投票は同じ学年で自分のクラス以外を投票することになっている。もし最下位だと該当クラスが気分を害するので10クラスある内の上位3クラスだけが発表される。
ちなみに去年、僕のクラスは入ってなかった。クラス全体としてあまり文化祭に対して興味を持っていなかったので当然といえば当然だろう。それに、去年の僕からしたら自分の仕事をしたらすぐに帰ることができたので、クラスの順位や出し物の出来栄えなどどうでもよく早く帰れるだけでそれ以外はどうでも良かった。
ただ今年は少し気になっていた。5組は入ってるのだろうか?正直、文化祭を終えたことに安堵してあまり順位は興味ないけどわずかに期待している自分がいる。
1年のクラス順位が発表されて次は2年だ。
「続いては2年生ー。まず第3位からー」
「第3位は8組!」
そういうと、3組の島から歓声が湧いた。
「続いて2位はー」
「5組でーす!」
優勝はしなかったけど、一応入賞はできた。
5組の島も順位が上がるごとに歓声が湧いていた。
それを聞いた宮橋がまた僕の肩を組んできた。
「栄えやる1位はー」
「1組ー!」
1位は1組なのか、クイズを出し物に選んでいたのは会議でなんとなく訊いていた。
1組といえば知ってる人は生徒会の霧島さんしかいないけど、彼女の印象的にクイズは好きそうな気がしたからなんとなくそういう出し物をするイメージがついた。
最後に部活の入賞紹介をしていたがどうやらサッカー部の演劇は入っていなかった。
「あんなに練習したのになー」
宮橋ががっくりと首を落とすようにうなだれている様子を全く気に止めることもなく司会の橋元さんは容赦なく続けた。
「ちなみにサッカー部は最下位でした」
司会の橋元さんがついでに最下位も発表した。
「「おい!」」
5組から大人の声が混じった2人の声が重なって聞こえた。一体どんな演劇をやったのか気になるけど…。
閉会式を終えると後夜祭にキャンプファイヤーが行われる。そのため僕らは文化祭で使ったダンボールや木材などの資材を各々持って校庭に集合していた。
弓道部の部長が矢の先端に火をつけて、気合十分に弓を放ち、離れて見ていた僕からは小さな火の子が資材の山に吸い込まれるように消えていき、さっきまで小さかった火の子はみるみるうちに大きな炎へと成長していく様子が目の前で繰り広げられていた。
炎の大きさが一定の大きさを保ち始めると僕は警戒心を解くように燃え盛る炎の元へと近づいていった。
パチパチと音を立てて燃える炎の中には文化祭で使った資材が燃えて、既に形を留めていないものもある。
物とはいえ、ついさっきまで他のクラスで文化祭の出し物の一部として文化祭という同じ時と空間を共有してきた物体が形を崩し無くなっていく姿を見て、僕の中でも張り詰めていた風船が萎んでいくような気分で緊張が解けるようだった。
ここまで本当に色々あった。良いことも悪いことも。
ぼうっと炎を見つめていると良い思い出の方がなぜか優先的に想起される。まだ、緊張が解けていなかったせいか、それとも炎を見ているとそういう心理になるのだろうか?はたまた、思い出したくない事に蓋をしてるのだろうか。
「…さま」
誰かの声が聞こえて、慌てて声が聞こえた方を向くと明島がいた。
「お疲れ様、樹」
「あ、明島さんお疲れ様」
「何か考え事してたの?」
「いや、まあちょっとね…」
急に目が覚めたようになって、言葉がうまく出てこなかった。でも、明島は僕の不自然な反応を気にしてないようで炎を見つめている。
「文化祭うまくいってよかったね」
「そうだね。僕は大したことはやってないけどね」
本当にそうだと思う。文化祭で僕がやっていたことなんて全体のほんの一部だろうし、接客もろくにできていなかったけど、明島や吹奏楽部に至ってはずっと演奏していた。それに比べたら僕は大したことはやっていない。
「明島さんの演奏のおかげだよ。演奏お疲れ様」
「そんなことないよ。私、周りからの評価を気にしないでこんなに自由にピアノ弾いたの初めてかもしれない。だから、すっごく楽しかった」
明島の言葉には何か力がこもっていたようだった。
保健室での出来事以来、明島は何か吹っ切れたように顔つきが変わった。今も自分の過去のことを躊躇うことなく僕に話してきた。そんな明島は僕のことを1年生の時から変わったと言う。でも、僕よりも変わったのは明島の方だ。変わろうと決めたらすぐに実行して自分の根本的な問題を見つめている。その点、僕は逃げてばっかりだ。文化祭のリーダーだって強制的に押し付けられるような形で始まった。自主的に行動したわけじゃない。
「そっか。よかった」
笑顔を作ってそう言った後、しばらく、お互いに沈黙が続いた。今朝の教室とは違って、目の前で燃え盛る炎が相変わらずパチパチと音を立てていたので、僕らの沈黙は無音ではなかった。
しかし、その沈黙を破ったのは今朝と同じように明島だった。
「なんか似てる気がするの」
「何が?」
「私と樹」
「だからさ…」
途中まで言いかけた明島はすぅっと鼻から息を吸って炎から僕へと視線を移して、はっきりと僕の方を向いた。
「樹も私たちのこと頼っていいんだよ」
目の前で炎があるせいか、明島の大きな瞳はいつもよりより輝いて見えた。
その瞬間、目の前でゆらゆらと揺れる炎のように僕の決断も揺らいでいた。
言うべきか。今日起こった出来事を。今までの出来事を。今まで1人で抱えていた問題を誰かに打ち明けたら何か変わるのだろうか?楽になるのだろうか?
声が喉まで出かかった。
すると、文化祭の時に井上が僕に言った言葉が急に脳裏に浮かんだ。
「一緒にいたの友達か?」
「お前ここの学校通ってんだろ?」
井上は僕がこの高校に通っていることを知っているし、会おうと思えば宮橋や明島に会うことだって可能だろう。僕の連絡先を知った彼らは何をするかわからない。だから、余計なことに巻き込みたくない。
僕の揺れ動く炎はピタッと静止した。
一度ため息のように息を吐いてまた笑顔を作った。
「わかった。ありがとう。明島さん」
僕は最低な人間だ。
自分では明島に同じことを言って明島は僕に頼ってくれた。しかし、今度は明島が手を差し伸べてくれたのにそれを断った。
明島だって何も考えず思いつきで今の一言を言ったわけではない。明島の性格だ、きっと勇気を出して言ってくれたはずだ。僕はその想いを踏み躙った。
最低な人間だ。
キャンプファイヤーも終了の時間を迎え僕らは教室に戻った。
教室に入ると宮橋と柿原が手招きしているので僕は彼らの方へ向かう。
「樹。これから打ち上げ行こーぜ」
「打ち上げ?」
あまり聞きなれない言葉だったので思わず聞き返したが、冷静に言葉を反芻して意味を理解した。
「もちろん天野行くっしょ?」
柿原の強引な誘いを断るつもりで苦笑いしていた。
「いや、僕は…」と言いかけた時。
グゥ。
さっきまで騒がしかった教室がこの時を狙っていたかのように静かになり僕のお腹の音だけが教室に取り残された。
「あ、ごめん。昼ごはん食べてなくて」
慌てて謝罪したが時既に遅く、クラスの人間に笑われた。以前もこんなことがあったけどこんな大勢の前じゃなかったからなんだか恥ずかしくなってきた。じわじわと汗が滲み出てくる。
「なんだ行きたいなら言えよ。素直じゃねぇな天野っちぃ」
「樹やっぱ体は正直なんだな」
結局、強制的に彼らに連れて行かれ生まれて初めて打ち上げに参加することになった。
夜9時を過ぎに帰宅した。これでも早めに抜けてきたのでまだ残ってるメンバーはもっと帰りが遅いはずだ。
帰ってくると母親がニコニコと嬉しそうにしている。
「今日は遅いのね。文化祭の打ち上げとか?」
「まあそんな感じ」
母親もそうだが僕が母親に文化祭についてほとんど話していないのに何故か僕の行動を見透かしているように感じる時がある。やっぱり親は子の考えることが言わなくてもわかるものなのだろうか。
帰宅すると僕はいつものように自室に直行して体中の空気が抜けるように座り込んだ。
今日は人生で初めて打ち上げに参加した。
文化祭でもそうだったけどまだ大人数でいることが未だに好きではない。今も文化祭が終わったということもあってか、かなり疲れている。
でも、最近いろんな人と話すようになって感じることがある。
それは、小学生の時や中学生の時のように全員が敵ではないと感じることだ。
打ち上げでもこんな頼りない僕を歓迎してくれた人がいる。もちろん、まだ話したこともない人だっているから僕ことをどう思ってるのかはわからない。ただ、人と話していて温かいと感じたのがこの文化祭を通して初めてだった。
「樹、遅かったじゃん。久しぶりの再開は楽しかったか?」
僕が体育館裏から教室に戻ると宮橋がなんだか嬉しそうに僕の肩を組んできた。肩に手を回された時は一瞬ビクッとしたが、宮橋と井上の体格は似ていて同じような腕の感触でも感じるものは全く違った。2人とも筋肉質だが宮橋からは獲物を狩る肉食動物のような恐怖は感じなかった。
「まあね。こっちはどうだった?」
はいともいいえとも取れないような返事をしたあと、深く訊かれたくなかったから話題を逸らした。
宮橋はその質問を待っていたかのように僕の肩をポンポンと叩きながら嬉しそうにしていた。
「見事に黒字だったよ。なあ、みんな」
そういうと柿原が今日売り上げた札束を僕に見せびらかしてきて、僕の目の前で扇子のように仰いでいた。
「そっか。よかった」
僕もとりあえずほっとした。もし赤字で終えたらその後どういう反応していいかわからなかったし、もしかしたらクラスの人から嫌われるんじゃないかと不安に感じていたからだ。
「やったね樹。じゃあ、みんな揃ったし写真撮ろうよ!」
エプロン姿の成川が僕の背中を叩いた。なんだか久しぶりに成川の姿を見た気がする。調理担当は長内がいるからあまり気にしてなかったこともあるが、僕も僕で色々と忙殺されていたことが原因だ。本当に色々と。だから、家庭科室にはあまり行かなかった。
みんなぞろぞろと動き出し、各々がカメラに映るように動き出して一箇所に集まり始めた。
そして、お調子者の定番と言えるだろう。柿原はまるで定位置のように一番前に出て寝そべっべった。
成川がカメラに入らない人に指示を出しているけど、こういう時はなぜかテキパキしている。
「タイマーセットしたよ」
すると、教室のドアが開く音がした。クラスに他に誰がいただろうか?と思っていたはずだったが、担任の福原だった。
「いいなあ、おじさんも混ぜてくれよ」
「福原ずっといなかっただろ」
柿原が寝そべりながら言ったが福原は呆れたような顔だった。
「忘れたのか?俺はサッカー部の顧問だぞ。顧問は忙しいんだ」
2人のやりとりはまるで友達同士の会話のようだった。
「いいから先生も入って入って」
成川はセットしたタイマーで1秒でも惜しいと福原を手招きした。
僕は集合写真に写りたいと思ったのは生まれて初めてだと思う。今までは写真に映る自分の顔も見たくなかった。笑顔を作っても引きつってるし、無理やり作った感じがあからさまにわかる。ただでさえ学校という場所が嫌いだったのに、写真という学校のメンバーと同じ空間を切り取ってそれが保存され続けるなんてことに耐えられなかった。だから、今まで学校で撮った写真は全て処分してきた。
「みんなー笑ってー」
うまく笑えるだろうか?
でも、今度は笑えそうな気がする。
「はい。ちーず」
集合写真を撮って教室の片付けをした後、僕らは体育館に移動した。閉会式が行われるからだ。
文化祭実行委員の橋元さんが閉会宣言を行い閉会式が始まった。
「では、これから学年ごとに各クラスのランキングを発表していきまーす」
各クラスの出し物の順位が学年ごとにランキング付されるらしい、そして部活の出し物も同様にランキングが発表される。
投票は同じ学年で自分のクラス以外を投票することになっている。もし最下位だと該当クラスが気分を害するので10クラスある内の上位3クラスだけが発表される。
ちなみに去年、僕のクラスは入ってなかった。クラス全体としてあまり文化祭に対して興味を持っていなかったので当然といえば当然だろう。それに、去年の僕からしたら自分の仕事をしたらすぐに帰ることができたので、クラスの順位や出し物の出来栄えなどどうでもよく早く帰れるだけでそれ以外はどうでも良かった。
ただ今年は少し気になっていた。5組は入ってるのだろうか?正直、文化祭を終えたことに安堵してあまり順位は興味ないけどわずかに期待している自分がいる。
1年のクラス順位が発表されて次は2年だ。
「続いては2年生ー。まず第3位からー」
「第3位は8組!」
そういうと、3組の島から歓声が湧いた。
「続いて2位はー」
「5組でーす!」
優勝はしなかったけど、一応入賞はできた。
5組の島も順位が上がるごとに歓声が湧いていた。
それを聞いた宮橋がまた僕の肩を組んできた。
「栄えやる1位はー」
「1組ー!」
1位は1組なのか、クイズを出し物に選んでいたのは会議でなんとなく訊いていた。
1組といえば知ってる人は生徒会の霧島さんしかいないけど、彼女の印象的にクイズは好きそうな気がしたからなんとなくそういう出し物をするイメージがついた。
最後に部活の入賞紹介をしていたがどうやらサッカー部の演劇は入っていなかった。
「あんなに練習したのになー」
宮橋ががっくりと首を落とすようにうなだれている様子を全く気に止めることもなく司会の橋元さんは容赦なく続けた。
「ちなみにサッカー部は最下位でした」
司会の橋元さんがついでに最下位も発表した。
「「おい!」」
5組から大人の声が混じった2人の声が重なって聞こえた。一体どんな演劇をやったのか気になるけど…。
閉会式を終えると後夜祭にキャンプファイヤーが行われる。そのため僕らは文化祭で使ったダンボールや木材などの資材を各々持って校庭に集合していた。
弓道部の部長が矢の先端に火をつけて、気合十分に弓を放ち、離れて見ていた僕からは小さな火の子が資材の山に吸い込まれるように消えていき、さっきまで小さかった火の子はみるみるうちに大きな炎へと成長していく様子が目の前で繰り広げられていた。
炎の大きさが一定の大きさを保ち始めると僕は警戒心を解くように燃え盛る炎の元へと近づいていった。
パチパチと音を立てて燃える炎の中には文化祭で使った資材が燃えて、既に形を留めていないものもある。
物とはいえ、ついさっきまで他のクラスで文化祭の出し物の一部として文化祭という同じ時と空間を共有してきた物体が形を崩し無くなっていく姿を見て、僕の中でも張り詰めていた風船が萎んでいくような気分で緊張が解けるようだった。
ここまで本当に色々あった。良いことも悪いことも。
ぼうっと炎を見つめていると良い思い出の方がなぜか優先的に想起される。まだ、緊張が解けていなかったせいか、それとも炎を見ているとそういう心理になるのだろうか?はたまた、思い出したくない事に蓋をしてるのだろうか。
「…さま」
誰かの声が聞こえて、慌てて声が聞こえた方を向くと明島がいた。
「お疲れ様、樹」
「あ、明島さんお疲れ様」
「何か考え事してたの?」
「いや、まあちょっとね…」
急に目が覚めたようになって、言葉がうまく出てこなかった。でも、明島は僕の不自然な反応を気にしてないようで炎を見つめている。
「文化祭うまくいってよかったね」
「そうだね。僕は大したことはやってないけどね」
本当にそうだと思う。文化祭で僕がやっていたことなんて全体のほんの一部だろうし、接客もろくにできていなかったけど、明島や吹奏楽部に至ってはずっと演奏していた。それに比べたら僕は大したことはやっていない。
「明島さんの演奏のおかげだよ。演奏お疲れ様」
「そんなことないよ。私、周りからの評価を気にしないでこんなに自由にピアノ弾いたの初めてかもしれない。だから、すっごく楽しかった」
明島の言葉には何か力がこもっていたようだった。
保健室での出来事以来、明島は何か吹っ切れたように顔つきが変わった。今も自分の過去のことを躊躇うことなく僕に話してきた。そんな明島は僕のことを1年生の時から変わったと言う。でも、僕よりも変わったのは明島の方だ。変わろうと決めたらすぐに実行して自分の根本的な問題を見つめている。その点、僕は逃げてばっかりだ。文化祭のリーダーだって強制的に押し付けられるような形で始まった。自主的に行動したわけじゃない。
「そっか。よかった」
笑顔を作ってそう言った後、しばらく、お互いに沈黙が続いた。今朝の教室とは違って、目の前で燃え盛る炎が相変わらずパチパチと音を立てていたので、僕らの沈黙は無音ではなかった。
しかし、その沈黙を破ったのは今朝と同じように明島だった。
「なんか似てる気がするの」
「何が?」
「私と樹」
「だからさ…」
途中まで言いかけた明島はすぅっと鼻から息を吸って炎から僕へと視線を移して、はっきりと僕の方を向いた。
「樹も私たちのこと頼っていいんだよ」
目の前で炎があるせいか、明島の大きな瞳はいつもよりより輝いて見えた。
その瞬間、目の前でゆらゆらと揺れる炎のように僕の決断も揺らいでいた。
言うべきか。今日起こった出来事を。今までの出来事を。今まで1人で抱えていた問題を誰かに打ち明けたら何か変わるのだろうか?楽になるのだろうか?
声が喉まで出かかった。
すると、文化祭の時に井上が僕に言った言葉が急に脳裏に浮かんだ。
「一緒にいたの友達か?」
「お前ここの学校通ってんだろ?」
井上は僕がこの高校に通っていることを知っているし、会おうと思えば宮橋や明島に会うことだって可能だろう。僕の連絡先を知った彼らは何をするかわからない。だから、余計なことに巻き込みたくない。
僕の揺れ動く炎はピタッと静止した。
一度ため息のように息を吐いてまた笑顔を作った。
「わかった。ありがとう。明島さん」
僕は最低な人間だ。
自分では明島に同じことを言って明島は僕に頼ってくれた。しかし、今度は明島が手を差し伸べてくれたのにそれを断った。
明島だって何も考えず思いつきで今の一言を言ったわけではない。明島の性格だ、きっと勇気を出して言ってくれたはずだ。僕はその想いを踏み躙った。
最低な人間だ。
キャンプファイヤーも終了の時間を迎え僕らは教室に戻った。
教室に入ると宮橋と柿原が手招きしているので僕は彼らの方へ向かう。
「樹。これから打ち上げ行こーぜ」
「打ち上げ?」
あまり聞きなれない言葉だったので思わず聞き返したが、冷静に言葉を反芻して意味を理解した。
「もちろん天野行くっしょ?」
柿原の強引な誘いを断るつもりで苦笑いしていた。
「いや、僕は…」と言いかけた時。
グゥ。
さっきまで騒がしかった教室がこの時を狙っていたかのように静かになり僕のお腹の音だけが教室に取り残された。
「あ、ごめん。昼ごはん食べてなくて」
慌てて謝罪したが時既に遅く、クラスの人間に笑われた。以前もこんなことがあったけどこんな大勢の前じゃなかったからなんだか恥ずかしくなってきた。じわじわと汗が滲み出てくる。
「なんだ行きたいなら言えよ。素直じゃねぇな天野っちぃ」
「樹やっぱ体は正直なんだな」
結局、強制的に彼らに連れて行かれ生まれて初めて打ち上げに参加することになった。
夜9時を過ぎに帰宅した。これでも早めに抜けてきたのでまだ残ってるメンバーはもっと帰りが遅いはずだ。
帰ってくると母親がニコニコと嬉しそうにしている。
「今日は遅いのね。文化祭の打ち上げとか?」
「まあそんな感じ」
母親もそうだが僕が母親に文化祭についてほとんど話していないのに何故か僕の行動を見透かしているように感じる時がある。やっぱり親は子の考えることが言わなくてもわかるものなのだろうか。
帰宅すると僕はいつものように自室に直行して体中の空気が抜けるように座り込んだ。
今日は人生で初めて打ち上げに参加した。
文化祭でもそうだったけどまだ大人数でいることが未だに好きではない。今も文化祭が終わったということもあってか、かなり疲れている。
でも、最近いろんな人と話すようになって感じることがある。
それは、小学生の時や中学生の時のように全員が敵ではないと感じることだ。
打ち上げでもこんな頼りない僕を歓迎してくれた人がいる。もちろん、まだ話したこともない人だっているから僕ことをどう思ってるのかはわからない。ただ、人と話していて温かいと感じたのがこの文化祭を通して初めてだった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
隣の家の幼馴染は学園一の美少女だが、ぼっちの僕が好きらしい
四乃森ゆいな
ライト文芸
『この感情は、幼馴染としての感情か。それとも……親友以上の感情だろうか──。』
孤独な読書家《凪宮晴斗》には、いわゆる『幼馴染』という者が存在する。それが、クラスは愚か学校中からも注目を集める才色兼備の美少女《一之瀬渚》である。
しかし、学校での直接的な接触は無く、あってもメッセージのやり取りのみ。せいぜい、誰もいなくなった教室で一緒に勉強するか読書をするぐらいだった。
ところが今年の春休み──晴斗は渚から……、
「──私、ハル君のことが好きなの!」と、告白をされてしまう。
この告白を機に、二人の関係性に変化が起き始めることとなる。
他愛のないメッセージのやり取り、部室でのお昼、放課後の教室。そして、お泊まり。今までにも送ってきた『いつもの日常』が、少しずつ〝特別〟なものへと変わっていく。
だが幼馴染からの僅かな関係の変化に、晴斗達は戸惑うばかり……。
更には過去のトラウマが引っかかり、相手には迷惑をかけまいと中々本音を言い出せず、悩みが生まれてしまい──。
親友以上恋人未満。
これはそんな曖昧な関係性の幼馴染たちが、本当の恋人となるまでの“一年間”を描く青春ラブコメである。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる