ホンモノの自分へ

真冬

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第20話「文化祭準備」

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 あれから次の日、明島はいつも通りに元気そうに登校してきた。
 文化祭をきっかけに話すチャンスを得た男子たちはまるで芸能人の出待ちでもしていたかのように教室に入ってきた明島に群がっていた。
 僕の真後ろである明島の自席に着席しても、明島に男女話しかけにくる人は途切れず、むしろ群がってきて前に座る僕が邪魔者のように扱われ、クラスの人気者の恐ろしさを感じた。
 もちろんその集団の中にいつもの3人もいる。

「明島もう大丈夫なの?」
「うん。十分休めたからすっかり元気」
「明島ホントにごめん。気づいてやれなくて」
「大丈夫だって」
「舞香死んじゃったかと思った」
「いや死んでないって」
 チャイムが鳴って明島の周りを取り囲んでいた者たちがみんな席に着いた。そして、後ろの席から明島が僕に向かって小さくつぶやいた。
「樹、頑張ってね」
 僕は振り向かず小さく頷いた。捉え方によっては頷いたのか視線を下げただけなのかわからないような頼りない姿だったかもしれない。

 今日は文化祭まで準備期間は残り3日。資材や食材の調達はあらかたできているし、後はジャズバー風のカフェにするため教室のレイアウトを整えることや提供する商品の作成など最終調整に向けてやることがまだある。
 うちの学校では文化祭前日は丸1日文化祭準備に当てることができるけど、それまではLHRやうちにクラスは特別だけど担任の福原の授業内、または放課後残って作成する必要がある。倉西高校は一応進学校になるので、授業に支障が出ないように文化祭準備はタイトなスケジュールなのだろう。
 ちなみに、教室内のレイアウトやメニュー、衣装の考案については明島が以前決めた担当メンバーと話し合って最終的な完成予想図を決めた。その時は僕1人ではなく宮橋も一緒に加わっていたため殆ど宮橋に頼っていた部分もあったが、僕もリーダーという肩書きを背負っているため話を聞いてるだけで終わるわけにはいかなかったので、僕なりに積極的に参加したつもりだ。飛び交う会話を追うのがギリギリでかなり疲れたけど…。

 ただ、今日こうやって思い返してみるといつも話しているメンバーや柿原や林といった絡まざるを得ない者を除いて、クラスのメンバーとちゃんと会話したのは初めてかもしれない。いつもは話したとしても事務連絡をするくらいで殆ど会話の内に入らないようなやりとりだ。そもそも、僕の今までの学生生活で文化祭にここまで参加していること自体初めてだ。


 今日はLHRも福原の授業もないため文化祭の準備は放課後になった。
「天野」
 内装を担当しているメンバーから呼ばれた。
「烏丸さんの絵貼るところってこっちの壁であってる?」
「そうだね。お願いします」
「え?違くない?そっちはカウンターにする予定だから向かい側じゃないの?」
「あ、そうだった。ごめん」
「しっかりしてくれよリーダー」
 そう言って肩を叩かれた。
 僕は宮橋のようなリーダーとは程遠いけど、頼りないながらもなんとか仕事をこなしていた‥つもりだ。
 
「天野、テーブルクロス一つ足りないんだけど…」
 今度は内装を担当してる他のメンバーが言った。
「あれ?テーブルクロスは昨日買い揃えたんじゃなかったっけ?どこいったんだろ?」
 僕があたふたと探していると、そのやりとりを聞いていた宮橋が徐に昨日買い出しに行ったメンバーを確認した。
「担当は林か。あいつわざとか?」
「僕、今から買ってくるよ」
「いいよ。リーダー、俺にやらせてくれ」
 宮橋は僕がリーダーになってから僕のことをリーダーと呼ぶようになったリーダーだからそう呼んでいるのか、いじっているのかは不明だけど。
「樹は内装と美術部の方の進捗確認しといて」
「わかった」
 そう言われて僕は美術部で看板を作成している烏丸さんとその手伝いをしている大場のもとへ行った。
 烏丸知里はクラスで唯一の美術部で見た目は中性的な顔立ちで普段からクールな印象だ。最近、文化祭の準備を通して初めて彼女と話してみたがやはりその印象通りの人だった。ただ、ちょっと気難しい一面を覗かせるときもあるけど。
「お、樹。お疲れ」
「お疲れ様です」
 烏丸さんは同学年でも、まだあまり打ち解けていない僕には敬語を使っている。
「大場君、烏丸さんお疲れ様。進み具合はどう?」
「順調ですよ」
「なんとか明日には終わると思うよ」
「そっか。2人ともお疲れ様。そしたら今日はもう遅いから帰っても大丈夫だよ」
「はい」
 烏丸さんがいつも通りの短い返事をした。
「じゃあ僕は行くね」
 そう言って僕は進捗に一安心してその場を去ろうとした時だった。
「大場君、外側が塗りきれてないからまだ帰っちゃダメよ。あと、そこまだ乾いてないから触らないでくれる」
「はい、わかりました…ちょっと烏丸さんごめんね」
 大場が心なしか、げんなりしたような表情で僕の方へやってきて烏丸さんに聞こえないように一度後ろをチラリと確認した。
「烏丸さんずっとあの調子でなんか厳しいんだけど…」
「烏丸さんにはきっと芸術家としてのこだわりがあるんだよ」
 そんな感じがしたからそうは言ったけど、あながち間違ってはいないような気がした。
「そうなのかな?僕にはよくわからないんだけど」
 そう言って大場は持ち場に戻っていった。後ろ姿の大場を見ていたがなんだかいつもの大場よりも小さく見える。

 僕が装飾の手伝いをしている時に宮橋が帰ってきた。
「宮橋君おかえり」
「おう。さっき、調理の進捗も確認してきた」
「どうだった?」
「今のところ順調だって長内が言ってたよ。成川がホットケーキ真っ黒にしたりべちゃべちゃにしてたけど、まあ長内いるからなんとかなると思う」
 本当だろうか?でも、それを聞いて成川がつまずくのは大体予想できたけど、それ以上になんだか長内の料理してる姿を想像したら新鮮な気がした。
「それよりさ吹奏楽部の演奏を見に行かね?」
 宮橋がそう言って僕らは明島と吹奏楽部3人が練習する音楽室に行くことにした。
 音楽室に近づくと素人の僕らにとっては完成された音色が聞こえてくる。作曲者は誰だか覚えてないけど聞いたことがあるような曲だ。
 僕らが音楽室に入るとピアノを弾いている明島が僕らに気づいた。
 明島がピアノを弾く手を止めると他の3人も楽器から視線をあげて僕らのことに気がついた。人が入ってきても気づかないくらい没頭していたのだろうか。
「ちょっと休憩にしましょ」
 明島がそう言うと3人は頷いた。
「こっちは順調か?」
 宮橋は明島に向かって話していたが、眼鏡をかけた文学青年のような飯田光雄が明島の代わりに答えた。
「もちろん順調さ。なんたって吹奏楽部部長候補であるこの僕がいるんだからね。準備に抜かりはないさ」
「そっか。すごいね」
 彼の熱意に押された僕はつい、棒読みしたような感想を言っていた。
 新しいクラスになって明島が自己紹介している時に僕の後ろの席から「美しい」とこぼれ落ちたように言っていたのは飯田だったことを僕は知っている。だから、飯田が明島の前でここぞとばかりにいい格好をしようとしていることも知っている。
 明島が苦笑いを浮かべていたが改めて宮橋に返答した。
「飯田君が言ったようにこっちは準備万端だよ。あまり時間がなかったから吹奏楽部で練習中の曲をメインにレパートリーを組んでるの」
 さっきの演奏を少し聴いていた僕らはこの練習期間にここまでの完成度に仕上げられる吹奏楽部とその吹奏楽部に引けを取らない明島の腕前に驚いた。
「君たち一曲聴いていったらどうだい?」 
 自信満々の表情を見せる飯田に僕らも廊下で聴いていた音色をまた聴きたいとお願いして一曲聴かせてもらうことになった。

 4人が楽器を構え、これから行う演奏を楽しむように皆、表情が柔らかい。
 明島が合図を出すと軽快なドラムソロから始まって、サックスとトランペットが躍動感のあるリズムを繰り出した。僕は彼らが奏でる堂々たる音楽にじわっと身体中に鳥肌が立った。
 この曲は演奏前に明島が言っていたルイ・プルマの「Sing・Sing・Sing」という曲らしい。正直、僕は曲名は初めて聞いたけど曲自体は聴いたことがある。 

 彼らの演奏を終え、教室に心地よく音が響き渡る。
「どうだい?」
 飯田は絵に描いたようなドヤ顔で感想を求めてきた。でも、そのドヤ顔をするに値するぐらいの素晴らしい演奏だった。
「みんなすごいね。本当にすごいよ。鳥肌たった」
 沸き上がる気持ちを全く言葉で表現できなかった。自分のボキャブラリーのなさが悔やまれる。
「ありがとう。樹。練習した甲斐あったよ」
「当然ですよ明島さん、僕ら吹奏楽部と明島さんがタッグを組めば演奏できない曲はありません!」
 飯田が胸を張って言っていたが、2名の吹奏楽部のメンバーはあきれたように苦笑いしている。きっと、飯田はずっとこの調子なんだろう。
 明島も飯田に圧倒されて苦笑いしていた。
「2人とも他の班の進みは見てきたの?」
「他も順調。この調子でいけば本番までには間に合うよ。成川がホットケーキ真っ黒にしてヘコんでたけどね」
 宮橋がそう言うと4人は吹き出したように笑っていた。
「理奈大丈夫かな」 
「まあ長内いるからなんとかなるだろ。この班はこの後どうするの?」
「まだ修正したいところがあるから私たちはもう少し練習してから帰るよ」
「そっか。無理しないでくれよ」
「大丈夫」
 そう言った明島の顔つきは本当に大丈夫だと思わせてくれるような表情だった。倒れる前とはまるで顔つきが違う。

 4人と別れた後、宮橋は「サッカー部の演劇の練習に行ってくるからあとはよろしく」と言って練習に向かったので、僕は1人教室に戻った。

「天野、やっと見つけた。文化祭実行委員の人が探してたよ。5組のリーダーが会議にまだ来てないって」
 会議?クラスの人から言われて一瞬なんのことかわからなかったが、今日の放課後会議があることをすっかり忘れていた。宮橋は忙しいから僕が1人で参加する予定だったんだ。
「ごめん。忘れてた」
 なぜか顔に絵の具がついている柿原が僕の方へやってきて肩を叩いた。
「頑張れよ天野リーダー」
 いじっているのか応援しているのか曖昧だったけど柿原だったら両方な気がした。
 僕が苦笑いしながら頷くとクラスの何人かが「頑張れよ」という声が背中から聞こえた。

 彼らは僕がリーダーだからこの状況に応じただけでそう言ったのかもしれない、それか僕のことをリーダーだと認めてくれたからそう言ったのだろうか?よくわからないが、その言葉を聞いてなんだか背中を押されるような感じがした。
・・・・・・・
【文化祭前日の放課後】
 
 授業に文化祭準備と忙殺されるような日々が続きとうとう文化祭前日を迎えた。
 2日前に進捗を確認した通りに順調に進み、ジャズバー風のカフェの完成度は当初想像したよりも高く、無事に当日までに間に合った。と言っても僕が貢献したところはほんの少しなんだと思うけど。
 
 準備を終え教室にいる生徒は僕以外全員帰宅して僕が教室に残って文化祭実行委員に提出する書類を書いている時だった。
「ようリーダー残業かい?」
 サッカー部の出し物の練習を終えた宮橋が陽気にそう言って教室に入ってきた。大場、明島も一緒らしい。
 でも、最初に目についたのは大場が持っていた初めて見る看板だった。
「うん。書類今日出さないといけないから。大場君それ…」
 そう言いかけると大場は白い歯を見せて苦笑いしていた。
「さっきようやく烏丸さんから解放されたんだ。終わったから教室持ってけって」
 どうやら大場は烏丸さんに残業を強いられていたらしい。
 大場が持っているその看板は楽器を持った悪魔のような生物たちが音符の波の上で躍動感あふれる演奏をしている絵だった。僕らが話し合った時はシルエットで演奏者を描いて「JazzCafe」と文字を入れるというシンプルなデザインを考案していたんだけど、僕の予想とは全く違う形である意味数段上の完成度になっていた。むしろ、こっちの方がインパクトもあるし良いのかもしれないとさえ思ったぐらいだ。やはり、芸術に疎い人間が烏丸さんに指示を出すべきではなかったのだろう。

 一応、大場にどうしてその絵になったのか聞いてみたところ、予想通りの返答だった。
「初めは予定通り描いてたんだけど、これじゃつまらないって烏丸さんが言って描き直してたらこうなった」
「そっか、さすが烏丸さんだね」
 僕は大場の疲れ切った顔を見て苦笑いした。
「そういえば成川さんは?」
 そう言った直後、廊下からバタバタと走る音が聞こえた。
「やっと終わったよ。え!なにその絵やっば!」
「成川さんお疲れ様」
「成川、ちゃんと料理できるようになったか?」
「バッチリだから。長内君が全部教えてくれたし、これくれたから」
 そう言って成川はバッグから紙の束を自慢げに見せつけた。
「理奈これなに?」
「長内君が全メニューの作り方をまとめてくれたの。これのおかげで私1人でもできるようになったよ」
 明島が見てみたいと言って見せてもらったら、そこには調理手順が各ステップごとに分けられていて懇切丁寧に料理方法が記述されていた。
 それを見た宮橋も「長内もよくやるな。やっぱり長内がいればなんとかなるんだな」と腕を組み頷いている。

 4人が駄弁っている間に僕はせっせと書類を仕上げて文化祭実行委員長の元へ届けにいってきた。
「みんなごめんね待たせて」
「いいっていいってリーダー。じゃあ帰るか」
 そう言って僕らは5人で駅まで歩いた。
 倉西駅に来て宮橋が「明日は楽しもうぜ」と言って拳を突き合わせて解散した。恥ずかしかったので僕は周りの目を確認しながらだったけど。

 駅から家に向かう足取りはなんだか軽く、いつもより歩いた時間は短く感じた。
「ただいま」
「樹、遅かったね。今日も文化祭の準備?」
「そんなとこ」
「おかず残してあるから自分で温めて食べてね」
「わかった」
 母親には僕が文化祭でクラスリーダーをやっていることをまだ言っていない。いや、言っていないというより恥ずかしいから言えないの方が正しい表現だろう。

 自室に入って体の中にある空気を全て吐き出すように息を吐いた後、ネクタイとメガネを取って壁にもたれかかった。
 自分の部屋が未だに最も落ち着く空間だ。
 文化祭の準備が始まってから本当に変化の連続だった。激流の川に入って無抵抗のまま川下まで流されていくように1日が過ぎていったようだった。だから、その分毎日こうやって自室に入っては疲労感を感じていた。でも、リーダーを任されて4日経つけど1日1日が今まで経験したことないことだらけだった。まるで、全く違う世界をみているような感覚だ。多分それは今まで話したことない人と接したり、一日中誰かと活動していたりと人との関わりを拒絶してきた僕が急に関わりが増えたことかもしれない。
 だから、家に帰るとその分疲れがどっと出て体が重い。でも、最近感じるようになったこの気持ちはなんだろうか?疲れているんだけど疲れていないような…筆舌に尽くしがたい気分だった。それは、今までに感じたことのないような感覚だ。
 でも、照れ臭くて4人の前では言えなかったけど、なんだか今年の文化祭は楽しめそうな気がする。


・・・・・・
「あれ?天野じゃね?」
「本当だ倉西の制服着てんじゃん。あいつ高校に進学できてたんだな」
「てか、周りにいるの誰?もしかして友達?」
「あいつに友達なんていんの?」
「倉西って言えば今週文化祭だったよな」
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