ホンモノの自分へ

真冬

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第18話「やるしかない」

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 バタンと大きな音が聞こえ明島が倒れた。
 その大きな音に反応した成川始め、女性陣がすぐに駆け寄る。
「舞香!大丈夫?舞香!」
 成川が心配そうに明島の肩を揺すっている。
「保健室へ」そういって女子が明島をおぶった。
 突然目の前で起こった出来事に慌てふためく成川は心配そうにして後ろからついていった。
 成川含めて女性3人で明島を保健室に連れていき、突然の出来事に教室にはしばらくの沈黙が続いた。

 今の出来事に教室が静まり返る中で宮橋が俯いて拳を強く握っていた。
「明島に仕事押し付けた俺の責任だ。もっと早く、あいつを助けてやればよかった」
「良太もやらなきゃ行けないことがあったんだから自分を責める必要はないよ」
 大場が宮橋の肩をたたき、自責の念に駆られる宮橋を心配して慰める。

 すると、生徒会副会長の長内が僕らのところへやってきた。
「宮橋、明島が復帰するまでの代理としてもう1人クラスリーダーを今決めよう。本来はクラスリーダーは学級委員がやることになってるが、今回は状況が状況だ」
 長内の冷静な判断に宮橋もそうせざるを得ないと頷いて納得したようだった。
 宮橋は教壇に登り一度全体を見渡してから言った。
「みんな、明島がいなくなって寂しいけど、明島が戻って来るまで俺らでできる限り準備を進めようぜ」
 クラスの全員の視線が前で話す宮橋に集まる。
「明島にはもう無理はさせたくない。復帰したとしてもこれ以上リーダーをやらせるわけにはいかない。だから、代わりのリーダーは文化祭が終わるまでやってもらうことになるんだけど誰かやりたい奴はいるか?」
 周囲からは当然といえば当然だろう、生徒会副会長の長内がやるべきだという声が上がっていた。
 しかし、長内は文化祭のクラスリーダーになることはできないらしい。
「生徒会は文化祭実行委員を取りまとめる立場にある。だから、裏でサポートはできるが正式にクラスリーダーになることはできないんだ」
 今のメンバーで最も有力な人材が代理を務めることができないという事実を知り、周囲も誰にすべきか意見が飛び交う。
 文化祭のクラスリーダーとは文化祭の期間だけではあるが生徒会や文化祭実行委員との会議で放課後に残ったり、人前に出て話したり、クラスメンバーに指示を出したりと責任もあり、自分の時間も削られる。そのため、あまりやりたがる人はいない。長内がクラスリーダーにできないとなって、やりたがる人もおらず議論は進まないまま時間ばかりが経過していた。
 その中で1人が手を挙げた。
「お、林やるか?」
 宮橋がそう言うと、手を挙げた林は口角を少し上げてから言った。
「僕は天野君を推薦します」
「樹を?」
 宮橋は以前のこともあり、林を何か疑っているような口調でそう質問した。
「はい。天野君は宮橋君や明島さんと普段から仲がいいので業務内でもうまく連携が取れるはずです。さらに、この前生徒会室に呼び出された件もどうやら天野君が人助けしたことで生徒会と意見のすれ違いがあったとのことですが、そういった行為を主体的にできる人です。そういう人がリーダーをやるべきではないでしょうか?」
 林の発言の意図は適切なリーダーを決めるよりも僕にリーダーを押し付けて恥をかかせたいとでも考えているのだろう。
 周りが痺れを切らしつつあるこの雰囲気での発言、そして事実に基づいた内容にまるで林が図ったかのようなタイミングだった。
 みんな文化祭に対してやる気がないわけじゃない。むしろ、準備している姿から楽しみにしているんだろうということが伝わってくる。しかし、リーダーという役職はやりたい人の方が少ない。むしろ、避けたいと思う人の方が多いだろう。
 うちのクラスでもリーダーという認識はそのようだった。林の意見にも説得力があり周囲の人間も僕がリーダーをやるようなキャラクターではないことを知っているにもかかわらず、まるで押し付けるように肯定的な意見があちらこちらで聞こえる。
「樹。僕が代わろうか?」
 気を使った大場が後ろから声をかけてくる。
「大場君大丈夫だよ。僕やるから」
 こう言うしかない。場の雰囲気からもやりたくないとは言える空気感ではなかった。
 大場は僕が変わると言い出すと思っていたようで面食らった表情をしている。
「お!樹やるか!」
 宮橋のその発言には林を見返してやろうぜという意味も含まれているように感じた。
 誰かに何かを見返すつもりは僕にはないけどやりたくないと言った場合のリスクを考えて、ただ断れないだけだったけど。
「わかった。天野君、前に出て一言意気込みを言ってくれるか」
 そう長内が言って僕は前に出て教室内を一度見渡した。
 こちらに向けられる多くの視線。徐々に心臓の鼓動が早まる。まだ大勢からの視線を感じると向かい風に吹かれているような圧と無数の目が僕を取り囲んでいるような恐怖が襲ってくる。一人一人の表情からきっと僕になんて一切期待してないだろう。自分でやるとは言ったものの自分にふさわしくない役職に就いてしまった後悔の念は捨てきれずにいた。
「明島さんの代わりにリーダーになりました天野です。精一杯頑張ります。よろしくお願いします」
 周りからは拍手があった。その拍手は彼らがリーダーにならなくて安堵した拍手なのか、僕に期待する拍手なのかはわからない。これでもう後戻りはできなくなった。
 それに、意気込みといってもなんとも中身のない意気込みを語ったと我ながらにして思う。
 こうして、僕は頼りないながらも文化祭のクラスリーダーという生まれて初めてリーダーという存在になった。というか、押し付けられたような形だったけど。
 
 クラスリーダーも決まりクラスもひと段落して作業を再開していた。
 クラス内でも自主的に作業を始めて元の状態を取り戻したことを確認して、僕らクラスリーダーは明島の容体を見に行こうということで宮橋と保健室に向かっていた。
 保健室に向かう途中に明島を保健室におぶっていった成川たちが保健室から帰ってくる途中廊下で出会った。
「成川、明島の容体はどうだ?」
 宮橋が心配そうに言う。
「今はぐっすり眠ってるよ。ほんとにぐっすり。もう何日も寝てなかったんじゃないかと思うぐらい。あ、でも私達がおしゃべりしてたからもしかしたらうるさくて起きてるかもしれない」
「2人も保健室いくの?」
 もう1人の女子がそう言った。
「そうだよ。明島の代理で樹がクラスリーダーになったんだ。だから、その報告も含めて2人で明島のところへ行ってくる」
「え?樹が!?やるじゃん!」
 成川は僕の肩をバシバシと叩いて「成長したねぇ、ぼくー」と僕は小学生のような扱いを受けた。  
「とりま、がんば!樹」
 成川がいつも通りの陽気さだった。
 すると、後方から大きな声が聞こえた。
「宮橋!探したぞ」
 そう言ったのは担任の福原だった。普段はノソノソと歩くくせに演技だったのかと思わせるような早歩きで宮橋の方に近づいてきて言った。
「6限終わったらサッカー部で集まるって言ってただろ。来ないからサボりかと思ったぜ」
「やべぇ忘れてた」
「樹、悪い先行っててくれるか、こっちが落ち着いたら明島のとこ行くわ」
 そう言って宮橋と福原は駆け足でサッカー部の集まりに行ってしまった。
 ちなみに、教師が平然と廊下を走っているが余計なことは気にしないようにした。

 僕は成川たちと別れ保健室に入る。
 初めて保健室に入るから恐る恐るドアを開けてみるものの、どうやら保健の先生はいないらしい。ドアを開ける音だけが聞こえシーンと静まり返った保健室にはまるで人気がなかった。
 保健室にはベッドが三つあり、そのうちの一つはカーテンが閉められていた。あそこに明島がいるのだろう。
 もし眠っているのが男性だったら特に注意せずにカーテンを開けていたかもしれない。布一枚を隔てた向こう側の状態が全くわからずあらゆる状況を想定して、念の為カーテンを開ける前に一声をかけた。
「天野です。明島さん入るよ」
 返事はなかった。
 返事がない場合はどう対処したら良いのだろうか。今から教室に引き返して明島の容態を聞かれてカーテンの前で立ち止まってたなんて言えないし…。
 こういう時に宮橋だったらどうするのだろうと考えてしまう。彼だったらきっとに気を使わずにカーテンを開けたのだろうか?それとも、「開けるぜ」と軽く一言を言った後に何も気にせず開けていたのだろうか。少なくともカーテンの前で立ち止まって帰ることはないだろう。
 動作としては簡単なことなのに質量としては軽いはずのカーテンが僕にとってはなにか重々しい物体のように感じる。
 こういう時にどういう行動が正しいのかわからず、同じ年数を生きてきたはずの僕と宮橋の人生経験の差をここで改めて痛感したような気がする。
 たかが、カーテンを開ける開けないだけのことに自分の中でさまざまな思考が頭をよぎってきたが、なんだかこんなことを考え続けるのもなんだかくだらなくなってきた。
 一つ息を吐いてからカーテンを開けてみると明島が寝ていた。そういえばさっき成川がぐっすり寝てるって言ってたのを思い出した。数分前に聞いたことなのに、一体僕は何をしてるのだろうか。一応、起きてるかもと言ってたから僅かな可能性に賭けてみたけど。
 ベッドで横になる明島は静かな寝息を立て、まるで人形のように眠っている。布団に皺がほとんどついてないことから保健室のベットに入ってずっとこのままの姿勢なのだろう。
 前に来た女子3人が座っていたのだろうか、椅子が三脚あったので余計に頭を使って疲れた僕はそのうちの一脚に腰掛けてしばらく思案した。

 起きたらどんな会話をすれば良いのだろうか?体調を聞いて僕が代理でリーダーになったことを伝えればそれでいいだろうか。でも、それだけだと素っ気ないような気がする。こういう場面ではなにか気の利いたことを言うのが違和感の無い対応なのかもしれない。というか、そもそも、今、目が覚めて目の前に僕が座っていたら驚いてしまうのではないか?もし、自分が逆の立場だったら僕は不快に感じるだろう。
 また、1人で余計な議論していることに気がつき考えていたことを振り払って目の前にある白い毛布を見つめていた。
 何か既視感を感じる。小学生の時だ。翔太のお見舞いに毎日病院に行ったことを思い出した。翔太が入院していた2ヶ月間毎日病院に行っていたからよく覚えている。病院にあるベットと保健室のベットが似ていて思い出したんだ。
 白いベットで寝ている姿を横から見つめているこの光景はあの時を思い出す。明島は命に別状があるわけではないけど、白い布団を見ていると「死」というものがすぐそこにあるように感じる。そのせいか、自分の鼓動が少しずつ速くなっていくのを感じた。
 その時だった。
「あれ、樹君」
 静かに眠りについていた明島が目を覚ました。

 
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