ホンモノの自分へ

真冬

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第14話「過去との対話」

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「おーい。君たち何やってるんだ?」

 男性の声でそう聞こえた。警察だろうか?
 よく考えれば見ず知らずの子供を暗くなるまで連れていれば声をかけられて当然だろう。
 僕は職務質問される覚悟で声のする方向を振り返った。

「ここで何やってんだよ、樹」
 そう言いながら自転車に乗った宮橋は土手から僕のことを見下ろしていた。
「なんだ宮橋君か」
 僕は警察じゃなくて安堵して胸を撫で下ろした。
 部活終わりの宮橋はスパイクケースを片手にぶら下げ、さっき僕が一歩ずつゆっくりと足場を確かめながら降りてきた斜面を軽快に駆け下りて僕の方へ来た。 
「よく僕だって分かったね」
「いつも一緒にいるんだからすぐわかるさ」
「宮橋君は部活?」
「そう、帰りにここ通ったら少年と樹らしき人物がいたから声かけたんだよ。で、こんなとこで何やってんの?」
「そっか。たまたま公園で会った子が母親の誕生日に書いた手紙を失くしたみたいで一緒に探してたんだ」
「たまたま会ったってあの子と今日初めて会ったのか?」
 宮橋は一度祐正の方を見てから僕に視線を戻して目を丸くした。
「そうだけど‥」
「樹にそんなコミュ力あったんだんな」
 言われてみれば祐正は初対面だった事を思い出した。同じ目的を達成するために行動していたからあまり気にしてなかったし、僕がやると言ってしまった手前後に引けなかったというのもあるからかもしれない。
「わかった。俺も協力するよ」
 僕の説明を聞いてすぐ宮橋はそう言った。
「自転車でここに来る時、そこの木に白いのが引っかかってるのが見えたからちょっと見てみないか?」
 宮橋がそう言って指差した木は街頭で照らされていて、木全体の姿を目視で確認できるほどだった。僕は草むらばかり探していて木の上は全く捜索していなかっため宮橋の目撃情報に期待を寄せる。
 木の捜索をする前に僕と宮橋は土手を上り、休んでいる祐正のところへ行った。
 祐正に宮橋のことを紹介して協力してくれると言ったところ、仲間が増えたからか喜んでいるようだったし、宮橋のコミュ力の高さからすでに打ち解けているように感じた。

「ダメだ。俺でも届かないな」
「祐正。お兄ちゃんが肩車するから取ってくれないか?」
 祐正は喜んで首を縦に振っていた。
「どう?取れそう?」
 祐正が苦戦しているように見えたので僕は心配して声をかけた。
「あ!あったー!これだよ」
 どうやらようやく見つかったらしい。
「祐正、見つかって良かったね」
 僕が祐正と同じ目線にしゃがみ微笑むと祐正は「うん」と首を縦に振り、柔らかそうな頬に小さなえくぼを見せて弾けるような笑顔を返した。
 捜索に夢中で気がつかなかったが、さっきまで薄明るかった空はもう真っ暗になっていて、街頭がなければ安全に進むことはできないくらい何も見えないようになっていた。

「樹、もう真っ暗だし祐正、家まで送っていかないか?」
 僕も宮橋と同じ意見だったので送って行くことにした。夜遅くまで連れ出したのは僕の責任だから家まで無事に送り届けるのが当然だろう。

 祐正の家は僕らが捜索していた河川敷から徒歩20分ほど歩いて到着した。
 相当心配していたのだろう、玄関を開けて飛んでくるように祐正の母親が出てきて祐正を抱きしめた。
「もう、こんな遅くまでどこ行ってたのよ」
「お母さんごめんなさい。でも、どうしてもこれ渡したくて…。一度無くしちゃったんだけど、お兄ちゃん達と探してたんだ」
 手紙を受け取った母親は自分の誕生日のために書かれたものだと知って、込み上げる涙を抑えてるようだった。
 すると母親が僕たちの存在に気がついて、僕らは慌てて自分たちの名前と学校名を名乗って身分を明かし、不信感を抱かれないように尽くした。
 僕らもそんなに意気込む必要はなかったらしく、母親は「祐正がご迷惑おかけしました」と言って何度も頭を下げていた。
「こちらこそ。心配かけてしまってすいません」
 僕は遅くまで小学生を連れ出してしまったことをお詫びした。お互いお詫びし合うような形になり「では、僕たちはこれで」と言って踵を返そうとした時、祐正の母親は半分迷いがあるような声で話しかけてきた。
「あの、お礼と言ってはなんなんですけど、もう遅いですし、よろしければうちでご飯食べて行きませんか?」
「いえいえ、せっかくお母さんの誕生日なのに僕らが邪魔しちゃ悪いですよ。僕は何もしてないですし」
 宮橋が丁重に断ろうとしていたし、僕もそこまでしてもらうつもりはなかった。
「いいじゃん!食べてこうよ!」
「でも、祐正‥」
 宮橋が祐正にも断りを入れようとしたときだった。

 グゥ~

「あ、ごめん宮橋君。ずっと動いてたから…」
「体は正直だな」
「決まりだね」
 嬉しそうに僕の制服のズボンを引っ張る祐正に連れられて僕らは森田家にお邪魔することになった。

「おじゃましまーす」
 今日、会ったばかりの人の家に上がり込むのはなんだか緊張するが、宮橋はどうやらそんなことは思っていない様子だ。
 泥だらけの僕をみた祐正の母親は早急に風呂を沸かしてくれて、初めてお邪魔したのにも関わらずお風呂までいただくことになった。
 しばらくして僕が風呂を出てからリビングに行くと、宮橋と祐正はすでに仲良くなって2人でテレビゲームをしていた。
 テーブルにはまだきれいなお皿が並べられていて一口も手をつけず母親は祐正のことをずっと待っていたことが伺えた。祐正の母親はまた料理を温め直してくれて、4人で夕食をいただくこととなった。

 祐正は元気を取り戻したのだろうか、母親に今日起こった出来事を楽しげに話している。そして、それを聞いている母親はなんだか目が潤んでいるように見える。
 何か思うことがあるのだろうか?その答えはなんとなく想像ができている。

 よく考えてみれば学校以外で宮橋と食事するのはあのファミレス以来な気がする。
 もし、翔太が生きていたらこうやって宮橋と3人で食事をすることができたのだろうか?隣で祐正と話している宮橋を眺めてそんなことを僕は考えていた。

 夜10時を過ぎ、さっきまで元気だった祐正も流石に疲れ果てたのか、力尽きたようにリビングのソファで寝息を立てている。
 母親が祐正を静かに抱えて二階の寝室に連れて行き、僕らもご飯もお風呂も頂いてぼーっと見ているのも悪いような気がしたのでなにかしなければと思い、祐正のパジャマを持っていき僕らも寝室に向かった。しばらくして母親が祐正の着替えを終え気持ちよさそうに寝ている祐正の寝顔を見つめて柔らかく微笑んでいる。
 僕らは寝室からリビングに移った。寝ている事を確認した母親はそれでも祐正に聞こえないように僕らに聞こえる範囲内で声量を落として話しを始めた。
「実は祐正。学校で嫌がらせを受けているんです」
 その言葉を聞いた瞬間、祐正に会った時に感じた嫌な予感が的中していたことを改めて自覚した。
「私も学校に何度も抗議に行ってるんですけど、結局解決しなくて、祐正は痣を作って帰ってくることもあるんです」
 母親からはやるせない気持ちが伝わってきてまるで自分が小学生の時の話を聞いているようだった。
「だから、祐正がこんなに楽しそうに話してくれるなんて…嬉しくて…」
 そう言って母親の瞳から涙が流れていた。
「いつもは嫌がらせを受けていることを私に気づかれないようにしているんですが、今日の祐正はすごく楽しそうで…。本当にありがとうございました」
 やはり、小学生がつく嘘は大人にとっては容易に見破ることができるのだろう。息子の真実を読み通している母親からはそういった雰囲気を感じた。
 祐正の母を励ますために僕らのようなその日出会って親切な家族に招かれただけの人間が同情することはなんだか軽々しく思えた。ただ気持ちは痛いほどわかるけど。
 いじめは学校に依存して解決できる問題ではない。いじめを受けていた人間からはわかる。  
 たった1人でもいい。100%信頼できる人間がいればそれが唯一の救いになると言うことを。
 でも、その信頼できる人間は僕らではない。祐正が自分の意思で見つけなくてはいけないんだ。
 今日知り合ったばかりの僕らができることなんてほんの少しでしかない…。

 僕らは夕食を振舞ってくれた母親にお礼を言って森田家を出て帰路についた。
 しばらく2人で沈黙が続いて、かりかりと宮橋の自転車を押す音と僕らの革靴と地面が擦れる音が静まり返った夜にリズムよく聞こえる。夜になってもこの時間の外の気温はあまり寒くなく、衣替えをしてブレザーがなくても心地よい気温になっていることに夏の訪れを感じる。そのせいか、この季節はいつもより夜空が綺麗に見えて僕は燦然と輝く星々を見つめいた。
 思考が漏れ出したように宮橋が呟いて沈黙を破った。
「俺はあそこまでできないかもな」
 僕は空から宮橋へ視線を移した。
「なんのこと?」思わず聞き返した。
「初対面の小学生に俺はあそこまでできなかったかもな」
 そうなのだろうか。宮橋だったらどこまでもやりそうな気がしていたけど。
 宮橋はしばらく考えた込み何かを飲み込むような動作をして交差点の手前で立ち止まった。
「なんかすげえな樹って。見直したわ」
「え?」
「いや、なんでもない。お前そっちだろ。じゃあな」
 そう言うと宮橋は勢いよく自転車を走らせ夜の闇の中へと消えていった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 自宅に帰り、自室に入る。そして、今日起こった出来事を想起した。
 すると祐正のことを思い起こしたからだろうか、翔太が亡くなった後の小学生の頃の自分を思い出す。
 あの突き刺さるような冷たい目線。まるで、争うことのできない大きな壁の前に立たされているような無力感。

 しばらくすると、僕の目の前で小学生の頃の僕が大西と安田に抵抗できないように腕を掴まれ井上に殴られていた。
「清々した」と言わんばかりに3人は立ち去り僕の視界から消えていった。
 痛みを堪えているのか小学生の僕は座り込み俯いている。
 しばらくして彼がこちらを向いた。まるで、僕の存在を気づいたように。

 すると、彼は僕に言った。
「見てたの?」
「見てたよ。痛そうだったね」
「他人事みたいに言って。同じ自分だろ」
 小学生の僕は不貞腐れて強がっていたが、彼の瞳からは涙が落ちていた。
 彼は膝を抱え俯き独り言のように絞り出したように呟いた。
「もう疲れたよ。ずっと1人でいたい」
 しばらく前の自分も全く同じことを考えていた。誰とも関わりたくない。人と関わるから問題が起こる。痛い思いをする。辛い思いをする。恐怖を感じる。だから、人を避ける。でも、今はそんな自分が少しずつ変わろうとしている気がする。
「君はこれから1人になるよ。不器用な生き方しかできない僕なりに1人になろうとするんだ。しばらくの間はね…」
 偉そうだとは思ったけど人生の先輩である僕から出来得る限りの助言することにした。
「しばらく?」
 小学生の僕は顔を上げ聞き返してきた。
「また、翔太みたく強引に扉をこじ開けようとしてくる人がいるんだよ」
  それを聞いた小学生の僕は少し不安そうな顔をしていた。
「ねぇ、一つ聞いていい?」
「いいよ」

「今、幸せ?」

「どうかな…はっきりとは答えられないな。まだ、人が怖いし、あまり話せない。特に人前に立った時の視線が怖い」
「やっぱり1人の方が幸せなんじゃないの?」
「そうかもしれないね。でも、彼らと出会って僕の中で何か動き出してる気がするんだ。それが何なのかはまだよくわかんないし、自分がどうしたいのかもよくわからない」
「はっきりしない答えだね」
 明確な答えが欲しかったのだろう。小学生の僕は少し不満な表情をしていた。
「でも、1つ大きな変化があったかな」
「なに?」
「初めて人を殴ったんだ」
 小学生の僕は予想していなかった答えだったのだろう、「へぇ」と驚いている様子だった。
「井上みたいな奴らにやりかえしたの?」
「いや、僕と真剣に向き合ってくれた人だよ。あんなに感情が表に出たのは小学生以来かもしれないね」
「なんで、殴ったの?」
「僕の内側に入ろうとしてきたから怖かったんだ。過去の僕やメガネのことも知ってたし…」
 僕は自分の拳を見つめた。
「でも、今まで殴られ続けてきたから知らなかったな。人を殴るって心も体もこんなに痛いんだって」
 小学生の僕はしばらく何か考えているようだった。
「その殴ったやつを内側に入れることはできる?」
「どうかな。まだ、わからない…」
「また、はっきりしない答えだね」
 小学生の僕はまた不満そうな表情をしている。でも、こちらを見つめる僅かな光を宿した瞳から涙はすっかり消えていた。



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