ホンモノの自分へ

真冬

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第5話「予想外の出来事」

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 僕は彼らのやりとりを聞いていて内心辟易していた。
 隣の4人で行われる会話に呆れた僕はトイレに行くため席を離れようとした時、宮橋が僕に話しかけてきた。
「天野君は社会終わってる?」
 左斜め前に座る宮橋は全ての可能性を賭けるような目でこちらを見ていた。
 完全に自分は無関係だと思った僕はそう聞かれた途端驚いた。
 その瞬間、僕は当然疑問に思った。
 なぜ僕に頼むんだ?と。
 今まで彼らのやり取りの一切参加せずただ近くにいただけだし僕以外にも席の近くには話しかけやすそうな雰囲気の人がいる。関わりたいなら彼らにすればいい。
 でも、ここで断っておいて後で提出していたら嘘がバレる。そっちの方が問題になるだろう。だから、ここは正直に答えた。
「うん。終わってるよ」
 余計なことに巻き込まれたと思いながら、彼らの次の発言に注意して恐る恐る答えたが宮橋を見てみると机にめり込むように僕に頭を下げていた。
「本当にごめん。お願いします!ほら、お前も頭下げろ」と柿原のワックスでセットされた空気感のある頭を押しつぶすように掴み無理やりお辞儀させていた。
 そして、僕の右斜め前に座る大場もいつの間にか4人に紛れて「ごめん!僕も」と手を合わせ僕に頭を下げる。
 何をどう頼まれても僕の個人的な被害を最小限に抑える選択と言葉を選ぶ僕はいつも通りにその指針に従った。
「僕、職員室に用があるからここ置いておくね。自由にみていいよ」
 群がられると厄介なので長期離席できそうな嘘をついて僕は課題を見せることにした。

 昼休みが明ける頃を見計らって僕は教室に戻ってみると5人は課題を終えたのか安堵した様子で談笑している。
 話してる様子を見てみると宮橋、明島、成川、柿原に加えて大場も昼休みの様子とは打って変わって集団にかなり溶け込んでいるようだった。
 僕が教室に入ったことを見つけた宮橋が5人を代表して「本当にありがとうございました」とまるで僕が命の恩人であるかのように深々と頭を下げた。

 昼休み明けのチャイムが鳴り、当たり前のように10分遅刻して眠そうな顔をした福原が現れて課題提出をした後、トドメを指すような一言を言った。
「はいじゃあみんな仲良くなったところで。課題テストはじめまーす」
 当然柿原は食いついた。
「は?聞いてないんだけど?」
「いや、言ってないけど」
 逆ギレとも取れる福原はと全く表情を変えることなくそう言った。
「逆ギレされたんだけど…」
 昼休み中、僕の課題を移してギリギリで課題を終えて安堵していた柿原は肩を落とした。

 課題テストは散々な結果だったのだろう、テストを終えて放課後になり、どうしても諦めきれないと点数交渉に行った柿原を除いた宮橋、成川、大場の3人が僕の後ろの席の明島を囲んでテストの出来について話し合っている。
「どうしよう本当に0点かも」
「なんか成川さんは本当にありそうだね」
すると、成川は何か決意したように拳を突き上げた。
「私、今日から毎日勉強する!!」
(みき~これからパンケーキ食べ行かない?)
 廊下から聞こえた話し声に成川が反応する。
「パンケーキ!?」
 グゥ~
「あっ」
 言葉は嘘をついても体は正直だったのか、開き直ったようだった。
「ねぇみんなでパンケーキ食べ行かない?」
「おい勉強はどうしたんだ」
「今日は休息!明日から本気出す!!」
「成川さん、それやらない人が言うセリフだよ」と明島が正論でツッコんでいた。
 彼らのやりとりを聞き流し、僕は帰り支度をしてる時だった。
 宮橋が唐突に言った。
「天野君も行こうよ。社会のお礼させてくれよ」
 一瞬、聞き間違えかと思った。というか、そう思い込みたかった。
「えぇ私も奢ってよぉ」
「お前はむしろ俺らに奢る側だろ」

 お礼をしようというなら放っておいてもらえる方がありがたい、なので僕は当然断るつもりだ。こういう状況で断ることにはもう慣れている。
「ごめんね。僕これからまた職員室行かないといけないんだ」
 今までやってきたように笑顔を作りながら、また嘘をついた。余計な関わりを持ちたくない。断る理由はただそれだけだった。

「そっか。今日は課題ありがとな」
 僕が職員室に行く理由を詮索することなく宮橋は爽やかな笑顔を見せた。
 僕は彼らに挨拶をして荷物をまとめ教室を出た。


「じゃあ、俺らも行くか。どこの店がいい?」
「駅の近くに新しくオープンしたところがあるよ」
「行きたい!行きたい!」


 僕は一応職員室に行くふりをするために、職員室に向かって歩き出し、職員室近くのトイレの個室に入った。
 個室の壁にもたれかかりメガネを外し、制服のネクタイを緩め、張り詰めていたものが解けるように静かに息を吐いた。
 帰り道に彼らに会うと面倒だ。学校を出て、いなくなるまでしばらく待とう。

 しばらく待っている間、呆然と向かい側の壁を見つめ、自己紹介するときに感じた視線を想起して思案した。

 1年生の頃のように何事もなく過ぎればいいのに…。

 と今日のような出来事が続かないことを祈っていた。


 頃合いを見て僕は個室から出て下駄箱付近に誰もいないことを確認して、靴を履き学校を出た。
 僕は徒歩通学なので電車のホームで学校の奴にばったり会って家の最寄り駅まで同じ車内という気まずい空間を過ごすことはないし、電車の時間を気にしながら帰ることはないため、帰り道には学校の奴に会わないように気をつければ良い。

 僕が通う倉西高校は倉西駅西口にあり、僕が住んでいるマンションは倉西駅の東口にある。
 倉西駅の西口は飲食店やカラオケやファッションショップやデパートなどが立ち並び駅の周辺でいえば県内で最も栄えているため倉西高校の生徒や近くの高校の生徒がよく寄り道している。
 一方、東口は少し歩けば住宅街なのでここまで来れば倉西高校の生徒に会うことはほとんどない安全地帯だ。
 なので、誰かに会う可能性がるとすれば、西口付近で会うか、駅内を通過するときに電車を使って帰る生徒がいれば会う可能性はあるだろう。

 周りを警戒しながら歩いたが、今日は幸いなことに学校を出てから西口付近でも、駅構内を通過する時も誰にも知り合いに会わなかった。安堵して駅構内の階段を降りて東口のロータリーへ出たときだった。

「あれ!天野君だ!」

 僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。
 聞き覚えののある声だったので声の主はすぐに把握できた。教室で僕の左隣から何度も聞こえてきた声だ。
 騒がしい西口に比べ静かな東口では声がよく聞こえる。咄嗟に、聞こえないふりをしようとしたが、イヤホンもしていないし、無視をしたら明らかに嘘だと思われることは容易に想像できた。

 さっき嘘をついて誘いを断った手前、流石に無視ができないと判断した僕は声がする方を振り向いた。

 そこには、「おーい」とこっちに手を振る成川含めさっきの4人がいた。
 宮橋は近くに住んでいるのか自転車を片手で押しながらこちらに手を振っている。
 他の3人は電車通学なのか徒歩でここまできたらしい。

「えーびっくり!天野君ここで何やってるの?」
 興味津々といった様子で成川は大きく開けた目で僕に問いかけてきた。
「家が東口なんだ」
 僕は必要事項だけを短く答える。
 しかし、僕はそんなことよりなぜパンケーキ屋にいくのに西口ではなく東口に彼らがいるのか気になり、また相手を害さぬようにニコリと笑顔を作って今後のためにも理由だけ訊こうと思った。
「東口は何もないよ」
「いや、成川のやつが西口と東口間違えるんだよ。まったく倉高に何年通ってるんだか。まぁ案内を任せた俺の責任もあるけどさ」
 宮橋は成川の頭をポンポンと叩き成川の金髪がゆらゆらと揺れる一方で成川は唇を尖らせていた。
「でも、理奈も頑張ってたしいいじゃない」
「舞香ちゃんありがとぉ」
 いつの間にか成川と明島はお互い下の名前で呼んでいた。彼女らの性格だ、道中さらに仲良くなったのだろう。

 2人のやり取りをみていた大場が僕の方に視線を移した。
「天野君は用事済んだの?」
「うん」
 僕は話を広げまいと相手に伝わる最も短い返事をした。というか、深掘りされると困るので「うん」としか言えなかった。
「じゃあ一緒に行こうよ!」
 成川は一緒に行く人数が増えることが嬉しのか少女のようにパァッと笑顔になった。僕には信じられない考えだけど。

 しかし、今までにない状況に次の対応を懸命に考えた。
 流石にもう嘘はつけない。今まで様々な誘いを断ってきたけど今回みたいに同じ要件で、しかも1度断った後に偶然出会って回避してきた経験は僕にはない。
 しかも、東口にくれば安全だと思い込んでいたが、成川の天然で予想外の事態を招いてしまった。
 大体、今までは1度断ればもう誘われなかった。というか、誘う側も一応誘っておくといったスタンスだったので一度断ればそれ以降の誘いはなかった…。

 結局、油断していたせいで頭がうまく働かず、断る理由を見つけられなかった僕はまた短く「うん」と返事をしてしまった。
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