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詭弁
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「貴方は正真正銘聖女だ」
「私は聖女ではありません」
確信を持った伯爵の言葉を莉子は否定する。
「いいえ、聖女様です。貴方はこれから我が家の養女になっていただき、聖女としてこの世界に貢献していただかなければなりません」
ペラペラと勝手に莉子の将来を語り始める伯爵。それは、莉子が1度目のこの世界の時にも言われた言葉だった。少し違っていたのが、伯爵が魔王の事について触れていないこと。
だから、莉子は言ってやった。
「分かりました、仮に私が聖女だとしましょう。ですが、私がこちらに来てから魔王が誕生したという噂を聞きません。平和な世界に聖女の出番はないでしょう?」
それは、莉子が前回貴族の誰かに言われた言葉。
『今更聖女などが現れても、魔王などいない今必要ないだろうに。むしろ、怪我をしても痛がらない、すぐ治る能力は人間ではない。もしかして、お前が魔王なのではないか?』ーーと。
この言葉のせいで、元々聖女に対して不満を持っていた貴族達が変な噂を立て始め、疎まれるようになる。そもそも、貴族である自分たちより魔力量が多いというのも気に入らなかったらしい。貴族至高主義であるこの世界は、貴族ではない莉子に厳しかった。
(ほんと、また同じことを繰り返すなんて馬鹿げてる。魔王がいないなら私は必要ないでしょう。さっさと諦めてもらって、お金もらってこの国を出よう)
過去を振り返り、嫌なことを思い出した莉子はさっさと路銀の確保のためにさらに伯爵にたたみかける。
「それから、私の荷物が返せないと先程使用人の方にお聞きしました。勿論代わりになるものをいただけるのですよね? ああ、お金でも構いません」
少し、言葉に棘が含まれているのは莉子の心情を鑑みれば、しょうがないのかもしれない。しかし、そんな莉子に伯爵は空気を読まず、こう言った。
「返せない? ああ、それでしたら、アレらは大変貴重な聖女様の持ち物です。国が所有する権限を持つ。騙したようになってしまい、申し訳ない。代わりと言ってはなんですが、貴方は伯爵家の養女となることができる。これは大変光栄なことなのですよ」
これには莉子も内心呆れ返った。
(本人の意思確認は無しってこと? 前回無くなってたのは国に献上したからってわけだ。そして、そのあとの金遣いが荒くなったのも、献上した時の報奨金がなんかでたんまりもらったってところかな? よくもまぁ人のものを勝手にとってそんな事ができるよね……)
莉子の表情を見ないまま伯爵は続けて言う。
「それから、魔王のことで1つ。まだこの世界に来て経験が浅いはずのな貴方が何故この事を知っているのか分かりませんが、この世界には確かに魔王は存在していました。過去の聖女様方も魔王を倒すのに多く貢献してくれた。たしかに一般的に聖女様のお力は魔王を倒すためだと思われる方もいるでしょう」
"ですがーー"そう話を続ける伯爵の表情は欲望に渦巻いていた。それは莉子にも十分わかるほどのものでーー
(聖女を使って一儲けしようと考えてる? "ものはいいよう"ってわけね)
話し相手にそんな邪な考えを悟らせるなど、普通の貴族ならばあり得ない失態。しかし、伯爵は莉子が何も知らない、自分の手でどうにでもなる存在だと信じてやまないため、莉子を侮った。その結果、彼の顔に出たのだ。
「ーー平和だからと言って、誰も彼もが幸せに暮らしているわけではないことは聖女様もご存知でしょう? どの世界にも、お金がなく生活に困っている平民や治らない病気で苦しんでいる者が存在するのです。聖女様のお力にはそう言った者たちを救う力があります。私もこのことは長年心苦しく思っていましたから、大変ありがたいことです」
パッと表情を直し、慈愛に満ちた目で莉子を見る伯爵。その技はさすが腐っても貴族、と言ったところなのだろう。以前の莉子ならばこの表情を見れば、伯爵に邪な考えがあろうと渋々承諾しただろう。"困っている人達を見捨てることなどできない"と考えて。
ーだけど今の莉子は違う。
(こんな茶番に付き合うほどバカじゃない。前回、私は他国への対外交渉の為に利用された。そして、聖女の癒しの力は貴族のためだけに使われた。全くの詭弁。こんなのを前の私はよく信じたな……なも、今回はなんとしてでも逃げなくちゃならない!)
もう、あんな惨めな思いをするのは沢山だ。莉子は返事を待つ伯爵に向かってにっこりと笑顔をつくる。誰がどう見ても伯爵の意見に納得したかのような、そんな顔。
「おお! 分かってくれましたか!」
「いえ、お断りします。もし困っている方がいらっしゃるなら私は自分の足でその方を探し出し、治します。そのような癒しの力があるなら治療院を開くのもいいかもしれませんね。あ、もちろんあなた方の迷惑にならない場所でしますから。これでこの世界でも生活していけそうです。貴重な情報をありがとうございました」
「な⁉︎」
今度は、伯爵の負け。何もわからないはずの莉子に対し、莉子自身が持っている貴重な力の事を教えてしまったのだから。前回のことを通して、莉子は力の事を知っていたのだが、伯爵の失言のおかげで切り札として使用することができた。
(さっさとここを出る。この国の貴族達の操り人形になるなんて、そんなバカな事はしない)
そんな覚悟を宿した目を見て、伯爵はハッと息を呑んだ。聖女独特のオーラが漏れていたのだ。
(アレが聖女……たしかに神々しい。やはりアレは金の卵を産む鶏。この傾いた伯爵家を立て直す絶好の切り札! それに、すでに王にも連絡した手前、どちらにしろこの小娘を解放してやることはできない。全く、代々の聖女達は慈悲深いと聞いていたから庶民の話や困っている奴らの話をしてやったと言うのに、儂の揚げ足をとるとは……! 聞いていた事とは違うではないか!)
神々しいオーラを出す莉子に気圧されながらも伯爵は決断する。それはーー
「聖女様はお疲れのようだ。この話はまた今度いたしましょう。部屋を用意してありますので、案内させます」
「なっ! 私はもうここには用はないと!」
「……おい、聖女様を部屋にご案内しろ」
(なんとしてでも逃さないつもりね。しょうがない、ここは我慢しよう)
スッと大人しくなった莉子に満足するように頷いた伯爵は、一礼して部屋から出て行ったのだった。
「私は聖女ではありません」
確信を持った伯爵の言葉を莉子は否定する。
「いいえ、聖女様です。貴方はこれから我が家の養女になっていただき、聖女としてこの世界に貢献していただかなければなりません」
ペラペラと勝手に莉子の将来を語り始める伯爵。それは、莉子が1度目のこの世界の時にも言われた言葉だった。少し違っていたのが、伯爵が魔王の事について触れていないこと。
だから、莉子は言ってやった。
「分かりました、仮に私が聖女だとしましょう。ですが、私がこちらに来てから魔王が誕生したという噂を聞きません。平和な世界に聖女の出番はないでしょう?」
それは、莉子が前回貴族の誰かに言われた言葉。
『今更聖女などが現れても、魔王などいない今必要ないだろうに。むしろ、怪我をしても痛がらない、すぐ治る能力は人間ではない。もしかして、お前が魔王なのではないか?』ーーと。
この言葉のせいで、元々聖女に対して不満を持っていた貴族達が変な噂を立て始め、疎まれるようになる。そもそも、貴族である自分たちより魔力量が多いというのも気に入らなかったらしい。貴族至高主義であるこの世界は、貴族ではない莉子に厳しかった。
(ほんと、また同じことを繰り返すなんて馬鹿げてる。魔王がいないなら私は必要ないでしょう。さっさと諦めてもらって、お金もらってこの国を出よう)
過去を振り返り、嫌なことを思い出した莉子はさっさと路銀の確保のためにさらに伯爵にたたみかける。
「それから、私の荷物が返せないと先程使用人の方にお聞きしました。勿論代わりになるものをいただけるのですよね? ああ、お金でも構いません」
少し、言葉に棘が含まれているのは莉子の心情を鑑みれば、しょうがないのかもしれない。しかし、そんな莉子に伯爵は空気を読まず、こう言った。
「返せない? ああ、それでしたら、アレらは大変貴重な聖女様の持ち物です。国が所有する権限を持つ。騙したようになってしまい、申し訳ない。代わりと言ってはなんですが、貴方は伯爵家の養女となることができる。これは大変光栄なことなのですよ」
これには莉子も内心呆れ返った。
(本人の意思確認は無しってこと? 前回無くなってたのは国に献上したからってわけだ。そして、そのあとの金遣いが荒くなったのも、献上した時の報奨金がなんかでたんまりもらったってところかな? よくもまぁ人のものを勝手にとってそんな事ができるよね……)
莉子の表情を見ないまま伯爵は続けて言う。
「それから、魔王のことで1つ。まだこの世界に来て経験が浅いはずのな貴方が何故この事を知っているのか分かりませんが、この世界には確かに魔王は存在していました。過去の聖女様方も魔王を倒すのに多く貢献してくれた。たしかに一般的に聖女様のお力は魔王を倒すためだと思われる方もいるでしょう」
"ですがーー"そう話を続ける伯爵の表情は欲望に渦巻いていた。それは莉子にも十分わかるほどのものでーー
(聖女を使って一儲けしようと考えてる? "ものはいいよう"ってわけね)
話し相手にそんな邪な考えを悟らせるなど、普通の貴族ならばあり得ない失態。しかし、伯爵は莉子が何も知らない、自分の手でどうにでもなる存在だと信じてやまないため、莉子を侮った。その結果、彼の顔に出たのだ。
「ーー平和だからと言って、誰も彼もが幸せに暮らしているわけではないことは聖女様もご存知でしょう? どの世界にも、お金がなく生活に困っている平民や治らない病気で苦しんでいる者が存在するのです。聖女様のお力にはそう言った者たちを救う力があります。私もこのことは長年心苦しく思っていましたから、大変ありがたいことです」
パッと表情を直し、慈愛に満ちた目で莉子を見る伯爵。その技はさすが腐っても貴族、と言ったところなのだろう。以前の莉子ならばこの表情を見れば、伯爵に邪な考えがあろうと渋々承諾しただろう。"困っている人達を見捨てることなどできない"と考えて。
ーだけど今の莉子は違う。
(こんな茶番に付き合うほどバカじゃない。前回、私は他国への対外交渉の為に利用された。そして、聖女の癒しの力は貴族のためだけに使われた。全くの詭弁。こんなのを前の私はよく信じたな……なも、今回はなんとしてでも逃げなくちゃならない!)
もう、あんな惨めな思いをするのは沢山だ。莉子は返事を待つ伯爵に向かってにっこりと笑顔をつくる。誰がどう見ても伯爵の意見に納得したかのような、そんな顔。
「おお! 分かってくれましたか!」
「いえ、お断りします。もし困っている方がいらっしゃるなら私は自分の足でその方を探し出し、治します。そのような癒しの力があるなら治療院を開くのもいいかもしれませんね。あ、もちろんあなた方の迷惑にならない場所でしますから。これでこの世界でも生活していけそうです。貴重な情報をありがとうございました」
「な⁉︎」
今度は、伯爵の負け。何もわからないはずの莉子に対し、莉子自身が持っている貴重な力の事を教えてしまったのだから。前回のことを通して、莉子は力の事を知っていたのだが、伯爵の失言のおかげで切り札として使用することができた。
(さっさとここを出る。この国の貴族達の操り人形になるなんて、そんなバカな事はしない)
そんな覚悟を宿した目を見て、伯爵はハッと息を呑んだ。聖女独特のオーラが漏れていたのだ。
(アレが聖女……たしかに神々しい。やはりアレは金の卵を産む鶏。この傾いた伯爵家を立て直す絶好の切り札! それに、すでに王にも連絡した手前、どちらにしろこの小娘を解放してやることはできない。全く、代々の聖女達は慈悲深いと聞いていたから庶民の話や困っている奴らの話をしてやったと言うのに、儂の揚げ足をとるとは……! 聞いていた事とは違うではないか!)
神々しいオーラを出す莉子に気圧されながらも伯爵は決断する。それはーー
「聖女様はお疲れのようだ。この話はまた今度いたしましょう。部屋を用意してありますので、案内させます」
「なっ! 私はもうここには用はないと!」
「……おい、聖女様を部屋にご案内しろ」
(なんとしてでも逃さないつもりね。しょうがない、ここは我慢しよう)
スッと大人しくなった莉子に満足するように頷いた伯爵は、一礼して部屋から出て行ったのだった。
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