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本編

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 あり得ない、おかしい。あの豚があんな綺麗になるはずがない。何故ならローンは丸々太った豚をこの目で見たからだ。魔法・・などこの国に使える人はいない。とすれば、さては、人を雇って俺と婚約破棄しようとしているのか。

「ははは、ご冗談を。私はアイリーンと婚約していますが、貴女はアイリーンではないでしょう」

「まぁ、信じないのですか?」

 指摘しても、動揺した様子もなく、むしろますますリラックスした様子で話す美女。それを見て、ローンは次第に本当に目の前の美女がアイリーンなのかと疑い始めた。

 もし、この女がアイリーンなら好都合だ。こんな美女になるなんてな。俺が手離すわけないだろう。

 もとより、アイリーンの能力は買っていた。見た目も改善されたなら手放すわけにはいかない。

 そう、心の中で息巻いていたローンだったが、自分が過去にアイリーンと何を約束していたのかがすっぽりと抜けていた。

「ローン様。私は貴方と婚約破棄をしてもらいたくて来たの」

「そんな、何故ですか?」

 瞳に熱を込めて、悲しげにアイリーンを見つめるローン。

 こうすれば、大抵の女は堕ちた。アイリーンも元はと言えば俺に惚れてたんだ。これぐらいすれば堕ちるだろ。

 今や至宝とも言えるほどの美女になったアイリーンをローンは手放す気は微塵もなかった。

「ふふっ、おかしなことをおっしゃるのね? 私は貴方が他の女性と仲良くしていらしたのを何度も見たわ。そのうちの1人は一緒に生活しておられるのでしょう? なぜ、私が恋人のいる方の妻にならなければならないのです?」

 一夫一妻制であるこの国で、愛人を持つことは表面上良くないこととされている。貴族は暗黙の了解で愛人を持っていたりするが、それでも婚約中は婚約者の顔を立てるものだ。

「うそっ!?」

 バッと横にいた貴族令嬢が離れていくのが見えた。

 (は? 裏ではみんなやっていることだろ)

 今更何を言ってるんだと言う目でアイリーンを見るローンは周囲の避難するような目線に気づいていなかった。

「それから、貴方は私にこうおっしゃいましたよね?」

"相手ができたなら破棄してやるよ"

ーーと。

 その言葉に、シンと周囲が静まり返った。何故なら、ローンはアイリーンに無理矢理婚約させられていたと噂になっていたから。噂と違うではないかと、鋭い視線がローンへと向けられる。

 っ! クソッ!!!!

 気づいた時には、ローンの周りには誰もいなかった。事実の正誤は関係ない。ローンよりもアイリーンについた方が益があると考えた者が多かったから。虐められていたとはいえ、ローンよりもアイリーンの方が家の格は高いのだ。

「……、だけど、貴女の隣には誰もいない。相手などいないじゃないか」

 苦し紛れの一言。クッとアイリーンの口角が持ち上がった。

「いますわ」

「あぁ、ここにな」

「はっ!?」

 現れたのは褐色の肌をした彫りの深い男性。整った顔立ちはいざ知らず、濡羽色の長髪に黒曜石のような美しい黒い瞳を持っていた。

 あれは、龍!?

 滅多に人族の前には現れないとされる龍。目の前の男はその龍にそっくりだった。

「アイリーンは我の伴侶だ。さっさと婚約破棄してくれぬか?」

「まあ……」

 何よりも気に入らないのが、男を見てアイリーンが頬を染めていることだ。

 自分よりも整った顔立ち。アイリーンは顔で伴侶を選んだのか!? 自分のことは棚に上げて、ローンは怒り狂っていた。こうなれば、なんとしてでも婚約破棄を阻止してやる! そう息巻いた。

「失礼ですが、貴方様はこの国の方ではないようで。人の婚約者に手を出すとは一体どういうことか?」

「ローン様、この方は龍國の王です」

 近くの使用人に耳元で囁かれ、ローンはギョッとした。龍族の王がこちらに来ているなど、そんな情報うわさ1つも無かったじゃないかと。

「え?」

 ポカンと目の前の男を見るローン。

 一部の貴族達・・・・・・も呆気に取られたように2度目のポカンを披露していた。

 龍王、決して逆らってはならずこの国の誰よりも偉い存在。ローンの行いは、それこそ万死に値する。

「ははは、アイリーンの言った通り、面白いことになったな。先程の無礼は許してやろう。そこの者、婚約破棄に同意するか?」

「は、はい……」

 へたり込んだローンに、かつて豚と蔑んでいた美しい女性が近寄った。

「どうぞ、お幸せに」

「っ!」

 清廉で美しい笑みを浮かべた龍王の伴侶は、幸せそうな笑みを浮かべて龍王の腕に抱かれ退場していった。残されたのは、未来の伴侶に無礼を働いた愚か者達。

 アイリーンへと行き過ぎた暴行を加えた貴族達は軒並み降格となった。貴族ではあるものの、王に目を受けられてしまった為に、将来は明るくない。

 ローンはといえば、我に帰ってアイリーン如きにやられた事が気に入らなかったらしくアイリーンの実家に恋人を連れて慰謝料の請求に行ったが、けんもほろろに追い出され、しまいには家からも勘当された。

 手元に残った金も、遊び尽くしてほとんどない状態。そんな中、恋人だったはずのジュリに僅かな金さえも奪われてしまった。

"もう、ローン様とは無理です。お互い幸せに生きましょう"

 そんな置き手紙が宿に残してあった。

「お客様、代金は?」

「すまない、今はないんだ。ツケといてくれるかな?」

「は? ふざけないで!」

 貴公子の微笑みの下町の逞しい娘には効かない。すぐさま警吏を呼ばれ、ローンは罪人となった。

「くそっ、女に騙されたんだ! ジュリという女だ。探せばまだ近くにいるはずだ!!!!」

「あーあ、そうでしたか。でもね、あんた、相当やばいとこにちょっかいかけてたみたいじゃないか? 今、そのお相手がお前に会いたいんだとさ」

「は?」

 ポカンとするローンの前に現れたのは、人が良いとバカにしていたアイリーンの父親。

「こ、侯爵」

「やぁ、ローン君。そろそろ借金の返済期限が迫っているんだが、返す宛は……無さそうだな」

「は? 借金⁇」

「いや、確か我が家に何度も慰謝料と言ってお金を取りに来ていただろう? 今となっては馬鹿馬鹿しいことだが、うちの娘を虐めていたのはお前だったようだな?」

 ここに来て、やっとローンは事態が良くない方向に進んでいることに勘づいた。

「そ、それは。いや、あの……」

 どう言い返しても、侯爵の機嫌を損ねる言い訳しか思いつかない。

「まぁ、いい。君にはしっかり働いてもらう予定だ」

「え?」

「ちょうど、うちの領地に石炭が埋まっていることが分かってな。鉱夫としていってもらうように話をつけた。もちろん、やるだろう?」

「い、嫌だ! 鉱夫だけは! 他なら何でもする、だから鉱夫だけは!!!!」

 とてもキツい、どころでは済まされない。劣悪な環境下のもと、働くのだ。しかも、命の危険もあり、働くのはもっぱら罪人ばかり。

「お願いですから」

「ふむ……」

「あ……!」

 考えるそぶりをした侯爵に、ローンの中で一筋の希望が生まれる。もしかしたら、温情で救ってくれるかもしれない。

 しかし、それはすぐさま潰えた。

「ダメだな。きっちり耳を揃えて返してくれ。金額は金貨10000枚。ローン君が我が家に金を請求しに来るごとにしっかり1,000枚ずつ渡していたから数えやすかったよ」

「あ、あぁ、あ……」

 こうして、ローンは炭鉱へと送られた。

 ちなみにジュリは、ローンが貴族ではなくなった瞬間、全財産を持ち逃げしたが、いつもは出ないはずの賊に襲われ、ローンと同じ炭鉱へと売られたらしい。

 果たしてそれは偶然なのか必然なのか。
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