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 キィと部屋のドアをそっと開けて外を確認するビオラ。真夜中に差し掛かろうとする宿の中は、皆寝静まったようでとても静かだった。

(誰も……いないわね)

 プラチナブロンドの髪は夜にはとても輝く為、今はブランケットを頭に巻き、頭巾のようにして隠している。

 そろりそろりと足音を立てないよう、ビオラは廊下を進み階段を降りた。目の前には外へと通じる扉がある。さぁ、出よう! ビオラがドアノブに手をかけた時だった。

「おい、どこ行こうとしてんだ」

「きゃ!?」

 後ろから伸びてきた大きな手がビオラのドアノブを握る手を掴んだ。

「まさか、逃げようとしてるわけじゃないよな?」

 ギロリと睨みつけられ、萎縮するビオラ。

「……」

「逃げるなよ。俺にはお前を王子の下まで連れて行くのが仕事なんだから」

「……逃げられたと素直に報告しなければいいのではないの?」

「なに?」

 ビオラは逃げることだけを考えていたわけではなかった。

「迎えに行ったのだけれど、いなかった、でいいじゃない。なぜ、庶民の娘を王都に運ぶのにそんなに必死になるのかしら?」

「……お前は知らなくていいことだ」

 黙り込んでしまった騎士に、ビオラは言い募る。

「全国各地から一生懸命妃候補を集めたって、肝心の王子が選んでないのでしょう? なら、私は行かなくていいと思わない?」

「いや、行ってもらう。つーか、アンタが妃候補になっても選ばれなきゃいいんだろ? 選ばれないようにしてさっさと帰ればいいじゃないか」

 それはビオラも一度は考えた。でもーー

「私は妻です。限定的とはいえ、他人の妻候補になるなどあり得ませんわ」

 キッパリとそう言い切るビオラ。結びが甘かったブランケットがちょうどハラリと落ちる。月の光に照らされ、キラキラとプラチナの美しい髪を靡かせるビオラはそれはそれは神秘的に見えた。

(何だこれは。この女は本当に人間なのか?)

 現実的な騎士でさえ思わずそう、思ってしまうほどの美しさがあったのだ。
 この場にリンがいたならすぐさま大きな布を持ち出しビオラに被せてしまっていただろう。

「はぁ……何度も言ってるが、決まりは決まりなんだ。とりあえず、王都には来てもらう」

 何を言っても聞かない騎士に、ビオラはとうとう最後の手段に出た。

「それは、私が追放された令嬢でもですか?」

 リンからは危険だから隠そうと言われた自分の過去。

「は? 追放って元公爵令嬢のことか? でも、それだとおかしいだろ。あの令嬢の髪色は紺だったはずだ。たしかに似てるっちゃ似てるが……いや、違うだろ」

 訝しげな騎士に、ビオラもハッとする。

(そういえば、そうだったわ! でも、嘘ではないのだけれど……)

「ですが……!」

 そう言い募ろうとしたビオラを騎士は手を振って止めた。

「あのなぁ、評判の悪いやつになって逃げようとするのはよせ。しかも、元公爵令嬢といえば教会が血眼になって探してるって噂だぞ? そんなんになってどうする?」

 教会?

 ぴたりとビオラの体が固まる。ビオラの神力を見抜けもしなかった人達が今になってなぜビオラを探すのか?

「ほら、部屋に戻れ。あと2日で行こうと思ったがやめる。1日で王都に着くようにするから、覚悟しておくんだな」

 グイッと部屋へ押し戻される。その間も、ビオラは教会が自分を探しているという理解不能な知らせに硬直したままだった。



 
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