上 下
15 / 22

8

しおりを挟む
 リンには悩みがあった。それはビオラと結婚したのに、指輪の交換も何もできていないことだ。

「ビオラ。ビオラの世界では夫婦で交換して持っておくものってないの?」

「そうですわね。腕輪なんかはありますわ」

 リンの膝の上にちょこんと座ったビオラは、少し目を伏せていた。無意識に、なんとなく残念そうな雰囲気を漂わせるビオラ。

「腕輪、見に行こうか」

「え? ですが、お金がありませんわ」

 そう、ビオラは手持ちのお金がないことを知っていたから何も言わなかったのだ。リンはそれが手に取るほどよく分かった。だが、お金がないのはビオラの世界の事。日本でなら、リンは小金持ちなのだ。

(株やってたのがよかったかな)

「ちょっとぐらい蓄えはあるからね。どうせならビオラと一緒にお揃いのものが買いたいんだ」

「えっ!?」

 驚くビオラは嬉しさゆえか頬が上気してほんのり色づいている。その反応に気を良くしたリンは上機嫌に告げた。

「お店、行こっか」

「い、今ですの?」

「うん、思い立ったが吉ってね」

 リンの母の手によって今日も可愛らしく仕立て上げられたビオラ。この格好だとそのままお店に行っても問題なさそうだと判断して、リンはビオラを連れて家を出た。

「このクルマというのがまた便利ですわ。でも……」

 上機嫌に話していたビオラだったが、途中で詰まる。顔を見れば、少し青褪めていた。

「大丈夫?」

「……えぇ。我慢できるほどですので」

「辛くなったら言うんだよ?」

「分かりましたわ」

 そう言うビオラだが、多分辛くなっても我慢するであろう事はリンには容易に予想がついた。何故なら、念話でビオラの胸の内が全て伝わってきているからだ。

『うっ、お腹の中がぐるぐるしますわ』

 と、今も酔いと戦っていた。




「ついたよ」

「……えぇ」

「はい、お水」

 ぐったりしたビオラが回復するまで待つ。

(酔い止めの薬を買っておいた方がいいな)

「リン、もう大丈夫よ」

「分かった。ちょっと外に出て歩くよ」

「ええ」

 パーキングエリアから徒歩5分の場所にあるそのお店は、そこそこの値段の張るものしか置いてない。しかし、ビオラがそれを知るはずもなく素直にリンと一緒に入って行った。

 もし知っていれば全力で拒否していただろう。

「いらっしゃいませ」

 出迎えてくれた店員に、事前に相談していた数種類のブレスレットを用意してもらう。

「っ!」

 驚いたように目を見張るビオラ。本当にいいの? とばかりに、そっとこちらに視線を送ってくるあたりが可愛らしい。

「ビオラ、どれがいい?」

「どれも素晴らしくて……」

 うーんと悩むビオラ。

「これなんかどうでしょう?」

 もっと悩む時間はあってもいいように思えたのだが、流石は元貴族令嬢と言ったところなのか、ビオラは並べられた商品から1つを手に取った。

 銀色のブレスレットで、チェーン状になっている。中央にはキラキラと光る石がはめ込まれていた。

(この石、綺麗ね)

 ビオラは興味津々と言った様子でその光る石を眺めていた。

『それはダイヤモンドだよ。宝石の一種』

(そうなの? 私の世界にはこのような石はなかったわ)

 リンの解答に、ビオラはさらに興味が湧いたようでじぃっとダイヤモンドに見入っていた。

「これでお願いします」

「かしこまりました。お会計まで少しお待ちください」

 ビオラは周囲のアクセサリーにも興味があったようで、ショーケースに入った指輪なども眺めていた。

「欲しい?」

「うーん、いいわ」
 
 どうやら、指輪はお気に召さなかったらしい。

 この世界では指輪なんだけどなぁ、とリンは思いながらも店員が会計に来たために諦めた。

「お会計は現金とカード、どちらにいたしますか?」

「カードで」

「かしまこりました」

 支払いを済ませた後、店員から包装されたブレスレットの入った箱を受け取った。

「ねぇ、もうつけましょうよ」

 薬を飲んで酔いがないビオラはソワソワと箱を見つめてリンに催促していた。

「家についてからね」

「分かったわ」

 そっと大切そうに箱を撫でるビオラ。相当嬉しかったらしい。

 道中、どれくらいしたのかなど心配そうに聞かれたが、リンは全てはぐらかした。

「ビオラの思うほど高くないやつだから」

と。真実はリンだけが知っている。






「あら、2人ともブレスレットにしたの? いいわねぇ」

 数日後、2人の腕に光るブレスレットを見てリンの母はにっこり微笑んだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

あなたの罪はいくつかしら?

碓氷雅
恋愛
 公爵令嬢はとある夜会で婚約破棄を言い渡される。  非常識なだけの男ならば許容範囲、しかしあまたの罪を犯していたとは。 「あなたの罪はいくつかしら?」 ・・・ 認証不要とのことでしたので感想欄には公開しておりませんが、誤字を指摘していただきありがとうございます。注意深く見直しているつもりですがどうしても見落としはあるようで、本当に助かっております。 この場で感謝申し上げます。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

婚約破棄は綿密に行うもの

若目
恋愛
「マルグリット・エレオス、お前との婚約は破棄させてもらう!」 公爵令嬢マルグリットは、女遊びの激しい婚約者の王子様から婚約破棄を告げられる しかし、それはマルグリット自身が仕組んだものだった……

悪役令嬢がキレる時

リオール
恋愛
この世に悪がはびこるとき ざまぁしてみせましょ 悪役令嬢の名にかけて! ======== ※主人公(ヒロイン)は口が悪いです。 あらかじめご承知おき下さい 突発で書きました。 4話完結です。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

【完結済】監視される悪役令嬢、自滅するヒロイン

curosu
恋愛
【書きたい場面だけシリーズ】 タイトル通り

【完結】小悪魔笑顔の令嬢は断罪した令息たちの奇妙な行動のわけを知りたい

宇水涼麻
恋愛
ポーリィナは卒業パーティーで断罪され王子との婚約を破棄された。 その翌日、王子と一緒になってポーリィナを断罪していた高位貴族の子息たちがポーリィナに面会を求める手紙が早馬にて届けられた。 あのようなことをして面会を求めてくるとは?? 断罪をした者たちと会いたくないけど、面会に来る理由が気になる。だって普通じゃありえない。 ポーリィナは興味に勝てず、彼らと会うことにしてみた。 一万文字程度の短め予定。編集改編手直しのため、連載にしました。 リクエストをいただき、男性視点も入れたので思いの外長くなりました。 毎日更新いたします。

処理中です...