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8苦い記憶

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「足腰が立たない……」

 まるで子鹿のようにプルプルと震え、油断すれば膝から崩れ落ちてしまいそうになる。

「ルーナ、大丈夫か?」

 その元凶の顔はスッキリしたように、何故かツヤツヤと輝いていた。俺の生気を吸ったんじゃねぇの? やっぱりこいつ淫魔だろ。

「いい、触るな」

 パシっと伸ばされた手を払うと、奴の目がギラリとひかる。

「まだ、足りなかったか?」

 再度行為を行おうとする奴の手を、今度は素直に受け入れた。体が細かく震えている。俺は、コイツに恐怖心を持ってしまったんだ。体が無意識に服従しようとしている。

 最悪だ。

「いい子だ」

 俺は愛玩動物じゃない。そう言いたいが、口を開こうにも唇が戦慄くだけで声も出なかった。

「そうだ。今日からルーナには王妃になるための教育を受けてもらう」

「は?」

 あ、声出たわ。

「約束しただろう? お前が女のままだったら私の嫁になる、と」

 した。口約束だが、約束した。だが、俺は……

「分かった」

「案外聞き分けがいいな? 以前のお前ならば意地でも逃げ出していたはずだ」

「覚悟を決めたんだよ」

 この悪魔から逃げ出す覚悟をな。今は奴の油断を誘っているだけだ。大人しくしていれば、隙は生まれる。そこをついて、逃げる。だから決して、殿下の操り人形になるわけじゃない。

「そうか、まぁいい」

 俺を抱き上げたクソ野郎でんかが、鼻歌を歌いながら風呂へ向かう。地味に上手いのがムカついた。

「1人で洗えるんでいいです」

「いや、私がやる。お前は女の体になったのは初めてだろう? 女の体はデリケートだ。優しく扱わなければ壊れてしまうからな」

 おい、俺、前世は女。だから女の扱いは殿下より優れてます。

「そんな目で見てもダメだ」

「いや、本当にいいです。大丈夫ですから。俺だって女性の体に触れるのは初めてじゃないんですよ」

 前世は女でしたから。そう言えるはずもないので遠回しに言った途端、殿下の手がぴたりと止まった。

 お? もしかして、1人で入ってもいい?

 そう期待した俺が馬鹿だった。顔を上げた殿下の瞳は何故か怒りに燃えていた。

「いつ、女の体に触れた?」

「え"?」

  何故怒っているのか分からなかったが、自分が眠れる獅子を起こしたのはよく分かった。

「いや、母と一緒に風呂に入ってましたから」

「伯爵夫人はお前が8歳の時に事故で亡くなったはずだ。お前はそんな幼い頃のことまで覚えているのか?」

 え、なんでそんなこと知ってんの?

「お、覚えていますよ」

「そうか。だが、触れたと言っても背中ぐらいだろう? やはり私が洗ってやる」

 そう、有無を言わせぬ物言いで、殿下は俺を浴室へ運んだ。もう、俺も何も言わなかった。殿下に体を洗われている中、思い出したくなかった苦く苦しい記憶が俺の中を支配していた。


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【日記スペースby作者】

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