世界の終わりで君と恋をしたい~あやかし夫婦の奇妙な事件簿~

黒幸

文字の大きさ
上 下
155 / 159

第154話 夢の世界を支配する者

しおりを挟む
 スバルはゆっくりと瞼を開けた。

(眠っていた? この僕が? 眠る? 僕が? 何で?)

 まず、古びた木製のロッキングチェアに腰掛けている自分に驚く。
 だが、それ以上に彼が怯えたのに理由があるのだ。

 スバルは自問した。
 眠る必要性が無い生命体であるはずの自分が僅かとはいえ意識を喪失した。
 驚くべき事実だった。

 スバルは人間ではない。
 大魔導を名乗ったのはそうするように主から、命ぜられたからに過ぎない。
 主とは旧支配者に連なる双子の女神に他ならない。
 彼の正体は人造人間ホムンクルスの亜種なのだ。

 オリジナル体と呼ばれるモデルになった少年がいた。
 忠実に再現されたはずだった。
 残念なことに完璧にモデリングが成功したのは見た目だけである。
 に関してはオリジナル体に遠く及ばない。
 それでも人に負けない強さを持って、生まれたはずだった。

(どうなっているんだ?)

 スバルは周囲を見渡し、愕然とする。
 狭い部屋だった。
 それだけであれば、問題はない。

 床が見えないほどに積まれた本。
 己を取り囲むように設置された本棚を埋め尽くす本。
 右を見ても左を見ても自然と目に入るのは本だ。

 かび臭さが微妙に鼻をつき、光をほとんど感じない薄暗い部屋だった。
 なぜか恐怖を感じた。
 そのような心を持たないはずの人造人間ホムンクルスである自分がである。

「なんだ!?」

 部屋が揺れた。
 がさがさと崩れていく本の山。
 本棚からも音を立て、本が落ちていく。
 スバルはその様子をそれをただ見ていることしかできないでいる。
 彼は言い知れぬ恐怖に囚われていた。

 昏い。
 狭い。
 怖い。
 死の恐怖。
 人造人間ホムンクルスにはない概念だった。
 それを感じていた。



「案外、呆気ないわね。元々、心がなかったからかしら?」

 ユリナは目を細め、遥か遠くを見やる。
 彼女の視線の先にあるのは陽光に煌く、純白の鱗が美しい小山ほどはあろうかという大きな蛇だ。
 ユリナの半身でもある。

 普段の彼女は人として生きている。
 しかし、『あやかし』には神格としてのがある。
 そのうちの一つの形態が巨大な蛇身を有する真・獣形態だった。
 蛇に見えるが竜――それも世界蛇と呼ばれる恐るべき存在。

 小屋一つを噛み砕き、咀嚼することなど訳はない。
 ユリナの唄で開かれる夢の世界、絶対領域アブソリューターベライヒ
 そこでは彼女が絶対者であり、囚われた者にあるルールが適用される。
 夢の世界でもっとも重要なのは心だった。

 そして、夢の世界での死はが現実の世界の死とはならない。
 ユリナの望むがままに何度でも死を体験させられるのだ。
 が完全に死ぬまで何度でもである……。

 心が完全に人間は現実世界に戻ったとしても廃人になるか、狂人になるかの二択だった。
 人造人間ホムンクルスは仮初の命を持つ者。
 心を持たないがゆえに肉体が自壊するのだと言われている。
 ダリア、ドロシア、リ・トスが人造人間ホムンクルスの肉体でありながら、普通に生活出来ているのは彼らが心を持っているからに他ならなかった。

 スバルは外側だけ、そっくりそのままに創造された模造品に過ぎなかった。
 心はない。
 だから、非常に脆かった。
 オリジナル体が有するトラウマを何度も見せ、完膚なきまでに壊し尽くすだけで簡単に蹂躙出来たのだ。

「レオが心配してるかしらぁ? 早く戻らなきゃ……」

 さすがにユリナも冷静さを取り戻している。
 怒りに任せ、つい夢の世界を開いた。
 多少の無茶をしても麗央が守ってくれると知っているからだった。
 彼の優しさに甘えた自分が不甲斐ないと思った。

 目を覚ましてから、いつもより麗央に甘えればいい。
 そう納得したユリナだが、そこではたと気付く。

(んんん? 何か、違う気がするけど)

 ともあれ目的を果たした彼女は、夢の世界に別れを告げることを決めた。

 しかし、ゆっくりと意識を覚醒させた『歌姫』の前に広がったのは目を疑う光景だった。
 自分の体が荷物でも持つように麗央の脇に抱えられている。
 乙女心でほぼ動く彼女にとって、それを些細なものと捉えるのは悔しい事柄である。
 だが、そうではない。
 抱えられているのは麗央の利き手ではない左腕だった。
 何かが焦げるような嫌な臭いが鼻を刺激した。

 ユリナは思わず言葉を失う。
 麗央の右腕が力なく、だらりと垂れ下がっている。
 その指先からは止め処なく、赤い液体が滴り落ちる。
 熱で焼かれたのか、剥き出しになった肌は酷い火傷を負っていた。
 ユリナの上げる金切り声はどこまでも物悲しく、コアを失い崩壊し始めたダンジョンに響き渡った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...