世界の終わりで君と恋をしたい~あやかし夫婦の奇妙な事件簿~

黒幸

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第151話 歌姫の意外な弱点

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 麗央は現実逃避するように過去に思いを馳せた。
 ユリナがこの国でお酒を飲んでもいいとされる年齢に達した時、起きた忌まわしき事件である。

「ふふん。つまり、私は大人ってことなの」

 胸に手を当て、うっとりとした表情でユリナがそう語るのは既に五回目。
 最初の内は丁寧に付き合っていた麗央もさすがに「そっか」と塩対応になっている。
 悦に入っているだけなら、特に問題がなかった。
 下手な返事をするよりも平和だったのが大きいのだ。

 「レオはまだ子供だもん」から始まり、「それって、負け惜しみ~」で終わる。
 それよりは「そっか」と返事をして、「もっと何か言うことない?」とユリナがどこか悔しそうな表情をしている方が遥かに平和なのである。

「だ~からぁ、私はお酒を飲めるの♪」
「え?」

 五回目は少々、趣が違った。
 ユリナの手に握られているのはアルミ缶。
 いわゆる缶チューハイと呼ばれる種類の酒類だった。
 彼女が手にしているのはフルーツジュースのような味わいを楽しめるアルコール度数低めの物だが、麗央の胸を嫌な予感が過ぎった。
 これまで数々の強敵を前にしてきた麗央が感じたことのない悪寒である。

「いっただきまぁ~す」
「あっ」

 麗央が止める間も無く、プルトップを開けたユリナは缶に口を付け、一口流し込む。

あみゃくてぇ甘くておいしいにゃない美味しいじゃない
「おぉ!?」

 喉をこくりとさせ、飲み込んだユリナの顔は既に茹蛸のようになっていた。
 麗央は慌てて、彼女の手から缶を取り上げるが遅かったのだ。
 酔っぱらいは既に出来上がった。

あちゅ~い熱い♪ にゅいにゃお~脱いじゃお♪」
「ちょっと待った!」

 言うや否や服を脱ぎ始めたユリナを麗央はどうにか止めた。

(ち、力強くないか!?)

 アルコールのせいでたがが外れているのか、細腕からは想像できない怪力で抵抗するユリナに思わぬ苦戦を強いられた。
 これで一安心。
 ユリナも落ち着きを取り戻したのか、大人しくしていた。
 しかし、俯き加減で表情が読み取りにくかっただけで彼女の酔いは全く、醒めていない。

「うっふふふふ」

 ユリナは不気味な笑い声と共に再起動を果たすと麗央をロックオンした。
 瞳には星印が浮かんでいる。
 十本の指をわきわきと動かしながら、麗央の行方を追う様子は捕食者さながらである。

「レオ~、早く脱ぎなさいよ~。お姉ちゃんが脱がしてあげる☆ うっふふふふふ」

 気が付いたら、麗央は床に押し倒され、上にユリナが乗っていた。
 瞳をキラキラと輝かせたユリナが自分のシャツのボタンを覚束ない指先で一つ一つ外していく。
 その様をどこか、他人事のように麗央は見ていた。

(こういう時は何かした方がいいんだろうか)

 自分の上で体を揺らすたびにユリナの童顔からは想像できない豊かな果実が揺れている。
 それを触ったりした方がいいのだろうかと思いながらも麗央は踏ん切りがつかないでいた。

 麗央は高校で恋人と関係を持った同級生の話を思い出したのだ。
 まさか自分がそうなるとは思いもしなかっただけに話をよく聞いていなかったことが悔やまれた。
 そういう関係が何をするのかが全く、分からない。
 ユリナも普段の様子から、大人ぶっているだけで何も知らないように見える。

(服を脱がせて、何をしようって言うんだ?)

 麗央がそんな疑問を感じた瞬間、急な重みを感じた。
 糸が切れた操り人形のように全身から力の抜けたユリナが、彼の胸の上で寝息を立てていた。

「んっ~、レ~オ~」

 「何だったんだ、一体!?」と思いながらもユリナの幸せそうな寝顔を見て、麗央はどこかほっとした自分がいることに気付いた。



「やっぱり、そうなるよな」

 あの時と同じく急に電池が切れたのか、ぐったりとしたユリナを横抱きに抱え、麗央は思案に暮れる。
 マーブル模様のバーテンダーは相変わらず、ただシェーカーを振っているがそれが一層不気味でもあった。

 表情を全く感じさせない顔といい、何が目的なのか皆目見当がつかない。
 おまけにこういう状況であれば、本来頼りになる存在であるはずのユリナが全く、役に立たない。
 ユリナを庇いながら、戦うにしても両手を塞がれた状態で出方の分からない相手と対するのは不安だった。

「まあ、なるようになるさ」

 麗央は腕の中で幸せそうな寝顔を浮かべる愛妻の姿を見て、改めてそう決意する。
 彼の決意を知ってか、知らずか。
 バーテンダーが口の無い顔でにやりといやらしい笑みを浮かべたように感じた。

 その時だった。
 耳をつんざく轟音と共に十一階のフロアが半分以上、吹き飛んだ。
 バーテンダーがいたカウンターは跡形もなく、消し飛んでいた。
 破壊した張本人両手持ちの大きな槌と言うべき物体は風を切る音を響かせ、ぐるぐると回転しながら地上へと落ちていく。
 投げた持ち主が待っている場所へと戻るべく……。



 闇一色で塗り込まれた全き、黒の空間。
 一切の光を感じさせない空間に青と赤の小さな光が仄かに灯った。

「駄目みたいね、ルー」

 青い光が弾け、中から凝縮された闇が徐々に人の形を模していく。
 やがて現れたのは長い濡れ羽色の艶めく髪を持ち、この世の者とは思えない美しさの少女だった。
 その瞳は爛々と黄金色の輝きを見せている。
 彼女が着ているのは黒のレースやリボンがあしらわれた濃紺のゴシックドレスである。

「駄目じゃない、トーサ」

 同じく赤い光が弾け、中から凝縮された闇が同様に人の形を模した。
 やがて現れたのは濃紺のドレスの少女と瓜二つの容姿の少女である。
 その瞳はやはり、黄金色に輝いていた。
 彼女が着ているのは黒のレースやリボンがあしらわれた真紅のゴシックドレスだった。

「次が最後ね」
「次が最後よ」
「どうするの?」
「どうしよう?」

 鏡合わせの少女二人が同じタイミングで小首を傾げる。

「わたくしにはアレがありますわ」
「あたしにはアレがあるわ」

 二人の少女の姿が闇に溶け込むように消えていく。
 再び、闇と静寂で包まれた空間にいくつもの文字が浮かんでは消える。
 文字を全て繋ぎ合わせると一つの意味が生まれる。
 『偽りの冬の星が動く』と文字を紡ぎ、沈黙が空間を支配した。
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