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第149話 注文の多い天空のレストラン
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「ねぇ。何で十階なの?」
「さあ」
エレベーターが次に指し示した行先は六階ではない。
十階だった。
コメント欄の情報で九階までは同様の客室が続くことを知っていた。
そうであるのなら、五階と同様の死霊が彷徨っていると考えるのが道理だった。
どうにも腑に落ちず、ユリナは怪訝な顔になる。
麗央も同じくバケツの下で戸惑いを隠せない。
もっともバケツのお陰で気付かれにくいが、彼の腕にしがみついているユリナは微かな変化も見逃さなかった。
(そうよね! レオもおかしいと思ってるんだわ)
ダンジョンの異変は確かに気にかかるもののそれ以上に麗央と同じ考えを抱いていることがユリナには嬉しくて堪らない。
不機嫌になるどころか、自然と顔が綻びそうになるのを我慢しなければならなかった。
「ああ、もしかしてさ」
「ん? 何か、分かったの?」
その時、麗央が唐突に動いた。
なるほどと言わんばかりに左の開いた手のひらに右の拳を当て、うんうんとバケツを揺らし頷いている。
「何よ? 何が分かったの?」
「あ、うん。落ち着いて」
しがみつきながら、上目遣いで見つめてくるユリナは問い詰めるようにさらに体を寄せてくる。
少し冷やりとする彼女の体温と柔らかさを感じ、麗央の中で再び葛藤が始まる。
ユリナを何とか落ち着かせ、説明するべきだと主張する白い服を着た白のちび麗央。
説明はもっと勿体ぶって行った方が気持ちいいぞと主張する黒い服を着た黒のちび麗央。
相反する考えのせめぎ合いである。
「どうしたの?」
暫し固まったまま、動きを見せない麗央を心配したユリナは眉根を寄せ、憂いた表情で上目遣いに見つめる。
しっとりと濡れたように潤む彼女の瞳を見た瞬間、勝者が決まった。
「これは俺の考えなんだけどさ。さっきの唄で九階まで全部、浄化しちゃったんじゃないかな?」
「えぇ? そ、そうね。そういうこともあるかしら~。あっは、あっはははは」
麗央はユリナのあからさまに怪しい反応で察した。
また、加減を失敗したのだということを……。
ユリナに悪気はない。
しかし、偶に彼女はこの手の失敗をやらかすのだ。
特に麗央が絡み、彼にいいところを見せたいと思った行動が高確率で失敗する。
先程まで勢いよく、ぴょこぴょことウサギの耳のように動いていた特徴的なツインテールが今や、力を失いしゅんとしている。
麗央の前ではお姉さん風を吹かせようと必死なユリナだがその実、圧倒的なまでに頼り無い妹属性の方が強いのだ。
「大丈夫さ。手間が省けて良かったんじゃないかな」
「そ、そうよね。勿論、分かってやったのよ♪」
少々、扱いが面倒なお姫様である。
労わるように声をかけ、そっと頭を撫でただけでじゃじゃ馬で勝気な猫も途端に大人しくなる。
麗央はこれらの所作を意識することなく、自然にこなした。
幼馴染として、恋人として、夫婦として。
二人で長い時を共に過ごした時間、全てが血肉となっているのだ。
さして、けたたましくないベルの音が行先への到着を知らせる。
些かのレトロを感じさせる音は、何者かが趣向を凝らしたものなのか。
コメント欄もその点が不可解であると指摘する書き込みが目立った。
ダンジョンのモデルとなったホテルは二十世紀後半に建築された。
しかし、ベルの音だけではなく、エレベーターそのものがレトロフューチャーと思わせるのに十分なデザインなのだ。
ホールで待ち受ける者は誰もいない。
仕方なく二人はかつてスカイレストランと呼ばれた食堂へと足を踏み入れる。
麗央とユリナの距離は付かず離れずとはいかない。
ユリナがべったりと麗央にくっついているので互いに歩きにくいはずなのだが、『歌姫』は終始ご機嫌な様子だった。
「何よ、あれ。どういうこと?」
「待てよ、あれかな? 昔、読んだことがある本に似てる気がするな」
レストランで待ち受けていたモノを見て、『歌姫』ともあろう者の顔が引き攣っている。
麗央の言葉にユリナの表情に違う感情が追加された。
眦が少々上がったその様子は不機嫌そのもの。
今にも毛を逆立てかねない猫のようだった。
「ふぅ~ん。本ねぇ? 一応、言ってみて」
「アレだよ、アレ。客を食材にしようとする猫がやってるお店のアレだ!」
「つまり、どういうこと?」
「俺達を食べようって言うんだろ」
「あぁ~、なるほど! って、はぁ!?」
ユリナは誤解していた。
文字をまだ覚えていない子供の頃の麗央の印象があまりに強く、彼と本が結びつかないのだ。
本を読まないと誤解したままのイメージで捉えている。
それゆえに疑いの眼差しで見たのだった。
しかし、麗央の指摘は強ち間違ってない。
体は大柄な麗央よりもさらに大きく、天井に届かんばかりの巨体を誇る。
その体は正八面体で出来ている。
澄んだ青色が美しく、まるで巨大なサファイアの塊のようにも見えた。
八面体の下部から、不釣り合いな頭足類の触腕に似た器官が幾本も生えており、巨体を支えている。
上部からはさらに不思議な器官が二本生えている。
人の腕に似た何かだった。
手首から先が奇妙な形状――右腕は肉切り包丁、左腕は蟹の鋏になっている。
さらに気味が悪いのはその全てが、皮を剥がれたばかりの生肉のような外観をしていることだった。
頂点の上にこれまた不自然な形で載っているだけにしか見えないのが頭である。
麗央が注文の多い料理店のヤマネコ店主と指摘したのは実に醜悪な猫科の生物らしき顔をしているのだ。
だらしなく半開きになった口から、滝のように涎が垂れている。
その涎は強い酸性を帯びているのか、床に滴り落ちると白煙を上げた。
「おーーーーーだーーーーはいりまあああーーーーすーーにゃあああーーー」
シェフらしきヤマネコもどきは破れ鐘のような大きな声を上げた。
巨躯を支えるには何とも頼りない脚を使い、見た目からは信じられない速度で動き始める。
「来るわね。どうする?」
「俺がやろうか?」
「いいの?」
しかし、二人はどこか他人事のようで余裕がある。
コメント欄もここまでのやり取りを見て、さすがに学んだのか静観していた。
「さあ」
エレベーターが次に指し示した行先は六階ではない。
十階だった。
コメント欄の情報で九階までは同様の客室が続くことを知っていた。
そうであるのなら、五階と同様の死霊が彷徨っていると考えるのが道理だった。
どうにも腑に落ちず、ユリナは怪訝な顔になる。
麗央も同じくバケツの下で戸惑いを隠せない。
もっともバケツのお陰で気付かれにくいが、彼の腕にしがみついているユリナは微かな変化も見逃さなかった。
(そうよね! レオもおかしいと思ってるんだわ)
ダンジョンの異変は確かに気にかかるもののそれ以上に麗央と同じ考えを抱いていることがユリナには嬉しくて堪らない。
不機嫌になるどころか、自然と顔が綻びそうになるのを我慢しなければならなかった。
「ああ、もしかしてさ」
「ん? 何か、分かったの?」
その時、麗央が唐突に動いた。
なるほどと言わんばかりに左の開いた手のひらに右の拳を当て、うんうんとバケツを揺らし頷いている。
「何よ? 何が分かったの?」
「あ、うん。落ち着いて」
しがみつきながら、上目遣いで見つめてくるユリナは問い詰めるようにさらに体を寄せてくる。
少し冷やりとする彼女の体温と柔らかさを感じ、麗央の中で再び葛藤が始まる。
ユリナを何とか落ち着かせ、説明するべきだと主張する白い服を着た白のちび麗央。
説明はもっと勿体ぶって行った方が気持ちいいぞと主張する黒い服を着た黒のちび麗央。
相反する考えのせめぎ合いである。
「どうしたの?」
暫し固まったまま、動きを見せない麗央を心配したユリナは眉根を寄せ、憂いた表情で上目遣いに見つめる。
しっとりと濡れたように潤む彼女の瞳を見た瞬間、勝者が決まった。
「これは俺の考えなんだけどさ。さっきの唄で九階まで全部、浄化しちゃったんじゃないかな?」
「えぇ? そ、そうね。そういうこともあるかしら~。あっは、あっはははは」
麗央はユリナのあからさまに怪しい反応で察した。
また、加減を失敗したのだということを……。
ユリナに悪気はない。
しかし、偶に彼女はこの手の失敗をやらかすのだ。
特に麗央が絡み、彼にいいところを見せたいと思った行動が高確率で失敗する。
先程まで勢いよく、ぴょこぴょことウサギの耳のように動いていた特徴的なツインテールが今や、力を失いしゅんとしている。
麗央の前ではお姉さん風を吹かせようと必死なユリナだがその実、圧倒的なまでに頼り無い妹属性の方が強いのだ。
「大丈夫さ。手間が省けて良かったんじゃないかな」
「そ、そうよね。勿論、分かってやったのよ♪」
少々、扱いが面倒なお姫様である。
労わるように声をかけ、そっと頭を撫でただけでじゃじゃ馬で勝気な猫も途端に大人しくなる。
麗央はこれらの所作を意識することなく、自然にこなした。
幼馴染として、恋人として、夫婦として。
二人で長い時を共に過ごした時間、全てが血肉となっているのだ。
さして、けたたましくないベルの音が行先への到着を知らせる。
些かのレトロを感じさせる音は、何者かが趣向を凝らしたものなのか。
コメント欄もその点が不可解であると指摘する書き込みが目立った。
ダンジョンのモデルとなったホテルは二十世紀後半に建築された。
しかし、ベルの音だけではなく、エレベーターそのものがレトロフューチャーと思わせるのに十分なデザインなのだ。
ホールで待ち受ける者は誰もいない。
仕方なく二人はかつてスカイレストランと呼ばれた食堂へと足を踏み入れる。
麗央とユリナの距離は付かず離れずとはいかない。
ユリナがべったりと麗央にくっついているので互いに歩きにくいはずなのだが、『歌姫』は終始ご機嫌な様子だった。
「何よ、あれ。どういうこと?」
「待てよ、あれかな? 昔、読んだことがある本に似てる気がするな」
レストランで待ち受けていたモノを見て、『歌姫』ともあろう者の顔が引き攣っている。
麗央の言葉にユリナの表情に違う感情が追加された。
眦が少々上がったその様子は不機嫌そのもの。
今にも毛を逆立てかねない猫のようだった。
「ふぅ~ん。本ねぇ? 一応、言ってみて」
「アレだよ、アレ。客を食材にしようとする猫がやってるお店のアレだ!」
「つまり、どういうこと?」
「俺達を食べようって言うんだろ」
「あぁ~、なるほど! って、はぁ!?」
ユリナは誤解していた。
文字をまだ覚えていない子供の頃の麗央の印象があまりに強く、彼と本が結びつかないのだ。
本を読まないと誤解したままのイメージで捉えている。
それゆえに疑いの眼差しで見たのだった。
しかし、麗央の指摘は強ち間違ってない。
体は大柄な麗央よりもさらに大きく、天井に届かんばかりの巨体を誇る。
その体は正八面体で出来ている。
澄んだ青色が美しく、まるで巨大なサファイアの塊のようにも見えた。
八面体の下部から、不釣り合いな頭足類の触腕に似た器官が幾本も生えており、巨体を支えている。
上部からはさらに不思議な器官が二本生えている。
人の腕に似た何かだった。
手首から先が奇妙な形状――右腕は肉切り包丁、左腕は蟹の鋏になっている。
さらに気味が悪いのはその全てが、皮を剥がれたばかりの生肉のような外観をしていることだった。
頂点の上にこれまた不自然な形で載っているだけにしか見えないのが頭である。
麗央が注文の多い料理店のヤマネコ店主と指摘したのは実に醜悪な猫科の生物らしき顔をしているのだ。
だらしなく半開きになった口から、滝のように涎が垂れている。
その涎は強い酸性を帯びているのか、床に滴り落ちると白煙を上げた。
「おーーーーーだーーーーはいりまあああーーーーすーーにゃあああーーー」
シェフらしきヤマネコもどきは破れ鐘のような大きな声を上げた。
巨躯を支えるには何とも頼りない脚を使い、見た目からは信じられない速度で動き始める。
「来るわね。どうする?」
「俺がやろうか?」
「いいの?」
しかし、二人はどこか他人事のようで余裕がある。
コメント欄もここまでのやり取りを見て、さすがに学んだのか静観していた。
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