世界の終わりで君と恋をしたい~あやかし夫婦の奇妙な事件簿~

黒幸

文字の大きさ
上 下
146 / 159

第145話 大胆な歌姫と戸惑うバケツ

しおりを挟む
「な~に? どうしたのかしら? 

 ユリナは麗央が身バレしないようにとの配慮から、偽名で適当にレイと呼んでいる。
 油断するとうっかりと「レオ!」と呼びかねない危険性はまだ残っていた。

「あのリリー。その恰好は?」
「動きにくかったから?」
「ちょっと見えすぎじゃないですかね」
「そうとも言うわね」

 一方の麗央もともすれば油断から、「リーナ!」と呼びそうになったがそれはあまり問題視されていなかった。
 ユリナのことをリーナと呼ぶのは麗央だけである。
 二人の親密さが駄々洩れになるが、それも大した問題ではない。
 何よりも二人が親密な仲にあるのはダンジョンに侵入する前から、視聴者にバレているのだ。

 そして、麗央に指摘され、ユリナは今更のように頬を赤らめる。
 かなり大胆な恰好になっていた。

 マーメイドラインの白いワンピースドレスはノースリーブなだけでそれほど肌を露出していない。
 ところがユリナが今、着ているのは既にワンピースではない。
 ドレスのスカート部分が完全に取り払われ、白く透き通った肌が露わになった。
 生足が晒されている。
 艶めかしい太腿があまりに眩しく映り、健全な男子である麗央は目のやりどころに困るほどだ。

 バレエで着るレオタードによく似ているが中身が成長し過ぎているせいか、妙な艶めかしさの成分が非常に強い。
 当然のようにコメント欄も沸きに沸いていた。

 ユリナのライブで使われているは高位の『あやかし』であるユリナを撮影できる特殊なものであり、さらに複数台を使用したものだ。
 その為、複数視点での配信が行われていた。
 いわゆるライブ視点で全体像が把握できるメインカメラは一般的な視点で多くの視聴者が目にしているものである。
 しかし、『歌姫リリー』のチャンネルのとなっているとメンバーのみが視聴可能な限定視点が見られるのだ。
 配信主であるユリナの視点。
 そして、同行者である麗央の視点が用意されており、それぞれに固定客が付いていた。

 ユリナの視線は常にを追いかけており、片時も離さないほどに熱い視線を送っているように見えた。
 恋する乙女の思いに共感するのは同じ思いを抱く女性視聴者が多かった。
 バケツマンを見る目は少しばかり、厳しいのは視聴者がなぜか『歌姫』の母親のような目線で見ているせいだろう。

 一方の麗央の視点はほぼ男性視聴者が占めている。
 それもそのはず。
 彼の目が向けられる先もユリナと同じく、愛しい人だったが見ている場所が男性の好む視点だったからだ。
 ユリナはただひたすらにバケツマンの動きを追い、時に吐息をつく様子への共感が大多数である。
 この視点は違う。
 「もっと近づいて見ろ」といった実に分かりやすい直球の願望だった。
 麗央の目がユリナの動きに合わせて、激しく揺れる大きなメロンで釘付けになるとそれだけでコメント欄が沸いた。
 ワンピースからレオタードのような装束になるとその動きはさらにエスカレートした。

「でも、グリーヴ脛当てを付けてるし、大丈夫よ? それに守ってくれるから☆」
「そ、そうだね。大丈夫かな」

 ユリナの魔法杖ユグドラシルは杖という名が付いているが、武器としての実体は連節刃チェーンエッジに近いものだ。
 鞭のように左右に振り回すだけで彼女の傍に近付ける者はまずいない。
 さながら歩く小さな嵐である。
 もし運よく、ユグドラシルの刃を潜り抜けたとしてもユリナは『歌姫』だ。
 脛に装備した漆黒のグリーヴでミンチにされるのが関の山だった。

 もっともユリナが言った通り、麗央は彼女に悪い虫が付かないうちに全てを排除している。
 そのあまりによく動く仕事人ぶりにコメント欄も「バケツマンいい仕事してますね」と絶賛する書き込みが多かった。

「これで終わりかしら?」
「ああ。終わったと思うよ」
「何か、疲れるダンジョンよね?」
「まあ、そうかもね」

 麗央はバケツヘルメットを被っているので表情には出せないがユリナと同じく、かなり辟易しているようだ。

 エントランスから侵入し、第一階層で二人を待ち受けていたのはの『あやかし』だった。
 なぜか、虎柄の腰巻を巻いた小鬼――ゴブリンを始めとした日本の『あやかし』の特徴を取り入れた西欧風の魔物が出現した。
 ユリナはかつてホテルだった頃、一階に和食のレストランがあったせいではないかと予測した。
 コメント欄にも同様の指摘が多かったが、ドレスの動きにくさにユリナがスカート部分を引き剥がし、レオタード姿になったことで別の意味でコメントが加速していく。
 麗央は羽織っていた外套マントでユリナの体を守るように包んだが、これも逆効果だった。
 ちらりと見えることにかえって興奮するコメントが急増しただけでなく、バケツマンの紳士的行為を讃えるコメントでも騒がしくなったからだ。

 違う階層への移動はエレベーターだった。
 まるで二人を誘うように稼働する如何にも怪しいエレベーターである。
 しかし、その他の移動手段は見当たらなかった。
 本来、階段があったと思われる場所は不自然に改変されていた。

 おまけにこのエレベーターは行き先を勝手に指定される。
 一気に上層へ移動することも出来ないし、逆も然りだった。
 だが、他に手は無い。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?

ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。 だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。 これからは好き勝手やらせてもらいますわ。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...