世界の終わりで君と恋をしたい~あやかし夫婦の奇妙な事件簿~

黒幸

文字の大きさ
上 下
132 / 159

第131話 逃げろ!黒猫ゲーム

しおりを挟む
 ユリナの固有結界・絶対領域アブソリューターベライヒは、彼女の唄を聴いた者を彼女が創造したいざなう。
 夢の世界の絶対者は彼女であり、全てがユリナの思い通りに動く。
 この結界内で起きた出来事は夢で終わらずに現実世界にも多大な影響を及ぼす。
 どんなに頑強な肉体があろうとも夢の世界で心を壊されたら、意味を成さない。

 しかし、一見すると万能に見える絶対領域アブソリューターベライヒにも弱点があった。
 この権能が無条件で行使されるものではないからだ。
 意思の強さを持つ者が抵抗すれば、夢の世界に招待されることはない。

 ある程度、格の高い『あやかし』であれば、絶対領域アブソリューターベライヒに抗える。
 ではある程度の格とは一体、どれくらいなのか。
 一般的には術を行使する者と同程度もしくはそれ以上とされている。
 これは大まかな考え方ではあるが、強ち間違ってはいない。

 そして、この考えに基づけば、絶対領域アブソリューターベライヒに抗える者は非常に少ない。
 冥府の女王ヘルに匹敵する神格を有する者など、そうそういるものではない。

 そして、絶対領域アブソリューターベライヒには厄介なところがある。
 ユリナの唄を介して、結界が張られる為、分からないうちに取り込まれる可能性が否定出来ないのだ。
 それゆえ、ユリナの唄で術が展開されると予め知らなければ、抗う条件を満たしていても夢の世界に誘われる。

「だから、分かってる?」
「分かってるよ。大丈夫」

 大神オーディンの血はどうやらユリナの唄に抗する力を与えるものらしい。
 麗央の父親トールユリナの母親ゲェルセミの異母兄であり、麗央にも大神の血が入っている。
 それもあってか、麗央とトールには唄に対して、強い耐性を有した。
 麗央は意識して、ユリナの唄を受け入れないと無意識で絶対領域アブソリューターベライヒに抗ってしまうのだ。

「何も心配はいらないわ。私を信じて」

 麗央は口を動かさず、ユリナの目を真っ直ぐに見つめ、頷くだけにとどめた。
 かつてのユリナは絶対領域アブソリューターベライヒを展開すると、自身の意識が喪失するので無防備になった。
 その間は麗央が彼女の身を守っていたが、現在はその必要性がなくなっている。
 意識の喪失なく領域の展開が可能になり、出力も上がっていた。

 だが今日は勝手が違う。
 ユリナはで麗央とつもりだった。
 内偵から戻ったゼノビアがいる以上、も何ら心配する必要がなかった。
 屋敷の警備体制は万全なのだ。

「さあ眠りなさい♪ もう自由なの♪」

 二人はベッドの上にいる。
 いつも寝ている時のように抱き合ってはいない。
 ただ手と手をしっかりと合わせ指を絡ませ、見つめ合う。

 そして、ユリナは囁くように歌い始める。
 安らかなる闇へといざなう子守唄を……。



 麗央がユリナに疑念を抱いたことはない。
 言い回しが難解で彼女の真意が分からなくても信じている。
 ただし、ユリナがキラキラした瞳で「信じて」と言う時、幾ばくかの不安を感じていたのも事実だった。

 不安は見事に的中した。
 目を覚ました麗央は若干の違和感を覚える。

 彼は百八十六センチとそれなりに長身である。
 立ち上がれば見える風景が何か、おかしいことに気付いた。
 全てが高く見える。

(なんだ、これ!?)

 立ち上がった際に感じたのも妙な違和感だ。
 二本の足で立ったのではなく、手も使っている。
 まるで四つ足で立っている感覚だった。

(俺の背が縮んだのかな? 何もかもが大きく見えるぞ)

 違和感の正体はスケール感覚の相違だ。
 これまで自分が小さいと感じていた物全てが、大きく感じられる。
 麗央はふと視線を下げることでその答えを見つけた。

(黒い。小さい。毛が生えている……何だよ、これ)

 答えをもっと確実なものにすべく麗央は見慣れぬ大きな部屋を抜け出し、外に出た。
 燦々と降り注ぐ日の光のあまりの眩しさに思わず、目を閉じる。

 麗央が住んでいるH町はかつて外国人や華族の別荘地として、知られているが温暖を通り越したところがある。
 それでも麗央はここまで太陽の強さを感じたことがなかった。
 違和感がより明らかなものとなり、麗央は自分が既に夢の世界に入っていることにようやく気付いた。

(早く、確かめないといけないな)

 住み慣れた街と様子の異なる見慣れない風景はどこか、南方を感じさせる。
 太平洋に浮かぶ南の島と言われても何ら、違和感を覚えない。
 太陽を近くに感じ、解放された感覚があるのだ。

 それでいて建ち並ぶのは地中海風の白亜の建築物の数々だった。
 ちぐはぐといった印象が強いのはここが夢の世界との証左でもあった。

にゃんにゃにゃーなんだこれー

 ようやく自身の体を確認できる池を見つけた麗央は声にならない声を上げた。
 言葉を発しているつもりなのに声になっていない。
 それもそのはず。

 池に映った麗央の全身は見慣れた自分のものではなかった。
 ビロードのように見事な黒い毛並みの小さな猫の姿がそこにあったのだ。
 ぱちぱちと瞬きする瞳はきれいな紅玉ルビーの色をしている。

(まんまとやられた感じだ……)

 水面に映る黒猫はしょんぼりと項垂れていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

処理中です...